そのじゅうよん
――14――
玉座の間。
玉座に腰掛け脚を組み、妖艶に微笑む古の悪魔。
リズウィエアル・ウィル・クーエルオルトさんは、玉座にもたれるように腰掛けてからずっと、その場から動かずに私たちを攻撃していた。
「ふふ、可愛らしく逃げ惑いなさい。【情欲と誘惑の息吹】」
リズウィエアルさんが指を差し出すと、そこから桃色の炎が生まれる。
火球は頭上に上がり、太陽のように揺らめいているだけだ。けれど、その熱と炎を感じるだけで、思考に霞が掛かったようになる。魔力防御で慌てて解除させるけれど……あの火球がある限り、防御はせねばならない――消耗は避けられない、ということなのだろう。
「【速攻術式・身体防御展開陣・展開】」
せめて、意識しなくても自動で遮断できるようにしておく。
意識までしていたら、先に判断力が追いつかなくなぅてしまうだろうから。
「ふふふ、まだまだいくわよ。【|腐敗をもたらす無限の王】」
リズウィエアルさんが指を弾くと、黒い球体が出現。
出現した球体は空中で分裂。影を固めたような黒い蠅となって、空間を埋め尽くしていく。
『ッボス、リリー! 七種類、出される前に決着を付けろ!』
「七種類、ね。ええ、わかったわ。【闇王の饑餓】!!」
リリーの出した黒い球体が、無数の蠅を吸収してすり潰していく。
それにしても、七種類か……。あと五種類。前半二つでこれなら、もうこれ以上使わせたくないのは私も同じ。
「【速攻術式・術式接続】」
ポチが飛びかかり、リズウィエアルさんが次の行動に移らないように粘っている。
リリーが既に出された攻撃に対策をとり、理詰めに追い詰めている。なら、私に出来ることは?
「【1・散弾・2・追尾弾・3・麻痺属性・4・術式持続】」
決まっている。
「【展開】」
嫌がらせだ。
「良いわね。それでは、これはどうかしら? 【金銀宝石財宝――」
詠唱を開始したリズウィエアルさんの腕に、弾丸が当たる。
リズウィエアルさんは、それに僅かに眉を顰めて、詠唱を中断した。
「――きゃんっ。……なぁに? これ」
正体は単純で、ただの“麻痺弾”だ。
けれどスプレッドの効果により豆粒サイズになり、意図的に時間差でぶつけている。ゾウでも倒れる逸品だが、彼女ほどの悪魔に対してでは静電気を浴びたようなものだろう。
それでも、この乱戦の中、彼女の動きを阻害するのには十分だ。
「良いわよ、未知! そのまま続けなさい! 【重帝鋼剣】!」
『流石だ、ボス。行くぞ、リズウィエアル!』
「くっ……ふふっ、あははははははっ、そうこなくては面白くないわ!」
リリーの射出した重力剣。
ポチが放った暴風の爪牙。
私が打ち続ける麻痺散弾。
「ワルツを踊りましょう♪」
その全てを、リズウィエアルさんは、玉座から立ち上がって舞うように避けた。
「リリー、こんなものではないでしょう?」
「ええ、もちろんですわ! 【闇王の重鎚】!」
轟音。
「あはっ」
炸裂。
「アハハハ! 【金銀宝石財宝の魔殿】!」
超高威力を誇る、斥力過多の重鎚は、けれどリズウィエアルさんの出した黄金の盾により防がれる。そしてそれは、私の麻痺散弾も同じ事だ。嫌がらせ以上には及ばず、受け止められる。
『ボスよ』
「ポチ?」
『我を信じろ』
「え?」
まっすぐな、眼差しでそう告げるポチ。
日常生活においては信用できる部分など欠片もないが、こと、戦闘については話が違う。
歴戦の悪魔であるポチが、この場で任せろと言ってくれる。なら、私に出来ることは、頷くだけだ。
「やれる?」
『やってみせるさ』
「わかったわ。リリー! 時間を稼いで!」
「っええ!」
ポチと並んで僅かにさがる。
それから、私はポチに向かって手を翳した。
「【汝が主君、観司未知が命ずる。我が声と魔力に従い、その身を縛りし封印を解放せよ】!」
完全解放。
ポチの身体が輝くと、その身が突風に覆われる。
『オオオオオオオオオオォォッ!!』
踏み出した一歩で妖力をかき消しながら、ポチはその爪をリズウィエアルさんに振り下ろした。
『我が眷属よ、我が爪牙に追従せよ――狼雅臨界“ブリッツシュラーク=ラヴィーネ!!』
「っきゃああああっ」
轟音。
黄金の盾を、稲妻を纏った吹雪が切り捨てる。
そして、その隙を見逃すリリーでは、ない。
「これで飽きてちょうだいな。【闇王の天剣】!」
超圧縮された重力の、横凪の一閃。
それはあんなに頑丈だった水晶の宮殿に、線を刻み込むと、衝撃により舞う土煙でリズウィエアルさんの姿を隠した。
「――【運命は我が身に殉ずる】」
……と、土煙を見つめる私たちの耳に、歌が聞こえてくる。
「――【儚き天運は人には重く】」
「――【許すべき愛を天使は持たず】」
「――【故に世界は悪魔にこそ微笑む】」
綺麗な声。
美しい歌声。
人を狂わせる、セイレーンの音。
「――【ならば我は、その傅く愛に応えよう】」
誰も、動くことが出来ない。
ただしばられたように、その場に縫い付けられて。
「――【私の声に、世界が味方する】!」
土煙から現れた、傷一つ無いリズウィエアルさんの姿に、驚愕させられた。
「あはっ。昂ぶってきてしまったわ」
「なら、もう一度――きゃんっ」
攻撃を放とうとしたリリーが、転ぶ。
普段は浮いているリリーが、転ぶことで行動を中止させられる。
“偶然”――リリーが浮かずに走り。
“偶然”――砕けた水晶の溝にリリーが躓き。
“偶然”――重力の変動がリリーを引っ張り。
“偶然”――リリーを、全ての偶然が転ばせた。
『チッ、七種の妖術が発動条件ではなかったのか』
「ポチ、知っているの?」
『知っているもなにも、これぞ、リズウィエアル・ウィル・クーエルオルトの代名詞』
苛立ちながら立ち上がったリリーが、警戒心をむき出したまま彼女に対峙する。
『“幸運の魔王”――すべての偶然を自分の都合の良いように発生させる、先天技能だ』
それは、絶望にも似た声で。
ただ妖しく笑うリズウィエアルさんの姿に、息を呑むことしか出来ない。
「ふふふふ、あはっ、あはははははははっ」
ただ私たちは、その能力の凶悪さに、立ちすくむことしかできなかった――。




