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そのじゅうさん

――13――




 その場のことを言い表すのに相応しい言葉があるとするのなら、“荘厳”とでも言うべきか。

 シンメトリー調の水晶によって象られた美しい女神像。悪魔の翼が生えた彼女たちの手には、色とりどりの妖力珠が輝いている。手前から黒、紫、赤、橙、黄、緑、藍、青、銀、金、虹。肌で感じるそれは、きっと、奥に行くほどに強い妖力珠なのだろう。

 水晶の宮殿に合わせて作られたのであろう、上品な赤いカーペット。水晶の階段の上からも被せられていて、玉座を綺麗に映えさせている。当然ながら、玉座の上に佇むその女性の美しさを引き立てる、名脇役になっているようにさえ思えた。




 そう、荘厳な玉座すら、彼女の前では脇役でしかないのだ。




「ふふふ、よく来たわね」




 声までもが、麗しい。

 耳から脳髄を駆け巡るような、可憐でありながら妖艶であり、甘く蕩けるような声。柔らかい仕草の節々から見せる色香に、目眩すら覚えるようだった。


「照れないで。目を逸らさずに、私を見てちょうだいな」

「は、はい」


 思わず視線を逸らすと、それをそっと見とがめられる。

 いや、うん、ええっと、その、なんで私はここにいるのでしょうか? そんな、些細な質問をしたら失望させてしまうような気がして、口ごもるばかり。ついには拙い返事しかできず、柔らかく受け止める彼女の温情に、恥じ入るばかりだった。


(うぅ、まっとうに返事も出来ない)


 だって、仕方がないじゃないか。

 そう、自分の心に向けるのは、言い訳だ。なにせちょっとお説教をされるかと思い、老紳士についていった先。別室というから取調室やおどろおどろしい拷問部屋を想像していたというのに……。


(なんで、謁見させられているの???)


 気がつけば、こうして玉座の間で跪いていた。


「可哀想に、震えて。恐ろしいのね?」

「いえ! そ、そういう訳ではございません。畏れながら、緊張してしまい」

「あら、そう、そうだったの」


 薄桃色の長い髪。

 深紅に捻れた羊角。

 血のように赤く濡れた瞳。


 古の悪魔王、リズウィエアル・ウィル・クーエルオルト。

 ――見るものをこうも惑わす悪魔を、私は知らない。


「なら、緊張をほぐしてさしあげましょう」

「え……? それは、どういう?」


 美しい悪魔は、身体のラインがはっきりと解る妖艶なドレスを身に纏い、組んでいた脚を揃えると、翼を広げてふわりと浮き上がる。

 それから、戸惑う私の前に降り立つと、跪く私の髪を撫でた。


「さ、いらっしゃいな。玉座のすぐ裏は、私の寝室よ」

「しん、え?」

「閨で伽をさせてあげるわ。ふふ、きっと、すぐに身も心も蕩けてしまうわよ?」


 閨で伽。

 ねやでとぎ?

 寝室で、ご奉仕??


「って、いやいやいや、そんなことしていただく訳には参りません!」


 妹のように思っている女の子のお母さんと寝室で……とか、ちょっと無理ですから!

 思わず飛び退くと、さがった腰を抱き留められて、豊満な胸元に引き寄せられる。洗練されたテクニックに、私は想わす息を呑んだ。どんな状況なのこれ?!


「うひゃあっ」

「照れているのね? 本当に、可愛いわ。雄であったらそう簡単に閨に招いたりはしないのだけれど、女の子なら良いわよね?」

「よくありませんから!!」


 顎に手を添え得られて、そっと持ち上げられる。

 こうして並んでみるとよくわかるのだけれど、私と彼女はどうやら同じくらいの背丈のようだ。今、そんな情報、なんの慰めにもならないのだけれど。


「甘く蕩けるような夜を、教えてア・ゲ・ル」

「あわわわわわわわ――た、助けて、リ、リー……」


 我ながらなににそんなに動揺しているのか、蚊の鳴くような声だった。

 けれど、この至近距離でなにができる訳でもない。されるがままに吸い寄せられて、恐ろしいほどに整った顔立ちと、瑞々しい唇が私に――






「人の嫁を寝取らないで下さる? お母様――【闇王の棘ダークホール・スティング】」






 ――触れる、直前で、私とリズウィエアルさんの間に闇を固めた棘が突き刺さった。


「っ」

「あら?」

『わんっ』


 一瞬の攻防。

 飛び退いたリズウィエアルさんと、割って入って私を助け出したポチ。

 美しい玉座に傷一つ無く、ただ、私を庇うようにリリーが降り立った。


「ちょっと味見をしようと思っただけよ?」

「私と同じ趣味のお母様が、味見で済むはずがありませんわ」

「あら、理解が深くて嬉しいわ」

「否定して下さらないかしら」


 軽快なやりとり。

 けれど、リリーの声にはほんの僅かだが、緊張が混じっているようであった。

 こんなリリーは、見たことがない。ヤミラピで対峙したときは、緊張よりも困惑が強かったしね……。


『変わらぬな、真なる魔王。“世界が味方する悪魔”よ』

「ふふふふ、そういうあなたは随分と丸くなったのではなくて? 孤高の魔狼さん」

『なにぶん、思う存分散歩ができなくてな。平穏に肥えたと言われては否定も出来ん』


 まるで親しい友人と再会したような会話だ。

 けれど、ポチはじりじりと距離をとり、私を彼女の射程圏内から出そうとしている。

 焦燥。それに気がつかないほど、鈍くはないつもりだ。


『それで? つまみ食いについては諦めたのか?』

「娘と張り合うのは面白いけれど、どうかしらねぇ? ええっと、なんだっけ?」

「ツボの弁償についてでございます、お嬢様」

「そうそう、それよ。落とし前はベッドの上で、ね?」

『聞かねば忘れていたことを隠しもせず、よくもぬけぬけと言えたものよ』


 リズウィエアルさんは、口元を上品に隠しながら、老紳士に尋ねていた。

 ツボが割れたことなど、口実に過ぎない。それを隠す気も無いようだ。


「お母様? 娘の嫁です。譲ってくださってもいいのではなくて?」

「そうねぇ。私はそれでも良いのだけれど……あなたたち、私に願いがあるからこの場に来たのでしょう?」

「聞いて下さるのですか? お母様」

「ふふふ、だ・か・ら」


 ウィンク。

 妖しい笑み。

 なんだろう、最早嫌な予感しかしない。




「私を満足させてみなさいな。そうしたら、そのお願い……聞いてあげるわ」




 にこやかに言い放つリズウィエアルさん。

 そんな彼女への返答は、わかりきったように吐かれた、リリーのため息だった。

 なんというか……うん、私もだんだんと、彼女の性格がわかってきたように思える。


 享楽主義。

 それも、吸血鬼なんかと比べるなど生ぬるい。

 己の価値も未来も生死も、全部ひっくるめた、生粋の“快楽の虜”なのだろう。いや、彼女こそが、“快楽の主人”、かな。




『わふ。やはりそうなるか』

「はぁ……未知、後衛お願いね?」

「ええ、わかったわ」




 リズウィエアルさんの傍からは、いつの間にか老紳士が消えている。

 その代わり、彼女の身体からは膨大な妖力が湯気のように立ちこめていた。

 厳しい戦いになりそうだけれど……ここまで来たらもう、やるしかない!





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