そのじゅうに
――12――
光の槍がダンスホールを埋め尽くす。
それに、本来の“本命”であった娘が背後でのんびりと浮かんでいるだけ、という光景に、水晶玉の前で妙齢の美女は微笑んだ。
「見てご覧なさい、あなた。あなたがあんなに弾けているわよ」
「ええ、陛下。決して弱い調整ではございませんのに、素晴らしい逸材にございます」
使幻の妖力珠。
主の意向に従う従者を、主の妖力の続く限り召喚し使役する、という、かつて大貴族に貢がれた妖力珠だった。主の妖力によって調整できる強さも変わる。妙齢の美女――リズウィエアル・ウィル・クーエルオルトが使用すれば、その従者の精度もかなりのものとなる、の、だが。
「人間を嫁にすると言い出したときは、“熱病”の類いかと思ったのだけれど、ふふふ、ただの享楽でも戯れでもなく、本気のものだったようね。フェイルも、もしかしてあの人間にぞっこんなのかしら?」
薄桃色の長い髪。
真紅の捻れた羊角。
血のように赤い瞳。
黒い翼と黒い尾はうねり。
「なら、少しくらい――味見をシテも、いいわよね?」
絶世の美女は、妖艶に笑う。
「使幻」
「はっ」
「連れてきて」
「承知致しました」
恭しく頭を垂れる老紳士に、リズウィエアルは振り向きもしない。
ただ、全て打ち祓い安堵の息をつく人間を、彼女は情欲に塗れた目で、熱の籠もった視線を向けていた。
「真なる魔王にどう抗うのか、見物だわ」
その艶やかな肢体。
豊かな肉体から迸るのは、圧力を伴うほどの膨大な妖力。
もし、この場に未知たちがいれば、その妖力に息を呑むことであろう。
「ああ――本当に、たのしみね」
かの魔統王、ワル・ウルゴ・ダイギャクテイ。
彼よりも数段上の力量を、肌で感じ取って。
――/――
敵の一掃されたダンスホールで、息をつく。
魔力循環させて回収という手順をとっているものの、全てを完全に回収できたりはしない。ロスの補充などを考えると、やっぱり多少の疲労は覚える。
けれど、この魔導術式の問題は、どちらかというと制御に頭が疲れる、という点にある。今度こそ術式を解除して、魔力を私自身に回収。治癒効果を持たせて体内に循環させると、鈍く響いていた弱い頭痛が、すぅっと引いていった。
「ふぅ……つ、疲れた」
「ふふ、お疲れ様、未知。露払いご苦労様。あとは、私とポチに任せて休んでいなさいな」
「ええ、ありがとう。甘えさせて貰うね」
『うむ。任せておけ』
どこでリズウィエアルさんが見ているかもわからない。
庇護者として一緒に居るのではなく、力ある仲間だということを示すのが目的で、私一人にやらせたのだろう。たぶん。
だからか、あとの道中は楽をさせてくれるようだ。いや、もう、本当に助かります。
「ポチは前に来たことがあるのよね?」
『うむ』
ふと、思い出すように尋ねると、ポチは首を振って頷いた。
それに、リリーが愉しげに身を乗り出す。
「お母様に求婚しに来たときのことよね?」
『そうだ。だが、彼女は何度か城の形を変えている。我の時はほとんど宮殿のような形でな。空の見える大舞台で、牙を交えたものよ』
「あら、なら城の内部のことは知らないのね」
『知らん。だがわかるぞ? 彼女はとくに逃げ隠れする性格ではない。道順にいけば逢えることだろう』
「なるほどね。ふふ、お母様らしいわ」
なるほどね。
強者であるのなら、逃げ隠れすることはかえって恥になる、ということかな。
そういうことなら、納得だ。
「なら、まっすぐと進むわよ。未知は中央、私が後ろ、ポチが先導。よろしくて?」
「ええ、ありがとう」
『我が前か、それも良いな。わふ』
ポチはなにを考えているのやら……いや、いいか。知りたくないから探らないでおこう。
そんなこんなで、ポチを先頭に、ダンスホール一番奥の扉を抜ける。絵画の並ぶ水晶廊。小さな装飾一つとっても、壊したらとんでもない値段になりそうで近づくことが出来ない。
貧乏性なのかな? 高そうなものって、なんだか少し怖いのよね。
「調度品には触らない方がよくてよ? 凶悪な呪いが付与されていることだってあるから」
「ひぃっ、気をつけるわ……」
『うむ、それが良“ガシャン”ぁ』
響く音。
見れば、ポチが尾でツボを割っていた。
……って、ええええええ?!
「ポポポポポポチ、そそそそそれ」
『わふ』
「今更、犬の振りをしてもだめだからね?!」
「あーあ、これ、高いわよ」
綺麗に装飾された、それはそれは高そうなツボ。
それが、地面に落ちて粉々に砕けている。
「ちょっと待って、今、魔導術で修復を――」
「おお、これはなんということでしょう!!」
「――ひぇっ」
廊下の奥から響いてきたのは、さきほど散々討ち倒した老紳士だった。
彼はたいそう大げさな仕草で驚くと、滑るように移動してきて砕けたツボを回収した。
「あ、あの、直しますので、破片を」
「申し訳ありませんが、ああも粉々にしてしまったひとを信用するのは……」
「うぐ」
割ったのは私ではなくてポチだけれど、向こうからしてみれば“私たち”が割ったということだろう。ぐうの音も出ない正論に、思わず口を噤む。
「お母様はその程度のこと、気になさらないでしょう?」
「ですがお嬢様、ケジメというものがございます。まずは、お許しを仰ぐ手順は必要かと愚考致しますゆえ」
「うーん……まぁ、そうねぇ」
簡単に許すかもしれない。
けれど、開き直る人間を許すのは、それは“器の大きさ”ではなく、“下手に出る”ということになる。
おっしゃっていることはよくわかるのだけれど……ど、どうしてこうなってしまったのだろう。
「割ったのはそちらの魔狼様のようですが、主人はどなたが?」
「わ、私です」
「どうやらあちらに責任能力はございませぬご様子ですし、一度、別室でお話をさせていただいても、よろしいですね?」
え? 責任能力は無さそう?
どういうことかと思ってポチを見る。だって、元魔狼王が、そんなはずがない――
『わふ、わふ』
「――って、なんで毛繕いなんかしているの?!?!」
「ポチ、あなたねぇ……」
毛繕いしながらきょとんと首を傾げるポチは、頭の弱い犬そのもののように見えた。
ちょっと待って。どうか勘弁して欲しい。
「未知が別室? とやらに移動するとして、私たちはどうするつもりかしら?」
「もちろん、お待ちの間、応接室にてご奉仕させていただきたく存じます」
「そ。同行はだめなのね?」
「はい。なにぶん、責任のお話ですので」
申し訳なさそうな老紳士に、リリーは僅かに目を閉じる。
それから、こくりと頷いた。
「わかったわ。――未知、気をつけてちょうだいね? いざとなったら“躊躇わない”こと。良いわね?」
「っ……ええ、わかったわ」
躊躇うつもりはもちろんない。
けれど、私利私欲に抵触しないかだけが気になるよ……うぅ。
「さ、こちらに。お嬢様方は、あちらへ」
いつの間にか増えてた老紳士が、リリーたちを案内する。
私は破片を抱えた老紳士を先導に、“別室”とやらに移動することになった。
もう、なんでこんなことになったのだろう? 尽きないため息に、頭痛を抑えるように唸ることしかできそうになかった。
『さて――これで、リズウィエアルとボスのくんずほぐれつが拝めるな』
「ポチ」
『わふ?』
「全部終わったら、能力完全封印で発情した雄犬の群れに放り込むから」
『キャイン?!』




