そのじゅういち
――11――
――射出角変更。
――光槍威力追加。
――多重追尾付与。
「【展開】!」
走り回りながら、展開し続けている魔導陣から光槍を射出する。
一方向にしか展開していなかったので、追尾性能を上げるように複数へ。角度ならある程度調整できるので、末広がりにして多くの対象へ。
「ええっと、次に必要な調整は」
「そこな女! 我が名は悪魔侍ブシマル! いざ尋常に勝負!」
「光槍、浄化付与? うん、ちょっと大変すぎる。――穿て!」
「ふはははばぼぼぼぼぼぼぼぼ?!」
向かってきた悪魔をハリネズミにしながら、周囲を警戒。
なにも悪魔は、私だけに向かっているわけではない。右を見ればポチの風に吹き飛ばされている悪魔が、左を見ればリリーの重力に押し潰されている悪魔が居た。
「【重帝鋼剣】――あら、未知。そっちは終わったのかしら?」
『狼雅“クロー=オブ=ロア”――む。ボスもリリーも、あらかた片付けたか』
死屍累々。
悪魔たちがべしゃりと地に落ち、腕輪が砕けて転送されていく。
同時に、石造りの街はこれまた見事にぼろぼろで、胸が痛んだ。いや、配慮できるモノならしたのだけれどね?
『ボス、妙なものがいる』
「妙?」
「そうね……隠れていないで出てきたらどうかしら?」
リリーがそう告げると、瓦礫の影から男性が現れる。
白いヒゲと白髪の、執事服の老紳士だ。ちょっとだけ、天使のフィリップさんのところにいた、シシィの“前のボディ”を彷彿とさせる。それよりもずっと、気配は薄いが。
うーん、一応、魔導陣を解除した振りをして、可視化抑制っと。見えなくだけしておこう。
「腕輪がないわね。住人かしら?」
「いえいえ、お嬢様。わたくしめは査定のものにございます」
「あら。なら、お母様の?」
「はい。リリーお嬢様」
リリーを知っている?
ということは、リズウィエアルさんの手の者、ということか。
「此度の聖夜祭、未だ月が昇る前に全ての出場者を討ち倒されたことを、我が王はたいそうお喜びにございます。そこで、優勝者であるあなた方に対して謁見の機会と――夜の睦みとして、聖夜祭の続きを所望されていらっしゃるのです」
「へぇ? それは、どの意味での、かしら?」
「そこな、フェイル様が以前経験されたもの、に、ございます」
フェイル?
リリーは愉しげに“なるほど”と呟き、ポチは口角を獰猛にあげている。ええっと、その、でも、フェイルって誰?
「続きは城にて。どうぞ、無事に辿り着けますことを、お祈り申し上げます」
「ふふ。なら、錠前くらいは外しておきなさいな」
「ええ、もちろんにございます。お嬢様」
そう言い残して、老紳士は消え去る。
あの言い分から察するに……あの水晶の城も、一筋縄ではいかない、ということなのだろうなぁ。
「ふふふ、三人でダンジョン攻略なんて、楽しみね。未知」
「そういえば、リリーと三人でゆっくり異界に潜れたことなんか、なかったものね」
『うむ。我はもっぱら、鈴理の護衛であったしな』
そうそう。ポチはいつも、鈴理さんたち生徒の守護をお願いしていたからね。
「なら、今日は家族サービス、ね」
「ええ。今日ばかりは、エスコートしてとは言わないわ」
「そうなの?」
「ふふ――手を繋いでくださらない? 対等に、愉しくいきましょう?」
そう、手を差し出すリリーに微笑む。
とうてい和める空気ではないけれど、そうやって言ってくれるのはやっぱり嬉しい。リリーは、私にとって、掛け替えのない家族だからね。
『我は前足で良いか?』
「ポチは隣よ。良いわよね? 未知」
「ええ、もちろん」
そんな私たちにポチが並ぶと、一路、水晶の城を目指す。
透き通るような水晶なのに、決して向こう側を見ることは出来ない。不可思議で神秘的な水晶の向こうには、リズウィエアルさんがいる。
――ああ、そうか、とうとうここまで来たんだ。
『いくぞ、ボス』
「ええ。あ、でも、一つだけ聞いても良いかしら?」
『なんだ?』
「フェイルって、ええっと、誰のこと?」
私がそう聴くと、振られていたポチの尻尾がへにゃんと萎れる。
『フェイル=ラウル=レギウス』
「あ」
『我の前の名だぞ、ボスよ』
「ご、ごめんなさい、忘れていました」
あー、なるほど、ポチの正体も気がつかれていると言うことだね!
なんて、茶化すのも申し訳なく、慌ててポチの背を撫でる。う、うーん、悪いことをしてしまった、かも。
水晶城の正門を潜ると、まず見えたのは大きなダンスホールだ。
正面玄関からいきなり、東京ドームほどの空間に通されるとはさすがに思っていなかった。
『彼女が、自分が逢うのに相応しい相手かどうかを見極めるための試練場だ』
「ダンスホールなのに?」
「踊るように切り抜けろ。そういうことらしくてよ?」
そうか、なるほど、そういう技能を求められるのね。
あれ、でも、ということは?
「――お待ちしておりました、お嬢様」
ダンスホールの中心。
やっぱり気配無く現れた老紳士は、恭しく頭を下げる。
「それでは、我が王は上質な余興を望んでおります。故に」
ぱちん、と、老紳士が指を弾く。
そうすると、空間に無数の老紳士が現れた。って、ええええ?!
「最初はこのわたくし――“使幻の妖力珠”が、みなさんをお相手致しましょう」
見渡す限りの老紳士。
無限の増殖するアメーバのようだけれど、そんなに生易しい者ではないことだろう。でも、その、私は魔導陣を展開したまま、可視化抑制だけかけてこっそり来たのだけれど……いいのかな?
「リリー?」
「ふふ、そうね。あなたの力を見せつけておやりなさいな」
「……わかったわ」
私も、ぱちんと指を弾いて可視化抑制を解除する。
さて、マナー的には申し訳ないけれど……一掃、させてもらいますね?
「ほう? その術は先ほど解除されたように見えま?!」
全てを言わせる必要は無い。
リリーとポチは私の後ろに回り、私はひたすら光槍を射出する。さすが、壁にも床にも一切の傷は付かないが、老紳士はそうはいかない。
風船のように弾けて吹き飛ぶ姿に、容赦は要らないだろう。
「ぬ」「これは」「なるほど」「一斉掃射」「はっはっはっ」「いや、いっぱい」「食わされましたなぁ」「ご報告に」「あがりませんと」「きっと」「たいそう楽しみに」「されて」「いることでしょうから」「ね」
悲鳴をあげることはない老紳士。
撃ち放たれる光槍と、循環によって半永久機関として動く魔導陣。
一方的な展開で申し訳ないけれど――このまま、押し通らせていただきます、ね!




