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そのじゅう

――10――




 幾多にも響き渡る喧噪の中。

 モルホンド・ナス・オルオイム伯爵は、霧の結界によって分断させた奴隷の女――未知を、気配を消してじっくりと観察していた。


(艶のある黒髪にきめ細やかな肌――話しに聞いていたよりも上玉ではないか)


 そう、舐めるような視線を向けながら、モルホンドは舌なめずりをする。

 当初は無残に殺してしまい、伯爵家の名を汚した子供に見せつける予定であった。だが、いざこうして目にしてみると、その容姿はモルホンドの情欲に火を付けた。


(命乞いをさせ、誰が主人かをわからせてやるのも悪くない)


 項垂れ、ふらつきながら結界に向かう姿は哀れだ。

 早く己の“下”で、“楽”にさせてやらねばならないだろう。モルホンドはそう、使命感にも似た昂ぶりを覚えながら、唇を湿らせる。


(なに、飽きたら愚息に貸し与えてやっても良い。その頃には、壊れているかも知れんが)


 未知は、ふらふらと歩き、やがて結界にたどり着く。

 そして結界に触れ、出られないことを認識しているようだった。人の負の感情を血液と共に吸収する吸血鬼にとってすれば、まさしく、彼女の血は“今が旬”といったところだろう。


「クックックッ――残念だが、出ることは叶わないぞ、女」

「ッ誰?!」


 振り向いた女の美しさに、モルホンドはにやける顔を抑制できない。

 モルホンドは知らぬコトだが、未知は普段のスーツ姿と違って、革鎧とコートを着込んだ遠足仕様のものだ。そこまでプロポーションはわからないが、それでも充分容姿の美醜はわかる。

 モルホンドは今、このグループに喧嘩を売った愚息に、感謝すらしていた。


「我が名はモルホンド・ナス・オルオイム伯爵なり。女、足掻くことを許そう。その上で、貴様の全てを蹂躙し、我が物としてくれようぞ」

「っ」


 怯えて後ずさる未知の表情に、モルホンドは快楽を覚える。

 ――まさか、“態度の演技なら大丈夫だけど喋ると棒読みがバレる”なんて理由で、極力口を開かないようにしているなど、モルホンドは想像もしていなかった。


(この程度で怯えるとは……なんの力も無い、他の二人の悪魔の玩具であったか?)


 モルホンドはそう、未知が唇を震わせるばかりでなにも喋れないことにアタリをつける。

 もっとも、これについては誰も、モルホンドの考えを“的外れ”だとは言えないことだろう。どう考えてもそれは、“的の位置”が悪すぎるのだから。

 しかしてモルホンドは、そんなことは知る由もない。ないからこそ、“間違える(・・・・)”。



「絶望に心を折る準備をすることを許す」

「?」

「一撃だけ、無抵抗で受け入れることを約束しよう」



 そう言いながらも、モルホンドは予想外に強い一撃が来たら防ぐ気だった。

 約束を違えることもまた、相手の心を折るには重要だったからだ。また、後々に“あのとき約束が守られなかったから敗北した”、と、言い訳をさせる余地を作っておけば、精神が壊れにくい、というのもあるのだが。

 ――いずれにせよ、今、とるべき選択肢ではなかったのだが。


「えっ、そう?」

「ん?」

「なら――【可視化抑制解除インビジブル・キャンセル】」


 未知が手を挙げると、彼女の前に魔導陣が現れる(・・・)

 複雑怪奇な四つの図形を一つの図形で支える、設計図のような魔導陣。その魔導陣をサンドイッチするように展開された、立体感と厚みを持つ奇天烈な魔導陣。

 未知の身長の三倍はあろうかというと巨大な魔導陣に展開されているのは、その矛先の全てをモルホンドに向ける、光の槍であった。




「は?」

「【一斉起動(オール・ワード)術式展開イグニッション】!」

「まっ」




 言葉は続かない。

 空気を焼く音と共に射出された光槍に、モルホンドは手を翳す。咄嗟に展開された妖力結界に、無数の光槍が突き刺さる。


「ぐっ、重――え?」


 一つ二つではない。

 百か二百の光槍に、結界が一瞬でハリネズミの如き様相になり、砕け散る。


「まっ――」


 それが、モルホンドの紡げた最後の言葉だった。

 手に十、脚に二十、胴にたくさん、顔にいっぱい。光の槍はマシンガンのように絶え間なく炸裂音を響かせながらモルホンドに突き刺さり続ける。

 吸血鬼特有の超再生能力がまったく追いつかず、モルホンドどころか家屋も結界もことごとく砕き、結界がなくなったことで漁夫の利を狙う悪魔も串刺しにし、未知はゆっくりと、魔導陣ごと(・・・・・)歩いてくる。




「おごひょがあぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ――」




 モルホンドは激痛の中、なんとかこの状況を切り抜ける手段を模索していた。

 よくみれば、光槍を射出している魔導陣はゆっくりと消えかかっていた。なるほど、こんな凶悪な術だ、コストも高いのだろう。なら、消えたら即逃げれば助かるかも知れない。

 立ち向かう度胸などとっくにへし折られていたモルホンドは、そう、一縷の希望を見いだして。


「補充」


 呟かれた言葉と共に、複雑極まりない図形魔導陣が回転。

 光槍射出の陣を復活させ――モルホンドは、心が、折れた。


(――)


 最早、モルホンドは言葉を発することも出来ない。

 己どころか周辺を巻き込んで射出され続ける光槍の雨。それに、モルホンドは木葉のように吹き飛ばされて、大広場の方へ“打ち出されて”いく。まるで、射撃の的にされた案山子のように、哀れでズタボロな姿であった。

 もっとも、未知の温情か、威力を最低限にしてむしろ麻痺効果を高めているようで、“一発一発はたいしたことが無いが数が多すぎて非常に痛い上に動けなくなる”だけなのだが、心の折れたモルホンドに、そんなことを考える余裕はなかった。


「な、なんだこのハリネズミは!?」


 その先で、足下に転がってきたモルホンドに驚きの雄叫びを上げる男。

 彼は、モルホンドについてきた吸血鬼六天王の一人であった。彼は体中光の槍が突き立っていない箇所などないモルホンドを、誰だか認識できていないようだ。


「目標設定変更」

「え?」

「穿て」


 未知の無慈悲な宣言に、吸血鬼の男は顔を引きつらせる。



「な、なんだ、その光は?! や、やめ――」



 魔導陣が高速回転。

 明滅と共に放たれるのは、光の雨。



「――あ、ああ、きれいだなばばばばばばばばばばばッ?!!!」



 それはまるで、雨音のようだった。

 だっだっだっだっと絶え間なく、雨のように降り注ぐ光の槍。

 十分すぎるほどに準備を整えられた魔導術師が如何に恐ろしいかなど、名乗らせてすら貰えなかった男にはわからない。


 ただ。




(痛いって――きもちいい)




 そんな、誰も得しないような感想を抱いたまま、己の主人と同じようにハリネズミのようになり、意識を失った。



























――/――




(や、やりすぎた?)




 しん、と静まりかえる大広場の中心で、私はそっと冷や汗を拭う。

 私にとっての吸血鬼といえば、忘れもしないあの男、七魔王のひとり、ダビドだ。獅堂に消し炭にされた彼だが、その実力は本物だった。

 だから、なんとなく気配が吸血鬼っぽかった時点でシッカリ術を組んで、対処されても対処し返すつもりで撃ち放ったのだけれど。


「あっはははははっ、さすが未知ね、最高よ!」

『待て、リリー、ボスのあの顔はわかっていない顔だ』

「だから良いのではなくて? ふふふっ」


 そういうポチの前足の下には、それぞれ悪魔が二人。

 リリーの直ぐ近くでは、悪魔が三人、頭から地面に突き刺さっていた。


「未知、その魔導陣はいつまで保つの?」

「射出した魔力を回収して循環させているから、そう簡単には消えないよ」

「ふふ、そう。――聞いたわね、有象無象の悪魔たちよ! 死にたくなければ逃げても良いわよ? 逃げないのならば、この吸血鬼たちのように不出来なアートにしてあげるわ!」


 リリーの声が、深く響く。

 すると、悪魔たちはどよめきながら背を向けて、一斉に街の外へ駆けだしていった。

 ……別に、誰彼問わず串刺しにしたりなんかしないのに。うぅ。


「さ、これはどうする?」

『さっさと腕輪を砕いてやるのが慈悲だろう』

「あ。威力を下げすぎて、砕けてなかったのね」

「あら? 苦しめるためにわざとそうしたのかと思っていたわ」

「リリーは私をなんだと思っているの……?」


 なんだか、こう、ひとをドSみたいに扱うのはやめて欲しい。

 そう思いながら、ささくれた心で腕輪に槍を射出。モルホンドの腕輪が砕けると、彼らのグループの身体が勝手に持ち上がり、街の外へと吹き飛んでいった。


「よく飛ぶわね、面白いわ」

「私は疲れたわ、リリー」

「あら。まだまだこれからが良いところなのよ?」

『うむ。今、逃げずに残ったのは真の強者のみということだ』


 それって、あの、強者に目を付けられたってこと?

 そう、問いを口にする暇も無い。四方八方から感じる、突き刺すような殺気。

 鋭利な刃のようなそれに合わせて、広場の影や建物の裏手から幾つかの影が現れる。


「未知、展開したままでいなさいな」

「ええ、その方が良さそうね」

『フッ、前足が鳴るというものだ』


 それを言うなら、“腕が鳴る”でしょう?

 そう、ツッコミを入れる余裕もなくて。




「あー、もう、やればいいんでしょう? やれば!」




 私はそう、ふって湧いた厄介事をねじ伏せるために、そう叫ぶ。

 いや、決してこう、自暴自棄になった訳ではなくてね?





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