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そのきゅう

――9――




 ――極寒地帯アイライス・吸血領オルオイム伯爵邸



 仄暗い館の中、肉を打ち据える鈍い音が響く。

 ここは先代魔王よりもさらに古くから続く、悪魔貴族の館。その古い制度とプライドにしがみつく、骨董品たちの城。

 最早、現代には不要とされている地位でも、彼らには彼らの領地があり、誇りがある。だからこそ。


「それで、おめおめと逃げ帰ってきたということかッ!」

「ギャンッ?! も、もう許してよ、パパ……っ」


 オルオイム当主、モルホンド・ナス・オルオイム。

 彼は、観衆の目前で敗北し、醜態をさらして逃げ帰ってきたばかりか、家宝まで失った己の息子をその剛腕で殴り飛ばしていた。


「テルフレンド、この始末はどうつける気だ!!」

「あ、明日は聖夜祭だよ、パパ。それにかこつけて奪取すれば、きっと!」

「聖夜祭、聖夜祭か、魔玲王(・・・)様の気まぐれにも困ったモノだ。だが、ふむ、敗者のモノは勝者がかすめ取れる。そうだな?」

「そ、その時に身につけているモノであれば、大丈夫だよ、パパ」

「妖力珠は術者から切り離せるモノでは無い。そして、グループ戦が可能。なら、やりようはあるかもしれんな」


 ひととおり殴り満足したのか、モルホンドはそう呟く。

 それに、許されたと感じたのだろう。テルフレンドの顔色が明るくなっていた。今だ、顔はぼこぼこのままだが。


「じゃあパパ、もう一度ボクが!」

「貴様は謹慎だ、愚息めッ!!」

「ひぃぃ、ごめんなさい! でも、なら、誰が?」

「決まっておろう」


 そう、モルホンドが指を弾く。

 それに従うように、六体の吸血鬼がモルホンドの傍に侍った。


「いかに実力者といえど、三対一で足止めに集中させれば、さほど問題はあるまい。そして、儂が直接、一番ひ弱な奴隷を殺せば良い」

「さすがパパ! 実力があるのに一番弱いヤツを狙うなんて悪魔的発想、普通は出来ないよ!」

「クックックッ……そう褒めるな」


 賞賛するテルフレンド。

 絶賛の拍手を送る吸血鬼たち。

 照れたように頬を掻くモルホンド。


「見ておれ、犬共。必ずこの儂が、妖力珠も女も頂戴し、我が悦楽に捧げてくれようぞッ!!」


 モルホンドはそう、誇りある吸血鬼らしく雄叫びを上げる。

 そしてある意味では当然ながら、この場に“誇りとは?”と疑問符を投げかけるモノなどおらず……ただ、夜は更けていくのであった。




























――/――




 ――聖夜祭・当日。



 早朝、朝焼けの空に打ち上がる花火。

 水晶が何でもかんでも感知するらしく、鳴り響くアナウンスに従って、グループ宣誓。どんな高度な術式を使っているのか、私たちの左手には水晶の腕輪が装着されていた。

 ちなみに、ポチには何故か左後ろ足。前足は不便だものね……。


「さて、未知。ここから先はゲリラ戦よ」

「ええ。固まって行動すれば良いのね」

「基本はそうね。あとは臨機応変よ。危なくなったらちゃぁんと変身するのよ?」

「魔界で変身したら敵しか作らないからね?!」


 だいいち、こんな快楽主義の世界であんな格好はしたくない。

 極力、己の力のみで切り抜けられるように努力しよう。なに、あの“向こうの世界”では、変身できない条件の下でなんとかなったのだ。やればできるを合い言葉に、なんとかかんとか頑張ろう。


『宿を出たら開始だ。準備は良いか?』

「私はいつでもよろしくてよ?」

「【速攻術式セット身体強化フィジカルエンチャント展開イグニッション】……ええ、いつでも良いわ」


 看板娘のスケルトンちゃんが、かたかたと骨を慣らして応援してくれる。

 こうしてみれば、確かに可愛いかも知れない。そう、手を振ると振り返してくれた。


『ナンパか? ボス』

「もう、未知ったら手が早いのだから」

「いや、違うからね?!」


 こんなタイミングでもテンションの変わらない二人に、ため息をつく。

 まぁ、でも、緊張がほぐれたのもまた事実だ。リリーはともかく、ポチに限ってはまずそんなつもりではなかったことだろうけれど。


『では――征くぞ!』

「ええ、ふふ、楽しみね」

「ほどほどに、お願いね!」


 思い切り駆けだして、黒髑髏邸を飛び出る。

 なんにせよ、リズウィエアルさんと謁見するのに、これ以上に都合のいいことはないのだ。せいぜい、あっさり退場しないように、なんとか食らいついてみよう。

 魔導術の制限もないし、普段学校では教えられないあれやこれやも、試しに使ってみようかな、なんてね。















 走る。

 ――砕ける地面。

 走る。

 ――弾ける石壁。

 走る。

 ――倒壊する家屋。


「こんな乱戦になるなんて……!」


 飛び交う妖力弾や炎や鉄やらをくぐり抜けながら、私たちは群がる悪魔たちに攻撃を加えて脱落させていく。どうやら脱落すると、水晶の力で街の外にグループごと放り出されるらしく、空を舞って消えていく悪魔を、私たちは何度も見ていた。

 もっとも、私は今のところ、誰も吹き飛ばせていない。というのも――



「【闇王の重鎚ダークホール・スマッシュ】! アハハハハっ、気をつけなさいな!」

『狼雅“ブレス=オブ=ロア”! ふむ、その程度か? ならば次に行くぞ!』



 ――とまぁ、二人がこんな調子で、中々私にお鉢が回ってこないのだ。

 なにせこの二人、まぁ、強すぎる。周囲の悪魔は近づくだけで精一杯で、姿を見ただけで逃げる悪魔もいる始末。おかげで、我がチームの快進撃は留まるところを知らないほどだ。まぁ、予想は付いていたけれどね……?





「くそ、なんだアイツラ!」

「援護に回れ! 囲んで殺すぞ!」

「ぐぁぁぁッ!?」

「ひぇぇぇぇッ」

「に、逃げろ、あとで疲弊したところを狙――ギッ?!」





 風の刃。

 闇の鎚。


 私が手を出す暇なんてどこにもない。

 とにかく二人のおまけとして、かけずり回るように追いつくので必死だ。このまま街を廃墟にするつもりなのかな? というほどに、リリーもポチも容赦が無かった。

 けれどまぁ、こういった快進撃にはいつもどこかでストップが掛かるわけで。


『む? 未知、上だ!』

「え? きゃっ」

「あら、これ、吸い込んじゃだめよ、未知」


 突然、上空から濃霧が落ちてきた。

 辺り一面を覆うような濃霧の中、リリーの助言に従い口を閉ざす。そのまま、ただ殺気を避けながら転がると、ふと、濃霧が晴れた。







「はぁっ、はぁっ、ふぅ……いったい、なにが?」


 周囲を見回しても、リリーとポチの姿は無い。

 同時に、私の周りに他の悪魔の姿も無く、はぐれたのではなく意図的に分断・誘導されたことに気がついた。


「なら――【速攻術式セット窮理展開陣(ハイアナライズバレル)展開イグニッション】」


 周囲の感知を開始。

 家屋の屋上付近に、こちらを観察する何者かの存在をキャッチ。極力気がつかないフリをしつつ、不安そうに振る舞ってみる。


(まだ、動かない?)


 ある程度、こちらの不安を煽るつもりなのかな? 確かに、探知してみると、周辺の空間が結界のようなモノで覆われていることがわかる。結界で出られない、ということに気がついて絶望させてから接触したい、とかかな。悪魔の考えることだ。どうせ、そのあたりの嫌がらせだろう。

 だったらのんびり結界まで歩いて、その間に、色々と準備をしてしまおう。


「【速攻術式セット魔導陣可視化抑制(グラフ・インビジブル)展開イグニッション】」


 魔導陣は普通は可視化できないものだけれど、あんまり重ねすぎると見えかねない。

 なので、一応、保険をかけておく。監視者も、声を聞くつもりはないようだしね。




「【第一詠唱術式起動ファースト・ワード・スペル・スタート図式術形態ダイアグラム・フォーム展開指定(バレル・パーマネンス)

第一図形(ファースト・グラム)対象追尾ロックオン第二図形(セカンド・グラム)連続起動リピーター第三図形(サード・グラム)余剰魔力吸収マジック・アブソーバー第四図形(フォース・グラム)術式魔力循環マジック・サーキュレーター図式接続(グラム・コネクト)

第零番図形(メイン・グラム)第二詠唱接続コネクト・セカンド・スペル】」




 まず、図形魔導陣(スペル・ダイヤグラム)を展開。

 これが“本来の使い方”。色々隠れ蓑にこれに付与する程度で光線術式なんかを起動していたけれど、これの本来の使用方法は“動力”だ。




「【第二詠唱開始セカンド・ワード・スペル・スタート基点術式オープン律動開始セット】」




 即ち、これから起動する魔導陣を補助する、という目的だ。

 えげつなすぎて、特専では使えないけれどね! いやほら、高校生の頃はぼっちだった上にもう魔法少女に変身できないと思い込んでたから、少しでも魔法に近づけた魔導術が使いたくってつい……。

 そ、それはともかく。




「【形態指定フォーム多重効果マルチプル・エフェクト

様式設定アーム光槍弾軍レイ・ランサーズ・ファランクス

装置付加パーツ指揮起動パフォーマンス・コンダクター

二連詠唱接続(ダブルスペルコネクト)重装ハーモニクス術式展開イグニッション】」




 無限供給される魔力で、光の槍を軍団のように射出する。

 これだけ唱えながらなので本当にふらふらとしながら、私は結界に触れた。




「クックックッ――残念だが、出ることは叶わないぞ、女」

「ッ誰?!」




 いや、誰か知らないのは事実だし!

 そんな、誰に対するとも言えない言い訳を胸の裡に秘めながら、私は現れた影に呼応するのであった。





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