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そのはち

――8――




 決闘を終えてからというもの、道行く人たちの視線が全てポチに注がれるようになった。

 それはまぁ、気持ちはわかる。彼は界隈でもそれなりに有名な悪魔だったらしく、広まったのかなんなのか、“あのアンドリュウスを”とか、“上玉二つ弄ぶ力量”とか“強くて格好良い狼”とか、そんな言葉が聞こえてくるそうだ。

 この状態でリリーが誰かの決闘を受けたりでもしたら、どん引きされるんだろうなぁ。


「ふふふ、視線が心地よいわね」

「そ、そうかなぁ? ところで、今晩はどうするの?」

「あら、もう夜の相談? あなたが上が良い? それとも下?」

「何の話?! いや、そうじゃなくて、宿の話よ??」


 街並みは、真っ当に煉瓦や石造りの家々だ。商店なんかもあり、蠢きながら奇声を上げる動植物をライブキッチンしていたりする、ある意味では“想像どおり”の風景である。

 首輪付きの私を見る目が、幾人かは“食料”なのがとてもとても気になるけれど、気にしない方が良いのだろうなぁ。


「これだけ広い街ですもの。もう少し、あの“城”に近寄れば宿の一つもあるでしょう」


 そう、リリーが目を向けたのは、街の一番奥に座す巨大な城であった。

 透明な水晶で作られているというのに、不思議と中を見通すことが出来ない。まるで、透明なのに底の深い海を覗き込んでいるような、そんな錯覚さえさせられる。


『うむ、我もそろそろ子犬モードに戻りたい』

「いや、ポチ? そのモードがデフォルトだよね?」

『わふ?』


 すっかり飼い犬になっちゃって、もう……。

 ポチは歴戦の、古いタイプの悪魔にしては柔軟すぎるのよね。





















 そうやってしばらく歩いていると、いよいよ城の傍までやってきた。

 城のすぐ前はどうやら広場になっているようで、そこから色々な場所に繋がるように出来ているのだろう。派手ながら、効率的な造りであるように思える。

 その、大きな城門前の大広場には、今、何故だかそれはそれはたいそうな人だかりが出来ていた。いつもこう、なのかもしれないけれどね。


「なんの人だかりなんだろう?」

「ポチ、あなた、見に行きなさいな」

『フッ……任せておけ』


 ポチはどうどうと人だかりに進んでいき、悪魔たちを押しのけながら人だかりに消えていく。さきほどの事があったからか、二人での残る私たちに声を掛けようとする姿も無い。

 騒ぎになってしまったことには焦ったけれど、結果として、こうしてさらなる厄介ごとに巻き込まれずにいられるのであれば良かった。


「ポチ、遅いね」

「字が読めないとか言ったら、どうしてくれましょうかね」


 ……なんて、気を抜いていたのがもしかしたら悪かったのだろうか。

 私たちめがけて近づいて来る、金髪の男性。煌びやかな中世風の服装に、白い肌。それから、厳つい体格の全身鎧を四体も引き連れている。

 耳は尖っていて、牙も生えていて、瞳は赤。背中から生やした翼には、これ見よがしに装飾チェーンで飾られた妖力珠。


 全体的に、“趣味が悪い”男だ。


「君たち、特別に此度の“聖夜祭”で、ボクの傍仕えとなることを許そう」

「申し訳ありません。主人に聞いてみませんと」

「必要ないよ。ボクはこれでも伯爵家の吸血鬼さ。君たちの“ボクを知らなかった”という無知の代償と思えば、君の主人もきっと許してくれ――」


 伯爵? 騎士爵、男爵、子爵、伯爵……の、伯爵?

 悪魔にも爵位なんてあるのかな。その場合、領地とかはどうなるのだろう? 土地はあるだろうけれど、とうてい住めたモノでは無い……というのが、魔界のイメージだったのだけれど。


「ねぇリリー、伯爵……というか、貴族ってどういう扱いなの?」

「旧体制にしがみつく化石」

「へ、へぇ。え? なら、今は領地なんかないの?」

「昔ながらの土地を勝手に囲っていい気になっているだけよ。本物の貴族とは、己の力で成り上がったものだけね。あれは、そうね、成金のボンボンよ」


 なんだか伯爵だという彼が何かを言っていた気もするけれど、思わず流してしまった。

 どうやらそれが気にくわなかったようで、彼は少しだけ呆然とし、それから顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。




「――る、って、話を聞いていないどころか馬鹿にしようとは良い度胸だ!」

「決闘したい?」

「ああ――って、はぁ?」




 けれどそれは、リリーの“鬱憤晴らし”の罠でしかなかったのだろう。

 同意の瞬間、水晶の台座がせり上がって、リングが出来る。台座に載る景品は、当然のように私だった。なにゆえ。

 同時に、広場に集まっていた悪魔たちが、愉しげにリングを囲う。彼らにとって、この“決闘”という行事は、ただの娯楽でしかないのだろう。


「あなたの賭けるモノは、あなたの妖力珠よ」

「なっ、勝手に……ああっ」


 私の隣にせり上がる台座。

 そこに、吸血鬼の妖力珠の映像が浮かび上がる。決闘で使用されるから、仮の映像が置かれる、ということなのだろう。

 吸血鬼の了承がなくても妖力珠が景品となった理由は簡単だ。さっきから、私は一度も了承していない。“欲しいモノを奪い取れる”ようになっている――即ち、システムの一環なのだろう。


「良いだろう、小娘。おまえもおまえのペットも、みんなみんなボク専用に調教してやる!!」

「さ、未知、合図を」

「舐め腐りやがって……もう許さないぞ!!」


 悪魔って、こんなのばかりなのだろうか。

 ため息をつきたくなるのをぐっと我慢して、合図のために手を挙げる。





「おいおい、イジメかよ伯爵サマ」

「あの子も運が悪い。伯爵様に絡まれるなんて」

「素直に侍らされておけば、一晩で済んだかも知れないのに」

「血ィ、血を見せろーッ!!」

『むぅ、出遅れたワン』

「殺せ! 殺せ! ひひひひひっ」





 周囲の観客は、ポチならばいざ知らず、リリーに勝てるわけがないと思っているのだろう。いやでもね? たぶん、あなたたちが束になったところで、リリーには勝てないからね?


「よーい……始め!」

「ボクの妖力珠“血陣法典”は、我がオルオイム伯爵家に代々伝わる秘法ッ! その効果は、吸血鬼にとって必要な血液の補充だけでなく、操作も硬質化も自在に操る! 見ろ!!」


 オルオイム? の翼に着けられた妖力珠から、どぼどぼと血液が流れる。

 その血液はオルオイムの腕に巻き付き、バケモノのような巨大な剣を生み出した。なるほど、吸血鬼のためにあるかのような妖力珠だ。


「あら、丁寧なご説明、どうもありがとう。でも、私には必要ないから、さっさと吸収させて貰うわね?」

「キハハハハッ! その強がり、いつまで持つかなぁ!?」


 時間を追うごとに巨大化する剣。

 いや、でも、それだけではリリーは止められない。悪魔に外見なんか関係ないはずなのに、侮るからこうなるのだ。


「手足をもいでボクの部屋に飾ってやるよォッ! ほうら――」

「【闇王の棘ダークホール・スティング】」

「――ァッ、えっ、ギッ?!」


 リリーが指を弾くと、幾つもの闇を固めた針が上空に出現。

 降り注いで、オルオイムの身体を貫き、リングの上に拘束した。


「この程度、ヴァンパイヤ・ミストで霧化……できない?!」

「うーん、やっぱりつまらないわ。聖夜祭の詳細も気になるし……ねぇ、あなた」

「な、なんだよ、解けよ、離せよォォォッ」

「いい加減飽きてしまったの。死んで下さらない?」

「は? ……お、おい、嘘だろ、やめろォォ! ボクは誇り高き吸血鬼氏族オルオイム伯爵家次期当主(・・・・)のテルフレンド・ナス・オルオイムだぞ!? ぼぼぼぼ、ボクに手を出したらお父様が黙ってないんだからな!?」

「そう。なら、あなたのお父様も纏めて潰してあげるわ。――闇に溺れなさい」


 リリーが振り上げた掌の中。

 闇という闇が集い、形を生み、形成されていく球体。

 まるで妖力珠のようだけれど、違う。あれはもっと強力なモノだ。


「【闇王の饑餓ダークホール・エニグマ】」


 球体は、ゆっくりとオルオイムに向かって進む。

 ふわふわと動くそれは、オルオイムの生み出した血の盾を焼き切り、吸収し、ブラックホールのように超重力で圧縮して消していく。


「いやだ、いやだいやだいやだ、死にたくないよぉぉぉ――ゥフッ」


 その球体がオルオイムの鼻先まで近づいて――オルオイムは、股間を濡らしながら白目を剥いて気絶した。敵対者に対しては極力慈悲を持たないようにしているけれど……うーん、これは、どうすれば?


「呆れた。あなたみたいな汚物に力を使うのはもったいないわ。私の勝利でよろしくて?」


 圧倒的な力。

 暴力的なカリスマ。

 妖艶に笑うリリーに、観客たちはまったく同じ動きで頷いた。


「お待たせ、未知」

「いいえ。愉しそうでなによりよ、もう」

「ふふふ、あんなんじゃぜーんぜん足りませんわ」


 リングが解除され、妖力珠がリリーの手に収まる。

 本当に砕いて吸収してしまうモノかとも思ったが、そうはしないようだ。


「まだ利用価値がありそうですもの。こんな面白いコト、手放すのはもったいないわ」

『なるほど。餌か』

「あ、ポチ。どうだった?」

『うむ。説明したいところだが……場を移そう、ボス。ここは騒がしい』

「あー……」


 リリーとポチが周囲を見ると、まだ私たちに向けたざわめきが収まっていないようだった。

 うん、なるほど、確かに騒がしい。


『ついでに、広場にいた悪魔共に看板娘が可愛いオススメの宿を聞いておいた』

「可愛い必要は無いからね?」

『急ぐぞ、ボス』

「あ、ちょっと!」

「ふふふ、なんだか愉快なことが起こりそう」


 今だ愉しげなリリー。

 クールに変なことを言うポチ。

 マイペースな二人に引き摺られるように、私たちは慌ててその場を離れた。
























 “黒髑髏邸”。

 そんなおどろおどろしい看板の宿に、私たちは三人部屋をとって宿泊することになった。

 お代金の出所は、リリーのものだ。魔界共通通貨なら、リリー以上の“お金持ち”を探すことの方が難しいらしい。まぁ、そうだよね。

 ……ちなみに、“可愛い看板娘”については、その、どうやら価値観の異なる方に聞いたらしく、女性骨格のスケルトンだった。しょんぼりするポチを慰める気はさすがになかったけれど、うん、価値観の相違には気をつけないとならないわね。


『どうにもあの告知は、今日、提示されたモノであるらしい』

「あら、タイムリーね」

『催しの名は“聖夜祭”。女王リズウィエアルのために街一番の強者を決め、勝ち抜いたものは謁見できる、というものだ』

「なんとまぁ、都合の良い……」


 つまり、私たちが求めていた条件が、まさしく成立するということだ。

 これをタイムリーと言わず、なんと言おうか。


「個人戦なのかしら?」

『いや、グループで良いそうだ。何人でチームを組んでも良いが、一人脱落したらグループごと脱落になるそうだ』


 リリーの質問に、ポチはそう丁寧に答えてくれた。

 しかし、それはわかりやすい。女王の求めるものは強者であって、弱者混淆の人海戦術は認めない、ということなのだろう。


「形式は?」

『期限内に全出場者が、室内を除く街中の空間で戦う、というものだ。戦闘方法については、なんでもありらしいぞ』

「えっ、ポチ、建物は?」

『いいか、ボス。そのための石造り。即ち――壊れても、専用の妖力珠で直ぐ修復だ』


 それって、参加者を室内禁止にする意味あるのかなぁ?

 潜伏されるとつまらない、とか、そんな理由なのかも。


「ポチ、開催はいつから?」

『明日だ』


 尋ねて、思わず首を傾げる。


『良いか? ボス。覚えておくと良い。リズウィエアルという悪魔は享楽的だ。己の快楽や愉悦のために、無駄な時間を過ごすことを嫌う。同時に、必要な時間なら待つことを厭わない部分もあるが、今は良いだろう。つまり、“どうせ話題になって直ぐ周知されるのなら、開催も直ぐで良いよね?”ということだ!』


 懇々と語れる言葉。

 リリーも、“お母様らしいわ”なんて言って笑っている。




「なんだか、とても大変なことに巻き込まれたような気がする……」




 元々は、天界への道を聞くだけだったはずなのに……あれぇ? どうしてこうなったんだろう?

 首をひねっても答えは出ず、悶々としながら“聖夜祭”のために、就寝する羽目になるのであった。





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