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そのなな

――7――




 

 髪の色は白から赤まで、千差万別。

 肌の色は黒から青まで、統一感なく。

 角が生えてたり尻尾が蛇だったり、混沌として。


 この魔界という場所は、私が思っていたよりもずっと奇妙な場所だった。


「ふふふ、みんな未知を見ているわよ」

「私ではなくリリーだと思うわよ?」

『いや、両方であろう。見ろ、雄共の目を。あれは我の雌をうらやむ目に相違ない』


 誰が「我の雌」よ、まったくもう。

 けれど、言われてみれば確かに、周囲の悪魔たちの目は私とリリーの二人に向いているようだった。リリーはなかなか目立つ容姿だし、私には首輪がついているからね。それが要因でないとも言い切れない。

 それから、ポチを見る目も多い。けれど、ポチを見る悪魔のほとんどは、ぎょっと目を見開き、それから慌てて逸らしているようであった。




「――よぉ、雌が二匹もいらねぇだろ?」




 そんな中。

 雑踏の中から一人、大柄の悪魔が表れる。黒い肌に赤く逆立てた髪。金の瞳は縦に瞳孔が割れていては虫類のそれを思わせた。

 身長は二mは優に越えるであろう。ガッシリとした、筋肉質な体型だ。


「犬っころにはもったいねぇ上玉だ。このアンドリュウス様が、もらってやるよ」


 アンドリュウスと名乗った悪魔は、けれどポチに完全に無視されていた。というかやっぱり、二人ともポチの所有物に見えるんだね。


「おい待てよ! チッ、やっぱり雑魚にはプライドがねぇのか。言い返す度胸もないなんてなぁ」

『ん? ああ、すまない。何か言ったか? 悪いが、豚語は知らんのだ』

「――そうかよ。ハハッ、安い挑発だ。だが良いさ、“決闘”だ」

『何故、貴様のようなものと遊ばねば――む?』


 呆れた表情で拒否をしようとしたポチだったが、何故か、それは通らなかった。

 一瞬にして周囲の観客が飛び退き、水晶のリングが構築される。そのリングに入れられているのはポチとアンドリュウスであり、せり上がった台座に乗せられているのは私とリリーであった。


「ヒ、ハハハハハッ! 見るからによそ者のおまえに、この街の熟練たるこのアンドリュウス様が、懇切丁寧に教えてやろう!」

『そうか。特別に聞いてやろう』

「グッ……余裕な態度で居られるのも今のうちだぞ、犬」

『そうか、それは楽しみだ』


 完全に余裕で、クリスタルの上で毛繕いを始めたポチ。

 あからさまな挑発に苛立ちながらも、不敵な笑みを崩さないアンドリュウス。

 リリーはその光景にたいして興味もないのか、闇を固めた棒で爪を磨いていた。


「この街では一つの、絶対的なルールがある! それが、“決闘を受けたモノは何人たりとも勝者の言葉に従わなければならない”ということだ!」

『ふむ……決闘を受けた覚えはないのだが?』

「クックックッ……ああ。だがおまえは、オレの言葉に“苛立った”だろう?」

『いや?』

「強がらなくても良いんだぜ。なにせ、このフィールドこそが最大の証拠だからだ! 決闘の同意は“心の中で負かしてやりたいと思う”だけでも成立するのさ! そう、問答無用でフィールドが構築される場合はたったの二つ! “同意した場合”か、“弱者が格上に挑む場合”のみだからなァッ! ヒハハハハッ!!」


 あー。

 うーん。


 ちらりと隣を見ると、途端に嗜虐の目でアンドリュウスを見始めたリリーの姿。

 そうだよねぇ。アンドリュウスは、心の中での同意によって決闘が承認されたと思っているようだけれど、この場合は明らかに――。





(『あーあ、あの魔獣、アンドリュウスに喧嘩を売っちまったよ』)

(『アンドリュウスの新参者狩りか、久々だな』)

(『黒い体毛の狼の魔獣? ……どこかで見たことがあるような?』)

(『おい、どっちに賭ける? おれはアンドリュウスだな』)

(『ひゅー、上玉だねぇ。アンドリュウスが飽きたら買うか』)





 口々に囃し立てる観客たち。

 彼らの言葉は聞いていて不快だが、まぁ、このあとのことを考えると許せる気になってくるから不思議だ。

 あの程度の悪魔に(・・・・・・・・)、|ポチが負けるはずがない《・・・・・・・・・・・》からね。


「ねぇ、あなた、アントニオといったかしら?」

「おいおいお嬢ちゃん、新しい主人への口の利き方くらい覚えておかないと、あとが大変だぜェ?」

「どうやら私たちが景品のようだけれど、あなたはこの決闘になにを賭けるのか、教えて下さらない?」

「……クククッ、ますます気に入ったぜ。おまえがどんな表情でオレの言うことを聞きたがる(・・・・・)のか、今から楽しみだ。そうそう、少しでもやる気を出して無残に負けるように、オレの賭け金はそんじょそこらでは手に入らないブツにしてやろう」

「へぇ? それは楽しみね」


 アンドリュウスの言葉に従うように、私たちの隣に台座が一つ構築される。

 決闘の景品決めたら問答無用で追加されるのだろう。そこに現れたのは、黄金の球体だった。

 それを見た観客が、あからさまにどよめく。これはそれほどのものなのだろうか?


「これこそが、オレの最大の秘宝、“運命の珠”! 使用すればあらゆる幸運を引き寄せる、妖力珠だ! 女王様に貢ぐために未使用だぞ。見れて嬉しいだろう? クハハハハッ!!」


 高笑いをするアンドリュウスに、引きつった笑みを返す。

 そうかー、そんな貴重なものを出しちゃうのかぁ、リリーが嬉しそうだ。


「さて、説明はここまでで良いだろう。審判はおまえがやれ、奴隷の女。うまく媚びを売れば、たっぷり可愛がってやるぞ」

「ごめんなさい、タイプじゃないの」

「ぐぐぐ……あ、あとが楽しみだよ、本当にッ!!」

「では両者、見合って」

「み、みあ?」


 あれ、見合って見合って~とは、魔界では言わないのかな?




「こ、こほん。よーい――」

「へ、へへ、犬鍋にしてやるぜ」

『ほう』

「――始めッ!!」




 スタートの合図と同時。

 アンドリュウスは腕に黄金の鎧を纏うと、それを大きく振りかぶった。


「大地をも砕き砂に変える一撃、受けられるかなァッ?!」

『狼雅』


 振り下ろされた黄金の腕が、リングに衝突する。

 その時には既に、その場にポチの姿は無い。


「ど、どこだ?!」

『ここだ』

「ハッ?!」


 一瞬でアンドリュウスの後ろに回り込み、低く唸るポチ。

 アンドリュウスは慌てて体制を整えようとするが……もう、遅い。




「こ、この――」

『“ブレス=オブ=ロア”』

「――あ、ぎ、ガァァァァッ?!」




 風の咆吼。

 嵐の鳴撃。


 質量を持った風が巻き起こり、アンドリュウスの身体をリングの外――どころか、街の外まではじき飛ばす。

 あとに残るのは静寂のみ。ただ、台座から浮かび上がった黄金の球が、ポチの前でぷかりと浮かんでいた。





「お、オオオオオオオオオオオオッ!!」

「すげぇ、あのアンドリュウスを一撃で伸しちまった!」

「なんだあの魔獣、並の力量じゃねぇぞ!」

「やったぜ、大穴だ!!」

「チクショウ、飲み代全部スッちまった!!」





 反響する声援。

 誰もアンドリュウスのことを見向きもしないのは、彼らが享楽的なのかアンドリュウスが嫌われていたのか……まぁ、考えないようにしよう。

 ポチは声援を“当然のモノ”と言うかのように、優越感も動揺もなく戻ってくる。やはり魔界で生きてきた頃は、狼たちの王として君臨してきたということなのだろう。


「お疲れ様、ポチ」

「ふふ、やるじゃない。良い成果よ」

『うむ、この程度はなんということはない』


 まぁ、一瞬だったしね!

 そうは思いつつも、守ってくれたことには相違ない。ポチの頭をふわふわと撫でて、褒め讃える。

 けれど、こう、“決闘”システムかぁ。なんだか、嫌な予感しかしないんだよなぁ。




(なにごとも起こらないといいけれど)




 なんとなく、このメンバーでは厄介事を避けることも難しいだろう。

 そんな感想を言葉に出すことなく堪えると、はき出した息に憂鬱が混じっているかのように、白く、濁った。





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