表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
434/523

そのよん

――4――




 夜の東京湾。

 ポチの先導に従って、私たちはついにその場所にたどり着くことになった。


『ボス、見えたぞ』

「あ、ポチ」


 黒い身体の、成犬フォーム。

 狼の魔獣、ポチは、先を見据えてそう告げた。

 ……操舵室で人工知能に指示を与えていたから、存在を忘れていた――なんてことはないよ? ええ、もちろん覚えていましたとも。


『“そういえば居たんだっけ☆”という顔をしたな? ボス』

「していませんし、☆なんかつけませんからね!?」

『口調が変だぞ、ボス。やれやれ』

「ポチ、帰りは遠泳してみる?」

『入口が見えたわん!』


 もう! 直ぐ、犬の振りして誤魔化して!

 じとーっと冷や汗をかくポチを睨み付けてから、ポチの言う入口とやらを見る。

 するとそこには、唐突に岩場があり、ぼんやりと光っているようだった。


『夜、それも三種類の力がある状態でしか観測できない現象だ』

「三種類?」

『妖力、霊力、魔力……であろう? 我のように鼻が利けば、観測する必要は無いが』

「なるほど」


 つまり、魔力がない時代は、天力がその役割を負っていたということなのだろう。

 近づいて、自動操縦がちょうど良い位置で停止する。さて、ここからどういう手順にすればいいのやら。ポチを見ると、ポチはこくりと頷いた。


『まずは我が空間に“ひずみ”を作る。それを、術者たちで固定してくれ』

「ハイハーイ。それならまずアタシが、この場所を支点に“縁”の構築をするわねぇ」


 そう、馨は私とリリーとポチを並べる。

 リリーも、構築とやらには興味があるのだろう。面白そうに馨を見ている。


「【大穴牟遅(おおなむち)大神、みさちはえませ 結びの大神力おほみちから振りたまひ。我が友にえにしの糸を結び結ばしめ給へ】」


 そう、馨が三礼四拍一拝する。

 すると、馨の霊力と言霊と祝詞のりとが合わさり、私たちの腕にミサンガのような橙色の結び紐が巻き付いた。


「はぁい、終わりよ。これは実体ではなく縁か可視化しているだけだから、千切れる心配は無いわ。存分に、暴れてらっしゃいね♪」

「暴れるとは限らないけれど……ありがとう、馨」

「ふふ、どういたしまして」


 これで、いざ迷子になったとしても大丈夫ということだろう。

 迷子になるつもりはないけれど、“道に迷って帰れない”という心配をする必要がなくなっただけでも、随分とありがたい。


「じゃ、次は僕らの番だね。準備はどう? 春花」

「はい、お兄さん! 目醒め(おき)て、“白夜の聖騎士(ヴァイス・リッター)”」


 そう、春花ちゃんは心臓に手を当て、白い花のような紋章から剣を抜き放つ。

 それは“向こうの世界”で見たときと相違ない、煌びやかな西洋剣であった。


「ポチ」

『うむ。行くぞ――わんっ!』


 ぐっと身構えて。

 ポチが一鳴きして。


「へ?」


 たったそれだけで、空間に“ひずみ”が出来た。

 あれ、たったそれだけで良いの?! み、身構えてしまって恥ずかしい。


「なら、次は僕だね。契約執行、精霊術詠唱“二小節(セフテロス)”――【大空の覇者よ(エオニオティタ)我が手に集え(スティグミ)】」


 七の詠唱に合わせて、ひずみが大きくなる。

 すると、その向こう側――まるで、宇宙空間のような光景が、現れた。


「固定します! 白夜の騎士よ、遙か未知たる紫雲の空を我が手に宿せ、“紫空の騎士ヴィオレット・リッター”! 空間、固定!」


 白夜の聖騎士が光と共に変化。

 紫色の宝玉を持つ、まるで音叉のような形をした剣だ。それを春花ちゃんが一振りすると、空間が紫色の光で固定された。


「騎士よ、守り手となりて――よし、これで、私が離れてもしばらくは大丈夫です! 今日は帰らなければなりませんが、二日おきに更新に参りますので、ご安心ください!」

「手間を掛けてごめんなさいね、春花ちゃん」

「いいえ! お姉さんのお役に立てて、嬉しいです!」


 えへへ、と笑う春花ちゃんの、頭を撫でる。

 うん、これはちょっと、失敗はできないね。


「さ、そろそろ出発するわよ、未知、ポチ」

「ええ」

『うむ』

「気をつけてねぇ」

「ご武運を!」


 リリーの言葉に頷くと、すかさず馨と春花ちゃんがそう言ってくれる。

 それから直ぐに、七も微笑んで頷いてくれた。


「頑張っておいで」

「ええ、ありがとう、七」


 ポチの先導についていく形で、私たちは空間のひずみに思い切って飛び込む。




「すごい……」




 すると、そこは宝石箱のようにたくさんの光がちりばめられた、美しい空間だった。

 並んでいるリリーもこの光景には思うところがあるのか、楽しげに頬を緩ませている。


『光の一つ一つが異なる空間への入口だ。宇宙空間に生身で放り出されるか、剣と魔法とハーレムの世界に飛ばされるかは皆目見当が付かん。魔界の魔の字も拝まず迷子になりたくなければ、我から離れるなよ』

「ええ、わかったわ。【速攻術式セット飛行補助展開陣(フライトバレル)展開イグニッション】」

「ふふ、ここで暴れ回ったら幾つの世界に被害が出るのかしら? 楽しそうね」


 り、リリー。そんな可愛らしい笑顔の裏で、そんなことを考えていたんだね。

 ポチについて、そのまま亜次元を移動する。すると、その先に、ひときわ黒い穴を見つけた。

 これって、まさか?


「ポチ」

『うむ。飛び込むぞ!』

「ふふ、なんだか秘密の通路みたいで面白いわ」


 真剣な様子のポチ。

 楽しげな様子のリリー。

 私はそんな二人から離れないように、揃って穴に飛び込んだ。



























 ――鬱蒼と茂る木々。

 ――どこまでも晴れ渡る空。

 ――見たこともない巨大な芋虫。



「っ、ここ、が?」


 果たして魔界とは、どんなところなのだろうか。

 期待と不安をない交ぜにして飛び込んだ先は、まるで魔物の跳梁する“異界”のような光景で、私は想わずぽかんと口を開ける。


『うむ、懐かしい気候だ』

「ララリューイ? お母様の領域まで、少し遠くはないかしら?」

『入口はランダムだ。ミスルスィでなかっただけ良いだろう』

「ランダムなの。そう、なら、未知のことを思えば最適ね」


 “驚かせるので教えません”。

 そう、悪魔的な発想で知識無く、しょうがないので遠足のときのような完全武装で来た私は、話について行けずにぽかんと固まる。

 というか、もっと荒々しい場所を想像していたのだけれど、なんというか、意外に普通だ。いや、動植物はやたらと巨大だけれど。


「ふふ、驚いたかしら?」

「ええ、とても」

「でも、驚くには早いのよ?」

「えっ」


 まだ、驚き足らないというのだろうか。

 いや、リリーとポチのことだから、おいそれとは教えてくれないのだろうけれど。


「良い? 未知。今私たちがいるのは、森林地帯“ララリューイ”よ。ここから北西に進むと、お母様の居城があるわ」

「北西、というと……まさか」


 太陽の位置からだいだいの方角を割り出して、北西であろう方向を見る。

 そこには、ぐつぐつと煮えたぎる山頂が見えた。というかアレ、火山だよね?!


「そうそう。あの火山の裏よ」

『よし、ボス、我に乗れ。リリーはどうする?』

「浮いていくから心配ご無用、ですわ」

『心得た。ボス』

「ええ。“限定解放リミットリリース”」


 ポチの姿が馬よりも大きくなると、私はポチの背に跨がった。


「火山地帯トロンドンを抜けて、極寒領域アイライス方面へ、ね」

『うむ。それで問題あるまい。ゆくぞ!』

「ポチ、私に指示だしなんて良い度胸ね?」

『わふ』


 リリーの単調な声に、ポチはそっと口を噤む。

 ――なにはともあれ。魔界へは無事たどり着いた。あとは、怯むことなくリリーのお母様と対面するだけだ。




(格好悪いところは、見せられないからね)




 そう、己に告げて、

 私たちの魔界攻略が、幕を開けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ