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そのにじゅういち

――21――




 飛び交うのは、光の槍。

 もはや嫌になるほど見慣れてしまっていた光の雨が、視界いっぱいを覆う。盾になるのは、やたら丈夫に出来ている天使薬のポットだ。そうだよね、壊れたら困るものね。


「霊力循環」


 ラピスラズリに宿った、怪盗団という義賊の“縁”から流れ込む霊力を、己の物として操る。まずは肉体強化から。それから、循環させている霊力を、魔導の経験を生かして効率運用。

 属性値の転化。即ち是、転換霊術っということで。



「【燠火おきび】」



 杖の先に炎を灯し。



「【篝火かがりび】」



 勢いよく燃え上がらせて。



「【旋風つむじ】」



 風を吹かせて、炎を振りまく!



「ぐぁッ?!」

「着弾確認――【鮮火あざか】!」



 爆発。

 小規模のそれらは、当然ながら天使に効くはずはない。けれど頭部や顔面を狙ったそれらは、確実に、視界を奪う。

 よし。昨晩、サーベに別世界から来たってカミングアウトしておいて良かった。これで私も、色々と開き直って、出来ることをやれる。いや、足を引っ張らない程度にね? これ以上の大規模な術は、その、ごめんなさい。この程度の霊力では無理です。


「斬り断て――【――――】」


 その、視界を潰された天使たちを、サーベの術が切り捨てる。

 やっぱりそうだ。別世界から来たと言ったときはさらっと流したように見えて、本当はちゃんと把握していたのだろう。躊躇うことなく、私に合わせてくれた。


「ナイス、サーベ!」

「ナイス、じゃねぇえ!! おま、おまえ、生き残っただけの一般人じゃなかったのか?! なんだあの繊細な術式は?! ええ、オイコラ!!」

「えええええぇっ、だって、別世界から来たって言ったじゃない! 了承してくれたんじゃなかったの?!」

「冗談だと思うだろうがコノ鈍感ポンコツ天然女ァァァァァッ!!」

「ちょっ、ひどい?!」

「いちゃつくなら後にしろォ! ミョルニルで焼き殺すぞ小僧共ッッッ!!」

「「ご、ごめん(なさい)」」


 走り回って光の槍を避けながら口論していると、テイムズさんが見たこともないような表情と、聴いたこともないような声で怒鳴りつけた。

 うぅ、今のは完全に私たちが悪いわ……。ごめんなさい、テイムズさん。


「おい、未知。もうちょい霊力があれば、もっと色々出来るか?」

「ええ」

「よし。――【――――】」


 サーベが詠唱と共にラピスラズリに手を翳すと、瑠璃色の輝きが鮮やかに、強くなる。

 霊力譲渡。なるほど、これなら、ええっと、節約すれば色々出来る!


「暴れ回るぞ、未知!」

「ええ、サーベ!」


 霊力制御。

 霊力循環。

 霊力波動。

 霊力形成。

 超覚エンスシス発動。

 転換霊術。

 属性置換。

 術式起動。


「人間如きがッ!! 神の箱庭を我が物顔で往来する罪、その身で悔やめ!」

「【土煙つちけむり】」


 光の剣を片手に飛び込んできた天使の顔に、砂を振りかける。

 土が目に入ると相当痛い。それは天使も変わらないのだろう。痛みに仰いで、数歩退いた。


「【旋風つむじ】」


 次いで、風を吹かす。

 吹いた風は循環を生み出し、多めに巻いた土煙を舞い上がらせた。


「【固風かためかぜ】」


 本来は、火を灯すのに風を止めるための霊術で、土煙の舞う一定空間の風を停止。

 複数の天使を巻き込んで、粉塵(・・)の中に閉じ込めた。


「目くらましのつもりかァッ」

「いいえ――必殺の一撃よ。【追風おいかぜ】」

「はァ?」

「【燠火おきび】」


 着火。


「簡易結界【防音・対衝撃】」


 爆発。


「なに――ギガッ、ァアアアアアアアアアッ」


 空気中の土煙を霊力に逆置換。変化を始めた土は存在として不安定になり、霊力の衝撃で、そう、例えば火を当てれば燃え上がり、水を加えれば凍り付くような状況になる。

 ここで風を加えて酸素を送り込み、更に不安定になった土に方向性込みで着火をすると、燃焼物同士が酸素によって連続で燃え上がり大爆発を起こす現象――即ち、“粉塵爆発”となる。

 これは、お手軽に出来て制御不能の大爆発を起こすという、学校で“教えられない”霊術の一つだ。おかげで、巻き込まれた五体の天使が全て、光の粒子となって消滅していった。うん、えぐい……。


「死」

「ッきゃあっ」


 背後に迫っていた光の剣を、屈んで避ける。

 ついで、光の槍の連打を避けながら、距離を――


「殺」

「っっ」


 ――離せ、ない!?

 冷徹な目をした天使。彼の斬撃は他の天使の比ではない。早くて鋭いそれから逃げ回るのに精一杯で、それ以上の動きができなかった。

 まずい、このまま続けられると、体力に劣る私が押し負ける!


「【おき――」

「否」

「――っつぁッ」


 斬撃。

 左腕を掠めて、鮮血が舞う。同時に霊力循環で止血をし、転がりながらなんとか追撃をかわした。霊術を防がれた上に、距離を詰められて行動を防がれる。視線を外す暇が無い、というのが一番厳しい、かな。




「流れ速く、鋭く至りて雷迅とならん――転化“雷鳴の騎士(ゲルプ・リッター)”」




 刹那。

 天使の刃を受け止めたのは、稲妻を纏う、黄色い宝玉の黄金の剣。片刃長剣が剣を防ぎ、叩き切り、コードで繋がったもう一振りの剣が、天使の身体を切り裂いた。


「無、念」


 光の粒子となって消える、天使の姿。

 その光景を見届けることなく、両手足に甲冑を身につけた春花ちゃんは、ステップを踏むような気軽さで高速移動。瞬く間に、襲いかかろうとしていた天使を数体、切り捨てた。


「お姉さんに触れようとする不届き者は、この東雲春花が一体残らず切り捨てます! 涅槃に還りたいものだけ、かかってきなさい!!」


 剣を構えて言い放つ。

 その後ろ姿に、どうしてか、拓斗さんの背中が重なるようですらあった。

 ――きっと、この世界にいないのであろう拓斗さんの心が、受け継がれているように、そう、思えた。


「春花ちゃん、右後方」

「っ」

「左前方ポットの影」

「やぁっ!」

「上!」

「せい!!」


 超覚エンスシスで捉えて、場所を告げる。

 それだけで、春花ちゃんの鋭い斬撃が天使を退けた。さすがに、一撃では倒れない?


「油断はだめよ」

「大丈夫です。馨さんから、縁を受け取っておきましたから」

「え?」


 辛うじて生きていた天使が立ち上がる。

 そして、奇声を上げながら飛びかかり――空中で、ひび割れながら砕けた。


「ギギャァアアッ?!」

「恨み辛みの縁辿れば、彼岸の花に導かれ♪ はぁい、春花に未知も。一撃加えたら呪えるようにしておくから、存分にやっちゃいなさいな」

「馨!」


 “黒い粒子”になって消滅する天使たち。

 黒彼岸花の野を歩く馨は、まるで死神のように美しい。片手剣と言われても納得できるサイズの釘が、ちょっと気になるけれども!


「っしゃあ、押してるぞ、おまえら!」

「一階層は抜いた。あと七つか? アル!」


 ミョルニルの一撃で、大きく崩れる天井。

 怒号と轟音。瓦礫に紛れて放たれる、熱風と爆発。




「“爆重火タブレット絨毯アソート”!」

「燃え上がれ」




 ひび割れる壁。

 砕ける生体ポット。

 幾重にも舞い上がる、光の粒子。


「このまま、全部、撃ち抜けば――」


 いい。

 そう、誰かが告げようとして。






「――させると思うか? 羽虫め」






 強烈なプレッシャーに、息を呑む。


「っ、お姉さん、無事ですか?」

「え、ええ、でも、これは……?」

「チッ、強力な天使ね。未知、アタシたちの後ろへ」


 返事をするよりも早く、馨が私を庇うように立つ。

 けれど、それでも、魂が震えるようなプレッシャーは、どこか覚えのあるようなこの感覚からは、逃れられない。


「施設の改修にも時間がいる。その上、被害まで出すとはどういう了見だ?」

「も、申し訳ございません、所長」

「無能は必要ない。疾く、ね」

「ひッ――ギャッ?!」


 大きな男だった。

 体型は太っているように見えるが、ローブから突き出た腕は筋肉で覆われている。

 禿頭で、牙が長く、目だけは鮮やかな赤。蝙蝠のようにゆらゆらと揺れるローブは、闇を煮詰めたような黒で。


「仲間を……?!」


 春花ちゃんの、驚きに満ちた声が聞こえる。

 けれど私は、そんな声にも反応できないほどに、震える自分に気がついていた。

 何故? どうして? そんな疑問が、ずっと、ずっと、響いている。


「まぁ、いい。ここで小賢しい反乱分子の最大勢力を駆除できるのであれば、僥倖だ」


 あの、男の手で縊り殺された天使は、彼を“所長”と呼んだか。

 だとすれば、笑えない。そんなことが、あっていいはずがない(・・・・・・・・・・)

 これで、出てくるのがセブラエルやレルブイルだったら、どんなに良かったか。どうして、この男がここにいるのか。そして、本当に、ただ魔法少女がいないだけの世界でこの男が天使側にいるとするのなら――世界の真実は、あの大戦の意味は、失ってきた全ての物は、なんだったのか。






「我が名を覚える必要もあるまい。――ここで全員、死に急げ」






 そう、魔統王(・・・)ワル(・・)ウルゴ(・・・)ダイギャクテイ(・・・・・・・)は、名を名乗ることもなく、獰猛に笑った。







 決死の戦いが、始まる。





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