そのにじゅう
――20――
螺旋階段を降る。
その最中の風景は、赤煉瓦造りの質素な物だ。とくになにか飾られていることもない、蝋燭のぼんやりとした灯りだけが続く道。
「おいおい、目算地下三階ってところか? どこまで降らせる気だ」
サーベの呟きが、狭い階段に響く。
降り続けて、未だに風景に変化はない。延々と続く赤煉瓦の螺旋階段に、ループでもさせられているのではないかと疑いたくなる。
「大丈夫か? アル」
「ん? ああ、大丈夫だ。よーく下を見てみろ」
言われるがままに、螺旋階段の中央部分、ポールの隙間から階下を覗く。
すると、どうだろう。あと三階分も進めば、扉があることがわかった。
「もし、あの扉が開かれたら逃げ場はねぇ。仲間を呼ばれる前に仕留められなかったら逃げるぞ」
「それが妥当だろうな。代わりの居ない人材だ」
ケースバイケースの話し合いを進めながら、一歩一歩と降りていく。
やがて、目算地下六階か七階かほど進んだ頃に、ようやく扉が見えた。
「テイムズ」
「ああ。――search」
粟立つ肌。
これは、ええっと、電気で扉の向こうを探っている? こんな、補助的なことにも使えるんだ。超覚も併せて使いたいところだけれど……確立していないのかも。
異能がタイプ別に体系化していないくらいだしなぁ。
「――大丈夫だ」
「よし、進むぞ」
ぎぃ、と、軋む音。
扉を開くと、路地が見えた。今度は打って変わって鋼鉄の道だ。カンカンカンという靴音を、サーベはため息一つと詠唱一つで消していた。確かに、すごく気になるので助かります。
「扉は一つ」
「アル、その向こうにも、直ぐに反応はない。だが、扉から遠い位置には反応がある。慎重に行こう」
「ああ」
サーベはテイムズさんの言葉に頷くと、ゆっくりと扉を開く。
僅かな隙間から、周囲を確認。ハンドサインに従って、扉から出る。
「っ」
そして、誰かの息を呑む声が、聞こえた。
それは、セントラルの実験施設を見た時点で、予想してしかるべきことだったのかもしれない。大きな部屋の中、私たちが出たのはきっと、非常口の一つだったのだろう。整頓しておかれた二メートルほどの箱。重ねられたそれらの、ちょうど裏手に出てきたようだ。
そして、箱の隙間から見えるのは、幾重にも伸びた液体の入った筒状ポットと水槽。筒状ポットに入っているのは、人間ではない。
赤紫色の“種”と、翡翠色の宝玉、“天使薬”。壁に設置された大きなモニターに映るのは、実験施設の様子。
『被検体番号G02-1050-6508942、薬品投与の現在状況――良好』
『被検体番号A22-0981-9067543、第二フェイズへ以降』
『試験体が中央区第二管理地区で暴走、廃棄は完了しています』
『被検体番号F19-0007-0987091、第三フェイズで誤作動――廃棄』
『被検体番号P01-8702-1952466、最終フェイズ完了――試験開始』
『運用に失敗した被検体の廃棄を行います。水槽から離れて下さい』
『被検体番号L06-1109-5569980、薬品投与開始します』
『被検体収容地K29管理区3549ケージに被検体4050228号を収容しました』
『コードネーム:天兵。運用実験報告を管理ファイルに移行します』
――それは、一つの地獄の光景のようにさえ、見えた。
家畜のように連れてこられて、物でも扱うように実験対象に晒されていく被検体――人間の、姿。
彼らがいったい、なにをしたというのだろうか。何百人、何千人、何万人、何億人と各地に運び込まれて、その全てのデータがここに集まってきているのだろう。これは、その全てを管理するものたちが、我が物顔で支配する、地獄だ。
私は青ざめた表情で震えるアリスちゃんの肩を抱きしめながら、ただ、その光景を見ていることしか出来なかった。
(記録は終了だ。ぶっ潰してやりてぇが……一度、退くぞ)
震えるほど握りしめられたサーベの拳を見て、頷く。
この地獄の光景を、続けてはならない。今すぐにこれを止めたい気持ちには変わらないけれど――それは、今も騙され続けている人類に、公表してから行うべきコトだ。
『中央管理施設の転移封鎖完了』
『侵入者の現在地特定開始』
『全ての通用口の封鎖を完了』
『生きて帰すな。四肢を砕き、我が眼前に引きずり出せ』
『――任務、了解』
って、このアナウンスは?!
急いで扉に駆け寄るが、開かない。力尽くで開けようとすると、テイムズさんが私を止めて、前に出た。
「離れろ! 融かせ、ミョルニル!」
そして、ミョルニルを出現、片手で持って稲妻で錠を融かし、固めてみせる。
「な、え? きゃっ」
次いで、扉になにかがぶつかる音。せめて、八方ふさがりになる前に、扉の向こうから追いすがってきた天使を、せき止めたということか。
危うく開けるところだった……あ、危なかった。
「アル!」
「チッ、悪ぃ、転移妨害だ!」
転移妨害……。
さっきのアナウンスのとおり、ということか。
逃げ道を、ふさがれた。
「なら、話は簡単。この外道共を灼き尽くして出るだけ」
「あら、奇遇ね。アリスちゃん。アタシもそれが一番ステキって思ってたの」
アリスちゃんが指を弾く。
軋んだ扉の隙間に熱風が放たれて、阿鼻叫喚が響き渡った。
同時に、赤いアラームが鳴り響き、モニターを管理していた研究員たちが一斉に振り向く。
「アル、目標設定だ。どうする?」
「天井までぶち抜け。そしたらどうにでもなるだろ」
「ふむ、わかりやすいな」
「つぅ訳で、ここから先は大暴れだ。やるぞ、アルハンブラの同士たちよ!」
『応ッ!!』
そうなってしまったものは、仕方がない。
複数の入口からなだれ込む研究員たち。白衣の彼らの背から生えるのは、純白の翼だ。
『我がいくまで持ちこたえろ、天使たちよ』
『了解』
アナウンス。
低い声だ。そして、そう、聞き覚えのある声だ。ポチよりも低くて、いつかの吸血鬼たちよりも昏い声。その声の主を、思い出すことが出来ない。
「来るぞ、未知! ぼうっとつっ立ってんなよ!」
「え、ええ、わかったわ!」
なにか、とてつもなく大きななにかを、置き忘れたまま。
「殺せ」
「返り討ちに、してやるよッ!!」
――乱戦の、幕が開ける。




