そのじゅうきゅう
――19――
結局、全員の用意を終えた頃には夜になっていた。夜半の鋼鉄の砦の屋上で、私たちは時間が押した事実に苦笑しながら、並び立つ。
今回ばかりはこれまで以上に本気の装備。鉄錆の街で一式揃えた砂色の革鎧は、動きやすさと致命傷を避ける意味合いの強い、回避特化の鎧だ。その上から砂色のコートを着て、左手に霊術防御込みの小盾、腰にラピスラズリの杖を差している。
なんだか、遠足の時を思い出す。そう思ってナイフやらなんやらも仕込んでしまったのはご愛敬、ということで。
「さて、オレがひぃこら言って組み上げた術式について説明するぞ」
「ああ、頼む」
いつもどおりぶっきらぼうなサーベと、いつもより少し緊張した面持ちのテイムズさん。
下手をしたらいつもよりも気楽そうなサーベとの対比だと、珍しい。きょとん、と、テイムズさんを見ると、テイムズさんと目が合った。はて?
「未知」
「はい」
「アル」
「おう」
「……だいたいわかった。続けろ」
いや、うん、えっと?
どうやらテイムズさんとサーベのアイコンタクトはさほど珍しいことではないらしく、みんなはむしろ普通の様子だった。ええっと、良いんだけれどね?
「上空への転移。これはまぁいい。問題は奴らの察知範囲だ。色々試したが、察知外でも生物が落ちてきたら、自分たちの目線よりも下に来たら反応する。っつうのを、実際に生きた魚と死んだ魚を転移で落として実験してみたわけだ」
な、生魚かぁ。
鳥だもんね。嬉しいよね、そりゃ。
「結果、本能なのか生物には反応する。だが、奴らは、死者には反応しない。そこで、転移発動から二秒後に、オレたちを無機物だと誤認する術式が自動起動される。発動条件は息を止めること。二秒後にきっちり息を止めろよ」
「アル、着地は?」
「その程度なら同時起動だ。凛、どこまで煮詰めた?」
「施設の全体像から調べてみたけれど、施設自体は卍型のシンメトリー。着地をするなら中央が良いわね」
そう、全体像からなにか掴めるかも、ということで色々調べたのだ。
そこで、望遠鏡が拡大できないのなら、望遠鏡からコピーした映像を拡大すれば良いじゃないか、と。
凛と二人で膝を詰めて、虫眼鏡片手に色々調べて、換気口の類いは屋上部分にないことがわかった。おそらく、施設の壁側についているのだろう、と。
私たちがそこまで説明すると、サーベは、ふむ、と頷いた。
「なら、中央を切り抜いた方が早そうだな。行けるか? 春花」
「はい、お任せ下さい、お兄さん! 目醒めて、白夜の聖騎士」
春花ちゃんが、心臓に手を当てる。
前回はよく見えなかったけれど、よく見たら花弁にも似た紋様が胸に浮かび上がり、そこから剣を引き抜いているようだった。
両刃の両手剣で、装飾の施された鍔には銀色の宝玉がついている。
「聖なる剣よ、命の息吹、始まりの風をここに――転化“翠遠の騎士”」
次いで、白い剣の鍔についていた宝玉が、銀から緑に変化。
それに合わせて剣自体も、翡翠色の片刃の剣に変化したようだ。属性変化か。拓斗さんの巨神の鋼腕よりも、応用性が利く異能なのかな。
「よし。あとはいつものように、馨は全体を、アリスはコトが起きるまで大人しくしておけばいい。凛、おまえは未知の護衛だ」
だいたいの準備を終えると、サーベが地面に魔法陣のようなものを書く。
古典ラテン語とギリシャ語と、アラビア文字? 複合的に霊的要素を持たせているのか。古代エジプトから死の概念を付与させている? うーん、ちょっと理解しきれない。
「よし。まぁ、失敗したら逃げ帰れば良い。今回の目標は、一泡吹かせてやることだ。覚悟は決まったな? んじゃ、行くぜ――……【――――】……!!】」
小声で素早く詠唱するサーベ。
すると、魔法陣が美しく輝き、私たちは、光に呑まれる。
「――っ」
目を閉じて、目を開ける。
それだけで、周囲の空間は夜空へ変わっていた。
ええっと、二秒で息を止める……っと。
落下しながら周囲を見ると、確かに、巡回する生き物たちはこちらに気がついていない。
すると、それを確認するかしないかの前に、春花ちゃんが剣を振った。
(天井に穴が……斬撃を飛ばした?)
円形にくりぬかれた天井。
そこに綺麗に飛び込むように入ると、突然の浮遊感が身体を包み、ふわりと着地をさせてくれた。これが、サーベが自動で仕込んだ着地の術式か。
「――よし、もういいぞ」
「ぷはっ……ふぅ、緊張したわぁ。お肌に悪いわよぅ」
「馨、肌なんて気にする必要ねぇだろ、おまえは」
「あ゛?」
「いや……悪かった」
おお、サーベがあっさり謝った。
と、それは良いとして、ここは……どういう部屋なのだろう?
入口と思われる扉が一つついた、二十畳ほどの部屋。壁には月の満ち欠けを表したモニュメントが備え付けられていて、それだけの部屋だ。
月の満ち欠けといえば、合宿か。確かあのときも、月の満ち欠けに関するものがあったし。部屋とか。ん? 満ち欠け? なんかおかしいような気が?
「とりあえず……【――】」
サーベが唱えると、切り取られた天井が元の位置に戻る。
なるほど、侵入の痕跡を消すのか。サーベの転移は、見知ったところか目視できるところにしか来られないという。この施設は転移してこられるのは防げるが、転移で逃げられることは想定していない、らしい。まぁ、そうだよね……。更正施設に入れるのなら、個別対応した方が楽な程度には、長距離転移能力者なんかいないものね。
「扉は一つ、か。馨、どう思う?」
「なにかしらの儀礼室であることは間違いないと思うのよねぇ。中央部分だし。でも、なにがなんやらだわ」
「ねぇ馨、新月がないよ」
「あら? あらぁ、ホントね。……ということは、んふふ、お手柄よ、未知」
そう、最初に覚えた“違和感”に従って確認してみると、新月がないことがわかったのだ。それを告げると、馨はなんとも、こう、悪役チックな笑顔を浮かべてモニュメントの一つに触れた。
「ほぅら、やっぱり」
「へ? とれた?」
モニュメント、月の満ち欠けを表すそれの黒い部分が、カチッと外れる。
「みんなぁ、黒い部分を集めて頂戴なぁ」
「は、はい!」
アリスちゃんが勢いよく返事をして、それからみんなで黒い部分を外して集める。
すると、馨はそれを入口と対象部分にあった満月にはめ込んだ。
「満月を新月に変化させることで、循環の一つを作るってところかしら。ほぅら、ご覧なさいな」
新月が象られると、ずっずっずっと音が響きながら、壁が地面に下がるように開いていく。
その先にあったのは、延々と地下に続いていく螺旋階段。なるほど、隠し部屋なんだ!
「なるほど、こりゃ確かにお手柄だな」
「すごいです、お姉さん!」
「うん、未知はすごい」
「ふふ、大人気じゃない、未知」
「り、凛まで。もう、凄いのは馨よ、まったく」
先頭はサーベに。
次いで、テイムズさん、凛、馨、春花ちゃん、私、アリスちゃんの順番だ。
「狭いな……春花、取り回しが利くようにしておけ」
「わかりました、お兄さん。風よ、巡りて静謐に――転化“清流の騎士”」
春花ちゃんの剣が、今度は青い宝玉の美しいレイピアに変化する。
いったい、何種類あるのだろうか。突きを主体とする剣は、なるほど局所戦闘向きだ。
転化を終えた春花ちゃんを横目で見たサーベは、頷くと、先陣を切って螺旋階段を進み始める。さて、鬼が出るか蛇が出るか。いずれにせよ、簡単には終わらないことだろう。
そんな気がして、ならなかった。
――/――
警戒しながら進む未知たちを横目に、サーベは進む。
その直ぐ後ろで、テイムズはサーベを胡乱げに見ていた。
「決着はついたんだろうな?」
距離感的に、未知たちどころか凛にも聞こえる声量ではない。
それを確認して、サーベはこくりと頷いた。
「どんな事情かは知らんがな。旅客機に両親を乗せて、留守番をしていたそうだ。それで一人生き残って――魂に刻み込むような、後悔をしていた。あれで嘘だったら、オレは自分を疑うぜ」
そう、寂寥を含んだ声で、サーベは呟くように告げた。
「ああ、なるほど。確かにおまえの目で見てそんな後悔を見せるのであれば、真実に相違ないだろうな。で? 私にそれを言わなかった理由は?」
それに僅かに息のみ、それでも、テイムズは直ぐに調子を取り戻す。
「はっはっはっ……悪い、寝てた」
「チッ」
「おまえ、しょうがねぇだろ、この術式ほんっと大変だったんだぞ」
「プラスで、気にしていた女が味方だと確信が持てて、気が抜けた。違うか?」
「は、はははー……悪ぃ」
「最初からそう言え。まったく」
がしがしと頭を掻きながら、苛立たしげに言うテイムズ。
サーベは気まずげに目を逸らし、頬を掻いていた。
「……大丈夫、なんだな?」
「ああ」
「まぁいい。私も、彼女の人柄は好ましく思っている。今時珍しい、貞淑な女性だ」
「狙ってんのか?」
「さて、ね」
悪戯っぽく笑うテイムズの横顔に、今度はサーベがため息をつく。
子供に優しくて、温厚で人が良い。今の時代に合うように、己の身を守ることも出来る。なるほど、貞淑と言われたらそうかもしれない。
が、どうしてだか、サーベは胸がもやもやするような感情を、覚えていた。
「ククッ、そういうところは年相応だな、アル」
「あ?」
「なんでもないさ」
なんだか、とても気にくわないことを言われたような気がする。
けれどのらりくらりと躱されては問い詰めることもできず、サーベは一人、首を傾げて唸っていた。
その後ろで、テイムズがサーベを優しげな瞳で見ていたことなどには、気がつかずに。
「さて、そろそろ気を引き締めろ、アル
「ああ、おまえもな、テイムズ」
拳を合わせて、進んでいく。
この先にはなにがあるのか。じっとりと額に浮かんだ汗を拭いながら、サーベは小さく、喉を鳴らした――。




