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そのじゅうろく

――16――




 悪魔たちの侵攻で、世界は大きく傷ついたのだという。

 それは虫食い状態になった日本列島しかり、国土より大きな湖を作られたアメリカしかり、ほとんどが荒野となった中国大陸しかり。

 けれど、悪魔たちが大陸に狙いを定め、人の多いところばかりを狙ったために、ハワイ諸島や佐渡島、沖縄本土はともかく周辺の宮古島や西表島なんかはほとんど無傷だ。だからこそ、それらは現在、この惑星の支配者となった天使たちが“有効活用”しているのだという。

 つまり、重要施設のほとんどはそういたった島々にあり、例外は中立を謳っていたセントラルと、バチカンに築いた本拠地のみに留まるのだとか。


「――今、各地のレジスタンスが“ラピスラズリ怪盗団”として義賊行為を繰り返している。この騒動が落ち着くまでは、天使共にも混乱は続くだろう」

「各地のレジスタンスにも、“いのちをだいじに”をキャッチフレーズに動き回って貰っている。つまり、捕まらず、無理はせず、混乱はさせるっつぅ訳だ」


 決定的な損害を負わない限り、天使側も本腰を入れて解決には臨まず、天使側が育成している異能者たちの試験運用に扱うだろう、というサーベの読みだった。

 その読みは見事に的中し、天使側は異能者の投入のみ続けているらしい。今は向こうがレジスタンスほど修羅場を潜っている訳ではないのでレジスタンス側に損害はない――どころか、収入は増え続けている――が、いつ捕まってしまうか定かではない。そこで、前線基地の私たちが、大事になる前に大惨事にしてしまえ、ということのようだ。


「さて、佐渡島に侵入するためには、幾つかの問題がある」


 最初から主導してくださっているテイムズさんが、黒板に書かれた佐渡島の図に、チョークを当てる。


「一つは上陸、一つは施設への侵入、一つは施設内の把握だ」

「まずは、そもそも上陸が難しい、ということでしょうか?」

「ああ、そうだ、未知。海には複数の船舶による巡回と、環境操作で常に熱湯並みの温度に保たれている。空は天使の眷属が巡回。ついでに陸上も、同じく天使の眷属が歩き回っている。面倒なことこの上ない」

「魚は死滅。天使の眷属を泳がせて、魚気取りさ。命の循環に値しない魚が海に泳いでるなんざ、生命への冒涜も良いところだよ、ったく」


 なるほど、それは確かに“死角がない”。

 水陸空と見逃さずに、見回れるようになっている、ということかな。うーん、厄介。


「一度も侵入されたことがない、という情報は伊達では無いのだろうさ。巡回ルートや施設の場所など、望遠で確認できる範囲の情報しかわからない。おかげで、施設がどういった手段で入場できるのか、そもそも施設内部はどのように攻略すれば良いのか、なにも判明していないのが現状だ」

「その、巡回ルートは?」

「おう、こっちだ。良いか? 未知。黄色いラインが船舶の巡回ルート、青いラインが空の巡回ルート、緑のラインが陸上の巡回ルート、赤いポイントが施設だ」

「サーベの転移術は?」

「天使の術で覆われている。しかも、防ぐことを目的としたモノでは無く、感知を目的にしたモノだ。転移した瞬間に確保されるっつぅオチだ。ま、帰りのタクシーとしてなら期待して良いぞ」


 施設は中央に、巡回ラインは円を描くように何重にも。

 この更正施設、おそらくよほど他人に知られたくない“更正訓練”をしているのだろうなぁ。そうでなければ、こんなに厳しくする理由がわからない。


「決行は早い方が良いが、かといって焦って失敗をする訳にはいかない。各員、調査を続けながら、思いついたことがあれば言ってくれ。では、サーベ」

「よし、んじゃ、アリスは馨と更正施設について調べてくれ。春花はこの際だ、テイムズについて勉強しろ。オレはいつものように独自で動くから、凛と未知で地形調査。つぅことで、各員解散。頼んだぜ」


 ん? 凛さんと行動。

 ふと横を見ると、ちょうど、凛さんと目が合った。互いに頭を下げて、首を傾げ合う。ええっと、どういう人選??

 サーベを見るも、さっさと背中を向けて歩き去ってしまう。うーん、別に不満はないけれど、私で良いのかな? 

 あと、アリスちゃんと春花ちゃんと馨の恨めしげな視線にも動じないっていうのは、さすがだね、サーベ。図太い。
































――/――




 各々が作戦室を出て、さぁどうしようかという頃。

 私は凛さんに、彼女の自室へお呼ばれしていた。私と凛さんはこれまで直接的な関わりは少なかった分、別世界はともかく、お互いを良く知らない。そこで交流を図ろうとしたのだけれど、あいにく、私は自室がない。

 ということで、彼女の部屋に招かれて、私は一人椅子に腰掛けていた。


「今、ココアを入れるから少し待っていて」

「ええ、ありがとう」


 内装は落ち着いている。

 必要最低限の家具に対して、お菓子の料理本が僅かに見えるくらい。丸テーブルに椅子が三つ。春花ちゃんの自室に比べて、部屋が僅かに狭く、その分、キッチンを広くとっているようだ。

 本棚には本の他に、写真立てが一つ。窓辺から差し込む光で、私の角度からは見えない。伏せられているわけでもないので、見ても大丈夫なのかな? なんとなく立ち上がって、写真立てを手に取ってみた。


「凛さんの幼い頃? この隣の女の子と男の子は――」

「妹と幼馴染みよ」

「――凛さん。失礼だったかしら? 勝手に見てしまって、ごめんなさい」

「気にしないで。隠してはいないもの。さ、どうぞ掛けてちょうだい」


 椅子に座り直して、ココアを受け取る。

 そうすると凛さんもまた対面に腰掛けて、マグカップを傾けた。


「時子様と、お知り合いなんだったったかしら?」

「ええ、昔の、だけれど」

「そう。なら、四階堂は知っている? 一応その手の名門、なんだけれど」

「聞いたことは、あるわ」


 退魔の名門、四階堂。

 あの合宿の事件のあと、四階堂の家についてもきちんと調べては見た。なんでも、家系の誰かに必ず火・水・土・風の四つにまつわる異能が発現し、より異能の強いモノを当主に、二子以上であれば分家の当主として血を保つ。そんな伝統のある家、らしい。

 その中でも凛さんは将来を期待された強力な異能者であり、それ故に妹への期待は高く、結果――異能者でなかった季衣さんは、家で疎まれたのだという。勝手に期待され、勝手に失望された、と。


「そう。……妹は、無能者だったわ。だから早々に傍系に養子へ出されることが決まってね。その写真のときは、将来的に私の婚約者になるかもしれなかった幼馴染みと、妹と、最後に三人で遊んだときの写真よ」


 ……養子、か。

 私の世界では、魔導術師としての実力をめきめきと伸ばした季衣さんは、他方から認められるようになっていた。だから、世間体があるから疎まれても手放されることはなく、凛さんと過ごす時間が長かったのだという。


「妹は養子に出され、そのまま会える機会はなくなってしまったわ。そのうちに幽鬼に襲撃され、分家も傍流も、本家ですら壊滅。未確定だった婚約の話も流れ、四階堂は実質的な解体、名ばかりの名家になって――今も、あの子は見つかっていない」


 そう語る凛さんの声は、淡々としたものだった。

 けれどその一瞬、季衣さんの行方を語るその刹那だけ、瞳の奥に憎悪と諦観が見え隠れしたような、そんな気がした。

 憎くて、悔いていて、辛くて、諦めているのに希望を捨てられなくて――色んな感情の狭間で、足掻いて生きてきたのだろう。あんなにも妹思いで、妹のためだったら全てを投げ出せた凛さんが。


「――未知、あなた、本当に人が良いのね」

「え?」

「これは全部、私の事情。私が残してきた後悔で、懺悔の証。だから、あなたがそんな顔(・・・・)をしなくても良いの。――春花やアリスがあなたを信用した理由、今ならわかるような気がするわ」


 そんな顔?

 首を傾げる私に、凛さんは“なんでもない”と首を振る。




「そうだ、作戦の前に、あなたの話を聞かせて? なんでもいいわ。なんだか少し、興味が出てきたから、ね」

「――ええ、わかったわ、私なんかの話で良ければ、いくらでも」




 淑やかに笑う凛さんに、生まれ故郷の話から、ゆっくりと紡いでいく。

 この世界で、荒んでしまったこの地で、それでも強く生きていく彼女の思いに少しでも応えることが出来たら、と、願いを込めて。





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