そのじゅうご
――15――
――要塞内部
あのあと。
セントラルをひっくり返す大規模な術を展開したサーベは、方々への事後処理に奔走していた。ぶっきらぼうで大雑把だが、名実的なレジスタンス・アルハンブラの“顔役”だ。あまり、気の抜けることでもないのだろう。
どことなく面倒そうに書類整理を終え、だらだらと椅子に腰掛けため息をつく。テイムズか凛に見られたら小言の一つでも言われそうな姿だった。
「アル」
そんな彼に、不意に声が掛かる。
赤みがかった金髪に、赤褐色の瞳。ほとんど表情を変えることのない少女、アリスは、いつものように抑揚の無い声で呼びかけた。
「よぅ、アリス。随分と懐いたみたいじゃねぇか。“寝心地”はどうだ?」
「中々。アルも来る? 柔らかいよ」
「いや、馨にぶっ飛ばされるから遠慮しとく。興味はあるがなー。ハハハッ」
彼の言うのは、“夜”のことだ。
サーベは、彼女たちにどんな取り決めがあるのか知らない。だが、いつの間にか夜になるとアリスは春花の部屋を訪れるようになり、三人川の字で寝ているようだ。
もちろん、未知とアリスと春花の三人で。
「で? どうした?」
「ちょっと文句を言いに来た」
「文句ゥ? おいおい、お小言はやめてくれよ? 今朝も凛が煩くてね」
「あれは、いつまでも寝ていたサーベが悪い」
真剣な空気にはならない。
真面目に伝えなくてもいい。言いたいことだけ言えば、それがサーベには正確に伝わる。その信頼があるからこそ、“文句”という言葉を使っていても、アリスは抑揚を変えない。
「それで? お小言じゃ無けりゃなんなんだ」
「未知のこと」
「未知? 未知のことで、オレに?」
「そう。――未知はすぐ無茶をする。だから、バケモノの障壁を割るような武器を与えないで」
「はぁ?」
言われて、サーベは首を傾げようとして――押しとどめる。
「未知が囮になって状況を打開した。そうだったよな?」
「うん」
「具体的に、どんな状況だったんだ?」
夕暮れの要塞。
未知に抱きついて泣くアリス。
彼女たちの姿に、深く追求する必要は無いだろうと判断したサーベは、ざっくりとした説明に満足していた。
けれど、その状況が、変わる。
「未知が手帳を投げてバケモノを挑発して、襲いかかってきたバケモノの障壁を、二回叩いて、杖で破壊した」
バケモノの、天使の障壁。
それを砕くのに必要なのは、威力の高い攻撃か、春花のようにそれ特化の属性を持った攻撃だ。彼らの障壁は、それだけ強力であり。
(障壁を抜く? 冗談じゃねぇ。オレでも、二回叩いたくらいで抜けるかよ)
未知に渡した杖は、精々、流れ弾を防御させる程度の意味合いで渡したモノだ。それでも、三回四回も防げば自壊するだろう。障壁なんか叩けば、一撃で破損しかねない。
だがあのあと、杖をメンテナンスした限り、無茶な使い方はされていなかった。
「アル?」
どことなく心配そうな声。
首を傾げたアリスの様子に、サーベはけらけらと笑って見せた。
「ははっ、悪い悪い、なんでもない。ただ未知には、散々“無茶をするな”って言ってたのに、って、思い出してただけさ。まぁおまえもあれだけキツく言ったんだ。もうしないだろ」
「アルも、あの手合いに攻撃手段を与えちゃ駄目。次は、私が守るけど」
「クククッ、そりゃ頼もしい。ま、過剰なモノは与えないように気をつけるさ」
「うん。――ありがと」
「いや、気にするな」
「わかった。じゃ」
「おいおい、切り替え早いな」
ぴっと手を挙げてさっさといなくなるアリスの姿に、サーベもまたひらひらと手を振り返す。
そして、彼女の姿が見えなくなると、顎に手を当てて思考を回し始めた。
(無能者なのは間違いない。嘘もついてはいなかったし、時子様との一件を見ても、人格は信頼に値する。――だが、間違いなく、重大な“何か”を隠している)
サーベはそこまで考えて、ガリガリと頭を掻く。
確かに増える面倒事。ほとんど確実な仲間を疑う作業。その全てが気持ちの良いことではないが、サーベは己を切り替える。
(調べてみる必要がある、か)
そう、サーベは自問自答して。
ゆっくりと立ち上がり、行動を開始する。
歯車が、動き始めた。
それは軋みをあげ、未来と過去と現在を、交差するように。
――/――
朝、だろうか。
瞼を焼く光に、寝返りを打つ。すると、柔らかいモノに当たって、首を傾げた。あれ? リリーが潜り込んできたかな?
今日の予定はなんだったっけ? 魔法少女団の活動はあるのかな。そういえば、杏香さんの受験勉強、はかどっているかな? 一度、顔を出してみよう。
「ん……未知……むにゃ」
そう、聞こえてきた声。
唐突に目が覚めて、瞼を持ち上げる。
「すぅ……すぅ……おねえさん……すぅ……」
幼い体躯の少女が二人。
私を挟んで、気持ちよさそうに眠っていた。
「……ああ、そっか」
ここは特専ではない。
私は、先生ではない。
「――よし」
それでも、ここで生き抜いて、帰るまでの日々を全力で向き合うと決めたんだ。
「今日も一日、頑張ろう」
鉄錆の街。
鋼の要塞。
この、異なる世界に来て一ヶ月目の日常が、始まる。
――作戦会議室。
机の上に大きく広げられた地図。
いつものように重要拠点がピン留めされたそれを、みんなで覗き込む。
「そういや未知、おまえに何故、ここが最前線と呼ばれてんのか、話したことはあったか?」
「? ……いいえ」
「カカッ、よしよし、なら今日ついでに話してやる。良いか? 異能や術者、異形憑きなんかで、天使に抗う人間がいる。天使共にとってそいつらは、選ばれておきながら反逆する愚か者、っつぅ扱いだ」
なるほど、天使側につくのが常識だと思っている、と。
面白くはないが、そう言っていたら話が進まないので、頷いておく。
「んで、その反逆者たちを押し込めて、洗脳やら強制労働やらを行うのが、ここだ」
「! 佐渡島?」
「ああ。更正施設に一番近い“霊地”――霊力を宿し、拠点に相応しいのがここって訳だ」
そうか、なるほど、それは最前線だ。
「で、だ。今回のセントレアの一件で、オレたちに対して周辺のレジスタンスが協力体制をとってくれるようになった。つまり、だ」
「次に狙うのは大きな施設……あ、それで?」
そう、サーベは楽しげに目元を細める。
「そうだ。次に狙うのは佐渡島。更正施設とやらで、鬼退治と洒落込もうや!」
勢いよく告げるサーベ。
そんなサーベに追従するように、不敵に笑うテイムズさん。
誰もが意気込み、瞳に炎を浮かべる中、私も強く拳を握るのであった――。




