そのいち
――1――
夏の日差しに出迎えられて、ほぅっと一息。
ぐぅっと背を伸ばすと、夏の日差しが心地よく身体に降りかかる。
いやー、本当に良い天気だ。
ストライプのスキッパーシャツにマキシスカート。
サンダル装備で、眼鏡は外し、軽くメイク。
普段は流している髪は、今日はふんわりと軽くハーフアップにしている。
「これで今日の私は、ただの未知」
これならば、ラピどころか私が観司未知であるとは思うまい。なんてったって、普段の私はマナー程度の最低限メイクに、カッチリスーツの硬い女だ。
今のしがらみは全て好きだが、なんといってもここ最近色々ありすぎたので、私を知る人のいない場所で一度ガッツリ息抜きをしたかった。
特専から街に降りて、都心へ移動。夏休みだからか、都心からはむしろ人が離れている。
ウィンドウショッピング、映画、ランチ、本屋、お散歩、買い物。今日は、帰ったらちょっと手の込んだ料理でも作ってみようかな。
うーん、楽しみ!
と、いうことで。
観司未知。新学期が始まる前に、思い切り女一人の休日満喫、です!
――/――
――と。
予定通りに日程こなし、恋愛映画に胸をときめかせ、さてランチの場所でも探すか……という、時だった。
『――――』
『――……』
『……ッ―』
喧噪。
派手な喧嘩ではない。
音しか捉えていないけれど――揉めている?
うーん、見捨てるのも目覚めが悪い。
ちょっと確認だけでもしておこう。異能者が“端末”などで能力制限されているように、魔導術師もそれは同じ。手に負えなさそうなら警察を呼ぼう。
「――路地裏、かな」
ちなみに、魔法は使用可能です。だって登録してないし。
町中でも、魔法少女になら変身しても大丈夫! 絶対にしないけど!
人混みを縫うように歩いて、目的の場所を見る。
一人の小柄な少女? を囲む三人の男たち。年若い少年に見えるが、女の私が間に入ると厄介事になりそうだ。やっぱり警察を…………んんんん?
「君たち、なにをやっているの?」
「あん? ……お、おい見ろよ、超美人」
「なに? お姉さんが遊んでくれんの? ……じゅ、十万までなら出す」
「へっへっへっ、まさかこんな上玉と遊べるなんて思わなかったぜ」
「だ、だめです! にげて!」
へらへらと笑いながら近づく少年。
そう――オレンジ頭をツンツンと逆立てた彼は、私が誰だかわからないようだ。
「遊びたいのなら、夏休み明けに補習室でたっぷりとお話ししようか? 手塚宏正君?」
「あん? なんでオレの名前を知ってんだ?」
「お、おい、こんな美人とどこで知り合ったんだ!? ……うらやましね」
「あ、あの、おなまえだけでもその」
後の二人もよく見たことがある。
“笠宮さんに”絡んだときにもいた、取り巻き、というより友達の二人だろう。
名前は、ええと、村瀬君と、ええっと、か、金山君、かな?
「村瀬君と、金山君?」
「へ? 俺とも知り合い? ――おかしい、こんな美人絶対に忘れないはずなのに」
「今日から金山に改名します!」
あれ? 間違えた? ご、ごめんね?
き、気を取り直して、そう――手塚宏正君。私が久々に魔法少女に変身させられた、あの、吾妻英の事件の際、彼に操られていたことが発覚し、諸々の事情を込めて短期停学になった炎使いの少年だ。
しかしそうか、私のことはわからないか。あと少年たちよ、大人のファッションマジックに騙されていたら、将来痛い目を見るよ? いや、見ておくのも経験か。南無。
と、いうことで、最初の痛い目は私が見せてあげよう。
「あれ? ひどいな。先生の顔を忘れちゃった?」
「オレたちの学校にはババアしかいねーよ」
ばっ……!
補習は決定かな! 陸奥先生にお願いしておこう!
「ふぅん? これでも?」
教員用の端末を取り出して素早く操作。
補習を受けるように、という通達を打ち込んで、送信画面を見せる。
次いで、自分たちの端末に同じ文章が届いたことで、彼らは―― 一名を除いて。何故だ――顔を青ざめさせた。
「みみみみみ」
「セミの真似?」
「みみ、観司!? てめぇら逃げるぞ! 死ぬぞ!」
「う、うそだろ! なんだよ普段のあの服装カッチリしやがって! ありがとうございます!」
「何言ってんだ村瀬!? おら、行くぞ!」
「観司先生……うるわしい……」
「おい、急げ、か――」
「金山に改名したんだそう呼べよ!」
「――た、ああもう、行くぞ金山カッコカリ!!」
ドタバタと走り去っていく手塚君一行の姿を、ため息と共に見送る。
今時の男子高校生って、元気だなぁ。いや、女子高生も元気か。笠宮さんなんか、会うたびに元気になっている気がする。
さて。
「大丈夫?」
連れ込まれていた子に声を掛ける。
緑がかった黒髪に、緑色の目。ショートヘアで小柄で、可愛らしい顔立ちの……あ、この子、男の子だ。のど仏がある。
ジーンズに半袖デニムアウターで、スニーカー。左腕には黒いバングル。足下にはキャップが落ちている。女の子みたいな顔立ちだから間違えたのか、手塚君が“両方”いけるのか、は、謎だけれど。
「は、はい……ごめんなさい、いえ、ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
笑いかけると、少年は頬を染めて視線を逸らした。
うーん、初々しい。お姉さんちょっと心配だぞ。
「こんなところに、一人でいたら危ないよ?」
「はぅ。ごめんなさい……」
「どうして、って、聞いてもいい?」
「そう、です、ね。助けていただいたのに秘密にするような、不義理な――」
――ぐぅぅぅ
「――ぁ」
会話に挟み込むように鳴るおなか。
思わずくすくすと笑ってしまうと、男の子は恥ずかしげに顔を伏せた。
……仕草が完全に女の子なのは、この際置いておこう。
「じゃ、事情を聞く、その前に」
「え?」
ちょっと、ご飯にしようか?
そう言うと、少年はこてんと首を傾げた。
……この子、私よりも魔法少女似合うんじゃ……?
いや、いい、流石にそれはちょっと考えないようにしよう……うぅ。
と、そんなこんなで私の休日。
どうやら、一波乱、ありそうな予感です。
2016/10/28
誤字修正しました。




