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そのじゅうに

――12――




 ――公開論述会・前日。



 拠点の作戦会議室。

 机の上に置かれた地図は、セントラルと大講義堂の俯瞰図だ。同時に、黒板には内部の地図が貼られていて、テイムズさんが黒板の前に立って指示を出してくれる。


「公開論述会が行われると、学生もそちらに流れる。すると、当然、警備も論述会に流れる。そこを我々が潜入するのだが……侵入口は幾つかあるが、チームは分けない。いざとなったら、全員纏めてアルの術で転移する必要があるからな」


 サーベの術、というのは実に多岐にわたる。

 それが特性なのか、攻撃・防御・補助・攪乱・移動と、何でもござれだ。しかもいつも声が籠もるような頭巾をしていることで、詠唱で何をしようとしているのかも覚えられたり悟らせたりしないようにしている徹底ぶり。

 その醸し出す“正体不明”の様相から、“魔幻の術師”なんて、敵から怖れられているらしい。


「警備が手薄になっている、と言っても、当然ながらいなくなる訳ではない。そこで、最小限の警備人員は既に、馨が呪詛を仕込んでいる。あとは、我々は裏口から侵入。隠し階段から地下室へ潜り込む」


 なんでも、隠れ階段の鍵は内通者が開けておいてくれているようだ。

 すごいな。本当に、色んな場所で内通者を送り込んでいるんだ。それだけ、人類が天使に対して嫌悪感を抱いていると言うことの証拠でもあると思うのだけれど、天使はそれをなんだと思っているのだろうか。

 ……いや、そもそも、未だに天使の目的が不明瞭だ。私の世界では、魔導術師を異能者にしようと企んでいた。この世界では、無能者として扱って飼おうとしている。その先はやはり、異能者にすることにあるのだろうか?

 人間界を支配する? 何故? 天使には天界があり、天装体は実体に比べれば不便な部分も多いだろう。そしてこれまで、天使は誰一人として、私欲のために動いてはいなかった。“主に忠誠を”という、それだけは違えていなかった。

 では、誰が主なのか。当然、神であるのだろう。では、神とは? 私を助けてくれたあの人たちは、なにを考えている? いや、まぁ、あの人たちが天使の言う主とは、まだ確定していないのだけれど。


「そこで行われている研究を突き止め、天使たちが関与している情報をかき集めれば任務達成だ。あとはサーベの術で上空から大上映会だ」

「ククッ……さぞ、観客(天使)たちも喜んでくれるだろうさ。悲鳴と怒号のスタンディングオベーションっといったところか」


 ……だ、大上映会。それはさぞ見応えがあるのだろうなぁ。

 うん、今はなんにせよ、この一大イベントに集中しなければ。地下で行われているという実験施設。そこで、なにが行われているのか知り、多くの人を助け、天使の体制を瓦解させるために。


「詳しいルートは各員、頭にたたき込んでおいてくれ。はぐれても、到着されないと困るからな」

「一応全員、時計を所持してね。四階堂特性なので、炎には強いけれど、他は普通よ。はぐれて、規定時間内に戻ることが難しいようであれば、帰還を優先して」


 凛さんがそう、私たちに時計を配る。

 銀色で、蓋を開けなくても時間が確認できる、ナポレオン式の懐中時計だ。裏に刻まれた紋章は、二本の牙と二振の剣。この鉄錆の街でも見かけることがある、レジスタンスのシンボルマークだった。


「さて、んじゃ各自、英気を養っておくように。ああ、未知は少し残っておくように」

「? え、ええ。わかったわ。サーベ」


 サーベに言われるままに頷く。

 各々がそうやって私に手を振って退室していく中、残ったのは私とサーベだけだ。


「さて、未知。オレはおまえを戦力としては数えていない。それはわかるな?」

「ええ、もちろん」

「そうか。もちろん、ブレインとしての期待はしている。おまえでしか見られないものもあるはずだ。だから、向こうにも連れて行く」

「え、ええ、ありがとう」


 そうか、期待してくれているのか。

 うん、だったら最大限、頑張ろう。


「で、だ。身を守る必要があるだろ? 護身用に、作っておいた。使え」

「これは……?」


 そう、渡されたのは、黒い短杖だった。

 良く見れば複雑な紋様が施されていて、先端には宝石がはめ込まれている。石は青。ターコイズ? いや、これってまさか、“ラピスラズリ”?


「縁のある石の方が力を付けやすい。未知、おまえが名付けた“ラピスラズリ怪盗団”が天使に不満を抱える人間たちにとっての“希望”となりつつある。それは、おまえとラピスラズリの間に縁が出来たということだ。特殊加工した宝石は、霊力を宿す。この杖を持てば、他者の霊力に干渉できるだろう」

「ええっと、霊力でできたものを、防げるということ?」

「ああ、そうだ。言ったろ? 護身用だよ」


 そっか、なるほど護身用か。

 軽く振って具合を確かめてみる。思った以上に軽くて、サイズもちょうどステッキくらいかな。これなら、ガチガチに戦うのは難しくても、自分の身くらいなら守れることだろう。


「渡しといてなんだが、前に出て戦おうと思うなよ? ――未知。もうおまえも、オレたちの仲間なんだ。おまえが自分の家に戻れるようになるまでは、ここがおまえの家だ」

「……サーベ。ええ、ありがとう。必ず、ここに帰るわ」


 鉄錆の街。

 熱気と温かさに満ちた場所。

 この地に“帰る”ために、私は戦おう。


 自然とそう、思えた。


「んじゃ、明日は頼んだぜ、ラピスラズリ怪盗団参謀殿?」

「ふふ――こちらこそ、よろしくね? 団長さま」


 いよいよ、公開論述会が始まる。

 誰にとっても転機となるであろう日が、運命の流れから、降り注ぐように――。





































――/――




 ――セントラル・公開論述会・当日。



 打ち上がる空砲のような花火。

 大きく賑わいを見せる、公開論述会会場周辺。立ち並ぶのは屋台だろうか? 多くの人間が集まっているようだった。


「すごい人数……」

「あれも、他のレジスタンスからの応援」

「え? そうなの? アリスちゃん」

「うん。役割はただ一つ、“何食わぬ顔で屋台を出して人を集める”こと。成功の可否にあんまり関係ないから、伝えていなかった」


 ああ、そっか、“せっかくなら人を集めておこう。集められるかはさておき”という程度のことなんだ。それで、学舎からは離れた位置に展開しているんだね。

 私はそう、荒野の中、サーベの隠蔽術式に守られながら双眼鏡で周囲を見る。そして確かに、大講義堂の周辺の警備はガチガチに固められているけれど、反面、学舎の方はがらがらだ。


「思いの外、上手くいってる見てぇだな」

「公開論述会の開始を確認。アル」

「おう、テイムズ。――全員、行動開始だ。お行儀良く入校するとしようか」


 サーベについて、慎重に移動する。

 サーベ、テイムズさん、凛さん、馨、春花ちゃん、私、アリスちゃんの大所帯だというのに、どこからか気がつかれたような様子はまったくない。

 相変わらず、サーベの術は万能だ。いったいぜんたい、どういうスキルなのだろうか。術者ということは、特性型スキルタイプであることに間違いないとは思うのだけれど。


「…………【――――】」


 また、サーベが何かを唱える。

 すると、進むべき道筋がぼんやりと輝き、それに沿って歩き始めた。やはり、学舎の傍に来ても、警備の人間はそれに気がつかない。たぶん、サーベの術だけが原因ではないのだろう。なにせみんな、一様にぼんやりとしている。目がうつろで、それでも誰にも異常として認識されていない。

 これが、馨の呪詛の効果なんだろうなぁ。実際に掛けられた人間を見るのは初めてだけれど、これはすごい。味方で良かった。


 そうして学舎に入り、進んで、空き教室に入る。

 その床をサーベが叩くと、手筈どおり、ぎっぎっぎっと軋んだ音と共に床が開いて、隠し階段が出現した。

 目配せで頷き会い、サーベを先頭に階段に侵入する。全員が入ると同時に床が閉まり、周囲は漆黒の闇に包まれた。


「――……【――――】……――……よし、もう良いぞ」


 サーベの指先から光の球体が出現。

 周囲を照らすと、木製の階段と蜘蛛の巣の張られた廊下が見える。というか、蜘蛛の巣、大きくないかな? 魔物とか、幽鬼とか、居たりするんだろうか。


「ここから先は、未踏の領域だ。潜ませていたスパイに調べさせたが、マッピングは出来なかった。その原因が――あー、声を上げるなよ? アレだ」

「あれ? ……っ」


 ――事前に声を上げないよう言われてなかったら、危なかった。

 天井に張り付く蜘蛛。一匹や二匹ではない。数百ものそれが、まるで天井の模様であるかのように蠢いている。うひゃあ、これは無理だ。


「ありゃ、あんなんだが幽鬼の一種だ。潜入特化のスパイじゃ切り抜けられない。侵入者を排除するっつう意志だけで動くモニュメントさ。おそらく、勝手に生まれたそれを番人代わりに配置しているんだろうが……」

「だからこそ、セントラル側も他に番人を置けない?」

「――クッ、正解だ」


 小さく、それでいて不敵に笑うサーベ。

 そんなサーベの様子を確認する前に、一歩前に出たアリスちゃんが、幽鬼の蜘蛛に手を翳す。


「燃えろ」

『――ッ?!』


 一瞬だった。舐めるように何かが通り過ぎ、それに触れた蜘蛛が全て火花とともに灰になる。

 これは、そうか、“熱風”だ。単純な発火能力ではなくて、異能の現象でしかあり得ないような超高温の風を操っているのだろう。不可視の熱風――さすが、幼くともレジスタンスの実力者。強力な異能だ。


「よし、進むぞ」

「足下に気をつけろ」

「はい、テイムズさん」


 先導され、ついて行く。

 ここから先は、文字どおりセントラルの人間以外は、誰も踏み入れたことのない場所だ。気をつけて進まないと。

 あれ。でも、考えてみれば、どうやってセントラルの人間はあの幽鬼を無効化していたのだろう? いちいち焼き払って、復活する、とか?


「未知? なにかに気がついたか?」

「ええっと、さっきの幽鬼、セントラルの人間はどうやって退けていたのかなって」

「ああ、結界の一種だろう。富裕街の連中が幽鬼に襲われないのと同じで、幽鬼は天使たちの力に怯えることがあんのさ」


 なるほど。

 ……うん、ちょっと気にしすぎていたのかも知れない。慎重になるのはともかく、緊張しすぎないように注意しよう。

 気持ちを切り替えて、暗がりの奥に進んでいく。自然と、掌にかいた汗を、握りしめて誤魔化した。





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