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そのじゅういち

――11――




 ――黄地邸。



 色々と落ち着いて、私たちは改めて時子姉……時子さんの横に並んで座っていた。

 どうやら周囲からは遮断される音も、術者である千歳さんやサーベには筒抜けだったようで、二人に無言で頭を撫でられる、という形で発覚してしまった。

 うぅ、あんなに思い切り泣いたのなんて久々だ。やはり誰も私を知る人が居ない場所、というのも、それはそれで心細かったのだろうか。いい年した大人なのに。うぅ。

 顔を赤くしながら、サーベたちに並ぶ。なんにせよ、もう重要な話は終わっていると言うことなのだ。目元の腫れが引くまでは、こうしていさせて貰おう。


「あの、時子さん。恥ずかしいところをお見せしました。その、甘えてしまい申し訳ありません」

「あら? もう、時子姉とは呼んでくれないのかな? お姉ちゃん、寂しいなぁ」

「んぐっ――時子姉、からかわないで」

「ふふ」


 くそぅ、変身できるようになったら、速効で治してやる。

 と、それはともかく。詳しい話は時子姉が話したがらないので知らないが、子供の姿で固定されていることで、固定されている姿に戻ろうとする力が働くのだとか。だから、重傷の類いでも治る速度が速いはずなのだけれど……?


「時子様のは、呪いだよ。未知」


 私のそんな疑問に察したのか、サーベが目元を眇めて答えてくれた。


「呪い?」

「ああ。大戦時代に悪魔側にいた古の咎人。血壊龍の主(・・・・・)、ファリーメア・アンセ・エルドラド――あのバケモノと戦って刻まれた呪いだ」


 魔龍王!

 今は“世界のバレンタインディを悪の手から守るさすらいの正義の味方”と化しているファリーメアだが、当時は魔王の手先として猛威を振るっていた。幸い、出現開始から今日に至るまで、全て時子姉か私が対処できたから犠牲を出さず、結果としてファリーメア自身も器物破損程度に収まり――って、そうか、“魔法少女”がいなければ、乗り越えられない戦いがある。


「アル、そこからは私が」

「……」

「――彼女との戦いは熾烈を極めたわ。私も秘技を尽くして戦って、それでも京都は地図から消え去り、多くの犠牲を出しながらもエルドラドの魔龍を撃退。けれど、肝心のファリーメアにトドメを刺す前に、死にかけの魔龍に呪いを掛けられて、彼女にとどめは刺せなかった。代わりに、霊力の大半を注ぎ込んで封印して、海溝に沈めたの」


 そうか、それで、今は呪いを解くための力がなく、こうして残ってしまっているのか。


「あれ? でも、それこそ天使は……」

「アイツらに得意なのは“創造”だ。解呪なんてできねぇよ」

「えぇ……そんな」

「物作りをさせたら一流なのだけれど、解呪――“壊す”ことは、むしろ悪魔の得意分野なのよ」


 時子姉の言葉に、深く頷く。

 そっか、そうなんだ。そして、おそらくかおるもダメだったのだろう。橙寺院は呪詛のエキスパートだ。そんな彼でも、時子姉の呪いは解呪できなかった。

 ――そう考えると、恐ろしく強い呪いだ。


「こんな姿で、驚いてしまったでしょう?」

「いいえ――時子姉と、生きて出逢えただけで、私は嬉しく思います」

「……そっか。そう、ふふ、ありがとう」


 誰が生き残っているかもわからない現状だ。

 そんな中で、生きて出逢えたことに喜ばずに、なにに喜べるというのか。私は時子姉と話せているだけで、こんなにも嬉しい。

 もちろん、獅堂や仙じいたちの消息も知りたいけれどね。クロックは……まぁ、あれは大丈夫だろうし。


「まっ、つー訳だ。“当日”はお騒がせすることと思いますが、よろしく頼みますぜ」

「ええ。病人らしく、静かに過ごしておくことにしましょう。良いわね? 千歳」

「御側を離れるつもりもありません」


 頭を下げるサーベと、仄かに微笑む時子姉。

 すると、サーベは私に“そろそろ”と言いたげに目配せをしてきたので、頷く。


「色々と、その、ありがとうございました。私たちは、これで」

「ええ。ああ、そう、その、未知」

「――はい」

「また、会えるかしら?」

「はい。必ず、逢いに参ります」

「ふふ、そう。ええ、お疲れ様。気をつけてね」

「はい」


 時子姉の声を背に、歩き去る。

 不思議と、弾むような声だった。だから私も、その声に、できる限りの感謝と尊敬と、親愛を込めて。


「必ず」


 そう、囁くように、告げた。


「未知、ここから先はまた、声を出すなよ」

「ええ」


 サーベに言われて、少しだけ深呼吸をしてから頷いた。

 私の反応に気がついて歩調を合わせてくれるサーベに、内心で、感謝をしておく。あれでも、最初は……いや、良いか。

























 帰りも行きと同じだ。サーベが先導して、すいすいと日本風の街並みを進んでいく。やっぱり途中で誰に気がつかれることもなく、私たちは無事、来た場所から戻ることが出来た。


「さて、明日からも頑張ろう、サーベ」

「未知」

「ん? どうかした?」


 掛けられた声。

 逸らされた目。

 私の方を見ようともせず。


「おまえは頑張ってるよ。オレが、保証する」


 頭に、ぽんっと置かれた、手。


「だから、無理なら言え。止まる気がないのは理解できるが、脚がもつれたら、肩くらい貸してやるからよ」


 頼もしい、背中だ。

 けれどどこか声に滲む照れが身近で、それがなんだか、嬉しくもある。ぶっきらぼうでみんなの中心で、けれどこんな、可愛げのある表情もあって――優しくて。


「良いの? 私、重いよ」

「ばーか。女一人支えられないで、レジスタンスなんかやれるかよ」

「ふふ、頼もしい」

「本気にとってねぇな?」

「いいえ、本気よ。本当に、嬉しいよ」

「そ、そうか。なら、いい」


 異邦人でしかない私が、こうして受け入れられているだけでも奇跡なのに、彼はこうして気遣ってまでくれる。これを喜ばずに、何を喜べというのだろうか。

 頭に乗せられた手は、どこかごわごわしている。けれど、どうしてだろう。手袋越しの手が、どうしようもなく温かく感じてしまう。


「サーベ」

「おう」

「ありがとう」

「……ああ」



 不意に、眩しさに目を眇める。

 夕焼けが、瑠璃色の空を引っ張り出してきたようだ。

 仄かに燃える茜に、サーベの横顔が、薄く揺らめいて感じた。



「未知?」

『未知?』



 重なる声。

 これは、誰の声だったか。



 思い、出せない。



「行くぞ」

「っ、え、ええ」


 目が、醒めたような気持ちだった。

 今のはいったい、なんだったのだろうか。白昼夢? やだなぁ。


「今日は凛がメシを作るそうだ」

「食堂の方々は?」

「時々、オレたちのメシだけでもって作りたがるんだ。で、覚悟を決めておけ」

「へ? 覚悟?」

「時々、でろでろに甘ぇ」


 黄昏の、鉄錆の街を歩く。

 どこもかしこも長く伸びる影。鉄錆を浮かせるように舐めつける、夕暮れの陽光。


(できる限りの、全てをしよう。出会いに、報いるために)


 ――この日から、立て続けに富裕街を騒がす“怪盗騒動”は、各々の努力もあり、実にスムーズにコトが進んだ。そのうち、ついに予告状を贈られた富裕層の人間、奇しくも金沢無伝という名の蛙のような男は、こちらの思惑どおりに予知能力者、暦恋を雇う。

 この先の結果がどうであれ、暦恋が予知を行ったというのであれば、私たちの“前準備”は全て整ったことになる。そうなれば、もう、あとは備えて待つだけだ。


 公開論述会。

 セントラルで、その大規模な催しが、始まろうとしていた――。




































――/――




 ――富裕街・金沢無伝邸。



 煌びやかな豪邸。

 趣味の悪い、金銀財宝で彩られたこの屋敷に、一人の女性が招かれた。淡い桜色の着物に身を包んだ、泣きぼくろに色香にも似た儚さを醸し出す女性だ。

 車から降り、付き人の女性に日傘を差させると、ほぅと息をつく。結い上げた髪、晒されたうなじ、細く流れる瞳は愁いに満ちて。


「――」


 見る物全てを、釘付けにする。

 その様相は、魔性の美貌とでも言うべきモノだろうか。その場だけ、流れる空気が熱と質量を保って、淡く漂っているようでさえあった。


「おお、これはこれは暦様! 本日も美しい! よくぞお越しになられた。ささ、当家で茶でもいかがですかな」


 女性――真伝十三家統括、こよみ家の現当主、こいを前に、無伝はだらしなく口元を緩めて駆け寄った。


「金沢殿……お気持ちは嬉しゅう存じます。お目にかかれたのであれば、お誘いに頷きたくも思いますが、天使様から最速の仕事を期待されて参りました。急かしてしまうようで、お気を悪くされたら、申し訳ありません。一度、予知をはじめさせていただいても?」

「おお、天使様が! でしたらこの金沢無伝、なにを断ることがありましょうか。さ、さ、こちらへ」


 先導され、件の“宝”の前に立たされる。

 それは、銀色の鉱物で作られた、掌ほどのサイズの人魚像であった。


「まったく、忌々しい怪盗共め! ささ、どうぞどうぞ」

「ええ。ありがとうございます」


 椅子に座った暦恋は、静かに目を閉じる。

 この異能に必要なのは、膨大な精神力のみだ。その力の大半を用いて、暦恋は予知を行う。吹き荒れる霊力と風。無伝は吹き飛ばされまいと目を閉じ、やがて、収まった風に首を傾げる。


「……」

「……」


 恋は口早に侍従に結果を伝えると、そのまま、眠るように倒れてしまった。それを、女性の付き人が支え、車に連れて行く。


「金沢様、それでは」

「あ、ああ」


 侍従に伝えられた内容を、無伝に伝えていく。

 その光景を見ながら――付き人の女性は、薄く微笑んだ。




「あとはうまくやれよ、我らの“希望”よ」

「……よみ、さま?」

「ああ、君はまだ寝ているといい」




 そう、女性は恋に手を貸し……やがてまた、女性を運んで消えていった。





2017/09/15

一部、解りづらい表現に加筆しました。

2017/09/18

誤字修正しました。

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