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そのじゅう

――10――




 ――旧ハワイ州・屋敷街



 ハワイと言えば、南国だ。

 南国と言えば、ハワイアン。

 それほどまでにイメージが強かったこの場所も、どうやらこの世界ではだいぶ毛色が違うようだ。なにせ、見渡す限りの純和風。

 ハワイという地の名残はなにもなく、佐渡島か屋久島か、というような風景が広がっていた。


「急ぐぞ。暑い」

「ええ……ええ、その格好ではね」

「うるせぇ、わかってんだよ」


 サーベの術でここまで来て、サーベの術で周囲に感づかれないようになっている。

 だからものすごく目立つはずの全身黒ずくめ装備のサーベにまったく視線が集まっていないが、それはそうと暑そうだ。

 わかっている、ということは、それでも脱ぐ気は無いということだろうか。こう、戦争で酷い火傷を負った、とか、そういうことなのかな? 深く聞くのは、辞めておこう。


「裏から入るぞ。探知結界を緩くしてくれている一角がある」

「ええ、わかったわ」


 路地の裏側へ入り、暗がりを進み、瓦屋根を越え、丘の上へ。

 やがて竹藪が見えて、その中へ割り入るように進み、裏口へ。


「行くぞ」


 頷いて、裏門を潜る。


「ここから先は、合図をするまで声を出すな」


 頷いて返事をすると、サーベは目線で確認して、それから自身も口を閉ざした。


(鞍馬山の、時子姉の屋敷と似ている。少し間取りが違うから、そのまま移したわけではないのかな? 向こうよりも段差が少なくて、平坦だ)


 庭から足を踏み入れる。

 屋敷の中は、サーベが簡易的な術を掛けた状態で、土足で上がる。こうすることで土が付かない――どころか、足音すらも綺麗に消しているようだ。

 無言の彼の背中について、奥へ奥へと進んでいく。ひときわ大きな襖が見えると、サーベは立ち止まって私を手で制した。伺いを立てるのかと思いきや、小さく音を立てて、襖が開く。あれ、もしかして他のひとと鉢合わせ?!


「――失礼しました」


 襖の向こうへ頭を下げて、襖を閉める小柄な少女。

 赤みがかった黒髪の、おかっぱ頭の少女。こけしのような、と形容するのは失礼かも知れない。そう、自分を恥じ入るほどに整った顔立ちは、どこか作り物めいていた。


「それで? “それ”は新入り?」

「――」

「ん? と、ごめんなさい。【結界拡大】――話しても良いよ」

「ふぅ……未知、もう良いぞ。気がついているだろうが、味方だ」


 覗き込む目は真紅。

 少女が静かに指を振ると、空気が変わったような独特な感覚が、身体を通り抜けた。よく時子姉が秘密の話をするときに行う、水気による人払い結界によく似ている。


「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。“新入り”の、観司未知と申します」

「おや、これはご丁寧に有り難う。私は“赤嶺あかみね千歳ちとせ”と申します」

「赤嶺――退魔七大家序列一位、“気焰練きえんれん”の赤嶺……?」


 私がそう、驚きのあまりそう呟く。

 すると赤嶺さんは僅かに眉を上げて、サーベを見た。


「――アル・サーベ?」

「昔、時子様に世話になったことがあるそうだ」

「そう」


 なんだか、少し納得していないような気もするけれど、ええっと?

 もしかして、この世界では時子姉の“式神揮”とか、彰君の“光掌拳”とか、非公開だったりするのだろうか。そ、それは迂闊なことを言ったかも知れない。


「まぁ、あなたが不審者や間諜を“見抜け”ないとも思えません。良いでしょう、お目通りを伺います」

「ああ、頼むぜ」


 ひらひらと手を振るかるぅーい態度のサーベに、けれど赤嶺さんはさしたる反応もなく再び襖の向こうへ消えていく。それから直ぐに、戻ってきた。


「――観司殿」

「は、はい」

「時子様は大戦の影響で、過去の記憶に曖昧な部分があります。あなたのことを覚えていないかも知れないと言うことは、了承なさい」

「はい――覚悟は、しておりました」


 私はそう、赤嶺さんの目を見て答える。

 すると、赤嶺さんはほんの僅かに口元を緩ませ、それから強く頷いてくれた。親しい人が、私を知らない。状況が状況だから仕方のないことだけれど――堪えるのは、覚悟をしてきた。


「良いでしょう。アル・サーベ、彼女は時子様のことを、何処まで?」

「あー……未知。オレが紹介と諸々さっさと済ませてくる。二人きりにしてやるから、オレと入れ替わりで入れ」

「え、でも……赤嶺さん?」

「結界の範疇です。あなたが邪な気持ちを抱けば反応するので、お気になさらず」


 なるほど、それなら安心かな。

 ふぅ、と胸をなで下ろすと、赤嶺さんは小さく眉を寄せた。


「何故、あなたが安心するのですか?」

「え? ああ、いえ、もちろん邪な気など起こしませんが――私の我が儘で、あなたの立場を悪くするようなことは、したくありません」

「っ」


 僅かに、目を瞠り。

 それから、ふ、と緩ませる。


「そう、ですか。まったく、あなたが拾わなければ私が拾いたかったですよ、アル・サーベ」

「はっはっはっ、やらねぇぞ?」

「え? ……え?」

「あなたは気に留めなくて結構です。ああ、それと――私のことは、千歳ちとせ、と、そう呼ぶように。澄んだ目をしているあなたなら、あるいは……いえ、これは詮無きことでした」


 ええっと、どういうこと?

 訳がわからずとも、頷いて答える。そうすると、赤嶺さん改め千歳さんとサーベが、並び立って襖の向こうへ消えていった。

 待ち時間の間、少しだけ、思考を動かしてみる。時子姉は昔のことでも、些事はともかく深い仲の人間とのことや印象的な出来事は、ずっと覚えている方だった。それが、今は、記憶に差違がある可能性を示唆された。

 その前の、大戦の影響で、という言葉も気になる。影響で、なにかが起こった? いや、違う、ちょっと待って。その前に、もう一つ。



 人間側が敗北した戦争で。

 ずっと離れていた天使が漁夫の利を攫ったような結末で。


 “英雄”と呼ばれるような状況があるとするのなら、それは。







「未知、行ってこい」

「さ、こちらへ」

「え、ええ、ありがとう、サーベ、千歳さん」


 ばくばくと、心臓から嫌な音がする。

 胸が締め付けられるような感覚。痛みに、背筋が凍るように、視界がぼやける。


「――失礼します」


 襖を開けて、声を掛け、後ろ手で閉じて。

 畳を歩き、奥へと進み、大きな布団が敷かれていて。


「こんにちは」


 聞き慣れた声は、いつもよりも力なく。


「と、きこ、ねぇ……?」


 大きな布団の上。

 寝たきりのまま、顔だけをこちら側に向けてくる、幼い体躯。

 火傷の痕が垣間見える顔。目元にはぐるぐるに巻かれた包帯。


 香で誤魔化した薬の匂いが、鼻をつく。


「ごほっ、ごほっ……こんな格好でごめんなさい。さ、近くに座ってちょうだいな」


 言われるがままに彼女の傍へ座る。

 丁寧に着せられた浴衣から垣間見える包帯。血が滲んだあとが、幾つも散見される。私の見たことのない、時子姉の姿。


「姉、と、今、呼んでくれたわね。きっと本当に親しい仲だったのでしょうけれど――ごめんなさい、あの大戦以前の記憶が曖昧なの」

「――」

「アルに聞いたわ。過去から、迷い込んできたと。私を頼ってきてくれたのでしょう? それなのに、恥ずかしいわ。“妹分”の、助けにもなれないなんて。――なんて、弱音ね、ごめんなさい」

「――」

「ええと、未知、で、良いのかしら? どうかした? ……泣いて、いるの?」


 力なく伸びた時子姉の手に、一粒の水滴が落ちる。

 それが自分の涙だと気がつかせてくれたのは、時子姉だった。


「せん、えつ、ながら」

「ゆっくりでいいよ。どうしたの? 未知。話を聞かせて」

「僭越ながら、手を、握っても、よろしいでしょうか?」

「――ええ、もちろん」


 細い手だ。

 私を引っ張ってくれていた、小さくとも力強い手ではない。幼く脆い、本当の子供のような手だ。冷たくて、薬品の匂いをさせながら、優しく握り返してくれる手。



「ごめん、なさい」



 この世界の私は、いったい、なにをやっていたのか。



「ごめんなさい、ごめんなさい、時子姉っ、うぁっ、ぁああああああぁぁっ」



 この世界に来て私は、いったい、なにをやっていたのか。



「ぁぁぁっ! っぅぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「大丈夫、大丈夫だよ、ね?」



 違う。

 この世界で、私はずっと現実逃避をしていた。

 春花ちゃんが一人で戦う理由? わかりきっているじゃないか。もう、そこに拓斗さんが居ないからだ。

 テイムズさんが郷愁のそぶりを見せない理由? 直ぐにわかることだ。フィフィリアさんが居ないからだ。

 凛さんが、天使側でなくてこちらで、深く沈んだ瞳で戦う理由なんて――鳳凰院君と季衣さんが、いないからではないのか?


 現実が、暴力のように襲いかかる。

 それは今、時子姉が、私なんかのために慰めようとしてくれているように。




「き、たれ――るりの、はなかんむり」



 ステッキは来ない。

 わかっていた。だから、呼ぼうとしなかった。

 この世界で、なんのために戦えば良いのかもわからない、ただの迷子でしかない私は、どこまでいっても私利私欲でしか魔法を使おうとできない。ただ、私自身のことだらけでは、愛と希望の魔法少女は、力を貸してなんかくれない。

 この世界のことから、目を逸らして、私は私の世界に帰ることだけを考えていた。今の辛い現実から目を逸らして、愛しい仲間たちの、“私の世界での無事”だけを支えにしていた。

 守られるだけなら、それでも良かったのかも知れない。誰の力も借りないのなら、そうとだけ支えにすれば良い。でも、こんなにも、この世界の人たちに力を借りて。


 心を、支えて貰って、おいて。



「よしよし、大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんが、傍に居るからね」



 私は、私の世界に戻らなければならない。

 私は、私の世界にたくさんのものを残してきたから。


 でも、例え手段が見つかっても、戻るのは全ての恩を返してからだ。

 どこまでも優しくしてくれたサーベたちと、自分の方がはるかに辛いだろうに、優しく涙を拭ってくれる時子姉に、報いてからだ。



「時子姉、時子姉っ、うぁっ、あああぁっ、っ――ぁぁぁあああああぁぁっ!!」



 私が“魔法少女”として、この世界で力を使う“役割キャスト”を見いだせるその時まで、ただの“観司未知”は、全身全霊を尽くそう。

 例えこの身が灰燼と帰そうとも、身命を賭して戦う覚悟を、ここで決めよう。


「よしよし、よしよし、良い子だから」


 だから、今は、今だけは。

 弱くて卑怯な私を、洗い流させて欲しい。

 そうしたら、必ず、前に進むから。





「ぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁ――――……――っ!!!!!」






 今だけは、どうか。





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