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そのはち

――8――




 ――旧中国大陸・富裕街。



 夜、荒れ果てた砂漠。

 郊外から暗視付きの望遠鏡で覗き込むと、金銀で装飾された趣味の悪い豪邸が見えた。


「――今更だけど」

「アリスちゃん?」


 私とチームを組んだアリスちゃんが、ぽつりと呟く。

 それに、私はただ、首を傾げた。


「こんな作戦、よく思いついた。――さすがに、感心させられたのは、認める」

「! ……ええ、ありがとう」

「調子に乗るな」

「ふふ、ごめんなさい」


 アリスちゃんにしみじみと言われて、苦笑する。

 大きくため息をつくアリスちゃん。私はそんな彼女の姿を眺めながら、この“作戦”を提示した時のことを、思い出した。













 青いピンを指さして、勤めて余裕があるように笑う。

 案外穴だらけかも知れないが、うまく行く余地は充分にあると思うから。


『まず、私たちでなるべく適当な変装をして、富裕層の家に侵入、高価な物を盗むわ』

『ヒューゥ、好きだぜ、そういうの。で、それがなんの関係がある?』


 サーベの言葉。

 みんなの、期待するような視線。


『手順を踏むのよ。身分の低い家から順番に、三日前に予告状を届けて、キッチリ予告通り、三日後に盗み出す。だんだんと相手の格を上げて――学術発表会の日に盗むよう合わせて、もっとも高い地位の人間の家に、予告状を出す』

『! それで、私たちは盗みをせず、学舎に向かうと言うことか!』

『ええ、そうです。テイムズさん。予知を欺くために、私たちによく似た人を盗みに向かわせなければ成りませんが――実際に盗み出さなくても良いなら、幻影でも良いですよね?』

『ハ、ハハハハハッ! なるほど、金に目がくらんだ俗物共にはちょうどいい! やるじゃないか、未知!! アル! 幻術は出来るな?』

『ク、ハハハッ、ああ、とびきりのを用意しよう』


 周囲を見れば、みんな、感心したように頷いていた。実のところ私も、エルルーナの怪盗騒ぎがなかったらこんな作戦は思い浮かばなかったと思う。そういう意味では、エルルーナに感謝かな。

 ちなみに、一回一回の怪盗業務では、逃げ易いように、スリーマンセルかツーマンセル。最後の一回、予知が発動するであろうタイミングだけ、幻影で全員用意して貰う。そうすると、顔割れしているからこそ、“全員が怪盗をしている”という情報を与えることが出来る。

 未来予知は強力な能力だけれど、その一番の強みは“予知していることを悟られない”ことにある。いくら強力な異能でも、対策を十全にとれば問題は起こらないからね。

 それで一回異能を使わせてしまえば、暦さんは一週間動けなくなる。論述会の前後一週間に天使側にとっての重要なイベントがないようなので、問題なく手札は切ることだろう。


『あとは、泥棒を確実に成功させなきゃならねぇ点だが――おまえら、無理とは言わねぇよな?』

『当然』

『はいっ』

『ふふ、楽しみねぇ』

『必ずやり遂げよう』

『ええ、もちろん。万全を期すわ』


 アリスちゃん、春花ちゃん、馨、テイムズさん、そして凛さん。

 それぞれがみんな、確かに頷いてくれた。これなら、もう、なんの心配は要らない。なにせ決意に燃える彼らの霊力は、これまでよりずっと研ぎ澄まされていたから。


『んじゃ未知、臨時チーム名はどうする?』

『えっ』

『ほら、早く決めろよ』

『え、えぇ、ええっと、それなら――ら、ラピスラズリ怪盗団、とか』

『お、未知にしてはまともだな。んじゃ、それで』


 ……うん、大丈夫、だと、思います。はい。














 ――なんだか一緒に、余計なことまで思い出した気がする。

 そんなこんなで私たちは、サーベが用いる特殊な術。“界渡り”とみんなが呼ぶソレで大陸間を移動。戦えないわけじゃないが機動力に劣る私は、こうしてくじ引きで決まったペア――アリスちゃんと、日中に予告状を出した家を監視していた。


「で、どう?」

「当主の下には渡ったようね。予告状をびりびりに破いて、従者に怒鳴りつけているわ」


 望遠鏡の先。

 ひっつめ髪に神経質そうな顔立ちの女性が、予告状を破いて捨てて、何事か従者と思われる女性に怒鳴りつけていた。


「手には渡ったのなら良い。――<こちらアリス。確認完了>」


 アリスちゃんがそう、通信を入れる。

 これで“再配達”を懸念していたチームにも伝わる手筈となっていた。あとは、サーベの力を温存するためにも日本には帰らず、この大陸に設置された隠れ家に戻って、会議だ。


「一度、戻って詳しく作戦を練る」

「ええ、そうね。それでは拠点へ――っ」


 そう、動き出そうとしたとき。

 背後に“嫌な予感”を覚えて慌てて振り返る。夜の砂漠、月光のみに照らされた薄暗い視界の中、ずるりずるりと何かを引き摺って歩く人影。


「幽鬼」

「ゆうき?」

「悪魔の残滓と死者の怨嗟と妖力で更正されたバケモノ。ここはギリギリ天使の“神聖守護領域の外側だから、こういうこともある」


 このレベルの妖魔を、天使が撃退できない、ということ?

 いやいやいや、そんなはずはない。そうすると――ああ。信者獲得のために、あえて放置しているのか。相変わらず、考えることが狡猾だ。


『オ、オオオォ、ォォオオォオ』


 麻袋を被った巨体。左足を引き摺っていて、左膝には人面。そちらが彼にとっての顔のようで、白く濁った目が私を睨み付ける。

 手には大きな肉切り包丁。錆だらけのそれにこびりつく赤黒いものの正体は、あまり想像したくない。


『ハラガ、ヘッタ。ニクヲ、ヨコセェェェェッ!!』

「うるさい。憎むべき相手を間違えるな」


 襲いかかるそれに、アリスちゃんが指を向ける。

 すると、幽鬼は大きく震え、包丁を落とした。良く見れば、心臓の部分に焼け焦げた穴が開いている。獅堂と同じ――“発火能力者(パイロキネシスト)”か!


『ハラ、イッパイ、クイ、タカッ――…………タ――』


 倒れ伏した幽鬼が、砂になって崩れ去る。その最後に遺した言葉は――あまり、気持ちの良い物ではなかった。


「……こんなことでいちいち同情をしていたら、この先、折れるよ」


 そう告げるアリスちゃんに、抑揚はない。

 けれどハッキリと伝わる警告と忠告から滲み出た、心配。何事にも無頓着のように見えて、その実、情に篤いのだろう。彼女の横顔がのぞき込めないことが、今はただ口惜しい。


「いいえ、大丈夫よ。わかっているわ。――こうして討ち倒すことが、なによりの弔いなら、私は一度振り上げた手を下ろすべきではないわ。それは、振り上げた手で倒された彼らへの、侮辱だから」


 だからせめて、私の気持ちはしっかりと伝えておこう。

 魔導術の使えない私に、戦えない私に心配をかけてしまった彼女に、余計な荷物を背負わせないためにも。


「生真面目」

「うぐ」

「でも、悪くない」

「え?」


 聞き返しても、そこに反応はない。それどころかさっさと歩き去ろうとする彼女の背が、どんどん遠くへ行ってしまう。慌てて追いかけて隣に並ぶと――アリスちゃんは、小さく笑ったような、気がした。


「さ、帰るよ。目的は達成した」

「え、ええ」


 さて、真相はどうだったのか。

 どこか声の弾む彼女に聞き返す気にもなれず、ただ、無言で歩く。

 でも何故だろうか。不思議なことに、その沈黙は気まずいモノでは無かった。

































――/――




 ――旧中国大陸・貧民街・拠点



 貧民街とは、その名の指すとおり富裕街には住めない人間たちの街だ。

 それは彼らの言う無能者であったり、天使たちに恭順できない異能者たちの暮らす場所で、天使の守りがないこの場所は、通常なら町中であっても幽鬼に遭遇することがあるという。

 それを街ぐるみの自警団、“ファミリー”と呼ばれる人間のグループが様々な術者に協力を仰ぎ、結界を形成。自らも警備にあたり、街の平穏を守っている。代わりに、住民は金銭・食料・労働のいずれかで報いる、という形で成り立っているのだという。

 では私たちレジスタンスがどんな役割なのかというと、これもまた単純に“スポンサー”だ。金銭面、食料面での補助もそうだけれど、主な役割は“術者にしか出来ないこと”を提供するのだという。

 そんなこんなで、予告状を出した翌日、本日は“ファミリー”からの情報収集も含めて、私たちは貧民街の一角に用意された拠点で、情報共有を行うこととなった。


「私とアリスちゃんが見に行ったところ、昨晩、予告状は確かに当主の目に付いたみたい」

「破り捨てていたけど、目に入れば充分」


 なんだったら、盗み出したあとに“予告どおり”とでもでかでかと壁に刻めば、破り捨てた事実も露見してバッチリだろう。

 そう、私たちの報告を聞いたサーベは深く頷き、次を促した。次は――凛さんとテイムズさんだ。


「“ファミリー”に情報を得たところ、予告状から三日後――明後日、豪邸の主“涸沢からさわ容子ようこ”は旅行に出かけるようね」

「悪戯如きに動揺する姿を見せるのは恥だそうだ。ファミリーの連中も、協力に惜しまないそうだよ。ククッ」


 おおぅ、テイムズさんが悪い顔をしている。

 まぁでも、そうだよね。ファミリーとしても、甘い蜜を啜っている連中が痛い目を見るのは大歓迎か。

 次いで、目配せで頷いたのは馨だ。今回、唯一のソロ調査で寂しがっていたので、あとでたっぷり土産話を聞かせて貰おう。


「アタシの方もバッチリよぉ。んふふ、当日の警備に当たる人員に、たっぷり“呪”を仕込んできたわぁ。これで、意図的に警備に穴を開けられるわよ。本人も知らないうちに、ね?」


 ……そうか、退魔七大家序列六位“橙寺院とうじいん”の特性スキルは“呪詛”だ。呪いに特化した呪いのエキスパートでプロフェッショナル。そんな家の当主となれば、この程度はお茶の子さいさいということなのだろう。

 逆に、だからこそ単独行動なんだろうなぁ。他の人員は、彼の持ち味を殺しかねない。


「んじゃ、最後はオレと春花だな」

「はい。お兄さんと調査し、屋敷の見取り図を入手しました。今後、計画通りに進んだときに手に入りにくくなる可能性も考慮して、複数の屋敷の分も入手しています。これから、かおるさんの呪を仕込んだ警備員の情報も込みで、侵入ルートと脱出ルートも仕込んでいきたく思います」

「ついでに、一番大事にしていて一番高価な“お宝”の情報も手に入れたぜ。自分自身を美化して模した黄金の裸婦像だそうだ。鋳つぶせば良い金になる」


 しゅ、趣味が悪い。

 いやでも、これだけ情報が揃えば、あらゆる意味で怖い物なしだ。すごいな。みんな、仕事が早い。レジスタンスとして行動してきた経験が、ここに生きているのだろう。

 うん、すごく、頼りになる。




「んじゃ、決行まで油断はするなよ。煮詰めたら解散だ。やるぞ、おまえら!」




 誰からともなく、決意の証を強請るように片手をあげる。

 その力強さに、天使にも負けない意志を感じて――気づけば、私も片手をあげて拳を握りしめていた。



 決行まで、あと二日。

 役に立たない私だけれど、できる限りの全てに尽力しないと、ね。





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