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そのろく

――6――




 鉄錆の街の中心には、大きな待合広場がある。

 日頃はフリーマーケットや露店を開いて物々交換による流通を促すのだというこの場所も、今はその全てが片付けられている。

 代わりに、広場の中央に置かれたのは、巨大な鍋だ。薪の上、大きな七輪の上にどんっと乗る鍋。そこに、アリスちゃんが指ぱっちんで火を灯し、火力を調整。山の幸やらお肉やらがぐつぐつと煮込まれ、それを、街のおばちゃんたちが掬って配る。




「よう、おまえら! 今日はオレたちの新たな同士、観司未知の歓迎の宴だ! 盛大に食って飲んで祝え!」

『オォォーッ!!』




 ――そう、なんとこれは、私の“歓迎会”なのだ。

 サーベが言い出すとあっという間に全員で動き、気づけばあっという間に場が整えられた。あれよあれよという間に連れ出され、椅子と机に案内され、腕とお酒をどんっと差し出されて、“主役は座ってろ!”と言われたまま放置プレイ。みんな、思うままに楽しんでいるようだ。


「まったく、もう」


 けれど、口から零れる不満ほど、嫌な思いをしている訳ではない。

 むしろこの、先行きの見えない不安の中、前線基地にある葛藤の中、それでも天を仰いで笑みを浮かべ、胸を張って歩いている。

 その姿を見ているだけで、不思議と、元気が貰えるような気がした。


「はぁい♪ 楽しんでる?」

「ぁ――橙寺院とうじいんさん?」

「いやん、かおるって呼・ん・で?」


 頬に差す朱は、お酒の色香か。

 整った顔立ちだからか、妙に艶やかな雰囲気の馨さんが、どこからか椅子を担いで来て、私の隣に腰掛けた。

 可愛らしい仕草で大ジョッキを傾けると、息をついて、ついでに頬杖をついて私を見る。


「ごめんなさいね、主役をほっぽり出して」

「いえ。この雰囲気を見ているだけで、元気が湧いてきますから」

「ふふ、あら、素敵なことを言ってくれるじゃない。嬉しいわ」


 馨さんはそう、優しげに微笑んでくれた。

 その笑顔は、初めて見せる、どこか男性的なものだった。


「アタシの家はねぇ、それなりの名家なのよ。だから全員が人類のために天使からの解放を目指すのかと思えば、いくつかの家は人類のために天使側についたわ。不思議よね。願いは共通なのに、敵対しなきゃイケナイなんて」


 沈んだ瞳、伏せた瞼。

 そこに渦巻くのは、怒りか悲しみか、後悔か。


「思想は、強制できない。本来は、天使からのものであっても強制されるべきではないんですよね」

「ええ、そう。それが当たり前に保証された時代から、ふふ、随分と遠くなってしまったわ。あなたは、一般人だったのなら知らないわよね? 七大家なんて」


 どう、答えようか。

 葛藤も躊躇いも、ほんの僅かな呼吸に混ぜて、刹那の間に。

 それから、少しでも誠実でありたいと願う気持ちが、少しだけでも本当のことを話しておきたいと祈る思いに変化した。


「いえ、存じております」

「えっ、あなた術師の家?」

「いいえ。向こうは、その、“覚えていない(知らない)”と思うのですが――時子ね……時子さんに、お世話になったことがあるのです」

「あー、なるほどねぇ。そっかそっか、ふふ、確かにあの方なら、過去にも生きているわ。ふふ、そう、そうなの。なんだか嬉しいわ」


 今も、この世界でも、生きていてくれているのだとしたら――とても、嬉しい。


「なら、知っているかなぁ。赤嶺と黄地は形だけの恭順を示し、内側から人類や尊厳を守るために、今は政治の場で戦っているわ。レジスタンスとして動いているのは、アタシ、橙寺院と緑方だけ。青葉、藍姫、紫理は天使に完全な恭順を示したわ」


 見事に、その、ばらばらだ。

 でも、そうか、時子姉は中から戦っているんだ。憎まれ役になろうとも、みんなの矢面に立つ姿は、なるほど時子姉らしい。

 あ、でも、七大家が“そう”なら、アイドル退魔師のリムさんなんかの所属する、五至家はどうなんだろう?


「その、五至家は……?」

「あなた、本当に詳しいわねぇ。“仲介”の鏡は沈黙、“流通”のわだちと“情報”のながれはアタシたち側。“音”の轟はセントラル。“鍛冶”のくろがねは行方知れず、よ」


 やっぱり、バラバラだ。

 真伝十三家も聞いておきたい気がするけれど、そもそも私が暦さんと神無月さんと文月さんしか知らないからなぁ。“霧の碓氷”とか“闇の影都”なんかは、また別の所属だろうし。


「人類の敵が去ったと思えば、人類の敵がやってきた。もう、訳がわからないわよねぇ。平和が訪れたら、一日中お裁縫して過ごしてやろうと思っていたのに」


 ため息をつく馨さんは、どこか、落ち込んでいるように見えた。

 いや、それはそうか。かつての仲間たちはバラバラになって、今は出口の見えない戦いを強いられる毎日。そんな状況で、いったいどうして落ち込まずにいられようか。

 今日が初対面の人だ。元の世界でも、彼には出会っていない。けれど、最初に私を気に懸けて、こうして、話しかけてくれた彼に――私も、何かがしたかった。


「馨さん」

「なぁに?」

「ちょっとだけ、失礼なことをします」

「あら、面白いわね。どんな――ぁ」


 立ち上がって、彼の頭を抱きしめる。

 人間のぬくもりというやつは、これが中々侮れない。途方に暮れたとき、寂しいとき、恋しいとき、悲しいとき――時子姉が、幼い私にしてくれたこと。




「馨さんは、えらいです。仲間が向こうに着けば、疑いの目もあるでしょう。それでもこうして、自分のやりたいことを我慢して、それでも人に優しくあれるのは……とても、立派なことです。だから、そんなに、悲しい目をしないで下さい。今日会ったばかりの人なのに、あなたが私に優しく接してくれたように、あなたが優しさをくれたひとたちはみんな、馨さんの幸福を願っているはずですから」




 馨さんの髪を撫でながら、そう、一字一句しっかりと、感謝の気持ちが伝わるように告げる。そうすると、困惑するように離れていた腕が、私の背中に回っていた。


「もう、お人好しね――男の人にこんな風にしちゃうなんて、おばかな子。でも、ありがとう。ふふ、こんな風に頭を撫でられるの、何十年ぶりかしら。……本当に、懐かしい」


 背中に回された手が、僅かに震えている。

 それに気がつかないフリをして、私は、彼の背をぽんぽんと、リズム良く叩いた。


「っはい、もう良いわよ! こそばゆくて嬉しいけれど、これ以上は恥ずかしいわ!」

「ふふ、ごめんなさい」

「もう! とんだやり手ね、あなた。過去では何をしていたの?」

「普通の高校教師でしたよ?」

「先生だったのね。……ファンクラブとかありそうね。羨ましいわ!」

「大変ですよ?」

「あったのね? ファンクラブ! もう、可愛い男の子に囲まれていたのでしょう!?」

「その、女の子の比率の方が……」

「あら、ごめんなさい? でも、なんかわかるわ。このアタシだってオトされそうになったもの」


 改めてお酒を注ぎ合うと、なんだかあっという間に女子会になった。

 というか、馨さんが普通の女の人と話すよりも話しやすいのは何故なんだろう。不思議だ。


「うぅ、そんなつもりはないんですよ? ただいきなり、女生徒が名誉会長になっていたりしただけで」

「会長が女の子って、それ、筋金入りじゃない! あっ、それはそうと、貴女、いい加減その敬語やめなさいよぉ、女子友でしょう?」

「ふふ、そう、そうか、友達、かぁ。うん、わかった。コレで良いかな? 馨」

「ええ、未知。んふふ、貴女ったら最高ね」


 お酒は、お酒、これなんだろう? 白ワイン?

 ええっと、ともかく、お酒を飲み交わすと、自然と話題は女子会そのものへと変化していく。


「ネイルも出来ない! お裁縫は出来るけれど、お化粧も最低限! 貴女、どうするの? 化粧水なんかないわよ」

「ええぇっ、どうしよう……。盲点だったなぁ、そんな罠があるなんて」

「お洒落できないなんて、女子力が死んじゃうわ! っ春花、あなたもこっちに来なさいな!」


 ちょうど、お椀を持って歩いていた春花ちゃんを馨が捕まえたので、その間に私が空いている椅子を持ってくる。示し合わせたように馨が椅子をずらしたので、私と馨の間に置くと、あれよあれよという間に、春花ちゃんは私たちの間に腰を下ろすことになった。

 首を傾げながら目を丸くする春花ちゃんは、今更になって間に挟まれていることに気は付き慌てるが、ふふ、もう逃げ出せはしないだろう。


「春花ちゃんはなにを飲んでいるの?」

「えっと、オレンジジュースです」

「聞いた? 未知。可愛らしいわよねぇ、お持ち帰りしたいわぁ」

「ふふ、そうね、馨」

「ええっ!? ……あれ? お二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったのですか?」

「実はアタシたち、友達同士なの」

「そうだったんですか?! えっ、でも、お姉さんは過去から」

「あ、春花ちゃん、私たち、友達歴五分だから」

「五分……って、今じゃないですか!」


 真面目にツッコミをしてくれる春花ちゃんとは、こう、非常に話しやすい。

 けれど本人はとても大変そうで、ぜぇぜぇと肩で息をしているものだから、なんだか申し訳なくも思ってしまった。


「ふふ、ごめんなさい、春花ちゃん」

「い、いえ、良いです。それだけ早くお姉さんが溶け込めたのでしたら、それで。でも……」

「でも?」

「お姉さんは、本当にすごいです。少しの情報で場を見抜いて、抜け目のない馨さんを絆して、強くて、綺麗で」


 ぽつりぽつりと告げる彼女に、馨が割り込むように覗き込む。


「あらぁ、春花ちゃん? 春花ちゃんも未知のファンクラブに入りたいのぉ?」

「もってなんですか!?」

「未知、学校のセンセイだったんですって。ファンもたくさんいたみたいよぉ?」

「ちょっと馨、その言い方だと私が“私のファンがたくさんいました”って自己申告したみたいにならない?」

「そうかしら? んふふ」


 もう、と、眉を下げながら馨に掴みかかると、馨は“いやん”とくねりながら避けた。

 んぬぬ、早い上に巧いけれど、ふざけているようにしか見えなくてつらい。なにが辛いってもちろん、“魔法少女”を連想させて。


「――うん、やっぱり、お姉さん、すごい」


 そんな、感心しながらオレンジジュースを傾ける春花ちゃん。

 ひらりひらり避けて笑う、楽しげな馨。

 いつの間にか、周囲には人だかりが出来ていて。







「捕まるか捕まらないか、一口酒一升で賭けるぞ!」

「捕まるに一升!」

「いいや、逃げ切るのに三升だ!」

「もう、みなさん、なんでお姉さんと馨さんで賭けなんかしてるんですか?!」

「テイムズ、おまえはどうする?」

「馨が逃げ切るのに四升」

「テイムズさんまで?!」

「気にくわないけれど馨はうざいから、捕まるのに二升。赤ワインで」

「アリスさんも?!」







 赤く照らされた薪の燠火と、お酒と鍋の熱気の中。

 ただ優しく響く宴の音色が、孤独と戦う鉄錆の砦を、温かく包み込んでいった――。





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