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そのご

――5――




 ――鉄の要塞・七階。



 ただの自己紹介だったのに、なぜだか場が混沌としてしまった自己紹介。

 なんとか、金髪をオールバックにした壮年の男性、テイムズ? さんが場を鎮めてくれたことで、ちゃんとした自己紹介が可能な場が整った。




「んふふ。それじゃあまずはアタシからね? アタシは“橙寺院(とうじいん)かおる。カテゴリーは“術者”よ。よろしくね?」




 そう、ぱちんとよく似合ったウィンクをするのは、細身ながら筋肉質な長身の男性だ。

 波打ったオレンジの髪に、同じ色の垂れ目。どこか色香を感じさせる風貌だが、その実、所謂“オネェ系”であるようだ。

 しかし、そうか、“橙寺院”か。退魔七大家序列六位、だったはず。名門中の名門だ。なぜ、こんなところにいるのだろう?




「では、次は私ですね。私は東雲しののめ春花はるか。カテゴリーは異形憑きです。よろしくお願いします、観司さん」




 そう、丁寧に頭を下げるのは、黒い長い髪に小柄な体躯。

 日本人形のような可憐な少女は、綺麗な姿勢のまま、穏やかに礼をした。というか、そう、そういえばこの子、“東雲”か! 拓斗さんの、妹だ!

 実際にこうして会うのは二度目だけれど、それは私の世界の話。今回は、正真正銘の初対面だ。……でも、こんな前線基地で一人で? 拓斗さんは、どうしたのだろうか。




「アリス」




 赤の混じった金髪のボブヘアに、血のように赤い双眸。

 瞳の中に虚無を混ぜ込んだ少女は、ただ一言、己の名前を言って黙り込んでしまった。後ろから、サーベが「アリスは異能者だ」と、端的に補足をしてくれる。

 ……ここまでで三種出そろったけれど、間違いない。これはそれぞれ、タイプのことだ。“術者”が特性型スキルタイプ。“異形憑き”が共存型キャリアタイプ。“異能者”が発現型アビリティタイプなのだろう。




「テイムズ・エイワス・フォン・ドンナーだ。この国風に言うのであれば、“術者”という括りになる。私たちは“伝説保持者(ホルダー)”と呼んでいたがね」




 クールにそう言い放つのは、金髪をオールバックにした、壮年の男性だ。えっ、というか、ドンナー!?

 えっ、それじゃあこのひとまさか、フィフィリアさんの未来の関係者? いやでも、春花ちゃんの年齢を想定する限り、時代設定的には現在の私とも変化はないように思える。

 ということは、このひと……フィフィリアさんの、お父さん?!




「最後は私ね。私は四階堂凛。異能者よ」




 淡い菫色の髪は、ポニーテールにせずに下ろしている。赤紫色の瞳にいつもような輝きはなく、むしろ深く沈んでいた。

 いったい、この世界の彼女になにがあったというのだろうか。鳳凰院君は? 季衣さんは、どうしたの? 聞けることではないけれど、同時に、聞いてはならないことのような気がする。





「で、オレがアル・サーベ。別に姓名ってんじゃなくて、これ二つでオレの名だ。一応術者の枠だが、まぁ、気にするな」





 最後に、未だほぼ全身をコートで隠したサーベが、唯一見える赤褐色の瞳を楽しげに歪めてそう告げた。このひとも、本当に何者なのだろうか。自己紹介まで怪しいモノだから、じとっと眺める。

 すると、彼は今度こそ声を上げて笑った。


「っと、そうそう。良いか、おまえら、コイツは無能者だからそこんとこよろしく」

「ええっ、戦う術がないんですか?」

「!」

「あらー、困ったわねぇ」

「よく足を引っ張らないなんて言えた。厚顔無恥」

「そこまでにしておけ。……アル」


 上から、サーベ、春花ちゃん、凛さん、橙寺院さん、アリスちゃん、テイムズさんだ。

 そうだよね、ええ、ええ。前線基地なんだから、そうなるよね。でも、私だって伊達に大戦を乗り越えて、特専の教師をしていた訳ではない。身体強化が施せない以上、持久力には心許ないけれど、技術だけで戦う術は身につけている。

 役立つ、とは言い切れなくとも、少なくとも自分の身ぐらいなら守れる。


「はいはい。未知、おまえ、なにか出来るのか?」

「初対面がアレだから信用はないと思うけれど、短杖術なら」

「へぇ? ――【――――】」


 素早く、小声でなにかを唱えるサーベ。

 すると、彼の腕の中から木製の短杖が出現した。


「受け取れ」

「あ、ありがとう」

「で、死ね」


 何気なく放たれる銀の剣。軌道は首。

 私はほとんど条件反射で、半歩前に出ながら半回転。杖をみぞおちにたたき込みながら避けた。


「っへぇ」


 サーベは薄く笑いながら衝撃を逃がし、一歩引いた足を軸足に大上段回転蹴りを仕掛けてきた。それを、杖の腹を使い、両手で持ち上げるようにして防ぎつつ、体勢が崩せるよう真上に押す。

 当然、後ろに傾く彼にさらに踏み込み転ばせると、のど元に杖を振り下ろした。当然、避けられるが、大きく退いた彼の目は、満足げだ。


「なるほど、護身なら問題無さそうだな」

「これで満足かしら?」

「ああ、いいぜ。その杖はやるよ」

「ありがとう」


 その場で、作戦室用かなにかで置いてあったゴムテープを拝借し、柄にあたる部分に巻き付ける。あとで、ホルダーも作って腰に差そう。


「これでどうだ?」

「戦力としては論外」

「でも、頭脳担当なら充分よぉ。んふふ」


 アリスちゃんと橙寺院さんのお墨付きに、ほっと一息。

 どうやら、テイムズさんたちにも“とりあえず”認めて貰えたようだ。


「よし。なら未知、現在の情勢を説明してやる」

「ええ、ありがとう、サーベ」


 言われて、サーベについていく。

 案内された机の上に引かれたのは、世界地図だ。緯度経度赤道に、日付変更線。どれも、見方は変わっていないと思う。でもそれ以上に気になるのは、世界の形だった。


「天使共の本拠地は、かつてローマと呼ばれていた場所だ。今は聖域だか教会だか呼ばれている。悪魔の軍勢によって壊滅した地域は天使の入植が始まっている。あいつらは無能者を“選ばれなかったものたち”と称し、選択の時に選ばれるため、とかいう名目で“奉仕活動”っつぅ労働力として、こき使ってるのさ」


 天使が差別?

 私の世界でもそうだけれど、この世界の天使も相応の俗物なのだろう。思わず、虚堂博士によって討ち倒されたという、セブラエルを思い出した。彼もまた、異能者とそれ以外を区別して差別していたから。

 いや、それよりも今は、気にしなければならないことがある。


「あの、サーベ。現在地は、もしかして、この」

「ん? ああ、その赤いピンのトコロだ」


 ピンが立てられたのは、おそらく(・・・・)日本列島の、青森県の一角。

 大雑把に突き立てられているから正確な場所はわからないが、位置的には日本であることは間違いない。けれど、その地図に描かれる本州は、私の知っているモノとは違っていた。


「なんで、こんな……」

「? ――ん、なるほど」

「未知? 凛? どうした?」

「サーベ。彼女が過去の人間なら、ショックを受けるのも仕方のないコトよ」

「あー……なるほどな。ま、気にすんな」

「もう、サーベちゃんったら、無理に決まっているでしょぉ?」


 本州、関東の一角。本来なら東京都があるはずの場所には、神奈川を呑み込むほどの大きな穴。それは京都にも同じように刻まれていて、北海道や四国、九州なんかも虫食いだらけだ。沖縄にいたっては、影も形も見当たらない。

 そしてそれは、世界にも言えること。虫食いだらけのアメリカ大陸。大きくえぐれたヨーロッパ。日本をすっぽり呑み込めそうなクレーターが出来たことを示す、中国大陸。これが、悪魔と天使のせいだとでもいうのだろうか。


「――……いいえ、大丈夫です。どうかお気になさらず、次へ」

「ほぅ? なるほど、アル。君が気に入ったのは“こういうところ”か」

「わかるか? テイムズ」


 ? なんの話をしているのだろう。

 だが、いずれにせよ、今は関係ない。この世界で過ぎた歴史を見るのも、失った者を確認して嘆き悲しむのも――全部、今じゃなくてもできることだ。


「……お姉さん、強いのですね」

「強くなんかないよ。ただ、強くありたいと願っているだけで」


 春花ちゃんに、感心されたように言われてしまった。

 年端も行かぬ女の子に気に懸けて貰ってしまうとは、うぅ、お恥ずかしい限りだ。


「ま、んじゃ続きだ。今現在、この世界は三つに分かれている。一つは天使たちの“神教会”。こいつはさっき説明したとおり、ローマを中心に世界中に巣くっている。一つは、中立を貫くことを掲げた“セントラル”。拠点は中国西部。万人向けの学術院なんかを開いているが、スポンサーは天使だ。実質、表立っていないだけで天使の下部組織だな。で、最後の一つがオレたちだ。天使からの解放っつう共通のテーマで戦う独立機構さ。世界各地に点在していて、それぞれで活動している。うちが最前線で、だからこそ各地の実力者たちが集まって、いつの間にか隠れ里になった、って訳だ」


 なるほど……。

 与えられた状況で、現状について組み立てる。魔導術式を組むのと同じだ。結果のための道筋を組立て、補い、展開する。たったそれだけのことなら、得意分野と言っても良いだろう。




「……セントラルは、特異能力を持たない人間を纏めておくための場所?」

「! 続けろ。良いな? アル」

「クク……ああ、良いぜ、テイムズ」




 ええっと?

 ま、まぁ良いか。続けろと言うのならそれで。



「学術院――学校の役割は共通の知識を学ぶことにあるわ。だから中立の視点で見なければならない。それなのに思考の極端にある天使がスポンサーにいるということは、特異能力を持たない人間に“いずれ生け贄になる存在”だとかなんとか洗脳教育を施し、いざというときに楽にコトを運ぼうとするため。そして、セントラルに立てられた黄色いピン。セントラルに侵攻して、特異能力者を解放……いえ、それだと意味はない。またどこかで行われるだけ、だから……そう、セントラルに侵入して……違う」



 私は今、彼らに、私自身が有用であることを示さなければならない。

 なら、頭を回せ。彼らはなにをしようとしていて、何に行き詰まっていた? 思い出せ。凛さんは“作戦の目処は立ったの?”と聞いていた。ということは、何かしらのことを実行する前段階まではこぎ着けたんだ。

 そうでなければ、“目標は決まったのか?”とか、“次はどうする?”のような質問になるはずだから。それを踏まえて、導き出せるのは……そう。



「セントラルに潜入していた仲間から、重要な情報を受け取った。だから、情報を公開してセントラルの権威を失墜させる必要がある?」



 ――気づけば、場はしんと静まりかえっていた。

 ど、どうしよう、足りなかったかな? ん、ならもう一息!



「潜入していた仲間と連絡が付かない? いや、それだと救出作戦になる。一刻も早く動かなければ仲間の命も情報の鮮度も怪しくなるから、違う。なら、情報の公開に良いイベント、学術発表のような場がある? その警備を突破し、情報を公開する。日取りまでは余裕があるけれど、肝心の作戦が思い浮かばない。……と、いうことかしら?」



 やはり、誰もなにも言ってくれない。

 えぇ……せめて、ツッコミが欲しいのだけれど……。



「なるほど」



 そう、長い沈黙のあとに呟いたのは、テイムズさんだった。


「護身術を持つ参謀か。アル、どこでこんな玉を拾ってきたんだ?」

「やっぱり、お姉さん、すごい」

「んふふ、さすがのアリスちゃんでも、認めざるを得ないんじゃなぁい?」

「うるさい」

「……サーベ、あなた、凄いものを見つけてきたわね。感心するわ」


 口々に褒め称える声は、すべてサーベに向けられたものだ。

 けれど、どうやら感心は得られたよう、なのかな? だとするのなら、安心なのだけれど。


「それで? 何点なの、サーベ」

「あー、九十九だな」

「残りの一点は?」


 私がそう尋ねると、サーベはどこか楽しげに、瞳を輝かせる。


「“我らに優秀な軍師が所属した。故に、直ぐに作戦も立案させることであろう”、さ」


 サーベの言葉に、テイムズさんたちもまた、苦笑と共に頷いてくれた。

 よ、良かった。どうなることかと思ったけれど、どうやら“どうにか”なったようだ。



「改めて。ようこそ、アルハンブラへ! オレは――オレ“たち”は、おまえのことを歓迎しよう、観司未知!!」



 大げさに言い放つサーベに、私も想わず苦笑する。

 けれど、ええ、なんというか――認めてくれたことが、今はただ嬉しい。




(だから、この思いに応えないと)




 せめて、下の世界に帰る、その日まで。

 そう胸に誓い――私は、差し出されたサーベの手を、とった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に読み返していたら気づいたので、今さらながら誤変換報告です。第410部分の本文 『せめて、下の世界に帰る、その日まで。』 →元の世界 察するに「もとの」で誤変換かなと。
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