えぴろーぐ
――えぴろーぐ――
――回転寿司型個室居酒屋“りつ”。
いつものように予約をして、いつものように席に着く。
席順も、上座から時子姉、私、七、拓斗さん。時子姉の正面に仙じい、その隣に獅堂。ずっと空席だった獅堂の隣にクロックが座り、その隣が空席。
「いや、まさかおまえ、メイド喫茶の店長とかマジかよ」
「ああ。能力と“あの年頃の女性”に興味がないことをオーナーに買われてな。是非にと頼み込まれた」
案の定、ろくでもない理由にため息を吐く。時子姉から見て一番離れた席であることを、どうか理解して欲しいモノだ。
――クロック。偽名として、東山久遠。余計な騒ぎにならないように名乗った偽名で、何故か作家デビュー。“魔法少女の真実”をはじめとして、大真面目でお堅い文章から、斬新な切り口と妙ちきりんな展開を見せることで有名、という奇妙奇天烈で有名な作家だった。
それが何故かどうしてか、メイド喫茶の店長として就職。毎月莫大な売り上げを獲得する人気店長になった、のだとか。
「未知が幼女のままであったら、立ち去る必要もなかったのだが。未知、せめて変身中だけでも少女になれないのか?」
「なれてたら、正体をひた隠す必要なんかないからね!? ……魔法少女は、私利私欲のために変身できない。知っているでしょう?」
「ああ、それか。ふむ、“大きなお友達”の願いは聞けないとは、融通の利かないステッキだ。七、せめておまえが少年にならないか?」
「その切り口で僕に絡むのはやめてくれないかな? 本気で」
クロックのストライクゾーンにクリティカルヒットだったのは、当時の私だったとか。
次点で七という時点で奇妙な話であり、その次が時子姉らしい。曰く、“中身まで幼い七には適わない”らしい。
「クロック。何度も言うけれど、女性に年のことでからかうのはダメよ」
「時子……すまない、気持ちは嬉しいが、少年少女たちが俺を待っているんだ」
「誰がいつアナタにアプローチしたの?! いい加減になさい!」
額に青筋を浮かべて、ビールジョッキを机に叩きつける時子姉。
般若のように顔つきでクロックを見るが、とうのクロックは涼しい顔だ。まったく動じていないようにすら見えるのは、気のせいではないことだろう。
「ほっほっほっ、相変わらずじゃのう。で、異能を制限していたということじゃが、お主ほどの実力者じゃ。強固な制限にしたのじゃろう?」
「簡単だ、仙衛門。“少年少女を護る”――それだけだよ」
「ほう。戦いの場に年端もいかぬ童が迷い込んだときのみの条件か。お主らしいのう。……む、となると、此度は如何様にして条件を満たしたのじゃ?」
「ひとり、童顔の女性が居ただろう? 笠宮鈴理。あれを十二歳児だと思い込むことで、一時的にどうにかしたに過ぎん」
す、鈴理さん……。
変質者に付け狙われることが多い鈴理さんにしては、鈴理さん自身に強く興味を持たれたわけではないという時点で悪くないのかも知れないけれど……さすがに、そんなことに利用されていたとすれば、助けられたことをさっ引いても複雑だろうなぁ。
「本格的に制限を解除するためには、少年少女たちの願いが必要だ」
「願いっつぅと、なんだ? “きゃークロックさんかっこういい”とか?」
「さすが、獅堂だ。それで相違ない。ということで未知、幼い妹が出来たそうだな?」
「クロックより年上の、幼い女の子よ」
「ふむ――精神性がどうであれ、見た目は幼女か。時子とペアでやってくれたら、あるいは」
あるいはってなによ、あるいはって。
……でも事実、クロックの異能は強力だ。これから魔界や天界に乗り込む必要がある以上、有用であるのも事実。
――“家族”をこんなことに巻き込みたくはないのだけれど、リリー、了承してくれるかなぁ。
「それはさておき……クロック。おまえ、特専所属にするのか?」
「いいや。俺には俺の城がある。公表するつもりもないさ」
「まぁ、おまえはそうだろーなぁ」
獅堂の言葉に、私たちも頷く。
あのマイペースなクロックが、この程度で退くはずもない。飄々と杯を傾けるクロックを見て、さしもの獅堂も納得と同時に呆れているようだった。
「となると、おまえに用があるときはメイド喫茶とやらに連絡すれば良いのか」
「来店してもいいぞ」
「いやいやいや、とんでもない騒ぎになんだろうが」
「変装してこい、戯け。――ああ、七、少年の姿で来るのであれば、タダで良いぞ」
「さっきの僕の話、聞いてたかい? その絡み方はやめてくれと言ったよね?」
み、見境がない。
思わず、七の隣でお酒を飲む拓斗さんを見る。そういえば大人しいけれど、どうしたのだろうか。
「ああ、拓斗」
「っ……な、なんだ? クロック」
「春花は元気か? そろそろ誕生日だろう?」
「おいこらやめろ。おれの妹を話題に出すな」
東雲春花。
確か、中学に上がりたての、拓斗さんの妹だ。確か、共存型の異能者で、異能名は“白夜の聖騎士”だったはず。誕生日がまだだから、年は十二歳――ああ、そっか。ギリギリだけれどクロックのストライクゾーンだ。
「俺は気にしない」
「おれが気にするんだよ!」
「はぁ、まったく。家を空けるおまえに代わって、兄代わりになってやろうというだけではないか」
「それが心配なんだってわかってくれ、頼むから」
「不安がることは一つも無いぞ、義兄よ」
「おまえに兄呼ばわりされる謂われはない」
そうだよね。ないよね。
もう正式に、“碓氷”にお仕事として依頼するのが一番健全な気がしてきた。確か、小等部の妹さんもいたはずだしね。
いやいや、でもなぁ。幼い子に“こんな人間も居る”と教えるのやだなぁ。
「手が空くときであれば、手伝おう。それに――」
「クロック?」
「――いや、なんでもない。それより、俺に力を使わせたいのなら、条件は揃えておけ。良いな?」
良いな、なんて言われても、ため息を吐くことしか出来ない。
でも、意図せぬ流れにせよ、英雄が揃ったことには変わらない。なら、決戦の時は遠くはないのかもしれない。
「未知? 大丈夫?」
「え、ええ、時子姉」
いったい、天界にはなにがあるのか。
それは未だ、誰にもわからないことだ。
けれど。
(私たちの敵対者が、もしも、あなたであったら、私は――)
答えは出ない。
(――“神さま”)
ただ、私に新しい人生をくれたあの方が、私たちの前に立ち塞がるというのなら、私はその時、なにを選択できるのだろうか。
答えは出ない。ただ、両親を失ったときのように仄暗い痛みが、胸を覆うようですらあった。
(だが、未知)
(もしも俺の制限が解除され)
(笠宮鈴理の異能が併用できるのであれば)
(もしかしたら、あるいは、どうにかなるかもしれんぞ……?)
――/――
――都内某所。
ガンッと勢いよく拳を机に叩きつける、壮年の女性の姿。
苛立たしげに髪を掻き乱し、秘書官から手渡された報告書を、破り捨てた。
「失敗……失敗だと?! 天使から頂戴した干渉装置まで使ったというのに!!」
女性――涸沢容子はそう、忌々しげに吐き捨てる。
かつて、悪魔が持っていた装置を天使が改造したものだ。効果はたった一度だけ、異界に干渉するというモノ。たった一度だけ、一度のみの切り札が不意に終わり、涸沢は絶望と失望から質の良いソファーに座り込む。
彼女にとって、異能者と魔導術師のどちらが上かなど興味はない。ただ、己の権威欲と金銭欲が満たされるのであればドコの派閥でなにをしても良く、これまでは、もっとも己を満たすことができる道を選んできた、はずだった。
それがどうだろう。金沢無伝が、セブラエルが、玲堂出流が。己よりも表裏問わず上にいたものが全て消えると、途端に窮地に立たされた。
「次だ、次、次の手を考えなければッ!! おい、タバコを寄越しな!」
「は、はい、こちらに」
なんとしても、消さなければならない。
今回、確実に成功することだろうと手を下したのは、“他人の体を操る毒”を操ることが出来る、彼女自身の異能であった。特課の専門家が糸口の一つでも見つけてしまえば、涸沢自身に辿られかねない。
それだけは、涸沢にとって耐えがたいことであった。
「あの、涸沢様。ここで手を引けば、ことが発覚しても罪は軽くなるのではないでしょうか?」
「巫山戯るな! いいかい、よくお聞き! もしもそんなことになれば私はどうなる? 二度と復帰できず、二度と金も権力も得られない! だったら、あいつら全員殺し尽くしてでも、退くわけにはいかないんだよ!」
「そう、ですか――残念です」
「なにが残念だ! おまえ……あ、れ……おまえ、だれ、だ?」
涸沢は、はっと顔を上げて秘書官を見る。
いいや、だが、果たして己に秘書官など居たか? いつからか心の奥底に潜り込み、まるでずっと自分が信用しているかのように接し、“なんでも話して”指示を出していた秘書官の、顔が、見えない。
「ぁ、あああ、ぁ、だ、誰だ、誰よ、アンタ、ひ、ぁ」
恐怖から後ずさり、顔面を蒼白にし、唇を震えさせ。
「ああ、ご安心を。私のことは忘れます。ええ、愛情も信頼も、恐怖も怯えもなにもかも」
自身の心が征服される感覚。
自身の領域がめちゃくちゃに荒らされる不快感。
自身の魂が踏みにじられて、蹂躙される、恐怖。
「く、来るなッ! クルナァァァァァァッ!?!?!!」
なにも変えることはできない。
なにも護ることができない。
ただ、涸沢容子という器に、注ぎ込まれるように。
「“道化師の剣”」
歪な道化師が、嗤った。
涸沢容子が目を覚ましたとき、己が執務室で居眠りをしていたことに気がつく。
なにをしていたのか、思い出そうとして気がつく。自分が“配下”に用意させた報告書。そう、自身の作戦が失敗し、新たな作戦を練っているところだった。
「チッ、そういやそうか」
タバコはどこへ置いたか。
思い出せずに周囲を見まわしていると、不意にノックの音が響く。
「誰だ?」
「――」
開かれた扉。
立ち並ぶ警察官と、三人の私服刑事。
「な、なんの用でしょうか?」
「特課だ。貴殿を異能不正使用及び殺人未遂により逮捕する」
「なっ!? しょ、証拠は!?」
「全て上がっている。見たいか?」
「っ……ぐ、ぅぅ」
「――ジェーン、手錠を」
「はっ。楠刑事! さぁ、手を」
手錠を掛けられ、“たいした抵抗もなく”連れて行かれる涸沢。
その大人しい後ろ姿に、逮捕状を見せた刑事――正路の隣にいた柾崇は、空恐ろしげに息を呑んだ。
「潜入捜査官って、恐ろしいんスね」
「いや、あれは潜入捜査官がやったことではない」
「え? じゃ、じゃあ、誰がッスか?」
正路が周囲に視線を送る。
すると、はっと気がついた崇は、“開闢”の異能によって、会話が漏れないよう音を切り拓いた。
「おまえも、いつかは知ることになるだろう」
「……」
「“退魔七大家番外”――諜報・暗殺・裏仕事の専門家。序列番外“黒”の“黒至”」
目を伏せて、重く告げられる言葉。
それにただ、崇は息を呑む。
「くろ、の、こくし」
「この名を、外部に出すだけで記憶の一切を消される。おまえにこうして伝えることは見逃されるだろうが……努々、忘れるな。彼らはどこにでもいるということを、な」
「ひ、ひぇ、ぇ……わ、わかったッス。“ああ”はなりたくないッスからね」
「それが懸命だ」
異能を解除し、なんとか、崇は胸をなで下ろす。
それから調査に戻る正路のあとをついて行こうとし、ポケットになにかが入っていることに気がついた。
(あれ? 何か入れたかな?)
そっと取り出すと、一枚のメモ用紙。
二つ折りにされたそれを、崇は何気なく開く。
“くれぐれも、内密に”
崇の手の中で、黒い蝶に変わって空に融けるメモ帳。
崇はそれをぼんやりと見届けて――その場にひっくり返る。
「っ柾刑事?! だ、誰か、担架を――!」
周辺の警察官の声を聞きながら、崇は、真っ白になる視界の中で震えた。
(こんなん、無理ッス)
――そんな、なんとも気の抜ける感想を、抱きながら。
――To Be Continued――




