そのなな
――7――
しにたい。
……じゃ、なかった!
危ない、危ない。
というかそれよりも、これ、どういう状況?
「仙じい……? あ、あれ? なん、で? ……にゃ」
動揺。動揺、してる。
なんで? 広間の敵を倒しきって、試しに床を抜いてみたらこの状況。
なにが、なんで?
だめだ。戦いに向かう心に切り替えろ、観司未知。
状況をよく見ろ。後には傷ついた獅堂と七、前には悪魔の気配を漂わせる仙じい。
『ほっほっほっ、祖父にひどい真似をする』
「っ」
肩が跳ねる。
心臓は、うるさいくらいに早鐘を打っていた。
『のう、未知。そうじゃ、おまえにも提案しよう。儂と世界征服せんか?』
「っ……魔法少女は、そんなことはしないにゃ」
動揺しながらも、言葉を放つ。
手が震える。手が……手? ああそういえば肉球手袋だった。
はっ、はっ、はっ。
「七、状況はにゃ!?」
「仙衛門が一連全ての黒幕だ! ぶっ飛ばして反省、させてやろう!」
「獅堂、怪我はにゃ!?」
「俺も七も問題は無い! 自分の身くらい守れるから、思う存分やれ!」
「ありがとにゃ!」
息を吸って、大きく吐いて。
まずは目の前のことに集中する。
今、戸惑って誰かを救えるの?
今、動揺して本当に後悔しない?
今、やるべきことをやらないで、耳をふさいで痛くない。
――ずきん、と、痛む胸には蓋をして!
「闇夜を照らす白き月」
――ぴくぴく動かす猫耳。ツインテ頭には黒い帽子(十歳女児用)。
「悪しき暗闇を照らす道」
――手足には肉球手袋足袋。肘膝周りは無駄にひらひらピンクのリボン。
「そう、我こそは宵の使者」
――当時、胸当てだった毛玉ポンポンのついた衣装は、最早ほぼビキニ。
「正義の味方にして夜と猫の化身」
――当時、ショートパンツだった猫尻尾つきの衣装は、最早ほぼハイレグ。
「魔法少女、ミラクル☆ラピっ♪ レンジャーフォームでキャットだにゃんっ☆」
――鞭型ステッキをビシッと決める。え? にゃん? 強制ですがなにかあるにゃ?
『性技の使者? エロくなってもうて』
「発音おかしいにゃ!」
なんか、家族級のひとにエロ衣装晒すのってすっごくいたたまれない!
は、はずかしい、いつもの数千倍恥ずかしい! いつもはマシとかないけどね?!
「成敗だにゃ!」
『未知よ……年齢に適した衣装があるだろうに』
「あるにゃ! そっちを着たいにゃ! こんちくしょう!」
ううううううっ!
言動が少女っぽくなくなればなくなるほど、威力は落ちる。
そうなれば、ただでさえ強いのに更に強化されている仙じいには、追いつけない。
『【邪法・灼熱鋼体】!』
「くっ、ステッキさん!」
赤く滾る腕が迫る。
鞭を近場の岩肌に引っかけて、身体を引いて避ける。
だが、軽く掠っただけなのに、魔法装束のポンポンがひとつ、落ちた。
『なんじゃ、家族相手にストリップはなかろう?』
「やりたくないわよこんなこと! にゃ!」
『あざといのぉ』
「うぅぅぅ!!」
鞭をふるも、当たらない。
見てから避けられている?!
「ッ! いく、にゃ!」
猫の特性は、その柔軟さにある。
祭壇に足を掛け跳躍。岩肌を蹴って三角飛び。仙じいが目で追うよりも早く、速く、疾く動く!
「にゃにゃにゃにゃにゃ!」
『にゃあ、という年でもあるまいに、可哀想にのう』
「うんぐ!?」
だがその速度も、仙じいの一言で途切れる。
瞬間、迫るのは腕。纏うのは黒雷。瞬くのは闇。
『【邪法・黒雷烈迅】ッぬぅおォ!!』
刹那、風が止み。
――ズガンッ!!
衝撃。
腹部。
痛み。
「あぅっ!?」
地面の、感触。
跳ねる、身体。
「未知!?」
「くそっ、未知ィィィッ!!」
聞こえる声。
獅堂と、七。
『そォれ、休んでいる暇はないぞッ! 【邪法・黒雷剛迅】!!』
――ズガァンッ!!
「っぁああああああぁぁっ!!」
跳ねた身体に突き刺さる、黒雷を宿した腕。
背筋を突き抜けるような痛みに、瞬間、意識が飛びかける。
ねぇ、なんで?
私のこと、嫌い、だった?
私、は、仙じいのことを、本当の、祖父の、ように――
『くっくっくっ、これがおまえの弱点じゃ。どんなに頑張ろうと、羞恥心を覚えれば覚えるほど、屈辱を味わえば味わうほど弱体化するという、なァッ!!』
「っ、ああああああああっ!?」
仙じいの一撃が、壁にもたれていた私の胴体に入る。
咄嗟に防御をしたけれど、鞭では威力を殺しきれず、ズドンという音と共に、背中側にクレーターができた。
「未知!」
「未知?! なんて、ことを! 仙衛門、未知を、孫娘のように思っていたんじゃなかったのか!」
『思っておるとも。だから、あからさまに邪魔でも殺しはせんよ。おまえたち同様、ここで暮らして貰うだけよのぉ』
邪魔、邪魔、か……。
仙じいにとって、私は邪魔な存在なんだ。
ははっ、なんだ、私、今、自分が思っているよりもずっとショックを受けている。
本当はね、なんとなく気がついていたんだ。
あなたから、“嫌な予感”が、していたんだ。
でも、それが怖くて、目をそらしたのは私だ。
その結果が。
追い詰められた瀬戸先生や、計画のために傷つけられた笠宮さんたちならば。
震える身体で立とうとして転ぶ獅堂と、歩き出そうとしてふらついて倒れる七ならば。
私は――
『さて、今度こそとどめをさそう。眠れ、小娘』
――この“傷み”を、一刻も早く終わらせて。
――逃げてきた全てと、逃げ出したい全てに、終止符を打とう。
――そのためならば、私は!
「そこまでにゃんっ♪」
――このステッキに、魂を売ることも厭わない!!
ひゅんっ、と風切り音と共に、鞭が仙じいの腕に絡まる。
片足を突き出して、首をこてんと傾げたら、可愛らしくウィンク一つ。
「さーて、わるーい子には、キャットでキュートにオシオキだにゃん♪」
『だから、年を考えろ――とォッ!?』
ああ、身体が軽い、羽のようだ。
高速移動で仙じいの背後に回り込み、空中で無駄に三回転。
着地はもちろん猫のポーズ。顔を洗う仕草も忘れない。
『な、なぜじゃ!? 貴様は“共存”の強制力に抗うほどの常識人のはずなのに、何故そんなイタイポーズができる?!』
「むぅ、ひどいこと言っちゃ、めっ、だにゃ!」
もちろん、頬を膨らませるのも忘れない。
どうだ。すごいだろう。あっ、ははははっ。
『なにをどうしたかは知らんが……【邪法・爆――』
「猫秘奥義、三段蹴りにゃ! にゃにゃにゃ!」
一度、仙じいの前で体操座り。
飛び上がって、膝、胴、首に三段蹴り。
おまけに一段、頭に蹴り。この連撃を刹那の間に終わらせると、仙じいはふらつきながら後ずさる。女豹のポーズも忘れない。
と、これで……チャンスだにゃん!
「【祈願】」
『させん!』
「にゃん!」
追突してきた仙じいを、バレェのような一本足ターンで華麗に避ける。
え? ハイレグでやってますがなにか?
「【現想】」
『ぬおおおおお、【邪法・業魔剛体】』
仙じいの身体全体が、漆黒に染まる。
第二形態に移行というヤツだろうが、仙じいはそれよりも、私の詠唱を止めるべきだった。
「【特別なひととき・成就】!!」
『圧し潰れよ! っなァッ!?』
仙じいの身体が僅かに浮く。
見えはしなかったことだろう。
やったことは、“すごく早く動く”という、最速のこのフォームで成せる単純な技で、膝蹴りをしただけなのだけど。
「にゃんっ」
――猫キックをたんっ☆ で仙じいの身体が直角に飛ぶ。
「どぅっ」
――ウィンクぱち☆ 衝撃波で仙じいが真上に飛ぶ。
「とろぅわっ」
――尻尾でぺちん☆ 仙じいの身体が地面に激突。
「だ、にゃんっ♪」
――片手猫パンチでポコっ☆ バウンドしてきた仙じいの身体が地面と水平に飛ぶ。
なお、この☆は、エフェクトとして実際に出ております。
『ぐ、ガァアアアアアアアアアアアアアァァァッッッ!?!?!!』
止めに浮いていた☆を投げつけると、仙じいに当たって爆発。
仙じいはコミカルに吹っ飛んだ。にゃん♪
『何故だ!? 開き直れるほど潔い性格でもあるまい! なぜ、何故……はっ』
仙じいが、ふらふらと起き上がり、けれどがくりと膝をついて私を見る。
そして、なにかに気がつき、驚愕に目を見開いた。
『未知、おまえ――――目が……死んでいる……っ!?』
シツレイナコトヲイワナイデホシイニャン。
ミラクルラピハセイジョウダニャン。
「【祈願・現想・超速猫洗濯機】」
『させん、させんぞ! おおおおおお! これが我が第三形態――がッ!?』
目を赤黒反転させ、心臓に紫の光を宿し、黒い角を生やした仙じいの身体を、ながーく伸ばした鞭で絡め取る。
『こんな拘束など、星すら砕くこの第三形態――で、も、ほどけ、ない、じゃとォ――』
「【成就】」
『――ォォォォオオオオオオオオオオオォォオオォォォッッッッッ!?!?!!』
回す、回す、回す。
攪拌機のように高速で、竜巻のように苛烈に!
「にゃああああああああああああああ!!」
『ぬぉおおおおおおおおおおおおおお!?』
回す、回す、回す。
回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回す回すッ!!!!
「空の、果てまで、ぶっ飛ぶにゃん!」
『ぬぐおおおおおおおおおおッッ!?』
マジカル的に生まれた局所的竜巻が、異界の天井をぶち破り、空の彼方へ消えていく。
そしてお星様のエフェクトと共に、瑠璃色の大爆発。ひゅるるる~とコミカルな音を立てて、通常ならば死ぬであろう高度から落下してきた仙じいが、身体を“元に戻して”地面に上半身だけ突き刺さる。
その傍には、紫色の液体が結晶の姿に“巻き戻り”、砕けて砂になって消滅した。
「魔法少女案件は、今日も華麗に一件落着☆ キュートでキャットに解決だにゃん♪」
びしっとポーズをとると、尻尾と耳がふにゃりと動く。
ぶふっと吹き出す獅堂の声。
目頭を押さえる七の背中。
今回、私は色んな事に耐えてよくやったと思う。
自分で自分を褒めてあげたいくらいの結果だ。間違いない。
だから、さ。
さぁ、ころせ。
おねがいだから、さあ!




