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そのに

――2――




 それからなんだかんだと日が過ぎて、いよいよ遠足当日となった。

 いつもの黒白、魔導衣と異能衣装の制服に身を包み、体には諸々の装備。準備万端になった状態で、私たちはクルーザーの上、メイド惑星渋谷出張店の店長、久遠くおんさんと顔あわせをしていた。


「本日は、よろしくおねがいします!」

「ああ。こちらこそ。新しいメイド演出の参考にさせて貰おう」


 切れ長の青い眼。

 整えられた黒い髪。

 整った顔立ちと、動かない表情。


「俺が渋谷出張惑星店長の東山久遠だ。バックパッカーとしてついて行くから、気にしないでくれ」


 真面目に、それでいてどこか融通の利かなさそうな雰囲気。

 いったいどんな人なの? とフィーちゃんに聞いた時のことを、思い出す。





『久遠店長は、恐ろしく真面目な方だよ。売れると思えば即行動。お金目当ての誘惑にも一切動じずに、仕事を成す胆力。販売促進のためなら羞恥心もないかのように振る舞える。私が以前、夢にやらされたメイドダンス。あれを考えたのは久遠店長なんだよ』





 そう告げるフィーちゃんの顔には、久遠店長に対する信頼とはまた別に、戦慄のようなものを抱いていた。

 幸い、少なくともフィーちゃんの見る限り、女性に対して無体を働くような人ではないらしい。同時に、異性に興味があるかも怪しいと言うことだけれど。


「あれ? まだ準備、終えてないのかー?」

「あ。む、陸奥先生。だ、大丈夫です。終えています」

「なら、そろそろ出発しておけよ? ……東山さん、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。陸奥教諭」


 なにぶん大人数のため、クルーザーはいくつかに分けられている。

 わたしたちのクルーザーの担当は陸奥先生だったようで、企業担当者名簿を瀬戸先生から受け取った陸奥先生が、こうしてわたしたちを送り出してくれた。


「いよいよね。鈴理、準備はどう?」

「万全だよ。夢ちゃんは?」

「黒風も嵐雲も、丈夫にして完全復活よ」

「そっか。なら、安心だね?」

「ええ、もちろん」


 クルーザーから簡易の梯子(異能で組み立てた浮遊階段)を岩場に渡して、その上を歩いて行く。全員が岩場に乗り切ると、鎖で巻かれた黄金の扉が明滅。じゃらじゃらと音を立てて鎖がほどかれ、扉が開いた。

 向こう側に現れるのは、石造りの階段と、白い炎で出来た照明だ。ぼんやりと明るく、冷たい風が階下から吹きさすぶ。


「第八班、これより試験を開始します」


 夢ちゃんの宣言と共に足を踏み入れる。

 久遠さんも含めた六人が全員、敷居をまたぐと、背後の扉が重く、閉じた。


「行こう。進むよ」


 夢ちゃんの言葉に、全員で頷く。

 踏み出した先は石段。じっとりと湿った石だ。冷たく、滑り落ちそうな雰囲気がある。

 恐る恐ると進んでいくと、だんだんと、景色が変わり始めた。石壁に苔が生し、珊瑚が生え、フジツボが並び、階段を終えて着地すると、薄く張られた水がわたしのブーツに飛沫をかけた。


「石畳に水が張ってる……」


 石造りの廊下だ。

 幅はわたしたちが全員横並びになって、少し余裕がある程度。天井もたぶん同じ長さの、正方形の廊下。

 地面は水が張っていて、天井は水面から見上げているように、編み目に影が映っている。不思議だ。完全に石造りなのに、水の中に居るようですらあるのが、奇妙でならない。なんだか沖縄の琉球大庭園を思い出すけれど、あっちはこんなに無理矢理海と迷宮の整合性を会わせた風じゃなかった。


「フォーメーションA。当初の予定通り、堅実に行くよ」

「うん、りょーかい、夢ちゃん」


 静音ちゃんが中央。

 静音ちゃんから見て斜め前に、フィーちゃんとリュシーちゃん。

 静音ちゃんを中心に斜め後に夢ちゃんとわたし。その後ろに、久遠店長を置く形だ。


「あの、久遠店長、ほんとうに良いんですか?」

「構わない。自然なままの姿の君たちから、新しい着想を得るのが目的だ。気にしないでくれ」


 わたしがつい気になって聞いてみると、そんな答えが返ってくる。

 当初の予定では、久遠店長を真ん中に置くはずだった。けれど他ならぬ久遠店長が、“自分のことは置物だとでも思ってくれ”と、これを拒否。

 自分の身くらいは守ってみせるとおっしゃってくれたのだけれど、やっぱりちょっと心配だったり。


「はぁ……でも、危なくなったらおっしゃってくださいね?」

「ああ、ありがとう。そうさせて貰うよ」


 こうまで言われてしまったら、もう、なにも言うことが出来ない。

 隣を歩く夢ちゃんも、苦笑しながら頷いてくれた。それとなく気にかけておくのが正解かな。


「しっ、ユメ、みんな、なにか来るよ」


 そう、“銀色の眼帯”を左目につけたリュシーちゃんに言われて、構える。


「接敵まで予測遭遇時間、十五秒。水中を這ってくるよ、気をつけて!」


 言われて直ぐ、聞こえてくる水切り音。

 目をこらしてみてみると、オオマグロくらいの大きさの牙を持った黒い魚が、五匹、水切りしながら迫ってきた。



「対処可能――私が行くよ! 【起動ライズ】!」



 そう言って一歩踏み出すリュシーちゃん。

 右手で掴むのは、銀色の柄だ。これを握って起動させると、水銀のようにどろりとした液体金属が日本刀のような剣の形を構築。振り抜く頃には硬質化したそれで、飛びかかる魚を撫でるように、五つの風切り音を響かせた。



『ギョギョッ!?』



 魚は空中で真っ二つに切られて、静音ちゃんに届く前に床に落ちる。

 魚は、幾度か痙攣したあとに、灰色の石を残して消滅した。


「界石ね、灰?」

「ああ、灰だ」

「ちぇっ、せめて紫だったら点数が付くのに」


 界石。

 この異界の魔物が落とす、ここ独自のアイテムだ。この異界は魔物の素材を残さない。代わりにこうして、エネルギー結晶体のようなものを残すのだとか。

 濁った色の石が“灰”。灰は点数には加算されないが、一個上から点数になる。紫→藍→青→緑→黄→橙→赤の順番で点数が高くなっていく。


「まぁ、私一人で片手間で倒せる程度のものだ。仕方がないよ、ユメ」

「それもそうね。焦ってもしょうがないし。それよりもリュシー、それ、使い心地はどう?」

「ああ、疑似魔眼(システム・スキルアイ)か。天眼には負けるけれど、使い勝手はいいよ」


 リュシーちゃんが笑いながら指さすのは、その左目から左顔上部を覆う形に装着された、銀の眼帯だ。

 これは大事な戦いの前に天眼を乱用して、最後に使えなくなるという事態を避けるために有栖川博士が開発したモノ、なのだとか。

 異界でも通じるレーダーには、魔力や霊力だけでなく、妖力や天力にも反応する。また、光、音、熱量などから対象を分析。疑似的な未来予知のような効果を与えるという、有栖川博士がリュシーちゃんのためだけに作り上げた傑作なのだとか。


「父様が言うには、これででもまだまだらしいよ。将来的にはコンタクトレンズサイズにまで落としたいらしいよ」

「そんなのが出回ったら、すごいことになりそうだね」


 世の中の技術レベルが、二つ三つは跳ね上がってしまうのではなかろうか。

 そんな風に思わずにはいられないけれど、そこのところはどうなのか。いや、流通させる気は無いのかな?


「そうなったら私にも作ってくれない? ――言い値で」

「ほ、本気すぎるよ、夢」

「夢、正直に言ってみろ。なにに使う気だ?」

「いや、やましいことには使わないからね?!」


 夢ちゃん……。

 い、いや、わたしは信じてるよ? もちろん!


「と、次だ」

「数は?」

「八。同じものだね」


 再び、迫ってくる水切り音。

 今度は立ち止まらずに前進しながら、飛び出した魚を斬り分ける。筋肉の音まで拾って行われているという未来予測。天眼のように生体不能な魔物の謎器官にまで対応しきれるわけではないようだけれど、ベースが魚以上でないのなら充分なのだとか。

 結局それらもリュシーちゃんがなんなく捌ききり、灰色の石を残した。


「やっぱり。階層を進めないと出ないのかしらね」

「目的地は二十八階だもんね、夢ちゃん」


 まだここは第一階層に過ぎない。

 慎重に、場所の性質を見極めながら進んでいく。



「あ、久遠店長も、足下に気をつけて下さいね?」

「ああ。ところで笠宮、あれはなんだ?」

「あれ?」



 久遠店長に指さされて、ふと気がつく。

 天井に見える小さな異常。一箇所だけ、石壁の色がくすんでいる。


「みんな、ストップ! 夢ちゃん、久遠店長が見つけてくれたんだけど、あれ」

「あれって? あー、あれね。すいません、ありがとうございます、久遠さん」

「いや、かまわない。こちらとしても君たちが万全である以上のメリットはないのでな」


 そう、言うけれど、結局あれってなんだろう。

 そう思っていると夢ちゃんが、周囲を確認。何故か拾っていた灰の界石を取り出した。


「完全に無用に見える灰界石だけど、これにはこういう使い方があるの」


 そう言って夢ちゃんが小さく魔力を込めると、灰界石が黒いに近い色合いに変化する。


「こうやって魔力や霊力を込めると、重量を増すっていう性質よ。ほら鈴理、持ってみなさい」

「ぁ、うん。――ひゃあっ?!」


 渡された石が、ずしんと重くなった。

 なんだろう。十ポンド以上のボーリングの球くらいは少なくともあると思う。こんなの投げつけられたら、どこか折れちゃうんじゃないかな。うひゃあ……。


「これを、ほい」


 夢ちゃんはわたしから受け取った石を、気軽に投げる。

 そうすると、ずしんっという重い音共にカチッと何かのスイッチが入る音。同時に、天井のくすんだ箇所を砕きながら、金属の槍が落ちてきた。


「きゃっ」

「な、なるほど、トラップなんだね? 夢」

「そのとおり」


 灰色の界石で、発動させられるトラップはやり過ごしながら進んでいくってことなのかな。なるほど、それならそれでわかりやすい。

 ……うん、だったら灰色の界石も、忘れないように持って帰らなきゃ。




「さて。第一階層からいきなりトラップがあるとは思わなかったけれど、良い勉強になったわ。進むわよ、みんな」

「おー!」




 手を振り上げて、夢ちゃんに応える。

 まだまだ、異界攻略はスタートラインに立ったばかりだ。充分に気をつけて、久遠店長も含めて全員で帰還すること!

 それがなによりの目標だと自分自身に言い聞かせて、わたしたちは仄かに明るい迷宮を、慎重に歩き出した。





2024/02/09

誤字修正しました。

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