えぴろーぐ
――えぴろーぐ――
――東京都・展望レストラン。
あの一件から数日後。
あれから、私と城崎さんは、幾度となくメールでやりとりをするようになった。たまに城崎さんが変装して私に会いに来て、魔導術を教えたりと、先生と生徒のような関係だ。
ついでに、鈴理さんのところも立ち寄って色々と話をしているようだけれど……年は離れているが、なんだか友達同士のような気安さがある。
そんな関係を続ける中、城崎さんは私に形見であるという“鍵”を渡してくれた。
『色々とあったけれど、このおかげで私はあなたたちと出会えた。だから、今度はこれをあなたたちの役に立てて欲しい』
そう、渡された“鍵”。
即ち、“天界鍵”。
どうにか扉を見つけられたら、それで、天界に渡ることが出来るのだという。もっとも、渡って無事かどうかと言われると怪しいモノで、高位生命体の生息する高位次元に人間が生身で潜入すると、“体が融ける”可能性があるのだとか。
思えば私も、天界や魔界に侵入したことは一度もない。そうなると、魔法少女でも大丈夫かはわからない。これについては、どうにか手段を模索中、だ。
「考え事か?」
「っええ、ごめんなさい。せっかくの食事なのに」
「くくっ、気にするな。時間はたっぷりとあるんだ」
そう、私の前で笑うのは、お洒落なスーツに身を包んだ、無駄に整った顔立ちの男。
我らが英雄様件、今回のことで助けになった私の親友で戦友。九條獅堂その人だ。そしてどうして私がこう、上品なドレスに身を包み、めかし込んで、関係者以外は利用できないようなレストランにいるのか、というのも、この獅堂が関わっている。
「本当に、抜け目がないんだから」
「良いレストランで二人分の幸福を。そう言っただけだぜ?」
「そういうところよ」
まぁでも、料理も景色もお酒も雰囲気も、なんだったらサービスだって最高級だ。
これで満足しないはずがない、という属性を、隅々まで仕込んで披露しているかのような絶景のレストラン。上品な味わいのシャンパンを傾けると、甘い熱が喉を過ぎた。
「おまえと二人で、こうしてデートがしたかったんだよ。未知」
「……得意の遠回しな言い方はどうしたの?」
「開き直ったんだ。もう、おまえを口説くのに遠回りをしてたらあっという間に攫われちまう。だから、誰にも邪魔されない“親友”で“悪友”の距離感で構わない」
それは、その、すごく助かるというか。
彼という親友を失いたくなかった。それが、関係の変化という形であったとしても。
「今はこの距離感で良いさ。だから未知、覚悟をしておけ」
「へ? 覚悟?」
「ああ。いつか必ず、“どんな関係であっても”、俺なしでは生きられないようにしてやるからよ」
そう笑う獅堂の顔は、これまで見てきたどんな表情よりも強気で、野性味に溢れていた。
整った顔立ちと絶妙にマッチした、不敵で獰猛な笑み。私はそれに、まるで心臓をわしづかみにされたような、そんな気分にさせられる。
だから。
「ふふっ、なに? それ。ええ、楽しみにしているわ」
「あ、期待してないな? いいぜ。絶対にわからせてやるから覚えておけ」
「はいはい、頭の片隅にも留めておきますよ」
赤くなった顔を、シャンパンで誤魔化し。
うわずった声を笑みで紛らわし。
煩い心音に、知らない振りをした。
「獅堂」
「あ?」
「……めんどうくさくてごめんね。でも、いつも、ありがとう」
「……おう。気にすんな。ああ、あと――」
もう、本当に、獅堂が大事なときに鈍くて助かった。
こんな気持ちを悟られたら、どんなことを言われるかわかったものではない。
だからこのぬくもりは、ただ一時のアルコールのせいにして、今はただ笑っていよう。この大切な友人とのひとときを、確かなものにするために。
「――俺は、惚れた女の我が儘を、面倒と思ったことはねぇよ」
「っ」
頭に置かれた手。
普段なら気にせずわしゃわしゃと撫でるのに、恐る恐る、確かめるように優しく撫でる大きな手。
いつだったか。あの大戦の最中、失敗をして落ち込む私に、獅堂は同じようにしてくれた。普段の力強さなんかどこかへ置いてきて、やだ、優しく、気遣うように撫でてくれる手。
『おまえが前を向けるようになるまで、傍に居るよ、未知』
いつも粗暴で、中二病で、大雑把なのに。
大事なときはこんな風に優しくしてくれる、大きな手。その手があまりに温かかったから、私は、彼と親友になれた自分を誇ることが出来た。
「ふ、ふふっ、気障ね」
「そりゃ、そうだろう。良いか? 惚れた女に見栄を張らない男は居ないんだ。今度から、おまえに見栄張った男は徹底的に避けろよ?」
「あら、それならまず、獅堂を避けなくちゃならないわ」
「はっ、ばーか、俺はいいんだよ。なんてたって“親友”だからな」
「またそうやって」
笑みを零すと、笑ってくれる。
悲しいときは、寄り添って。
怒れば、一緒になって怒って。
嬉しいときは、分かち合ってくれて。
これを親友と言わずになんと言おう。
これを、親友以外の言葉に当てはめるのだとしたら。
「まったく、もう」
笑う彼に、グラスを差し出す。
カチン、と合わさった美しい音色が響くと、もう、今は獅堂の顔を見ていられそうになかった。だから、誤魔化しながらシャンパンを呷る。
もう、喉に熱は覚えない。ただどうしようもなく、胸の奥が、熱かった。
――/――
――都内某所。
立派なデスクの上。
ガンッと拳を叩きつけるのは、中年を過ぎた痩躯の女性だった。
「クソッ、施設が崩壊?! プラントの残りもないというのに!」
頭を抱えながらソファーに座り込む女性。
胸元から下げられた個人認証カードには、“涸沢容子”と、彼女の名前が書き込まれている。
その名前の真上に書かれた階級は、“異端審問室室長補佐”。金沢無伝の右腕として海外で活動していた彼女は、金沢無伝失踪の一報から帰国までの間で、最大の支援者であったセブラエルまで失ったことを知り、気がつけば最後の超人至上主義のタカ派となっていた。今回の件でも、過激派から穏健派に流れたものは少なくない。
そこで、僅かな権限で天兵を送り出し、自分の不利になりそうなものの撤去を行おうとするも、それも失敗。最早、彼女は国連に巣くうタカ派でありながら表立っては活動していない老人たちにとっての、“邪魔モノ”に成り下がろうとしていた。
「いかがいたしますか?」
そう、尋ねるのは、彼女の秘書官だ。
女性の言葉を受けながら、涸沢は爪を噛み、思考する。直前までのデータでは、金沢無伝が関わっていたのは、関東特専であることはわかりきっていた。
その中でも注目するワードは、“特異魔導士”。涸沢は、なにも知らずわからないまま、特異魔導士を“消す”ことでしか、もはや自分の未来はないと決めつける。
「まずは、圧力をかけろ。一度だけならばなんとかなるはずよ」
「どのように?」
「ふんッ、命を賭けた場で足手まといが居れば、さすがの特異魔導士も隙が生まれるはずよ。そこに、辛うじて温存していた最大戦力をぶち込めば良いわ」
「足手まとい、ですか」
そうだ、と、涸沢は笑う。
蛇のように陰湿で、狡猾な笑みだ。
「特専の行事――“遠足”に、ね」
賽は投げられた。
困難の箍は外された。
涸沢のはた迷惑な焦燥が、特異魔導士に狙いを定める。
「ひひ、ひひひひ、ひははははっははっ」
ただの狂人に、権力を持たせたら“こう”なる。
それを、ただ淡々と、見せつけるように。
特専の遠足が、始まる――。
――To Be Continued――




