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そのじゅうに

――12――




 新幹線から乗り換えローカル線へ。

 慣れぬ国の土を踏みながら、“いざ”という時の権限が跳ね上がる“英雄”の無茶ぶりを受けたジェーンたち特課一行は、こうして埼玉までやってきた。

 怪しまれないために職員は制限。ジェーンたち三人だけで埼玉に赴き、あとの職員には引き続きミランダの護衛をして貰う、という手筈であった。情報ではあんなに強くなかったはずのミランダも強かったのだ。さほど心配は必要ないだろう。

 なんとか日が落ちる前に到着するが、地図を片手に迷いに迷い、なんとか目的地までたどり着く。だが、無人という報告であったのに、人の気配があるということに、ジェーンは目頭を押さえて頭を振った。

 人影はなく、けれど灯りは付いている。少し待てば窓の前を通ることだろうし、まったく通らなければそれはプロだ。


「どうする? 隊長殿」

「……三地点に別れて警戒。なにかに遭遇したら、都度連絡してください」

「畏まりました。ジェーン隊長」


 そう指示を出すと、ジェーンはエルルーナと凛と別れ、屋敷の裏手に移動する。

 器用に木に登り、枝場の間から屋敷の中を覗き込むように、双眼鏡を構えた。ジェーンは冷徹に、有栖川博士謹製の双眼鏡に霊力を込めて、透視の機能を発動させようと、して。




――「あら、女性の家をのぞき見なんて、感心いたしませんことよ?」




 “真後ろ”からかけられた声に驚いて、大きく跳躍しながら洋館の屋根に着地した。


「ッ誰?」

「名乗る時は自分から。蛮人はそんなことも習わずに生きてきたのかしら?」

「聞かれたことには素直に応えましょう。躾のなっていない子に倣うことはありませんよ」


「ふふ、ならこういったときの作法があるのでしょう? 慣わしも従って、無理矢理聞き出しますわ」


 アメジストのような編み込まれた髪は、凛の菫色の髪みたいに優しい色ではなく、強烈なまでに人を惹きつける宝石のようだった。

 怪しく輝く紫眼が、闇と血を混ぜ合わせたような不気味さを演出しているからだろうか。ジェーンは、知らず知らずのうちに、ごくりと生唾を呑み込んだ。


「来ないのかしら? なら、こちらから――」


 闇が溢れる。

 溢れた闇が、どろりと溶け出すように。

 だからジェーンは、跳ぶように走る。あえて前へ、前へ、前へ!



「“第三の手(ゴッドハンド)”!」

「――きゃっ」



 見えざる手。

 巨大な腕のような、透明な霊力がリリーを掴み、上空に投げる。



「長引かせはしません――“第二の声(ハウリングヘブン)”!」



 そのリリーに向かって、質量を持った声が放たれた。

 それは衝撃波。音を圧縮した攻撃が、リリーをさらに上空へ打ち上げる。




「これで、トドメ! “第一の尾(ドラゴンスマッシュ)”!!」




 ぎゃりぎゃりと火花を散らす、透明で巨大な何か。

 ジェーン自身ならはっきりと感じ取れるソレは、竜というより蛇の尾のように長く、鋭い。固い鉄でも一息で容易く切り裂くその尾は、普段、ジェーンが生身の人間には使うまいとしている異能だ。

 ――なのに、ジェーンの本能は、リリーを見た瞬間にその方向性を確定させていた。


「当たった!」

「ざーんねん、ハズレよ」

「え? きゃあぁっ」


 直ぐ横で聞こえる声。

 軽く突き出されたように見える掌底で、ジェーンの姿が掻き消える。

 ――そして、次の瞬間には、山壁に背を向けて咳き込むジェーンの姿があった。不思議なことに僅かに宙に浮いて踏ん張ったような形なのに、地面には抉られたようなあとがあった。


「“第三の脚(ディボロス・フット)”――ごほっ、ごほっ、く、ぅ」

「以外とやるじゃないの。なら、これも耐えてごらんなさいな!」


 光が集まる。

 闇よりも昏く、光よりも鮮やかな黒。

 きっと、当たればなにもできずに蹂躙される。ジェーンはそう直ぐに思い至り、だからこそ即決した。



「っつぅ……やるしかない、ですね。“光輪無垢の(ブロッケン・ザ・)――」

「ふ、ふふふ、楽しませて下さいな♪ 【闇王の(ダークホール)――」



 収束。

 そして。




「そこまでーっ!!」




 浴びせられた絶叫に、二人は揃って停止した。


「リリーちゃん、なにやってるの?!」

「おい無事か、ジェーン!」

「ミランダ・城崎の家に行ったと思ったら何故か向こうにいるはずの本人と鈴理さんたちがいるというのは、私への天罰の一環なのかしら……?」


 ぷんぷんと頬を膨らませてリリーに駆け寄る鈴理。

 そんな鈴理を見送りながらジェーンに手を貸すエルルーナと、嘆く凛。

 途端に賑わいだした彼女たちを、ミランダと静音はさらに一歩離れたところから見ていた。


「彼女たち、面白いわねー、水守ちゃん」

「え、ええっと、ふ、普段どおりですよ?」

「……あれ? 私が居た頃は特専ってそんなんじゃなかった気がする。関東だけ特別なのかな?」

『わふ』


 頷くポチ。

 首を傾げるミランダと静音。

 どこまでもカオスな状況ではあるが――ここに、役者は揃うのであった。



































――/――




 二日目の夜。

 場所を戻して今度は東京だ。というのも、SNSに情報が拡散してしまったので、小説の舞台――通称“聖地”には人が溢れかえってしまい、そちらに回って囮を続けることは不可能だ、という結論になったのだ。

 そこで場所を高層ビルの屋上に移し、周囲のビルから撮影されない位置に陣取る。ここでこうして待ち構えておけば、いざというとき、撃退は容易い。


「しかし、撃退すれば良いだけなら楽で良い」

「そうね。……特課の皆さんが情報を集めてきてくれたおかげ、ね」

「鈴理たちが“また”巻き込まれていたのは、爆笑でしかないがなー」

「笑えないからね? もう」


 そう、城崎さんの家まで行って貰った特課の職員さん。

 隊長のマクレガーさんはお目にかかったことはないが、あとの二人は私の良く知る人物だった。即ち、エルルーナと四階堂さんだ。

 これだけでも驚きなのに、まさか本物の城崎さんがいて、そこに鈴理さんたちがいるとは夢にも思わなかった。彼女たちは今、こっそり、この場に来てくれようとしているらしい。


「これが、天界の鍵かぁ」

「つぅことは、天界に乗り込む手立てができたってことだな」

「鍵は城崎さんに頼んで借りるとしても……肝心の門の場所がわからないからなぁ」


 そう、もう問題を根こそぎ解決させるためには天界に乗り込むのが一番だろう。

 だが問題は鍵と門であり、鍵は見つけることが出来たけれど、門はさっぱりわからない、というのが現状だ。


「リリーは知らないのか?」

「知らないそうよ。でも、彼女のお母さんならあるいは……ということもあるようね」

「母親っつぅと……魔玲王か」


 そう、かつての大戦と、私たちが改めて相対した因縁の悪魔。

 七魔王――その一柱に数えられる大悪魔であり、その実力は本来なら主人であるはずのかつての大魔王、あるいは魔統王、ワル・ウルゴ・ダイギャクテイをも凌ぐという。

 そんな存在と相対したとき、無事でいられるのだろうか? とくに私は、悪魔のことごとくを滅ぼしてきたのだし。


 魔玲王“リズウィエアル・ウィル・クーエルオルト”。

 いずれは会わなければならない、私の家族の、母親。


「覚悟を決めたら声をかけろ。決まらなかったら俺に全部任せろ。いいな?」

「押しつけたりはしないよ?」

「ばーか、俺がそうしたいからするんだよ」


 軽く、とん、と私の頭を叩く獅堂。

 その手には優しさが、その目には決意が込められていて――うん、その、こういうのはなんだか、困る。


「――と、未知」

「っ、来たわね」

「そういや、リリーからリクエスト、されてたろ? なんだって?」

「“ミランダは勉強熱心だから、珍しい炎熱魔法を使ってあげて”だそうよ」


 でも、そんなの衆目の面前に晒すわけじゃないのに、どうするというのだろうか?

 一応術式は何パターンか考えてきたけれど、なにを考えているのだろう。そう、首を傾げながら、音に向かって顔を向けて。


「え?」


 その“ヘリコプター”に、目を剥いた。


「チッ、未知、見ろ」


 獅堂が差し出したのは端末の液晶だ。

 それは、今書き込まれたであろう某掲示板の内容。

 ――即ち、どこからか情報が漏れ、マスコミのヘリが周囲から撮影をしている、ということである。


「リリーは?」

「いいえ。あの子はこういうものは、“低脳”と一蹴するわ」

「なら、違うか」

「犯人捜しよりも、獅堂!」


 私に言われて、獅堂が改めて顔を上げる。

 雲間から覗く純白の翼をはためかせ、下降してくる強化天兵と思わしきもの。



「いけるか?」

「ええ!」



 声は強く、高らかに。

 ただ前を見据えて、未知は天兵を睨み付けるのであった。





2018/07/08

乱丁修正致しました。

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