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そのじゅういち

――11――




 埼玉県北西部にあるミランダさんのおうちは、なんというか、お洒落で落ち着いた雰囲気の洋館だった。

 白い壁に青い屋根。森で囲まれた庭は上品な柵で覆われていて、定期的に手入れがされた花壇と、小さな滑り台がひとつ。それから、買ったはいいけれど使うタイミングがなかったような、真新しい犬小屋が一つ。犬が好きなのかな? だから、ポチに構い倒しなのだとしたら、やはりポチに「しゃべっちゃだめ」と言って置いたのは正解だね。夢が壊れる。

 昨日はオムライスを振る舞って貰い、優しい味を堪能して、それから今日。なんでか誰よりも早く起きちゃったわたしは、庭に置いてあったこじゃれたベンチに腰掛けて、ぼんやりと、今日までのことを振り返る。

 ミランダさんはどうも、暴走しやすいひとのようだ。わたしが“観察”した限り、きっとこれまでに心を寄せて相談できるひとはあんまりいなくて、少しだけ心を許せるような、その、心の相性が良かったひとが、自分のせいで傷ついて入院した。

 だから、聞いてる限りすごく信頼しているマネージャーさんにも傷ついて欲しくなくて――最悪、自分だけで終えられるように飛び出した、みたいな感じかな。その選択を選べることはとても勇気のあることだと思う。でも、師匠ではなくてもっと普通のひとだったら……ん、いや、師匠ほど運の悪い人もそんなに……いやいや……う、うん。


「――お、おはよう、鈴理。はい、お茶」

「おはよう、静音ちゃん。ありがと。……これ、どうしたの?」

「――…………り、リリーが」

「あ、うん、ごめん、ぜんぶわかった」

「と、止めたんだよ?」


 まぁ、そうだよね、リリーちゃんがそういうのを我慢するはずがないもんね。

 陶器のカップに淹れられたコーヒーを受け取ると、静音ちゃんはわたしの隣にすとんと収まった。ほぅ、と、息を吐くと、空が白く霞む。


「な、なんだか大変なことになったね」

「うん、そうだね。……でも、いつもに比べたらマシな気がする」

「あ、ははは、ひ、否定できないや」


 ここのところ、巻き込まれるもののレベルがどんどん上がっていったからなぁ。

 とくに虚堂博士の歴史的大事件に直面したときなんかは、さすがに、わたしの肩にお化けが取り憑いていないか、時子さんに調べて貰いたくなったからね。


「じょ、女優さんと事件に巻き込まれるのも、そ、相当だよね」

「ん、違いないねー。……ところで、静音ちゃんはミランダさんのこと、知ってた?」

「実は、あんまり。な、名前くらいは知ってたよ。ただ、ち、小さい頃は教育の一環で能や神楽ばかり見ていて、そ、その影響で、今でも演歌や大喜利は見るんだけど……」

「あー、そっかぁ。小さい頃の影響って、計り知れないもんね」

「す、鈴理は――ぁ、ご、ごめんなさい」


 静音ちゃんが頭を下げて、それを押しとどめてから、なにに謝ってくれたのか気がついた。いやまぁ、幼少期の思い出の九割九分九厘が寄生虫おじいさんのことで間違いでは無いけれど、それだけが全てではない。

 あのひととしてはわたし“で”いつまでも遊ぶことが目的であったのかも知れないけれど、それでも確かにわたしが壊れきらないように、希望は与え続けられていた。

 ……あれこれ、良い思い出にカテゴライズしていいのかな? まぁ良い、よね?


「大丈夫だよ、静音ちゃん。良い影響もあるんだよ?」

「そ、そうなの?」

「うん。カモフラージュやらなんやらと真っ当ではない理由ではあったのだけれど、よく、絵本は買い与えてくれたの。人々に夢と希望を与え、正義と愛の力で悪を打倒する――“魔法少女”の絵本」


 まぁ、考えていることはわかる。現実に確認されている英雄は、“もしかしたら助けてくれるかも”という希望が生まれる。けれど“天に還った”魔法少女なら、どんなに祈っても助けてはくれない。

 だからあのひとは、わたしが希望を抱いた瞬間に、わたし自身の絶望で苦しむようにそうしたのだろう。もっとも、根付いたのは純粋な憧れのみだったのだけれど。


「じゃ、じゃあ、その絵本の魔法少女は、お、大人モードに書き換えられていたの?」

「え? なんで? 普通だよ?」

「あれ? そ、それで、あの未知先生が格好良く見えたんじゃ?」

「え? 別に、そうじゃなくても格好良いよね?」

「ぁ……せ、センスは素なんだ」


 んん? なんのことだろう?

 詳しく聞こうと口を開いた、瞬間、背中側に気配を感じて振り向く。


「おはよー……ふわ。そこにいたんだね~」

「あ、おはようございます、ミランダさん」

「お、おはようございます。その、コーヒー、勝手にごめんなさい」

「ふわぁ……ん~、いいよぉ、気にしないでー。朝食にしよー」

『わふ』


 ぎゅっ、と、大きな胸に抱えられてご満悦そうなポチ。

 眠気眼を擦るミランダさんの様子に苦笑しつつ、気遣いが嬉しくて頷いた。


「さ、行こう? す、鈴理」

「うんっ」


 差し出された静音ちゃんの手を取って、笑顔で頷く。

 ええっと、なにか聞かなきゃいけなかったような気もするんだけど……うん、思い出せないと言うことはたいしたことではないだろう。

 そうわたしは、なんでか安心した様子の静音ちゃんと並び歩いて、ミランダさんのあとを追いかけた。























 朝食を終えたあと、わたしたちは全員で、ミランダさんのお母さんの遺品整理をすることになった。

 というのも、整理自体は終えているのだけれど、遺品を確認したあとから襲われ始めたので、なにが原因だったのか調べるため、なのだとか。自分一人の視点では何かと不安だからと、ミランダさんのお母さんの部屋だったという場所で、わたしたちは集って確認を始めた。


「ほわぁ、綺麗なひとだったんですね……」

「ふふ、ありがとう。鈴理ちゃん」


 ミレーヌ・アルシェ。

 アルバムにはそう、美しい文字で署名が成されている。豊かな金髪の、優しそうなひと。その隣の焦げ茶の隣の男性が、城崎きざきはじめと書いてあり……きっとこれが、お父さんだ。

 二人とも師匠には似ていない。けれど、二人の良いところを集めたような顔立ちのミランダさんが、どことなく師匠に似ているのはすごいと思う。


「あなた、父親はどうしたのかしら?」

「き、聞きにくいことをズバッと言うのね?」

「関係ないわ。それよりちゃっちゃと話なさいな」

「……私が生まれる前に、行方不明よ。写真家だったの」


 遺跡や自然物を巡り、カメラに納める写真家だったのだとか。

 でも、その仕事の最中に行方が解らなくなり、そのまま見つからず、公式には死亡とされた。ミレーヌさんの妊娠すら、知らぬままだったという。

 ミランダさんが本来は旧姓扱いにしても良い“城崎”を芸名として名乗っているのには、こんな事情もあるのだとか。


「ん? 静音。二つ前のページ」

「え? こ、これ?」

「ええ、そうよ。貸しなさい」


 そんな中、リリーちゃんがなにか見つけたようだ。

 差し出されたアルバムを見て、難しい顔をしている。


「ちょっと来なさい」

「?」


 集められて、ミランダさんとポチも含めた全員で、リリーちゃんが持つアルバムを覗き込む。そこにあったのは、ミランダさんのお父さんがミレーヌさんを撮影したと思われる写真だった。

 なにか、不思議な遺跡のような場所。その前に寂しそうに笑いながらも、撮影者に手を差し伸べるミレーヌさん。差し出していない手では、なにかを硬く握りしめていた。


「あ、これ? これだけ、なんだかわからない写真なのよね」

「隠蔽が成されているわ」

「いんぺ……え、隠蔽?」


 リリーちゃんがそう言って手を翳す。

 すると、黒い波動が僅かに揺らぎ、写真の姿が、変わった。


「なっ」


 驚くミランダさん。

 ……そして、わたしたちも同様に、言葉を失う。

 そんな中、リリーちゃんだけは楽しげに画像を眺めていた。


「ふふ、やはりね」


 遺跡の門は、白く神々しい門へ。

 硬く握られた手の中には、光輝く十字架が。

 そして、ミレーヌさんの背には――大きな、白い翼。


「羽根付き?! な、なんで母さんの背から、こんな」

「これって、天使、だよね? リリーちゃん」

「ええ。それと、同時に狙われた理由もハッキリしたわ」

「り、リリー、それって、どういう?」

「これよ」


 そう、リリーちゃんが指さしたのは、白く輝く十字架だった。


「私も見るのはここで二度目よ。――“天界鍵(ヘブンズシフター)”。天界に繋がる、鍵よ。大方、セブラエルの消滅で必要になったか、野にあることが不安になったのか……ふん、図々しい天使共の考えそうなことね」


 なるほど、天界への鍵だったのかー……って。


「えええええええぇっ、そんなものだったの?!」


 と、わたしが絶叫する前に、ミランダさんが絶叫しながら立ち上がって勢い余って転んで頭を打って、悶絶しながら蹲る。わたしはそんなミランダさんに慌てて駆け寄って、頭を撫でた。

 す、凄い音がしたんだけど、大丈夫なのかな?


「ま、これでコトは解決するわね。ミランダ、鍵はどこ?」

「…………った」

「ミランダ?」


 のろのろと回復したミランダさんは、顔を真っ青にして、ぷるぷると震える。

 それから幾分か逡巡して、口を開いた。


「観司さん? に、預けちゃった」


 ……あー……そっかぁ……。


「そ。なら、速攻術式だっけ? 頑張って習得なさいな」

「むむむむりだよ、それ、机上の空論だからね?! 最近、なんとかって先生が成功させたらしいけれど、他に前例がないんだよ?!」

「その、なんとかって先生の名前、思い出してご覧なさいな」

「え? ええっと、確か、関東特専の、みつかさ、みち、せん、せい」


 どうやら気がついた様子のミランダさんが、膝から崩れ落ちる。

 そうだよね。師匠に限って万が一はないと思うけれど、師匠に危機が迫る度に使う術式の幅は広がることだろう。


「で、でも、それを未知先生に知らせないと」

「そうね。鈴理、端末は?」

「うん……電源が落ちてる。たぶん、充電忘れかなぁって」

「な、なら直接言いに行く?」


 それが一番、だよね……。

 顔を見合わせて、静音ちゃんと頷き会う。どのみち、どこかで師匠とミランダさんが交代しないとならないのだし。


「……今の居場所は、わかるの?」

「マネージャーと連絡……も、預けちゃったから……私の目撃情報を探ればどうにか?」

「じゃ、それで行きましょう。どうせ、急いだところで未知の居場所なんかわかりはしないわ。ゆっくり調べて食事のあとでも構いませんわよね?」

「うぅ、みんな、付き合ってくれてありがとう。助かるわ」


 そう、落ち込むミランダさんを慰めて、手伝うことを約束する。

 でもそっかぁ……やっぱり、師匠にはそういう役割が巡ってくるんだね。そう思うとなんだかちょっと悲しくなってしまったのは、うん、秘密だよ?





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