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そのじゅう

――10――




 ――埼玉県・北西部。



 電車を乗り継いで歩き回り、閑散とした街に出る。

 さらに丘を歩いて森に入ったところに、私が幼少期の頃を過ごした家があった。


「今は別のトコロに住んでるけど、定期的に掃除はしに来てるから、綺麗だよ。さ、どうぞ、鈴理ちゃん、水守ちゃん、観司ちゃん。ポチもおいで。あ、足はふきふきしようね」

「はーい!」

『わんっ』


 なんだかんだで押し切られてしまって連れてきた、三人の女の子。

 それぞれがなんと稀少度Sランクの異能者だというのだから、驚きだ。私を押し切った笠宮鈴理ちゃん、その友達の水守静音ちゃん、あのおっかない女の子がリリー・メラ・観司ちゃん。

 そして、流れで聞いた彼女たちの先生が、“観司未知”さんというらしい。優しそうな人だったけれど、本当にあのおっかない子の家族なんだなぁ。


「疲れたでしょ? まずはお茶でも煎れてくるよ」

「わわ、お気遣いなく――」

「良いから良いから」

「――あぅ」


 鈴理ちゃんを押しとどめて、控えめにお礼を言ってくれる水守ちゃんに預ける。

 観司ちゃんは「あら、良い心がけね」なんて言っていたけれど、あれかな、背伸びしたい年頃なのかな?

 ……なんか怖いからそう思うことにしておこう。


「~♪」


 鼻歌を歌いながら、お茶の準備をする。

 こんなことになったことは残念だけれど、こうして母さんの家にお客さんを招けたのは良いことだと思う。母さんも、賑やかなのが好きな人だったから。


「はい、紅茶。砂糖とミルクは?」

「あ、欲しいです!」

「その、わ、私は大丈夫です」

「あら、ありがとう。私もお一つ、くださいな」

『わんっ』

「ふふ、畏まりました。お嬢様方。……ポチにはミルクだよー」


 犬用の器は流石になかったから、そこそこ底の深いお皿程度だけれど、ポチは喜んで口を付ける。うんうん、やっぱり犬って可愛いな。この騒動が終わったら、私も犬を飼おう。

 さて、と、何から言ったモノかなぁ。
















「……私はね、所謂母子家庭だったの」


 お茶菓子をテーブルに。

 紅茶には一匙の蜂蜜を。

 これも、母さんが好きだった組み合わせだ。


「物心ついた頃には父さんはいなくて、私は母さんと二人きりだった。でも、その母さんも体が弱くてね。元気になって貰いたくて始めた演劇が、いつしかライフワークになって、初めて任された大舞台に招待したけれど、もう、間に合わなかった」


 母さんは、私の舞台を壊したくなかったのだろう。

 私は演劇が終わるまで訃報を知らず、いつまでも、観客席に母さんが居ると思い込んでいた。

 悲しみに明け暮れることもできず、がむしゃらに仕事に打ち込んで、大きな仕事が回ってきて――それまでろくに、母さんの家に帰っていなかったことに気がついた。


「だから、キャストが決まって直ぐに遺品整理をしたんだ。それで、帰ってきてから急に、あの羽根付きに追いかけられるようになった」

「そ、それはいつのことですか?」

「ん? ほんの十日前だよ、水守ちゃん」


 それから襲われるようになって、マネージャーがつけてくれた警備員の女の子と仲良くなって、私の“映画を台無しにしたくない”という我が儘が、彼女に怪我を負わせた。

 彼女は自分の未熟を恥じていた、と人づてに聞いたけれど……私のことがなければ、負わなくても良い怪我だった。だからこそ、自分で解決しようと出てきたんだ。


「その有様がコレということね。まぁ、まさか協力を取り付ける流れになるとは思ってもいませんでしたが。ねぇ? 鈴理」

「ええっ、リリーちゃんも協力をするつもりじゃなかったの?」

「あなたと一緒にしないで下さいな。ほんと、入れ食いじゃないの。ねぇ静音?」

「え、えっ、そ、そうだね?」

「静音ちゃんまで!?」


 うーん、賑やかだ。

 でも、そう、おっしゃるとおり。自分で解決するなんて言って置いて、結局はこうして力を借りてしまっている。情けなくて、それからとても申し訳ない。私が――巻き込んでしまったのは事実、だから。


「それで、襲撃、こないじゃない」

「そう、なんだよね……どうしたんだろう?」

「今頃、未知の方へ行っていたりして」


 ――それは、有り得ることであり、目を逸らしていた現実でもある。


「それは……まずいよ、リリーちゃん」

「――ごめんなさい、私が巻き込んでしまったから」

「あ、えっと、そうじゃないんです、ミランダさん」

「え?」


 言われて、首を傾げる。

 ではいったい、何がまずいんだろう? 首を傾げる私に、鈴理ちゃんはおそるおそると口を開いた。


「あの、公式では得意な術式をなんと言っているんですか?」

「? ……炎熱変換よ。別名火種要らず。許可のある場所で、フライパンを温めるのに使っているのよ。アメリカなんかだと無許可使用可能のキャンプ場があって、そこでね?」

「ええっと、攻撃魔導術なんかは、その、ありますか?」

「見栄え重視で火炎放射なら出来るけれど……あれって難しいのよね。展開まで十五秒もかかっちゃう」


 私の言葉に、鈴理ちゃんだけでなく、水守ちゃんも一緒になって額を抑える。

 ただ、観司ちゃんだけは、チェシャ猫のように目を眇めて、愉快そうに笑っていた。


「ししょ……先生がミランダさんの代わりをやっているということは、律儀な先生のことだから、まず間違いなく公式プロフィールの“炎熱変換が得意”という項目を守ります」

「それは、助かるけれど……?」

「――その上で、きっと、件の羽根付きを撃退すると思います。“炎熱変換術式が得意なミランダさん”として」


 ええっと、それは……あ!


「そっか、先生だもんね。どうしよう、炎の弾丸とかできるかな……?」

「いえ、ミランダさん。“両手で違う術式を使う”くらいは覚悟をしておいた方が良いです」

「え――?」


 いやだって、えっ、両手で?

 いやいやいや、無理でしょ。そう思って鈴理さんを見ると、鈴理さんはそっと目を逸らした。あれ、ということはまさか、本当に羽根付きを倒せちゃうような魔導術を、習得しなきゃいけない?


「お、終わった……稀少度Aランクの異能者でも倒せないのに」

「そ、それなんですけど、い、異能者のランクはいくつ、だったんですか?」

「へ? 異能者のランク?」

「た、ただ珍しいだけだと、戦力には期待できませんよ?」


 水守ちゃんはそう、控えめに――なのに、どうしてか、どこまでも力強く言い切る。

 それはいったい、どういうことだというのだろうか。いや、言っている意味はわかる。けれどそれでは、この控えめで気弱そうな少女が――“己は確たる戦力である”と宣言しているかのような、言葉。

 もしかして私は、知らず知らずのうちにジョーカーを引き当てていたのだろうか? い、いやいや、でもだからって、任せ切りはだめよ。ええ。


「今度、確認してみるわ。は、はは、はぁ」


 ……それで、もしもこの件が無事に片付くのであれば、会いにいってみよう。


「――あ、けっこう遅くなっちゃいましたね」

「本当。みんな、学校は大丈夫なの?」

「自由登校日なんです。とくに申請とかは要りません」


 そっか、良かった。

 せめてそれなら安心、かな。


「それなら泊まっていって。色々探すのは明日にして、体を休めることを優先させて」

「えっと、はい。それならお言葉に甘えて……」

「わ、私、端末から外泊申請出しておくね」

「まぁ、未知もどのみち戻れないでしょうし、付き合って差し上げますわ」

『わふ』


 心強い言葉に、思わず頬が緩む。

 なんだろう、私はこうも、人恋しかったのかな。プライベートのようにこうできるなんて、想像もしていなかった。




 ああ、でも。




(こんなときに不謹慎、だけれど)




 楽しい、かな。

 私はそう、夕飯の献立を考えながら、小さくそんな風に思った。





2018/01/05

誤字修正しました。

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