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そのきゅう

――9――




 高知県、四国特専の見える山頂。

 薄い結界で守られた多くの観客が見守る中、私たちの前に墜落してきた天兵が大きく吼える。

 その翼は左が二枚、右が一枚の非対称(アシンメトリー)で、左に先が平坦で肉厚な長剣を、右に大きな盾を持っていた。顔周りはやはり目元も隠れるようなヘルメットで、口元は皮膚がなく、歯茎と牙がむき出しになっている。

 通常の天兵よりもずっと“バケモノ”らしい姿だ。これなら、デモンストレーションということにも納得されやすいんじゃないかな? そういう意味では、不幸中の幸いかも。


「【術式開始オープン形態フォーム炎熱変換展開陣(フレイムシフトバレル)様式アーム手動固定(セミストック)術式持続ドゥレイション】」


 私の目の前に、可視化された赤い魔導陣を展開。

 そのままの状態で術式を保存、持続展開させる。私の左手の高さに合わせて動く魔導陣だ。手首のスナップにも反応してくれる。

 これで、右手に魔導陣を展開、使用することで全ての魔導術式が炎熱属性に変換される、という仕様だ。

 左手を前に突き出し、右手を引く姿はまるで弓を持つ狩人のように。




「おい、なんだあの構え」

「公式インタビューではぐらかし続けてきた、得意魔導術か?」

「ほんとに出来るんだ。てっきり苦手だから誤魔化しているものかと」




 周囲の声は、ええ、もちろん聞こえませんとも!

 ……うん、これが終わったら、習得までは必ず付き合おう。


「【術式開始オープン形態フォーム加速矢(アクセルアロウ)様式アーム右腕照準ライトフィンガーロック連射セミオート展開イグニッション】」


 襲いかかる天兵に向けて、右手の指を弾く。

 すると普段は目に見えない魔導陣が明滅。細長い矢のような弾丸を放った。矢は炎熱陣を通過すると炎の矢に変化。私の左手の照準に合わせて、絶妙に軌道を変えながら天兵を迎撃する。


『ォォオォ?!』


 ――これをひたすら、それも高速に繰り返すだけで、まるで高度な追尾術式が埋め込まれているかのような連射が、天兵を下がらせる。

 よろめきながら後退する天兵。なるほど、飛び道具の威力を抑えるために後退したのなら気持ちはわかる。だが同時に。それは失策だろうとため息を吐いて見せた。なにせ、この場は私一人じゃない。


「燃え上がれ――」

『?!』

「――【第三の太陽(ゾンネ)】!!」


 地響き。

 炎の柱。

 熱風が、巻き起こる。


『オォォオオオッ?!』

「【術式開始オープン形態フォーム貫通矢スティングアロウ付加パーツ障壁突破(バリアブレイク)展開イグニッション】!」


 炎柱の向こう側。

 障壁を展開して耐える天兵に、私は番えた矢を撃ち放つ。属性は貫通、エフェクトは障壁破壊。左手の魔導陣を潜って炎熱を帯びた矢は、天兵の障壁を粉々に破壊。そのまま、身を捩る天兵の左肩を貫き、翼を焼き落とした。

 彼の悲鳴が炎でかき消される中、獅堂が大きく跳ぶ。その手に携えるのは真紅の剣。剣の形にする意味は特にない、本人曰く“スタイリッシュ属性”の炎が、火花を散らしながら舞う。


「一閃――」

『オ、オオオ、ォォォオオ』

「――【│燃え上がる運河《GalaxySlashBlade》】」

『ォォォォオオオオオッ!?!?!!』


 放たれる力。

 スタイリッシュに炎の柱を割りながら、天兵を両断する剣。

 炎の柱が過負荷に耐えきれず爆散すると、天兵の散り際は綺麗に観客から隠れて、ただ幻想的な火の粉のみが舞い散る。

 その状況に観客たちも息を呑み、やがて、一拍置いて大歓声をあげた。


「おい」

「ええ」

「逃げるぞ」

「そうね」


 言葉は短く。

 さっと意思疎通を済ませると、観客に手を振りながら自然な動作でロープウェイに乗り込んだ。いや、うん、はは――危なかった、かな。色んな意味で。


「……なぁ、未知」

「獅堂?」


 そう、眉根を寄せて問いかける獅堂に、首を傾げる。

 ――なにか、気がついたことがあったのかな?


「天兵、天使っつぅのは普通、人間を魂で見分ける。なら、真実ミランダを狙っているんだったら、途中までミランダの私物を身につけている影響で勘違いされるのなら、わかる」

「……でも、天兵は私を視界に入れたのにもかかわらず、私のみを正確に狙ってきたわ」

「ああ――これは、本格的に調べる必要がありそうだな」

「ええ、そうね」


 城崎さんを狙っているわけじゃない?

 それとも、この役柄にでも問題がある?

 それとも……城崎さんが置いていった、私物に何かある?


「調べる?」

「いや、直接調べるのは辞めておこう。罠があってもアレだ」

「なら、身辺調査から、かなぁ。どうする?」

「居るだろ? ちょうど、俺たちが強すぎて暇しているヤツが、な?」


 ニヒルに、あるいは悪戯っぽく笑う獅堂。

 そんな獅堂の様子に苦笑しつつ、振り回される特課の方々に内心で合掌する。

 どうか強く生きて欲しい、と。

































――/――




 人気のなくなった、デモンストレーションの場。

 警察職員を駆り出して現場検証を続けていたジェーンに、一本の通信が入る。ジェーンがそれに対応するために席を外す様を、凛とエルルーナは並んで眺めていた。


「浦河さん」

「エルルーナで良いと言ったろう? 凛」

「……エルルーナ、嫌な予感がします」

「安心しろ。私もだ」


 凛はそう、深々とため息を吐く。

 今日一日振り回されて、どうやら振り回されることになれてきたようだが、まだまだ本番はこれからだと言うことには、気がついていないようだ。

 つまるところ、ジェーンの持ってくる“厄介事”は、当然ながら二人にも降りかかるわけであり。


「……」

「おお、ジェーン、どうだった?」

「九條さんからのご指示でしょうか? 隊長」

「……です」

「え?」


 ジェーンはそう、何事か呟く。

 それを凛が聞き返すと、ジェーンは、大きく大きくため息を吐いて、逃げだそうとしていたエルルーナの首根っこを捕まえた。


「これから、ミス・ミランダの実家に赴き調査を行います」

「えっ、護衛は?」

「“俺以上に護衛として活躍できるのか? おい”だそうです」

「チッ、これだから魔法少女以外は」

「気が合いましたね、エルルーナ」


 その魔法少女側を知っている凛としては、本人の不憫さを知っているから頷けない。

 だが、こうなってしまっては仕方がない。もう、今回は運が悪かった。台風に遭遇したようなものだ。凛はそう、己に言い聞かせた。


「ではこれから、埼玉に向かいます。異論はありませんね?」

「ああ、腹をくくるさ。良いか? 凛」

「ええ。諦めが肝心ですね」


 そう、凛は頷くと、まだ日も高い山頂から、諦念の籠もった目で高知の街並みを見る。

 これからとんぼ返り。しかも今度は、埼玉だ。そう、吐いたため息が空に融けていった。





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