そのはち
――8――
高知県で回るのは、護星校長の座す高知特専だ。
去年、香嶋さんと赴いてから足を運んでいないから、なんだか懐かしいとさえ思うようになった。
この地はまぁいわゆる、魔法少女の聖地と呼ばれている。それはまぁ、かつて魔法少女時代に山の頂上を抉って、そのあと建物を建設した、とう経緯があったりもする。まぁ実際、そんなことを言っていたら際限なく特専ができてしまうのだれど。
なにせ、日本国内はとくに、戦っていない場所を探す方が大変だからね。
「校内には入るの?」
「いや、特専が見える山沿いで、夜半に悪魔に遭遇するシーンがあるそうだ」
「あー」
そう、言われてみればそうだ。
私も読んだことはあるが、うん、細かいイベントはとくに覚えていなかったけれど、確かにそんなのあったような気がする。
「……で、だ、悪魔を倒したとき、時子が思いきり浄化したの、覚えてるか?」
「それはもちろん……って、そう、そっか、なるほどね」
悪魔が住みにくい地――それは裏返せば、対極の存在である天使が生きやすい地だ。
もしも仕掛けてくるとしたら今日。その場であろう。一応、マネージャーさんにももう伝えてあるのだとか。襲いかかられる前に特課の方々が片付けられたらよし。そうでなくとも、獅堂が片付けてみせればよし。
どちらにせよ、“ミランダ・城崎”がこの場に来る……なんていう情報は出回らないようにしてあるらしい。まぁ、一般人がいるのに襲いかかってきたら、コトだからね。
「ロープウェイで上まで登って、頭頂部で歓談でもしていやいーだろ」
「景色が良いのよねー、あそこ」
「ビールでも持っていくか?」
「やめてよ。昼間から飲んでいたら、城崎さんに申し訳ないわ」
もしも誰かに見られたら、城崎さんのイメージが大変なことになってしまう。
私だって、彼女の演技は好きだし、ファンの一人と言えばそうなのだ。イメージをクズしてしまうのは、申し訳なさ過ぎて胸が痛い。
「イメージか。なら、紅茶でも持っていくかね」
「紅茶? 良いわね。……獅堂の中の城崎さんってどんなイメージなの?」
「イメージも何も、俺は別に女優だアイドルだなんだに興味はねぇよ」
軽口を叩きながらハイキングコースを歩き、紅茶のペットボトルを購入して、ロープウェイに乗り込む。
外の景色を見ながら、ゆっくりと登って――あれ? なんだか人がたくさんいない?
「獅堂、山岸さんに聞いてみてくれる? なにか、イベントかも」
「んあ、確かに居るな。で? 山岸?」
「マネージャーさん。まさか、名前を覚えてなかったりしないよね?」
「………………よし、今かけるからなー」
「もう」
さて、到着まではまだ時間がある。
まだ時間があるのにわかる騒ぎだということが問題なのだけれど、うん、それはね?
「俺だ」
『……』
「? ああ、その件だが」
『……』
「はぁ? どこから……スタッフぅ? しっかり管理しとけよ」
『……』
「ああ、ああ、わかった。ちょっと待ってくれ」
ええっと、気のせいかな? 少し不穏な空気。
というか、ワンコールで直ぐ出た当たり、向こうもかけようとしていたのだろう。ということは、急なトラブルなんかがあったということで。
「未知。予想が付いているかもしれねぇが、情報が漏れた。急遽警備員を派遣して一定範囲まで近づかないようにファンを牽制しているそうだが……まぁ、ミランダのフリはして貰わなきゃならん。なにか、マネージャーに聞いておくことはあるか?」
「ええっと……」
うーん、急場かぁ。演技は無理だから、ええっと、そうだなぁ。
「……城崎さんは魔導術師ですよね? でしたら、得意な術式を教えて下さい」
「あー、万が一のために、か。聞こえたか? ああ、そうだ」
『……』
「炎熱変換系? 未知、いけるか」
「ええ、もちろん。珍しい方向性だけれど、問題はないわ」
城崎さんの魔導術師としての実力は解らないけれど、速攻術式や重装術式でない限りは、あとで話題に上がったとしても練習で身につけられることだろう。多少の、こう、アクションなら、むしろ殺陣シーンという意味では本職だろうし。
獅堂がそのまま連絡をとってくれた内容によれば、“いざ”という時には直ぐに“デモンストレーション”という形で観客に伝える準備も出来ているらしい。巻き込まないように注意して、なんとかしないと。
――もちろん、“人が居る”からと敵が遠慮をしてくれたら、それがベストなのだけれど、まぁ、無理だよね。
「押さないで下さい!」
「きゃー、ミランダーっ、こっち向いてーっ!!」
「このテープから外へは出ないように!」
「うわわ、本物の獅堂様だーっ! 格好良いっ!!」
喧噪。
それはもう賑やかな出迎えに、引きつる顔を笑顔で隠す。獅堂はサングラスで表情を隠して、あくまで護衛として付き従っているが、私にはわかる。
これは心底うんざりしている時の顔だ、と。
「獅堂、どうしましょうか」
「そうだな……異能でも使ってみせるか?」
「ここで? このシーンに沿ったことをやった方が良いんじゃないの?」
「工藤が初めて、異能犯罪者から美玲を守るシーンだ。キャストが一人足らねぇよ」
あー、うん、思い出してきた。
いがみ合うことが多かった工藤と美玲。二人はそれぞれの都合で偶然、この場で遭遇。嫌み合戦の中で見せる工藤の優しさに、美玲の憂いに、それぞれが胸をざわめかせる。
なんとなく良い雰囲気になりそうだったところへ現れる、異能犯罪者。そこで工藤はこれまでの“お互いにメリットがあるから庇う”という機械的なものではなく、初めて自分の意志で美玲を守り、傷つく。なんとか追い払うも、工藤が怪我を負ってしまったことを悔やむ美玲と、自分の気持ちに気がついた工藤がすれ違い始める……というシーンだ。
――PiPiPiPi
「……こちら獅堂。んあ、悪ぃ悪ぃ、コード・イフリート。ああ? あー、そうか」
獅堂がそう、短く通信を終える。
まさかとは、思うけれど。
「早速接触だ。観客を盾にするような動きをとってくるせいで、こちら側に気がつかれないようにするので精一杯。全部抑えきれるか怪しいそうだ」
「……そう。ねぇ、一体こちらに流せば、楽になる?」
「あー……そうか、なるほど。いいぜ」
そう、不敵に笑って見せる獅堂。
どうやら、こちらの意図が伝わったようだ。
――Pururururu
「俺だ。一体こっちに回せ。その代わり、他は意地でも食い止めろ」
獅堂は相手の返答を待たずに切ると、直ぐにマネージャーの山岸さんに連絡。
告知の準備を済ませるように告げると、獰猛に笑いながらサングラスを投げ捨てた。
「いけるな?」
「ええ」
私はそれに応えるようにサングラスを外して、胸ポケットに入れる。その仕草だけで観客が沸くのだから、獅堂と城崎さんの人気はものすごいものだとも思う。
さて、ではそろそろ、私も私の仕事をしよう。といってもボランティアだけれど……うん、たまにはこういうのも悪くない。黄色い声援も得意ではないが、今の私はミランダ・城崎。彼女の代役は、果たさせて貰いましょうか!
「みなさん、これよりデモンストレーションを始めます! 実際に異能と魔導術が使用されますので、下がってください!」
『おおおおおおおぉぉぉ!!?!』
沸き立つ観客。
スタッフと警備員の言葉で、下がる様子はない。むしろヒートアップしているようにすら見えるのだが、大丈夫なのだろうか。
「チッ、しょうがねぇな。――良いか! 映画をスキャンダルで潰したくなかったら下がってろ! そうすれば、最高のショーを見せてやるぜ?」
獅堂が不敵に笑うと、観客はますますヒートアップ。
だが獅堂のカリスマが為せることなのか。観客たちはテンションをあげながらもしっかりと下がってくれた。映画が見られなくなるのも、それはそれで嫌、というのもあったのだろうけれど。
……うん、獅堂にカリスマ? と思うと、そちらの方が大きいかも。
「よしよし。念のため、外部発生装置の結界で、火の粉くらいは弾けるやつを展開してくれるそうだ。といっても流れ弾が直撃するようなことは想定されていない、撮影用器具だ。気をつけろよ?」
「私よりもあなたの方が心配なのだけれど?」
「はっ、その心配は無用だと教えてやる。覚悟しておけよ」
「はいはい、楽しみにしておくわ」
軽口をたたき合いながら、空を眺める。
ずいぶんと先の空間、雲間から見える光の残滓。おそらく、特課の職員と戦闘中なのだろう。
ということは、落ちてくるのはもう少し、いや、あと少しか。
「やっぱり天兵だな、ありゃ」
「そうなんだ……。残党かな」
「だろうな」
魔力を体に循環。
蒼玉の力を、赤い炎に変えるように。
私たちはただ、鋭く、その時を待つ。
「台詞、なんだっけか?」
「“美玲を傷つけてぇなら、俺を殺してみろ”……だと思うわ。細部が違ったらごめんなさい」
「ああ、いや、構わねぇよ」
やがて、天から白い兵士が落ちてくる。
白い翼はアシンメトリー。左が二枚で右が一枚だ。おそらく、強化天兵だろう。
きりもみしながら落下した天兵は、剣を構えて私たちを……というか、あれ? 何故か私のみに狙いを定めて、睨み付けているようだった。
「おい――美玲を傷つけてぇなら、俺を殺してみせろよ、雑兵がッ!!」
ごう、と燃える炎。
沸き立つ観客。
ため息を堪える私。
「もう、すぐアレンジするんだから」
ただそう小声で呟いて、魔力をゆっくり練り上げていく。
やがて――
『ォォォォォォオオオオッ!!』
――天兵の叫ぶような声で、戦いの火蓋が切られた。




