表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/523

そのろく

――6――




「【第一……いいや、やっぱり第三の太陽ゾンネ】!!」


 火柱が悪魔を包み込む。

 だがその程度では、足止めもできなかったのだろう。もう何度目かもわからない毒の爪から逃れるために、俺は身体を“炎”に溶かす。


「つっぶねえなァッ!」


 燃え上がる腕を振り下ろせば、悪魔は身体に巻き付いた鎖を解き、俺に向かって投げた。

 また“炎”になって逃げようとするも、何故か鎖は実体のない俺を絡め取り、強制的に人の身に戻しやがる。


『捕まえたぞ』

「こちらの台詞じゃ!」


 俺を捉えた一瞬を好機と見たジジイが、悪魔の背に拳を打つ。

 だが戻ってきた鎖が、鎧のように悪魔を護る。おいおい、万能だなあの鎖!


「獅堂、仙衛門、無事か!?」


 鎖からは解き放たれたが、仙衛門を投げつけられて吹き飛ぶと、それを七が水で受け止めた。が、状況は変わらず、英雄三人がこぞって向かっているっつうのに、悪魔は未だ無傷だ。

 まぁ、連携がある分こちらも無傷なんだが……ジリ貧じゃあ、誇れることではないな。


「あー、いてぇ。ったく馬鹿力で重たいもん投げやがって」

「失礼な、儂、軽い老人じゃぞ?」

「ノリとキャラの軽さは置いといてくれねーか?」

「二人とも、集中して」

「ほっほっほっ」

「はいはい」


 軽口を叩く一番の理由は、状況の確認だ。

 声に力はあるか。動きに精密さが欠けていないか、全うに認識できているか。

 それらを、こんなやりとりで確認し合う癖。だから、七も軽口の範囲でとがめたように見せかけている、敵に漏らさない一種の暗号。


『終わりか。どうした? 我らが王を打ち倒したその力、まだ見せきってはいないだろう? 全て使え。その上で押しつぶす。所詮、七人揃わなければ何もできない塵芥であろうと、教育してやろう、家畜共よッ!!』


 七人いなきゃ魔王に勝てなかった、と?

 ハッ、ならば証明してやろう。あの日よりも強くなった俺たちが、悪魔なんぞに劣りはしない。今なら、三人でも魔王に打ち勝って見せる、ってなァ!


「七、おまえ、どこまでやれる?」

「実家から持ってきたアイテム、温存してあってね」

「ジジイ」

「おうよ」


 会話はたったこれだけ。

 だが、これだけで充分!

 俺が足止め、ジジイが温存、七が追い詰め、俺とジジイで止め!


「【第一煉獄ソーラー・システム】――刮目しろッ!」


 俺の周囲を∞の字に周回する九つの炎球。

 これの役割は単純明快!


『なにをするかと思えば、また火遊びか』

「いいや、焼き切り(・・・・)さ……!」


 高速周回の炎球が、悪魔の構えた鎖に当たる。

 その役割はチェーンソー。文字どおりの、焼き切り。


「はっ、はーッ! どうした、気合い入れて防げよ!」

――ギャリギャリギャリギャリギャリッ

『う、ぬぅ、貴様』


 俺のチェーンソータックルに押され、地面を抉りながら後ずさる悪魔。

 だが、いいのか? 防いでばかりで。俺の目的は、この鎖だぜ?


「【仙法・疾雷剛体】ッ!! ぬぅぅぅおおおおおおッ!!」

『後か、ならば鎖よ!』


 悪魔の背後で、腰だめに力を蓄えるジジイ。

 その弓が如く引き絞られた右腕に宿るのは、周囲一帯を照らし上げるほどに白く、稲妻を迸らせている。


『小癪! だがッ』


 悪魔はチェーンソーを、己の翼を犠牲にして防ぐ。

 だが、防御用の鎖は既に焼き切れていて、腕を使ってガードするのにもワンテンポ必要。

 そのカンマの世界で、七の用意が完成する。


「砕けよ――」


 七の周囲に配置された、三つの懐中時計。

 時針だけの時計は七時を指し、分針だけの時計は七分を指し、秒針だけの時計は七秒を指す。

 その溶け出してしまいそうなほどに透明なのに、向こう側が一切見えない不可思議な懐中時計こそ、七の専売特許。アイツが、蒼き時(ネロ=コズモ=)の雨(ウラノス)と呼ばれる所以の一つ。


「――“時空結晶”」


 懐中時計が砕け散る。


 そして、“時間が停止”した。


 時間の結晶というトンデモ技術で作られた時計が、概念と共に砕け散ると、その時間はその流動を一時的に停止し、結晶が元の姿を取り戻すまでの数瞬、“世界を止める”のだという。

 七が施した条件には、俺と、七と、ジジイが時間停止に含まれないというものだろう。そしてその条件だと、縛れる時間は僅かカンマ七秒七七のみ。


「【第二煉獄システマ・ソラル】!」


 縦周回四個ずつ二本の円環が、悪魔の背の両腕を落とす。

 筋肉によって引き締められていた胴体がこれだけで緩み。


「堕ちろ。ふんぬぅぅぅぉおおおおッ!!!」


 ジジイの白雷が、轟音と共に悪魔の心臓を穿った。


「時は戻る」

『な、に、が、ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!!』


 混乱したまま、後ずさる悪魔。

 その心臓に穿たれた穴と、ジジイが手に持つ結晶――上位悪魔が宿す命と魔力の固まり、紫に輝く“魔核”を見比べ、断末魔の悲鳴を上げる。


「悪ぃな。これでも俺たち、英雄なんでな?」


 悪魔の悲鳴は、もう聞こえない。

 指先から灰になったアイツは、跡形もなく消え去った。














「ふいー、終わったぁー」

「早く戻って未知と合流したいよ」

「あの嫌み眼鏡と二人きりだろ? まさかフラグを立ててやしねーと思うが、未知だからなぁ」

「本人が望まない結果に陥ることが多いよね。運が、ほら、さ」

「言ってやるなよ?」

「言わないよ。獅堂じゃないんだから」


 いや、もう、本当に未知は運が悪いからなぁ。

 周囲を念のため警戒しながら、そうぼやく。

 だが、いつもとは違い、一つ、反応がなかった。


「ジジイ? なんか見つけたか」

「獅堂、七よ」

「んだよ? 改まって」


 祭壇の手前。

 灰になった悪魔の前で呟く、ジジイ。

 影になって目元は見えない。だが、正気であることは窺えた。


「この世界を、どう思う?」

「それは、ここでしかできない話か?」

「未知には聞かせたくなかろう?」

「仙衛門? どういう、意味?」


 言葉に抑揚はない。

 だが、無感情とは違う。押し殺したような声、とでも言えば良いのか。いつもと様子が違う。だが、俺が俺に告げる警告音は、様子の一言で片付けられるほど生易しいものではない。


「英雄が日本人ばかりだったことが気にくわない諸外国、英雄とは屍山血河の上に立つ幸運な殺戮者だと広言して憚らない“異界共和党”の連中、英雄を金儲けのできる手軽な兵器としか考えていない政府――本当に、儂らが大人しくしている必要があると思うか? あの日の問いかけの続きだよ、獅堂、七」


 思わず、口を噤む。

 それはあの日、あの同期会の朝、ジジイが、ひさぎ仙衛門せんえもんという老人が俺たちに投げかけた問いだ。

 絶対に頷かないであろう未知を除き、全員に告げられた言葉。




「今こそ、もう一度問おう――儂と共に、世界を手中に納めようぞ」




 七は、未知と共に在る為に断った。

 時子は、ふざけんな、とジジイを叱った。

 拓斗は、仲間として聞かなかったことにする、と苦笑した。

 クロックは、ジジイの正気を問うた後に拒否して、ため息をついた。


 俺は、一度は頷いた。

 あの日、未知に魅せられたあの瞬間までは。


「――あの日、俺は確かに頷いた。未知に魅せられて前言を覆して、今に至るのは確かだ」

「ならば」

「だけどよ」


 くだらない世界だと思った。

 でも、世界は俺が偏見に満ちた目で見ていたものよりも、ずっと優しかった。





 英雄への僻みと妬みで日本に嫌みを言っていた諸外国。


 ――世界を救ってくれた俺たちに、涙を流して花を渡してくれた少女がいた。

 ――日本相手に嫌みを言う国も、国中の人間たちは、俺らと肩を並べる度に祝福をくれた。




 ことあるごとに英雄を嗤う“異界人共存和解党”の連中。


 ――全員が全員“そう”じゃねえんだ。

 ――これ以上失いたくないから、怨みを捨てたいと、共存の可能性を見つけたいと、あなたたちに申し訳ないと泣くいい年したおっさんだっている。




 ことあるごとに英雄を政治利用しようとする政府。


 ――いつもすんでのところで食い止めてくれてるのに、やりきれない後悔ばかりの政府高官。

 ――俺たちと同じ時間に戦っていた仲間だって、上に昇り詰めて国を変えると、“戦い”で力になりきれなかった今こそが自分たちの戦いだと、そう言ってくれるヤツらだっていた。





「なぁ、本当に世界はくだらないのか? 本当に、ダメなのか? 俺はまだ託せると思っている。俺たちにできることが、あると思っている。だからあの、四年前の同期会で覆した俺の言葉を、俺は後悔しちゃいねぇよ」


 俺たちが本気になれば、世界を覆すことは不可能ではないだろう。

 だが、それはたくさんの血を流す。たくさんの、笑顔を穢す。


 俺には、それほど価値のある、魅力のある言葉には思えない。


「言いたいこと、全部、獅堂にとられちゃったよ。仙衛門、僕らの選択は変わらない。だから、きっと今の英雄たちの総意であろうから、あの日の拓斗(仲間)の言葉を借りるよ」

「『今なら、聞かなかったことにする』――ってな」


 そう、告げると、ジジイは肩をふるわせる。

 怒るか、嗤うか? 泣くってことは……ねぇだろうなぁ。


「ふくっ、ははははははっ――若いな。その若さが羨ましくもある」

「ジジイ?」

「そう、儂はジジイだ。故に恐ろしいのだよ。明日すら見えぬ日々、ただの人間として、忘れ去られた英雄として終わる(死ぬ)ことが、儂はなにより怖いのさ」

「仙衛門? っなにを?」


 ジジイは暗く、昏い瞳でそう嗤うと、おもむろに、手に持っていた“魔核”を砕いた。


「秘術“薬仙”――【錬成・魔血交合】」


 そして、砕いた粉を手の上で液体にし――一息に、飲み込む。


「恐怖だ。老骨となったこの身で、あるかどうかもわからぬ未来よりも、儂は儂の価値ある優れた存在だけの世界を、作り上げるッ!!」

「テメェ、ジジイ! んなことしたら……」

「ダメだ! 獅堂! 一度離れて!!」


 七に捕まれて一歩引く。

 その間に、ジジイは身体を変質させた。


 心臓付近から伸びる鎖の紋様。

 漆黒に変質した四肢と、真紅に光る目。

 なによりも、その纏う空気が、人間のものではない。


『ふぅ……【邪法・業魔練体】――これは一歩だ。脆弱な殻を捨て、蛇の如く新たな自分へ生まれ変わるという、なぁ』

「ジジイ……んなことしちまったら、アンタ、戻れなくなっちまうぞ……ッ」


 抱えてきたものはあったんだろうさ。

 だが同時に、温かく得たものもあったんじゃねぇのか?

 未知との……孫娘のように思うと言った未知とのことは、良かったのかよ――!


「仙衛門。僕はあなたを止めるよ」

「七――テメェ一人にはやらせねぇぞ。ジジイ、ふん縛って未知に謝らせてやるから覚悟しておけ!」

『カカッ、言うのお。じゃ、が』


 ジジイの姿がかき消える。

 同時に、七が吹き飛んだ。


「っ」


 衝撃。

 七の様子を視る間もなく、背中に走ったインパクト。

 宙を飛ぶ感覚。一回転し、地面に叩きつけられる前に着地。


「【第一の――」

『遅い』

「――ガァッ!?」


 腹にブロー。

 身体がくの字に曲がり、きらずに、襟を掴まれて投げられる。

 視線の先には――七の、姿。


「ぐぁっ」

「くぅっ」


 ぶつかり、派手な音を立てて転がる。

 炎に溶ける暇すらない、強烈な連撃。

 威力もスピードも、桁違いってか? ちくしょう!


「ちぃッ、この!」

「獅堂!」

「おう!」


 七が俺の前に身を乗り出す。

 合図は簡単。七が盾になり、俺がその間に炎に溶ける!


「これで――」

『すまんが、無駄じゃ』

「――あづッ!?」


 炎に溶けた――瞬間、“実体”を捕まれて投げ飛ばされる。

 眼前には倒れ伏す七。ジジイの腕には、俺の炎を防いだ、あの悪魔の鎖か!


「っつ、ぁ」

『なに、殺しはせんよ。“閉じ込めた”未知ともども、事が終わるまでここで暮らせ。魔物は食えるし水もある』

「閉じ、込めた……? そう、か、ルートを、指示、したのは、テメェ、だった、ぐっ、な」


 そうだ。未知の調査ルートの指示はジジイが出した。

 だからこんな……いや、待て、どういうことだ?

 俺の混乱を掬い取ったのか、確信に満ちた目で七が立ち上がる。その目は、疑惑と、悲しみに満ちていた。


「仙、衛門――いつから、“これ”を計画していた?」

『――流石、御子みこよ。頭の回転が違うのぉ。どこで気がついた?』

「いくつもあった。調べているうちに、いくつも違和感があった。あなたが今ここで反乱を起こさなかったら、こじつけも良いところ、で、終わったはずだった――!」


 血を吐くような叫び。

 温厚で、感情を大きく揺らすことは滅多にない七の、怒りの声。


久留米くるめ孝治こうじ――ここ、特専で生徒の拉致を行った“魔人アウター・ディアボロス”は、九州エリアの出身だそうだね。そして、あなたは五年前に九州エリアに顔を出している……これは、久留米が“魔人アウター・ディアボロス”になった年と同じだ」

『カッ、続けよ』

「……心理系能力者として赴任した、吾妻あがつますぐるは、別に第七実習室でなくても良かった。強いて言うのなら、久留米の時のように学校郊外で事に及んだ方が、リスクは少なかった」

『うむ、くくっ、うむ』

「ッ……通り魔事件を起こした清掃員の男は、異能者であることを偽装した自覚はなかった。ただ漠然と、侵入方法を知っていた」

『ほう』

「仙衛門…………沖ノ鳥諸島の“異界”はわかりやすく異常だった。誰かが侵入して、脅しつけたように」

『――』

「何故……何故、あの夢魔は今になって動いた? ……確実に自身より強力な仲間ができたからじゃ、ないのか? 今までは他者を“夢”で誘導するために動いて、“ここ”を解放させる予定だった。夢魔は、自分こそが主導権を握っていると、思い込まされていたのだろうけれど」


 語りきる七の言葉。

 その全てが、痛いほどにしっくりと来る。

 最初の事件に関与した悪魔は、俺が消し炭にした。だが、悪魔とは、未知に気がつかれないうちに焼却できるほど、弱い存在だったか?

 ……まるで、事件の全貌を隠すような、捨て駒(スケープ・ゴート)のような存在だったとしたら?


 辻褄が、あっちまう……。


『流石、流石は彼の者の子よなぁッ。そのとおりじゃよ。あの夢魔にはよう働いてもらったわい。最後には儂を裏切る気だったようじゃが、その分、本当によく働いてくれた』

「その力を、手に入れるために?」

『そうじゃよ。そして、もう一つ。“弱点を探るため”じゃよ』

「……まさ、か」


 そうは言うが、一度は諦めた世界征服。

 諦めた理由が未知の力であったのなら、こうして堂々と表に出てきた理由は……?

 んなもん、一つしかねぇ。


「わかったっていうのかよ……未知の、弱点が?」

『そのとおりじゃ。ようできたのぉ、正解じゃよ、獅堂』


 話は終わりだと言わんばかりに、闇の気配を携えて歩くジジイ。

 おい、くそ、動けよ! 頼むから動いてくれよ! 未知が、未知の、ピンチだってのに!


『さて、獅堂、七――仲良く眠れ』


 そして拳が、振り下ろされる。

 黒く変色した悪魔の拳が、俺たちの意識を刈り取るために――





「そ」

――黒い影が拳を弾く。

「こ」

――その影は、ジジイを突き飛ばし。

「ま」

――そのまま蹴り上げ。

「で」

――大きく、はじき飛ばした。

「にゃんっ☆」





 すたっと降り立つ黒い影。

 今だけは来て欲しくなかった、大事な仲間。




「魔法少女ミラクル☆ラピっ♪ ――レンジャーフォームでキャットだにゃんっ☆」




 未知が――俺たちの魔法少女が、虚空から降りてきた。

 その頭と腰に、クッソあざとい瑠璃色の猫耳と尻尾をつけて。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もはやどんな言い訳もできない変態の完全体。
[良い点] きっつw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ