そのなな
――7――
色んな事があった合宿から一週間ちょっと。
ようやく冬休みが始まろうというのに、わたしたちは全員集合――とは、いかなかった。というのもやはり合宿での反動が強く、回復しきっていないのだ。
フィーちゃんは継承されきっていない異能を用いたので、諸手続諸々で一度本国に帰国。
リュシーちゃんは異能の反動を解消させるために、実家で一時隔離療養。危険はないということで一安心したのはつい最近のことだ。
夢ちゃんは全ての刻印鋼板が破損したこともあり、実家で修理と改造と改良をしてくるのだとか。
杏香先輩は現在受験勉強中で、気晴らしに出かけませんか? という返答が「あばばばばばばば……」だったので、そっとしておこうということになった。
生徒会のみんなは会長、凛さんが用事があるとかで、その穴を埋める業務でてんてこ舞いなのだとか。
わたしは、というと、なんだかんだで霊力と魔力の枯渇以外はさほど問題がなく、なんだか意識がないときに人質として丁重に扱われていたのでなんの問題もなく。
ずっと最前線で最後まで戦い抜いたはずなのに、終わってみたらピンピンしていた最近やたらとタフネスな静音ちゃんと一緒に、ポチの散歩に出かけた――ついでに、リリーちゃんも参加。何故か、ショッピングをしながらポチの散歩をすることになったのだ。
「そういえば鈴理、静音、ポチ」
そう街に繰り出して並んで歩いていると、ふと思いついた様子で、リリーちゃんに声をかけられた。
「未知、どこにいるか知っているかしら?」
「師匠? ……ううん、とくに聞いてないよ」
「わ、私も……」
『わんっ』
そういえば、師匠はどうしているのだろう。わたしたちが特専を出発するころにはまだ居て、リリーちゃんを見送っていた。リリーちゃんが誘ったら遠慮して、「楽しんでおいで」なんて言っていたから、内心、リリーちゃんも寂しかったのかも。
ということは、師匠は今日、お休みになるのかな? 前に休日について聞いたら、「ショッピングと食べ歩き」と言ってたから、もしかしたら街に出ているのかもなぁ。
「そう……なら、すれ違ったら捕まえますわ」
「そ、そっとしておいてあげないの?」
「いいのよ」
リリーちゃんはそういって、楽しげに微笑む。
なんだかことさらに、リリーちゃんは丸くなったような気がする。前はもうちょっととげとげしいというか、恐ろしい感じがあった。けれど師匠と接して、わたしたちとも交流を増やしていくうちに、どんどん柔らかくなっていったような気がする。
――で。リリーちゃんを交えた三人+一匹で、東京の街をぶらぶらと歩く。とくに目的の場所はなく、色んなところをただ歩いて、気になったお店があったら入ってみて、なんていうのは始めてかも知れない。なんだかんだ、いつも、「水着のため」とか「レジャー施設が」とか、決まった予定のために動いていたからなぁ。
『む』
「ポチ、しゃべっちゃダメ」
と、急にうなり声をあげたポチを窘める。
異能も魔導もあるのだから誤魔化せるかも知れないけれど、余計な混乱や騒ぎは、起こさないに越したことはないからね。
『わん、わふふ、わう?』
「え、本当に? じゃあ近くに居るのかな?」
『わう、わんわうわん』
「あら? 残り香が移動している、とでも言いたいのかしら? ポチ」
『わんっ、わふ』
ええっと、それってつまりどういうことなんだろう?
「静音ちゃん、わかる?」
「わ、私はそもそも、な、なんでポチがなんて言ってるのかわかるのか、さ、さっぱりだよ?」
「あれ……?」
ふ、普通はわからないんだっけ?
あわわ、なんだかわたしってば、感覚がずれちゃってるのかなぁ?
「ふふふ、なんだか楽しくなってきたわね。未知のことだからどうせまた、なにかに巻き込まれたのに違いないわ」
『わふぅ……』
「……さて。ん、あっちね。鈴理、静音、ポチ、追いかけてきなさいな」
そういうと、リリーちゃんはふわりと浮かんで路地裏へ飛んでいく。
わたしたちはそんなリリーちゃんを、ぽかんと見送って。
『わん?』
「あわわわ、そうだよ、追いつかなきゃ!」
「う、うん。急ごう、鈴理!」
「うんっ」
静音ちゃんの手を取って、ポチを道案内に走り出す。
――が、いつの間にか静音ちゃんに手を取られ、引っ張って貰っていた。うぅ、恥ずかしい……。
――/――
瞼の裏に強い光を感じて、目を開ける。
あれ、今日ってどんな予定だっけ? 撮影スケジュールは? マネージャーに連絡しなきゃ。
……寝ぼけ眼で周囲をあさると、何故かごつごつとした感触ばかり。もしかしてまた、疲労から玄関で寝てしまったのかも。またスタイリストさんに怒られるなぁ。
「ん、んぅ」
「あ、目が覚めたよ、リリーちゃん」
「ふふふふ、なら、楽しい楽しい尋問タイムね?」
「だ、だめだよリリー」
聞こえてきた声に、思わず体を起こした。
「だ、だれっ?!」
「あら? 人に名を尋ねるときは自分から、と、ママに教わらなかったのかしら?」
「っ、私、私、は」
言われて、咄嗟に名乗る名前がないことに、気がついた。
だって、いやそうだ、通りすがったあのひとに、私の名前を預けてしまった。ここで、私が名乗るわけにはいかない。
――そういえば、このひとたちはいったい誰なんだろう。私を追いかけてきたアメジストの少女に、小さくてか弱そうな女の子が二人、それから黒い犬が一匹。私を置いてけぼりにして、亜麻色の髪の少女と黒髪の少女が、アメジストの少女を窘めているように見える。
どうすれば、良いのだろう。逃がして貰える空気でも無い。そう俯いていると、座り込む私の太ももに、もふっとした犬の顎が乗せられた。
「おまえ、慰めてくれるの?」
『わふ』
「ふふ、優しいんだね」
与えられた動物のぬくもりに、無性に泣きたくなった。
あの子たちの誰かの飼い犬なのだろう。優しく撫でると、嬉しそうに尻尾を振る。
「――まぁ、しょうがありませんわね。まったく」
そう、恐ろしいアメジストの少女が息を吐く。
「脅すのはやめてあげるわ。だから私の気が変わらないうちに、どうして未知の気配を身につけていたのか……応えて、くれるわね?」
みち、というのは、もう間違いない。
あのとき私が、私の全てを押しつけてしまった女性のことだろう。はは、なんだ――結局、私の自業自得じゃないか。本当に、笑えない。
……でも、こんな子供たちを巻き込むことなんてできない。適当にはぐらかして、逃げてしまわなければならない。だから――
「あの、私はね」
「【闇の鎚】」
――アメジストの子が指さした先。
壁に取り付けられていた古びた消火栓が、アルミのように内側に折れて潰れる。それから彼女は、私に向かって指を突きつけた。
「私、素直な子が好きよ? なにせ、挽き潰す手間がないもの。ね?」
にっこりと微笑む少女。
思わず顔が引きつる私。
そっともう二人の女の子を見ると、とくに驚いた様子はない。えっと、これがデフォルトなの? なにそれこわい。
「ふふふ、私、素直なおねーさんのオハナシが、聞きたいなぁ」
あ、これ無理かも。
がくんと腰が抜けて気圧される。決意やらなにやら全てがふわぁっと抜けていき、口が勝手に動き出す。ああ、終わった……。
話し終えると直ぐに意識が遠くなり、気がつけば、ベンチの上で横になっていた。
「あ、目が覚めましたか? 紅茶とオレンジジュース、どちらがいいですか?」
「ぁ――じゃあ、えと、オレンジジュースを貰ってもいい? ん、お金は……」
「気にしないで下さい。わたしの友達が、ご迷惑をおかけしてしまいましたから」
亜麻色の髪の女の子は、そう言うと、頑なに小銭を受け取るのを拒む。
仕方なく手を引くと、ほっとしたように微笑んだ。なんだこの癒やし系は。お持ち帰りしてふわふわしたい。いっぱいお金を稼ぐから、家でお味噌汁を作って待っていて欲しい。
……いやいやいや、違う違う、間違えた。そうじゃないでしょう? ミランダ・城崎。落ち着きなさい。
「あの二人と、ワンちゃんは?」
「話が進まなくなるので、ほら、あそこです。静音ちゃんに見て貰ってます」
彼女が指し示した方には、クレープの移動販売。
車体の前のベンチでクレープを頬張る怖い女の子と、もう一人の子。
「ポチは、ほら」
『わんっ』
「ぁ。気がつかなくてごめんね? そっか、おまえ、ポチっていうんだ」
『わふ』
気がつかなかっただけで、足下で丸くなっていた犬――ポチの姿に、頬が緩む。
ぱたぱたと尾を振る姿が可愛らしい。彼? のおかげで少し、落ち着いてきた。
「さっきはお話、無理に聞き出しちゃってごめんなさい」
「いいえ……それは私が悪いの。私が私の役割を押しつけたヒトは、あなたたちにとって大事な人だったんでしょ?」
「――わたしたちの学校の先生で……はい、とても大事な人です。ああ、でも、大丈夫ですよ! ししょ……先生が、その、羽根付き? 天使擬きなんかに負けるはずがありませんから!」
「そう……信頼、してるんだね」
――その信頼する先生を、私は危ない目に遭わせている。
自覚させられた己の罪に、ぎゅぅっと、胸が締まる想いだった。
「本当に、ごめんなさい」
「えっと、良いんです。……あなたが悪い人じゃないって、わかりますから」
「ええっと、心理系異能者?」
「いいえ。昔から得意なんです。そういうの」
えへへ、と照れたように笑う彼女。
なんだろう。どうしてこの子のそばは、こんなに安らぐんだろう。この子のことを私はまだなにも知らないのに。
「だから――あなたのこと、手伝います。わたしたち」
「え? って、え? な、なんで?」
「あなたが悪い人じゃなくて、ししょ……先生が関わっていて、だったら今この瞬間のこの出会いは、見逃して忘れてしまえる偶然なんかじゃないと思うんです」
さっきまで、ぽやぽやとした子だと思っていた。
けれど今、強い瞳でまっすぐと見つめてきてくれている。
「だめだって言われても、ききませんからね♪」
「でも――巻き込めないよ」
「だめです。先生が関わってしまっている時点で、色んな意味で人ごとではないですから。なにせ、あそこのリリーちゃんは先生の家族です。ね?」
「危ないよ? 怪我じゃ、すまないかもしれないよ?」
「それでも、です。どのみち、勝手に動かれるわけにもいかないですよね?」
「それは……そうだけれど」
そう、そうか、それならまだ目の届くところにいてくれたほうが、安心かも知れない。
「だから――お願いします」
もう、彼女の目から逸らすことが出来ない。
気がつけば私は――彼女の瞳に負けるように、こくりと頷いていた。
「良かった。わたしの名前は、笠宮鈴理。あなたのお名前を、教えてくれますか?」
「……ふふ、ええ、私の負けね。――私はミランダ。ミランダ・城崎。よろしくね、鈴理ちゃん」
だからせめて、どこまでできるかわからないけれど、この子たちだけは守り切ろう。
そう、強く、心に誓って手を差し出した。




