そのよん
――4――
事務所、という場所に向かう車内。
私は獅堂の“英雄権限”で市街での魔導術使用制限を解除して、小声でどこにも音声が漏れないように魔導術式を展開した。
「で? どうしてまたこんなことになったんだ? 未知」
「いえね? 私にも何が何だかサッパリで……」
そう、コトのあらましを説明する。
女性を助けたこと。
助けた女性に懇願されてメイクを施されたこと。
女性を見失って探していたら絡まれたこと。
「それで、俺に助けられたっつーことか」
「ええ」
「そうか、どうするかな……」
「ええと、出来れば私にも事情を教えて欲しいのだけれど?」
「ミランダ・城崎が天使擬きに付け狙われているから、撮影が終わるまで守って欲しい、とのことだ」
なるほど……。
彼女の映画やドラマは何本か見たことがある。息を呑むようなリアルをぶつけてくる、ものすごい演技で有名な実力派女優だ。確か、関西特専の出身で、彼女の入学が切っ掛けで“芸能科”が出来たほどだとか。おかげで、アイドルのほとんどは関西に入学する。
それで、確か今回は“魔法少女の真実”などで有名な東山先生の小説が原作の映画に、主演が決まっていたはずだ。ということは、その撮影が終えるまでの護衛か、なるほど。
「っっって、それ、私が撮影に行かなければならないの?!」
「それなんだよなぁ。撮影本番まで、スケジュールでは五日間が用意されていた。二日消費して、あと三日だ。声質は魔導術で誤魔化せるだろうが……未知、演技は?」
「小学生の頃、学芸会の役決め演技テストで“だめだよ、もう気がついたよ、塩を揉み込まないようだよ”という台詞だけ許されたわ」
「一息分じゃねーか!!」
うぅ、こう、“やらなければ生徒が危うい”場面とかならできるんだよ?
でも、そうでない場所で演技とかは私には無理。どうも、気持ちが込められないというか、上滑りするというか、うぅ。恥ずかしい。
「なら、出来ることは二つだ」
「……撮影開始までに天使を撃退する。もしくは、城崎さんを連れ戻す」
天使を撃退すれば、城崎さんが逃げる必要はなくなる。
城崎さんを連れ戻せば、獅堂の存在が城崎さんに知れる。英雄のボディガードがあって、流石に逃げだそうとは思わないことだろう。
「ああ。そのためには、有効なのは囮だ。わかるだろう?」
「ええ。ここまで来たら今更、逃げ出そうなんて思わないわ。有給申請、しておかないと」
「まぁ、浅井には俺から連絡しておくさ」
はぁ、まさかこんなことになるなんて……リリーと鍋、事前に伝えなくて良かった。伝えてて反故にしたら、さすがに可哀想だ。
「ところで……服装は、未知のものか?」
「? ええ。ああでも、“いつも身につけているもの”というのは預かったわ。これとか」
「十字架のネックレス? ああ、やっぱりそうだ。これにGPSがついてるな」
「あー、なるほど。護衛対象だもんね。追跡用につけてたんだ」
そのネックレスを、私が預かってしまった、と。
なるほど。それで獅堂は直ぐに城崎さんを――結果的には、私を――助けにこれたんだね。
「ところで」
そう言って獅堂は、唐突に私の顎を持って持ち上げる。
直ぐにサングラスを外すことも忘れないあたり、手慣れていた。
「なに?」
「思いの外、似ているんだな。これなら近づかなきゃわからん」
「そうかな? メイクってすごい」
「ばーか。オマエの方がミランダより美人だからに決まってんだろ」
「クスクス。はいはい、もう」
あんまりにもキザっぽい言い方が面白くて、ついつい笑ってしまう。
獅堂はそんな私にむすっとすると、手を離してため息を吐いていた。
「もしかして、拗ねてる?」
「おいおい、天下の英雄様を捕まえてそれはないだろ」
「はいはい、あしらって悪かったわ。ごめんなさい?」
今日は、いつもと違って完全にプライベートだから余裕がある。
だからからえている……なんてことは、悔しいから内緒だ。
「そういえば、特課に要請はしていないの?」
「いるぞ。ただ、スキャンダルにはしたくないから、遠巻きに護衛するそうだ」
「あー、なるほど。でも、獅堂と一緒にいた方がよほどスキャンダルになると思うのだけれど?」
「今度の映画のヒーロー、俺がモデルなんだとさ」
「……キャラ作りのため、とか?」
「正解」
いや、それでも問題はありそうなものだけれど……ちゃっかりしている獅堂のことだ。きっと、他のことも解決済みなのだろう。
「では、私は、彼女が当初巡るはずだったルートを回れば良いのかしら?」
「そうだな。スケジュールは貰っている。ひとまずこのまま空港に行って、原作のモデルになった場所を巡っていくぞ」
「空港? って、どこへ? その、泊まりのためのあれこれもできれば準備したいのだけれど……」
「経費で落ちる。好きに買え。給料の一部だと思っておけば良いさ。場所は秘密だ」
「秘密って……。経費かぁ、なんだか悪い気もするなぁ」
まぁ、場所は到着すればわかるでしょう。
それよりも、経費というのもなんだか悪い気がする。まぁ、日用品に留めておけば大丈夫かなぁ。
「あ」
「ん? どうした?」
「メイク、もしかして三日間落とせないの……?」
「あー、マネージャーに事情を話して手配しておく」
そ、それなら良いけれど……うぅ、もう若くないのにこんなに厚化粧をしていたら、直ぐに曲がり角を迎えてしまう。どうにかこうにか、回避しないと……!
と、マネージャーさんと電話でやりとりをしたあと。
私と獅堂は空港にたどり着き、なんとか誰にもバレずに飛行機に乗り込むことが出来た。座席に座ると直ぐに、もしバレたときのために、サインの模写と魔導術で調整するためにイヤホンで城崎さんの声を聞いておく。
『愛してる。愛してなんて言わない。――ただ、私のことを見て』
「愛してる――んんっ【速攻術式・声帯模写・展開】」
「ぐっ……ふ、不意打ち」
「『愛してる』――よし。ん? 獅堂、なんで悶えているの?」
口元を抑えてぷるぷると震えている獅堂。
どうしたというのだろうか? もしかして、変なものでも食べた?
獅堂が摘まんでいた、オリーブのピクルスを一つ拝借して食べてみる。ひゃ、酸っぱい。これのせいか、なるほど。
「ちゃんと選んで買いなさいよ」
「いやこれはこれで、というかそもそも――あー、いや、いい」
「? そう?」
口直しに何か飲みたいな。
販売があったらコーヒーでも貰っておこう。
いやでも、下手なことをして騒ぎになっても困るか。なにせ、偽物だし。
「おい未知、コーヒーは?」
「あ、お願い。私は小さくなっておくから」
「いや、無理だろ。普通にしていてくれよ? 怪しいから」
「うぐっ」
あ、怪しいからって……。
いや、うん、必死で身を縮込ませていたら怪しいけれど!
「コーヒーを二つ」
「はい、畏まりました。……ぁ、お客様、もしかして――」
何かに気がつく販売のお姉さん。
私は少しだけサングラスをずらしてウィンクすると、口元に指を当てて微笑んだ。すると、お姉さんは顔を真っ赤にしてこくこくと頷いてくれたので、先ほど魔導術チートで無理矢理習得したサインを、手早く手持ちの空港パンフに書き込んで、お釣りと一緒に渡す。
「――ひゃ、ひゃりがとうごじゃいまひた……」
で、お姉さんに手を振って見送ると、お姉さんはギクシャクとした動きで去って行く。
――そう、なんとか乗り越えた私に、何故か隣からつめたーい視線が飛んできた。
「演技、できるじゃねぇか」
「喋らなければ、まぁ」
「あー、なるほど」
そうそう、喋るとボロが出るからね?
声が同じな分、違和感は相応だろうなぁ。想像するだけで申し訳なくなってくるので、可能な限り喋る場面がこないことを祈ろう。というか、声をどうにかしたせいで、声を出す場面へのハードルが下がった?
……可能な限り、仕草だけでなんとかしなければ、羞恥と罪悪感でしんでしまうわね、これ。
「到着にはまだあるが、どうする? いっそ寝ちまった方が楽だとは思うが」
「ええ、そうね……そうさせて貰うわ」
寝てしまえば、起こしてまで話しかけようというひともいないことだろうからね。
そう意識して、アイマスクをして目を閉じると、気疲れからか本当に眠くなってきた。
ふわ――んん、よし、寝てしまおう。
「おやすみ」
聞こえてきた声に、安心して肩の力を抜く。
そういえば、あの大戦の時も、仮眠をとるときはこうしてそばにいてくれたっけ。
そう思うとなんだか懐かしくて――直ぐに、心地よい眠りの中へ沈んでいった。
――そのころの特課――
――なんて、獅堂と未知がラブコメ擬きを繰り広げる数席後方。
カモフラージュのために私服のような格好をした三人娘が、三人掛けの椅子に座っている。
向かって右から順番に、凛、ジェーン、エルルーナの順番だ。この席順にしたことを、凛は離陸から数分で、早くも後悔し始めていた。
「だから、魔法少女だって成長するに決まっているだろう」
「魔法少女は子供の姿のままに決まっています。まったく、これだから」
そう離陸早々に言い争い始めたのは、ジェーンとエルルーナだ。
エルルーナは“魔法少女だって成長するよ派”で、ジェーンは“魔法少女は少女のままだよ派”なのだとか。
「魔法少女だって人間だ。肉体も衣装も成長するだろう? ツーサイドアップはストレートかサイドアップへ、衣装は荘厳な軍服へ、きっと凜々しくも愛らしい魔法戦士になっているはずだ」
「魔法少女は魔法“少女”なのですよ? きっと今もあの頃のまま、可憐な笑みで影ながら人々を救っているはずです。ああ、早く映像資料ではない、ほんものの魔法少女にお会いしたいです」
エルルーナの言い分と、ジェーンの言い分が激突する。
それに口を挟めない凛は、ただひたすらこの話題が終わることを祈っていた。なにせ、件の魔法少女は己の恩人。知っていることが発覚したら、不義理にもほどがある。
だから。
「で、凛、おまえはどちらだと思う?」
「そうですね、凛、あなたはどう思いますか?」
「っごほッ、えほっ、えっ」
急に振られて、凛は思い切りむせ込んだ。
なんと応えるのが正解か。どちらについても碌なコトにならないのは目に見えている。必死で頭を回転させる凛の脳裏に浮かんだのは、恐ろしい鉄の竜を一撃で粉砕する、ぴちぴち衣装の正義の味方の、背中だった。
「ちゅ、中間ではないでしょうか」
ああ、やってしまった。
限りなく正解に食い込んだ答えだ。凛はそう、口が滑った自分を恨んで天を仰ぐ。最早死んで詫びるしかないと、凛はほぞをかむ思いだった。
「――なるほど、中間か」
「さすが特専の生徒会長と言うことですか。天啓ですね」
「うむ。魔法少女の幼い姿に」
「凜々しい軍服風衣装とJapaneseポニテ」
「ああ、なるほど、心は大人になったのだ。麗しい」
「さっそく本国に“第三派”として報告せねばなりませんね。流石、クールジャパン」
――が、なにがどうしてどうなったのやら、落ち着くとコトに落ち着いたようだ。
和やかな雰囲気になった二人の様子に、凛はほっと息を吐く。と、同時に、この先ずっとこの二人と仕事をせねばならないという事実に、大きく、それはもう大きくため息を吐いた。
(ああ、これが日頃、他人を弄っていた罰なのね。ごめんなさい、心。でも、帰ったら弄るけれど)
凛はそう、生徒会のことを思い浮かべて、そっと窓から雲海を望むのであった。




