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そのいち




――1――




 虚堂静間との一件を終え、後始末に時子姉たちが東奔西走しているころ。

 みんなの予定が色々と重なり、不肖観司未知、久しぶりの“一人きり”の休日だったりします。

 冬に近づき、そろそろ肌寒くなってきた。トップスはブラックのシャツで、ボトムスはグレーの八分丈ガウチョ。ブラックレザーのサイドゴアヒールブーツを合わせて、コートはダークグリーンのロングニットカーデガン。髪は三つ編みに纏めて肩口から垂らしている。


「良い天気。たまの休日だし、羽を伸ばすのも悪くないよね」


 久々に、任務やなんかが関係ない、本当に一人きりの休日だ。

 特専から電車に乗って、八王子で乗り換える。久々に、神田神保町まで出て古書店を巡って、昔ながらの喫茶店でお茶をして、そのあとは銀座かなぁ。

 冬物の服も見たいし、それから久々に夕飯も奮発しよう。まだちょっと早いけれど、今日は鈴理さんたちと行動しているリリーが帰ってきたら、鍋にするのも悪くないよね。





 電車を乗り継いでしばらく。

 当初の予定通り、神保町で古書店巡り。魔導術が研究され始めて直ぐの頃に発売された学術書や、まだまだ時代の混迷期だったころの子供向け冊子なども面白い。

 神保町という地は、あまり大戦の戦火を被っていないことで有名だ。というのも、この地にできた異界はお茶の水方面に集中。神保町、神田、淡路町から“歩いて行ける”異界として有名なのだが、そちらに偏ったおかげか古書店街は無事だったりする。

 で、その“歩いて行ける異界”とは本当にそのままの意味で、神田小川町の交差点からお茶の水方面に坂を登っていくと、そのまま古びた街並みに繋がる。ここが、既に異界なのだ。入口はただのゴーストタウンで穏やかなので、肝の太い商人たちは入口の街で商売をしている。さらに奥地へ進むと霧が深くなり、大きな扉が現れる。ここが“お茶の水ダンジョン”と呼ばれる、昔のRPGゲームで見たような、煉瓦造りの正統派ダンジョンだ。


 もっとも、そんなものは今日の私には関係がない。


 昔ながらの喫茶店で紅茶を飲んで、ついでにケーキも食べて一息。

 それから電車を乗り継いで銀座に向かい、冷やかしながらショッピング。


「ん? あ、あれ可愛い」


 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 久々に文房具でも見ようかなぁ。いや、せっかくの銀座だ。和菓子なんかを見るのも良い。

 とりあえず鍋の具材を買って、それから――




「あの、離して下さい……!」




 ――と、聞こえてきた声に足を止める。

 天下の銀座の往来で、焦ったような女性の声。見れば、柄の悪い男性二人に言い寄られている、茶髪の女性の姿があった。大きめのサングラスで顔が隠れているから表情はわからないが、声色は相当困っているようだった。

 ……ええと、周囲に助けに入ろうとしているヒトは、いない、かな。なら、微力ながら助太刀しよう。


「あの、彼女が困っているように見受けられます。その当たりで手を離してあげてくださいませんか?」

「ああ? 今、良いところ……」

「おい。ひゅー、こっちもいい女じゃねーか。なんだ? 相手をしてくれんのか?」


 金髪の華奢な若者と、スキンヘッドの中肉中背。ろくに鍛えてもいないのに、よく荒事をしようと思ったものだ。


「オレたちと遊ぼうぜ? オレ、稀少度Aランクの異能者なんだよ。この意味がわかるだろ?」

「そうそう。痛い目見たくなかったら、スナオになったホウが身のためだぜぃ?」


 ほうほう、稀少度Aランクならなかなかだ。


「それで?」

「は? それでって、おまえ」

「異能者ランクはいくつなのですか? 稀少度が高くとも、ランクが低ければ自慢できるものではありませんよ」

「な、なんだとテメェ!」

「ああ、ちなみに」


 そう告げながら、身分証明書の一部を提示する。

 能力の隠蔽が不要になってから、正式に修正された魔導術師ランクだ。


「私がこの程度なら、あなたたちはその上、なのでしょう?」

「か、関東特専教師……総合ランクA++?!」

「ひ、ひぃぃ、バケモノじゃねぇか! 逃げるぞ、おい!」

「ま、待てよ、置いてくなよぉぉッ!!」


 尻尾を巻いて逃げ出す若者二人組を、ため息を吐きながら見送る。

 それから、絡まれていた女性に向き直った。


「あの、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「大丈夫大丈夫。ふぅ、助かったわ。やるじゃない、あなた」


 そう、フレンドリーにお礼を言う女性。

 彼女は陽気にそう告げると、私の顔を見て固まった。え? あれ?


「あなた、良く見たらけっこう……いや、これってもしかしたらいけるかも?」

「ええと、どうかされましたか? 無事なようでしたら、私はこれで――」


 うーん、妙だ。

 そして妙なら、逃げておいた方が良い。

 私は俯いてブツブツと何かを計算するような様子の彼女に背を向けて、歩き去ろうとして。


「はい、すとーっぷ」

「――きゃっ」


 肩に手を置かれて、くるんと振り返らされた。


「あなた、特専教師なのよね?」

「え、ええ、まあ」

「だったら、強いのよね!?」


 さっきのランク云々は聞こえなかったのかな?

 まぁ、おおっぴらにしたくもないから、助かるけれど。


「まぁ、最低限のことでしたら、もちろん」

「Good! 最高よ、あなた! これは奇跡の出会いだわ!」

「え、ええっと?」


 テンションが非常に高い様子の彼女に、首を傾げる。

 ええっとつまり、これってもしかして、すでに巻き込まれているということだったり?

 ……どうにか、今から逃げられないだろうか。無理かな。うぅ。


「さ、こっちに来て! 私のプライベートルームの一つが近くにあるの!」

「え? え? ええ?」

「こっちよ! ああ、心配しないで? 報酬はたっぷりと用意するから、ほら!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。そもそも、あなたは?」


 私が慌ててそう告げると、彼女はぴたりと足を止め、こっそりと私に近づいた。


「静かにしてね? ほら」


 そう言ってサングラスをずらす彼女の横顔は、どことなく見たことがある顔。

 というか、ええっと、あれ? つい最近、ブラウン管の向こうに見たような?!


「ミランダ・城崎きざき。聞いたことがあるでしょう? じゃ、そういうことで、行くわよー!」

「え? ええ? ええええぇっ!?」


 わ、私はなんでそんな“世界的な大女優”に引っ張られているのだろうか。

 あわあわとする私の心境になど興味もないのか。城崎さんは私を気のままに引っ張り、ずんずんと歩いて行くのであった。




 そして。




「なっ、なっ、なっ」

「ふぅ。やっぱり、全部とは行かなくても所々そっくりだと思ったのよ。メイク一つで、変わるでしょう?」


 彼女自身の手によってメイクが施され、茶色のウィッグをつけたその姿。

 どこからどう見ても“ミランダ・城崎”にしか見えない女性が、鏡の前で動揺を露わにしていた。


「なんなんですか、これ――?!」

「じゃ、私はほとぼり冷めたら戻ってくるから、あとはよろしくね?」

「えっ、ちょっ、城崎さん?!」


 さっさと消えていった城崎さんは、逆に私を真似たメイクに黒のウィッグ。

 対して私はメイク道具一式を早々に片付けて持って行ってしまい、私にはなにもできない。


「いったい、どうしてこんなことに?」


 呟きが、豪華な部屋に響く。

 どうやら籠もることは出来ないらしい。そっと従業員さんに退出を促され、いそいそと準備をした。


「はぁ……なんだっていうのよ、この状況」


 ため息が、空に融ける。

 好転しそうもない状況に、私はただただ。胃を痛めることしか出来そうになかった。

 この、実力派女優――ミランダ・城崎の顔立ちのままで。





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