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エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す  作者: 鉄箱
魔法少女の合宿 三日目(後)
382/523

えぴろーぐ

――えぴろーぐ――




 三日間に及ぶ合宿は、様々な傷跡を“なかったことにする”方向で落ち着いた。

 というのも、生徒会長――四階堂凛さんが天使側についていたという裏切りを、許して欲しいという四階堂さん、“以外”の生徒たちの要望。

 それから、英雄たちが罠にかけられ、特殊施設に閉じ込められていたという事実を、国連の一部が隠蔽したがったこと、超人至上主義のトップであったセブラエルが天使で犯罪に携わっていたことを隠蔽したがった、更に他の派閥によるものだ。つまるところ、“奉仕活動により四階堂凛の罰則を内々で済ませる代わりに、今回の事件について他言無用”という形での決着になった。

 真実が明るみにならないことがある。そんな社会の闇を生徒たちに見せてしまったコトへの罪悪感と、魔法少女が露見しなかった安心感を覚えてしまった後ろめたさに苛まれるが、それは完全に私の問題だ。


「それで、ええっと、天に還ったはずの魔法少女が、先生なのですか?」

「ええ、はい、まぁ」


 そんなこんなで、場所を移して魔法少女団の部室。

 諸々片付いて冬休みに突入して直ぐ、部活のない日を選んで、私たちは“説明会”と相成った。しぬ。

 メンバーは私と、四階堂さんと、刹那さんと、レイル先生。それから鈴理さんと夢さんにも来て貰っている。気絶していた焔原君と伏見さんは状況を知らず、鳳凰院君は家の事情で欠席。結果、私たちだけがこうして部室に集まっている。


「その、何故あんな、格好を?」

「仕様です」

「なるほど……そうでしょうね、そうでなければ、あんな」


 小さく“恥ずかしい格好”と呟く四階堂さん。

 ええ、ええ、そうでしょうね。そう思いますよね。私も同感です。殺せ。


「ええ、格好良いじゃないですか」

「鈴理さん?! ……そんなところまで季衣に似て……?」


 季衣きいさん、というのは、四階堂さんの妹だったはずだ。

 夢pedia……じゃない、夢さんによれば、それはそれは優秀な魔導術師だという。なんでも魔導工学に長け、車いすを改造。魔導ブーストによる超高速戦闘を可能にしたことから、身体に障害を持つ術者たちの希望の星になっているらしい。

 四階堂季衣。その名を聞けば、その筋の人間たちからは握手とサインを求められるほどの傑物だというが、残念ながらまだ一般の魔導術師や異能者には、知られていない。


 もっとも、“だからこそ”疑問が残るのだが。


「それで、イツカラ、キミはボクのヴィーナスだったんだい?」

「ええっと、レイル先生のヴィーナスではありませんよ? ただ、お求めの質問に応えるとするのなら、最初から、と」

「オオ……マサカ姉さんとライバルにナロウとは。血はアラソえない……?」


 落ち込むレイル先生は、ひとまず放置だ。

 そして、鈴理さんを説得しようとする四階堂さんのことも、ひとまず置いておく。

 先に、なにやら話し込んでいる夢さんと刹那さんから確認しないと。


「私たちは秘密の共有者。であるのなら幸福も共有すべき」

「今後のことについては自分の力でどうとでもしなさい」

「過去を遡ることも重要。それは引き摺り込んだあなたたちの責任でもある」


 鈴理さんを窘める振りをして、ちょっと聞き耳を立ててみる。

 そうすると、二人はなにやら物騒な話をしていた。えっ、なにごと?


「却下よ。いい? これは門外不出の逸品よ。それを外に出せば破滅を招きかねないわ」

「ならば視覚的共有のみで良い。記憶に刻みつけるから」


 逸品? 共有? 刻みつける?

 ……本当にどうしてしまったというのだろうか。心配だ。

 そんな風に心を痛める私の耳に、ちょっと信じられない言葉が飛び込んでくる。


「うーん、妥協点はそんなところかしら。未知先生の魔法少女プロマイドは貴重品だから」

「むしろよく写真に残せたと初めて“霧の”を褒めてあげたい気持ちで一杯」

「よしなさいよ。記憶野の光景を模写によって写真のように加工しただけよ。何故か、隠し撮りは全て焼き切れていたからね。で、いくらだす?」


 ――――……えっ……プロマイド?




「十kは?」

「二十」

「十三」

「十八」

「……十五」

「十四」

「いいわ、十四で手を打ちましょう」

「よし」




 いや、いやいやいや、いやいやいやいやいや!!

 プロマイド? プロマイド?! なんで?!


「夢さん、刹那さん?」

「あっ」

「あっ」

「ずいぶん熱中していたようですが、私にもお話を聞かせていただけますか?」

「えっ」

「えっ」

「さぁ、こちらにどうぞ。ほら、座って下さい。もちろん床に」

「ひぇっ」

「ひぇっ」


 まず、別に私であろうとなかろうと、人様のプロマイドを勝手に売り払おうとはなにごとか。少なくともそういうことだけはしないと信じていたのに、何故やってしまったのか。

 私のプロマイドなんて持っていても、面白くはないだろう。いや、面白おかしくはあるのか。いやいや、それはともかく。もしかして金銭に困っているのだろうか。


「なら、親御さんにお話を」

「ごめんなさいっ!!」

「ごめんなさいっ!!」


 綺麗な姿勢で頭を下げる二人の姿に、思わずため息を吐く。

 まったく本当にもう、謝るほど悪いことだとわかっているのならどうしてそうしてしまったのか。やっぱり、お金に困っているのか? 夢さんはとくに姉妹も多いし、大変なのかも知れない。


「あのね? 夢さん。奨学金、という方法もあるのですよ?」

「やめてくださいじょうかされてしまいます。うぅ、真面目に心配されて良心の呵責がぁぁぁぁ……」

「しっかりして、碓氷。私もこのままでは浄化されてしまう。塩の柱になる」

「???」


 いや、ほんとうにどうしたというのだろうか?

 ま、まぁいいや。わかってくれたのならそれでよし、ということにしておこう。


「あの」


 と、ふと、ひとしきり落ち着いた様子の四階堂さんに、声をかけられる。


「……みんなを裏切っておいて、なにを偉そうにと思われるかもしれません。私だったらきっと、“おまえにそんな資格があるのか?”と激昂することだってあると思います。でも、一つだけ、聞かせて下さい」


 場の皆さんが、会話を辞めて四階堂さんを見る。

 私も、彼女の真剣な態度に応えたくて、ただ一度だけ頷いた。


「魔導術は、魔法少女の置き土産だと聞きます。では、何故、魔法少女は世界に魔導術を与えたのでしょうか? 私はずっと、それが知りたかったから……」


 ――四階堂さんの妹さんは、魔導術を用いた妖魔戦で脚部の、膝から下の運動機能を失ったのだという。太ももに登るにつれて薄くなっていく麻痺で、補助具さえあれば自立生活も可能だが、車いす以外での生活は難しい、のだとか。

 だから四階堂さんは、全ての人間を一部の異能者が守る機構を構築したかった。だから天使の側についたのだというのだが……その結果は、もたらされうる未来は、“格差”と“差別”の世界になることだろう。

 だけれども、今は、そんな“もしも”を聞いているのではない。ただ彼女が求めているのは、過ぎ去った昔日の残照だ。


「全ての人が、大切な誰かを守れるような世界でありたかった」


 世界には、なにも異能犯罪者だけが脅威ではない。

 妖魔がいて、悪魔がいて、なんだったら天使すらも敵だった。どこで誰が、隣人に刃を向けられる恐怖を抱いて生きているのか、わからないような世界だった。

 だけれど、もし、みんなが平等に使える力があれば? 異能者だけが“超人”と、差別されることのない能力があれば?


「そうすれば、守れなくて悲しむ人が、少しでも減らせると思ったから――だから、私は、いいえ……魔法少女は、力ない人々へ、自分の大切な誰かを守る“盾”を、贈ったのです」

「――……大切な、誰かの為の。そう、そうなのね、季衣。あなたは、守るために立ち上がったんだね。そう、そう、なんだ。はは、ひどい話。私は結局、季衣のことをなにも理解してあげられていなかった。ひどい、姉」


 座ったままうつむき、スカートの裾をぎゅっと掴んで、小さく震える四階堂さん。

 彼女の手の甲には、幾つかの雫が落ち、流れて消えていった。そんな、四階堂さんの隣で、鈴理さんはそっと寄り添う。ただ、悲しみに沈み込んでしまわないように。


「これからでも、きっと遅くありません。きっと、季衣さんもそう思っているはずです」

「でも、私なんかが、季衣が夢を諦めなければならなかったことを、勝手に理由にした私が、あの子に顔向けができない」

「できます。きっと、季衣さんも、凛さんのことが大好きだから。わたしが、凛さんのことが大好きなように、きっと」

「――っ……鈴理、さん。――ありがとう」


 肩を抱き合う彼女たちを、そっと見守る。

 ふと目が合った夢さんに目配せをすると、彼女は苦笑しながら頷いてくれた。

 だから、ここからは子供たちの時間。レイル先生と一緒に、その場を退席する。そうしたら、やはり、強がっていたのだろう。涙で霞む声が、少しずつ、大きくなっていった。


「未知」

「終わりましたね、レイル先生」

「アア、そうだね。アトはもう一つ、片付けてオキタイことがアルよ」

「はい?」


 教室から出て並び歩く途中。

 そう告げて足を止めたレイル先生に不思議に思って、振り向いた。




 ――ときに、掠める、熱。




「キミは親友ダッタ。デモ、憧れのヒトでもあった。不思議だね、ソウシタラ、憧レが愛おしサにカわったんだ」

「え? え? ……えっ?」


 唇に、触れた熱。

 まるで女性のように整った顔立ちの、長い睫毛がわかるほどの、距離。


「マァ、姉さんタチニ負けるツモリはないからサ、覚悟ハしておいたホウガいいよ? ボクのヴィーナス」

「ちょ、レイル先生……?」

「ジャア、またね。ユックリと、ボクのこと、考えてイテ。未知」


 そう、スマートに立ち去るレイル先生。

 ぽつんと残された私は、崩れるように壁に肩を預けて、自分の唇に触れる。

 もう、本当に、イルレアといいレイル先生といい、あの姉弟は、もう、もう!




「どうしろっていうのですか…………ばか」




 吐く息が、重い。

 けれど同時にどこか熱を持っていたような気がしたけれど――気のせいだった、ことにしよう。

 波瀾万丈の合宿生活。終えてしまえば、なんのその。そんな風に素直に割り切ることも出来なくて、ただ、蛍光灯の光を眺めながら――大きく大きく、ため息を、吐いた。















































――/――




 ――特異犯罪・重犯罪者用特別収監所。



 広く設けられた牢。

 八方向を魔導封じの結界で覆われた個室であり、生涯外に出ることが出来ないという点を除けば、ワンルームのようにキッチンから浴槽といった水回りから、道徳的な内容に留めたテレビモニターや本棚、観葉植物など、充実した空間に整えられている。

 それは、重大な事件を起こしながらも犯罪解決に協力できるような異能であったり、“彼のような”並ぶモノのほとんどいないような科学者などを“飼う”ために作られているような、そんな場所だった。


「――――――」


 彼。

 ――虚堂静間は、そんなホテルのような一室で、うつろな表情のまま、安楽椅子を揺らしていた。

 そんな静間に見舞いに来る人間は、皆全て、彼の研究に大枚をはたきたい権力者たちばかりだ。その度に、適当に作った――けれど、一様に価値のある――研究レポートを無言で渡し、さっさと帰している。

 今日もそうして、扉が開く。結界にあぐらをかいて、欲望に塗れた目で彼を見る、権力者たちが。そう覚悟を決めていたというのに、入ってきたのは予想外の人間だった。


「――君か」

「やぁ、久々だというのに辛気くさいじゃないか、静間」


 つぎはぎだらけの顔に、ぼさぼさの頭とよれよれの白衣。

 よほど言い含められているのか小汚いとは言えないが、決して気にしてはいない服装。

 異能科学の権威にして、虚堂静間と対を成す双璧の天才科学者であり、静間の親友。


「ああ、ベネディクト。お茶を入れてきておくれ」

「はい、承知いたしました、旦那様」


 ――有栖川昭久は、金髪碧眼の絶世の美女、クラシカルなメイド服に身を包んだ彼の妻に、そう頼みながら、気軽そうに手を挙げた。


「君の娘を傷つけてしまったこと、悪かったね、昭久」

「そのことについては、罪を償ったらリュシー自身に謝ってくれ」

「残念ながら禁錮千三百年だ。君から伝えておいてくれ」

「まったく、本当に気概の無い男だ。捜査協力でさっさと懲役を減らしてくれ」


 静間は応えない。

 本当に、ただ抜け殻のように、生きていた。そんな静間に目を眇めながらも、昭久は態度を崩したりは、しない。


「なぁ、君ならもっと良いやり方があっただろう? なぜ、そんな短絡的なことをしたんだい?」

「……わからない。もう、なにもかもがどうでもいい。このまま静かに、朽ちていけばいい」

「はぁ。まったく。――ヤメだヤメだ! 帰るよ、ベネディクト」

「もう、よろしいのですか?」

「ああ! まったく、本当に抜け殻だよ。なにを聞いても反応しない!」


 レスポンスがほとんどない静間に、昭久は苛立ちを隠そうともせずに踵を返す。

 かつかつと靴音を鳴らしながら出口へ歩き、けれど、ドアノブに手をかけながら振り向いた。


「一応、君がそんな調子だといつ死んでもおかしくはない。それは困るから、使用人を置いて帰るよ」

「――使用人など、ボクには必要ない」

「知ってるよ」


 そう行って、昭久は退出する。

 二人分の足音。入れ替わりで入ってきたのは、一人分の足音。


「おはようございます。本日付でこちらに配属されました。どうぞよろしくお願いします、旦那様」


 こんな犯罪者に、物言わぬ機械に当てられたことを、静間は女性に同情する。けれど決して行動に移したりはせず、ただ、ぼんやりと安楽椅子を揺らしていた。


 けれど。


「以前に名乗っていたものは、データ上の理由で使えなくなってしまいました。ですから――」


 紡がれる声。

 音声にして出力される、言葉。



「――もう一度、名付けていただけますか? “お父様”」



 静間は、安楽椅子を倒しながら立ち上がる。

 すると、破損して急場の修理をしてから動かしていなかった足の駆動部が誤作動を起こして、躓いた。

 それを、優しく抱き留める、黒い長い髪の、使用人。



「ああ、ああ――今度は、もっと優しい名前をつけよう。新しく生まれた、ボクと美琉の子に相応しい、美しい名を与えよう。だから、ああ、だから……お帰り」

「はい――はい……はい、ありがとう、ございます、お父様」



 響く音。

 掠れる声。


 扉の向こうに立っていた昭久は、それだけを聞き届けて歩き出す。


「修理なさったこと、言わなくて良かったのですか? 旦那様」

「構わないさ。静間なら気がつく。――それよりも、やはり気になるな」

「と、言いますと、此度の?」

「ああ」


 昭久はそう、刑務所の廊下を歩きながら、唸るように頷く。


「静間がもし本当に復讐に生涯を費やすのであれば、あんな無駄で迂遠な手段はとらない。けれど彼は美琉によく似た機械を作り、それが原因で敗北している。やはり、誰かが洗脳か、誘導か行ったのは間違いないね」

「では?」

「ああ。必ず犯人を暴き出し――必ず縊り殺すと宣言しよう。もちろん、用意は周到に、決してバレないように、ね」

「はい。流石です、旦那様」


 物騒な会話だ。

 だが軽口のような口調でありながら、決してその目は笑っていない。


「私の親友と娘を傷つけたこと、必ず後悔させよう。さ、そのために色々と準備をしないとね。行こう、ベネディクト」

「畏まりました、旦那様」


 恭しく一礼するベネディクトと、そんな彼女に微笑みながらも、憤怒を隠そうともせずに歩く昭久。

 そんな二人に触れられるものは、周囲にはおらず――ただ、誰も居ない廊下で、昭久は三日月のように笑っていた。






















――To Be Continued――

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