そのさんじゅうきゅう
――39――
巨大であると言うことは、ただそれだけで猛威である。
私の眼前に現れたドラゴン。虚堂静間とプロドスィアを心臓に駆動するそれは、牙一つで私とそう変わらないサイズであろうコトは、想像に難くない。
「全員、回避!」
私が叫ぶように告げると、みんなが動いてくれた。
この場に居残るのは、私とレイル先生の大人組だ。後ろに、子供たちに攻撃を通すわけにはいかない。そう覚悟した私たちへも返答は、あろうことか、巨大の尾の横薙ぎであった。
「【速攻術式・影縛剣・展開】!」
「“我が意に従え”――【聖人の銀十字】!!」
レイル先生が巨大な十字架で防御を、私が影を縫い止めることで固定を。
それぞれの役割は十全に果たされ、尾はワンテンポ停止する。その間に全員が射程外へ退避してくれたので、レイル先生が私を横抱きにし、大きく跳躍してくれる。
『Guraaaaaaaaaッ!!』
「チィッ、バカヂカラめッ!!」
うん、えっと、自分で避けられたよ?
いやでも、気を遣ってくれているわけだし、余計なことは言わずに一緒に退避。ついでに魔導陣を構築して攻撃――いや、まずい、防御!
『Gurururororo――』
「【速攻術式・流動結界・速攻追加・十八回圧縮・展開】!」
ドラゴンの顎に集中する紫の光。
衝撃を他方に流す結界を大規模展開。肌を貫く威圧感に耐えるように、躍り出る。
「全員、私の後ろへ!」
「総員、観司先生の結界範囲へ移動!」
『はいっ!!』
チャージ。
『――rooooooooooooooooooooooooooooッ!!!!』
閃光。
「くぅっ……!!」
衝撃に耐える。
辺り一面の魔力と霊力と天力を、無理矢理煮詰めたような力だ。その暴走一歩手前のパワーを無理矢理変換した熱線は、大理石の地面をマグマのようにどろどろに融解させる。
『Ruaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!』
「きゃあっ」
咆吼。
休む間もなく叩きつけられる、巨大な爪。結界はまだ機能しているが、圧縮分は使い切っている。いつまでも持つモノでは無い。
高音。
ガラスの砕けるような、音。
「ゼノ、き、斬り断つよ!!」
『応ッ!!』
入れ替わるように放たれた静音さんの斬撃が、ドラゴンの爪に罅を入れる。
その代償に、攻撃に怯まず振るわれた爪は、静音さんの体を容易く弾き、宙に浮かせた。
「く、ぅぁっ」
「いけない!」
「師匠、わたしが! “干渉制御”!!」
第二撃に合わせるように、鈴理さんが重力操作。
静音さんの体が空中に浮かぶことで、次の爪の横薙ぎから助けたようだ。ナイス、鈴理さん!
「生徒会、足を狙うよ! あの巨体を引きずり降ろせッ!」
「うぉぉぉッ!! シャイニング・ブラスターッ!!」
凛さんの声に従い、焔原君がドラゴンの左足を狙う。
なら、私はドラゴンの気を逸らそう。
「【速攻術式・爆破弾・展開】!」
『Guruaッ?!』
ドラゴンの目を狙って爆破弾を放つと、ドラゴンは私に目標を定める。その隙に近づいた生徒会の面々は、ドラゴンの左足に一斉に攻撃を始めた。
「“爆重火”!」
「コン太、ポン吉、コン吉、キュウ太、ぽこ助、コンコン、キュウ吉、ポン太、犬丸!」
「“影槍”」
「シャイニングレイズ!!」
「火の鳥よ……!」
ドラゴンは急激に与えられた左足への衝撃に、苛立ちを隠さない。
だが左足を気にする前に、背骨へと叩きつけられる稲妻の鎚。
「フィー、背中からミサイルだ!」
「わかったが、無茶はするなよ、リュシー!」
「OK! ほどほどに、やらせて貰うよ!」
ミョルニルを叩きつけたフィフィリアさんと、その背にしがみつくアリュシカさん。
脅威レベルの訂正でもしたのだろうか。二人に振り向こうとするドラゴンは、しかし首筋が動かないことに気がついた。
凍結。――夢さんの術式刻印が作動。装甲の一部に刻んだのだろうけれど、いつの間に?
「やばっ。鈴理、着地お願い!」
「うんっ」
ドラゴンの肩口から降りようとしていた彼女は、咆吼にバランスを崩し、鈴理さんに受け止められた。
『Gruooo……Gruuaッ?!』
同時に、ドラゴンの左足の駆動部が爆発。
膝を突かされたドラゴンは、同時に攻撃を受ける。
「煌めけ、ゼノ!」
一つは剣。
復帰した静音さんの剣撃が、角を折る。
「打ちクダけ、十字槍ッ!!」
一つは槍。
油断したドラゴンの首の駆動部を、突き壊す。
「四階堂さん! 【速攻術式・爆破強化・展開!】」
「はい、先生! ――“爆業火”ァァァァァッ!!」
『Ggigaaaaaaaaaaaaッ?!』
四階堂さんの一撃で、胸部を爆破されて大きくのけぞる。
最早俊敏に動けず、ドラゴンブレスの準備も潰され、ドラゴンはふらつきながら天井を見た。
『Grururu――Ggaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!』
咆吼。
「っ、みんな、防御を――」
天井に向かって放たれたブレスが、空中で分解。
まるで雨のように、強力な熱線が降り注ぐ。
「きゃぁぁぁぁぁっ」
熱線は各々の防御にあたると逸れて、地面に当たると爆発を起こす。
明らかに、先ほどの私の結界を学習して、対処を施したような攻撃。
熱線を弾きながら周囲にも結界を張るが……覆い、きれない。
そして。
『Grurururu……』
ドラゴンのうなり声。
地面に倒れ伏すみんなの姿。
レイル先生はその身を盾に生徒を守ったのだろう。焼けただれた背中を庇いもせず、強くドラゴンを睨み付ける。
直ぐさま再生し、強化され、先ほどよりも凶悪になったドラゴンを。
「観司、先生」
「四階堂さん?! 無茶はしないでくださいっ」
熱線が掠めたのだろう。
痛む左腕を無視して、四階堂さんに駆け寄る。
「私、は、一度はみんなを、裏切りました。だか、ら――私が、囮になります。逃げて……っ」
血を吐きながら、煤で汚れて、苦痛に顔を歪ませながら、告げる。
裏切ったことに対する、詳しい事情はわからない。けれど、自己申告をするのなら真実であり――今、みんなに受け入れられて戦っていた姿こそ、四階堂さんが受け入れられた証なのだろう。
「凛さんっ! 嫌です、わたし、凛さんを置いて逃げません!」
「鈴理さん……」
「もう――もう、失ってしまっただなんて、思わせないで……っ!!」
四階堂さんにしがみついて、離れようとしない鈴理さん。
そんな四階堂さんと鈴理さんの姿を、周囲から、強く見守る生徒たち。
「すい、ません、副会、長」
「心……。ひとまずはレイル先生だ。傷が重い。ぐ、オレは気にしないでくれ。心、おまえはひとまず、眠っておけ」
「ボクは、あと、で、かま、わ、ぐっ、な、い」
「っつ、はぁ……コン、太、ポン、吉」
気絶しながらも立ち上がろうとしていた焔原君と、傷を負いながら治療する鳳凰院君と、辛うじて目を開けているレイル先生と、意識も絶え絶えでありながら管狐を召喚しようとして気を失う、伏見さんが。
「霧の」
「わかってるわよ、影の」
いがみ合いながらも互いを支え合う、夢さんと、刹那さんが。
「み、みんな、大丈夫? っつぅ」
「もう一度、っ、魔神抱擁が使えそうだよ」
「おまえは無理をするな、ッ……ふぅ。リュシー」
ボロボロの剣を構える静音さんと、膝を突きながら戦意を衰えさせないアリュシカさんと、震える足で立ち上がるフィフィリアさんが。
「師匠、わたしたち、まだやれます!」
「ごめん、なさい、観司先生。囮、できそうにありません。――本当に、ばかな子。私なんかの、ために。ごめんね……ありがとう、鈴理さん」
そう、互いに肩を貸し合って、立ち上がる、鈴理さんと四階堂さんが。
『――Grurururu……』
ドラゴンが、完全に再生を終えたのだろう。
のっしりと立ち上がる音が聞こえる。みんな、この場で乗り越えてきたんだ。みんなこの場で、戦って、絆を確かめて、歩いてきたんだ。
――だったら、遅れてきた私が、一番頑張らなくてどうする。気張れ、観司未知。誰も傷つかせない。誰も死なせない。
「危ない、観司先生!!」
「避けてください、師匠!!」
『Gryraaaaaaaaaaaaッッ!!』
迫り来るのは爪だろう。
先ほどよりもずっと凶悪に彩られた、ドラゴンの爪だ。
「死ぬのは――」
『Gygyaaaッ!!』
「――私(の社会的地位)だけで、十分だ」
轟音。
衝撃。
土煙。
「来たれ」
私の足下にはクレーターが。
けれど私は斬り潰されてなどおらず、私の頭上でドラゴンの爪が停止していた。
「【瑠璃の花冠】」
いつもの、呪われし瑠璃色のステッキ。
ああ、さようなら、頼れる未知先生。こんにちは、みんなの痴女先生。
「う、そ、片手、で?」
「鈴理! 会長を連れて退避! 未知先生の犠牲を無駄にしないで!!」
「えっ、なんで? 夢ちゃん?」
呆然と呟く四階堂さん。
失礼なことを叫ぶ夢さん。
安心しきってほっと息を吐く鈴理さん。
「ちょっと霧の。説明しなさい、なにごと?」
「視てれば解るわ」
見ていて欲しくは、ないけれど。
こうなってしまったら、もう――やるしかない。まぁ、そう決めたから“掟”の効果でドラゴンが攻撃を仕掛けてこないのだけれど!!
「み、つかさ、せん、せい?」
「ぐ、ぁ」
「レイル先生は喋らないで下さい! おまえもだ、心!」
「うぅ、こうならないように、立ち振る舞おうと決めたのに」
「お、落ち込まないで、フィー」
外野の声は聞こえない。
ええ、ええ、聞こえてないったら聞こえない。
伏見さんと焔原君は気絶している。鳳凰院君の治療は間に合っているけれど、油断は出来ない。さっさと片付けて、みんなで帰るためにも!
「【ミラクル・トランス・ファクトォォォォ】ッ!!」
私は、ドラゴンをはじき飛ばしながら、ステッキを振り上げた。
瑠璃色の光に包まれる。服がステッキに収納され、形作られるのはピチピチ衣装。
私の羞恥心と社会的地位と名誉と誇りとあとなんだかわからない大切な何かを生け贄に捧げて、今、魔法少女が爆誕するのだ☆
――すっと手は天井に。しゅらっとポーズで揺れるツインテ。
「絆☆」
――すたっと踏み込む足。ぷぎゅると鳴る靴。むちっと晒される太もも。
「愛☆」
――ばぁんと張る胸。ぴちぴちすぎて揺れる胸部。はみ出し……いやなんでもない。
「心☆」
――無駄に振る腰。無理に靡く超ミニのスカート。無茶な張りを見せる臀部。
「人々の愛を試して、絆を壊す悪い子は!」
――痛々しい口調。握るのは、瑠璃色の女児用ステッキ。
「魔法少女◇ミラクル☆ラピが、オシオキなんだからね♪」
ぱちん、とウィンク。
何故か。ええ、もう、本当に何故か凍り付く場。
いやぁ、不思議だなぁ。とてもとても不思議だ。不思議だけど、さっさと悪を倒さなきゃ。
「ええ……ちょっ、ええ……碓氷夢?」
「なによ。あんたも応援しなさいよ」
「年を考え……いやさすがに私も趣味について言及するほど狭量じゃない」
「そうじゃなくてほら、恥じらう未知先生の顔がね?」
「ド変態畜生の碓氷に観司先生は任せられない。やはり生徒会が貰う」
「うぐっ」
うぐっ。
うっ、うぅ、趣味じゃないんです。本当なんです!
「ふむ。オレは夢を見ているのか? どう思いますか? レイル先生」
「…………………………why? ボクのヴィーナスが未知観司Lady??????」
「レイル先生? レイル先生ーっ!!」
かちんこちんに硬直するレイル先生。
そんなレイル先生を揺らす鳳凰院君。
「えっ、魔法少女って、天に還った? えっ。いえでも、当時を十歳くらいだとすると逆算して……えっ。えっ?」
「凛さん?」
「えっ、鈴理さんはなんでそんなに冷静なの? ……えっ、えっ?」
動揺の余り幼い仕草になる四階堂さん。
きょとんとした様子の鈴理さん。うん、鈴理さんはずっとそのままで居てね?
『Guryaaaaaaaaaaaaaaッ!!』
「もう。せっかちさんにはオシオキだぞ☆」
振り上げられる爪。
スキップで避けて、可愛く杖を振り下ろす。
『Ggya?!』
轟音。
爪の先から肘まで、粉々に砕け散る。
『Gigyagyu?!!』
「そぉ☆――れぇっ♪」
ウィンク。
飛び出た☆をバッティング。
☆はソニックブームを巻き起こしながらドラゴンの片足に命中。空気を振るわす爆音と共に片足は根元から粉々に砕け散り、ドラゴンはバランスを崩す。
――瞬間。倒れながらも私を見据え、放たれるドラゴンブレス。
「危ない、観司先生っ!!」
「凛さんダメです、下がって!」
手を伸ばす四階堂さん。
そんな四階堂さんを掴む鈴理さん。
なんだか、本当の姉妹のようだ。そんな穏やかな気持ちのまま。
「ラピラピどーんっ☆」
片手による可愛らしい振り下ろし(キュバッという効果音なんて聞こえない)でブレスをかき消し、うなり声にも似た衝撃波でドラゴンの下あごを砕いた。
『#$%$#$$%!?!?!!』
「すごい……こんな、ことが」
手足と顎を失い、再生が追いつかずにじたばたとするドラゴン。
私はそんなドラゴンに――虚堂静間とプロドスィアに、終わりを告げる。
「泡沫の夢、うたかたの愛。きっと、あなたたちには、もっと優しい未来があるはずだよ。あなたたちは、不幸の中で生きてきたのだから。でもね、それでも、罪は償わなければならない。未来のためには、努力をせねばならない。それを放棄して幸せな夢に逃げるなんて、私は――愛と正義の魔法少女は、許さない。だから」
掲げるステッキ。
瑠璃色の力に溢れて。
「【祈願】」
だから、ここで。
「【愛と絆の大閃光】」
償いの準備を始めよう。
誰もが、希望を持って、明日を始められるようになるために――!!
『Gu、Gurygararaaaaaa――』
「【成就】!!!!!!」
『――Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッッ?!?!!』
ハート型の砲撃が、ドラゴンを包み込む。
けたたましい悲鳴と機械音も、魔法の前ではそよ風に等しい。
やがて光はドラゴンを、心臓部のコックピットを破壊し尽くし――ただ、意識のない二つの体だけを、残した。
「――これにて、魔法少女は今日も可憐に事件を解決♪ 今日もハッピーらぴらぴだね☆」
無駄に起こる瑠璃色の爆発。
爆風に扇がれてゆらゆらと揺れるツインテ。
さて。
説明せずに逃げたいけれど、だめかな!?
そう視線で四階堂さんに問いかけると、四階堂さんはゆっくりと首を横に振る。
うん、知ってた!
……うぅ、なんだか長い夜に、なりそうだ。私は羞恥で痛む胸を隠しつつ、そんな風に、思うのであった――。




