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エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す  作者: 鉄箱
魔法少女の合宿 三日目(後)
380/523

そのさんじゅうはち

――38――




 プロドスィアにとって、虚堂静間とは“親”である。

 機械に相応の教育と、機械に相応以上の整備と、機械に相応しくない愛情を与えられてきた。

 プロドスィアはそうやって“親”への愛情に応えようと、知らず知らずの内に芽生えた“心”で理解し、成長し、やがて己が知らぬ“誰か”に重ねられていることに気がつく。その“誰か”そのものになれない、親の期待に応えられないことが、プロドスィアにとってなによりも苦痛であった。


 だからこそ、“親”の指令は確実に熟す。

 彼の期待に応えられないからこそ、与えられた命令は、確実に遂行しなければならない。


「魔力充填」

『百、百二十、百五十、百八十――二百。臨界突破』


 バイザーから聞こえる声は、プロドスィアの為に特別に作られた補助AIだ。

 クレマラやエグリマティアス――他の“兄弟”に与えられなかったそれを操ることは、彼女に賭けられた期待の表れであり、誇りだった。

 だからこそ、皆殺しにしろという静間の命令は、なにを利用してでも達成する。そうでなければきっと見限られてしまうと、プロドスィアはまるで人間のように歯がみした。


「ブラスター」

『散弾』


 人間の集団に向けて、背後の空間から無数のレーザービームを照射する。

 パターンを読まれないために完全にランダムな機動をとるそれは、隙間のない包囲網で消耗した人間たちの肉体機能を奪うはずだった。

 だが、創造主が危険視した人間が与えた自動防御盾が、光線の大半を防ぎきってしまった。


「うぉぉぉぉぉッ!!」

「空間防御」

『Dimension』


 鎧を纏った人間が、プロドスィアに殴りかかる。

 だが、行動の起こりから正確に捉えていたプロドスィアは、冷静に防御。カウンター気味にブースト加速が施された腕で殴ると、人間は地面と水平に飛んでいった。


「みんな、行って!」

「精密追尾」

『ロックオン』


 プロドスィアのウィングから、多数のホーミングレーザーが放たれる。

 それらは寸分違うことなく、九匹の管狐を迎撃。超高速戦闘により、自動防御盾の機能を優に越えて、プロドスィアは踏み込んだ。


「バースト」

『魔力暴発』

「きゃぁっ」


 管狐を使う人間を、魔力による爆発で吹き飛ばす。直前でなんらかの防御策を講じたようだが、プロドスィアの前では関係ない。大きく弾き、やはり鎧の人間と同様に吹き飛んでいった。


「隙あり」

「?!」


 だが、その僅かな空白を、“ウィングの影”から現れた人間に突かれる。

 バイザーめがけて放たれる刃の一撃。影を固めた漆黒を、けれどプロドスィアはすんでの所で腕で“受ける”。防御とは言えないそれは、装甲の隙間を縫って魔力循環回路の一部を破壊して見せた。


「旦那様のくれた腕甲に――」

「っ“影守り”」

「――触るなッ!!」


 逆の手から放たれたブーストナックル。

 空気を切って飛来したそれは、鈍い手応えと共に人間を弾く。だが、弾かれた人間はどこにも激突はせず、大理石の影に沈んでいった。




「目標ロスト」

『警告』

「遅いよ――“爆重火タブレット領域蹂躙(ファクトリー)”!」

「ッ」




 いつの間にか、吹き飛ばされたことで、全ての人間がプロドスィアの周囲から離れていた。

 無数の黒いキューブ。数十はあるそれらが干渉し合い、爆発を起こす。プロドスィアは空間防御を展開しながら上空へ退避。バーニアの幾つかが引火して駄目になるが、爆風の影響下から離れることは出来た。

 だが、安心することは出来ない。突如飛来した火の鳥が、あろうことかバイザーに命中。それを“基点”に、小さく響いた“爆火矢ボンボン”という声。その音声を正確に傍受する前に、プロドスィアの視界が、弾けた。


「貴様ッ、よくも旦那様の――ぇ」


 砕けたバイザー。

 もはや情報支援はなく、けれど肉眼で見えた光景。

 人間たちに追い詰められて、砲撃を受けようという張り付けの“親”。




「ッッッフルブースト!!」




 空を切り、音を裂き、あまりの速度に傷ついたウィングが爆発する。

 もはやバーニアもほとんどがなく、プロドスィアの機械頭脳は冷静に、残酷に、静間を掴んで離脱することはできないことを悟らせる。


「――――――」


 だから、プロドスィアは選んだ。

 なけなしの空間防御と、全力の魔力盾。

 機械装甲の全ても、ただ愛しい創造主を守ることだけにつぎ込んで、砲撃の前に飛び込んだ。恐怖はなく、萎縮もなく、ただ、体の全てを使って静間を守ることが出来るという歓喜がプロドスィアを満たす。

 ――それは、正しく“人間”のように。


「っだめだ、美琉!」


 まただ。

 そう、プロドスィアは罪悪感で満たされる。まだ、己は静間の望む存在になれていない。そのことが、プロドスィアはどうしようもないほどに悔しかった。


「――美琉、に、なれなくて、ごめんなさい」

「え……?」


 だから、最期は。

 最期に、伝えたいことを。

 廃棄処分になる前に、スクラップになりはてる前に、最期に、プロドスィアは我が儘を口にする。あるいは、“そうでありたかった”という、今際の切望を音声にして出力する。




「さよう、なら……――――“お父様”」

「待て、だめだ、やめろ、退くんだプロドスィア!! ぁ、ぁあ、ぁぁぁああああぁぁッ」




 蒼い光が、二つの影を呑み込む。

 プロドスィアの装甲が弾け、回路が焼き切れ、スキンが焼けただれ、モニターが破損し、腕部が吹き飛び、脚部に亀裂が入り、メインモジュールが火を噴き。

 それでも、プロドスィアは、無邪気な子供のように笑っていた。


「プロド、スィア?」


 ――あるいは。

 復讐のために他者を犠牲にせず、ただひっそりと、生きていたら。彼の親友のように、プロドスィアを家族として迎え入れていれば。もしかしたらあったのかもしれない、一つの幸福の可能性。

 それを静間は、何故、選ばなかったのか? それは、彼すらも“知らない”ことだ。ただ一つ、今、わかることがある。




「は、はは、嘘でしょう? 起きなさい、プロドスィア。起動するのです。起動して、ボクにまた、キミの紅茶を淹れておくれよ、プロドスィア、ぁ、ぁああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」




 他者を踏みにじり。

 他者を蹴落とし、殺し。

 奪った他者に奪い返され、いつしか自分自身が憎き“略奪者”になっていたことを気がつかされて。


「虚堂静間。今すぐ投降して下さい――直ぐ、有栖川博士に見せれば、あるいは」


 敵である己を気遣うような声を、かけられた。

 自身が追い詰めて殺した男。その娘も、静間が洗脳して傀儡のように操っていた。親しい間柄だったこの女性が、静間の所行を知らなかったとも思えない。

 それはまるで、物語の“正義の味方”のようではないか。そう、静間は自嘲し、静かに壊れた。


「もう、いい」

「虚堂、助けたくはないの?! 愛して、いるんでしょう?」

「ボクは、彼女と共に逝く。だから――おまえたちも、道連れだ。プロドスィアが、寂しくないように――ッ!!」

「あなたは、どこまで!」


 静間とプロドスィアが、青銀の球体に包まれる。

 それは宇宙船だ。どこまでも流れていくための、棺桶だ。その棺桶を中心に、機械の装甲が生まれていく。強大に、巨大に、狂気に塗れて組み上げられるその形こそ。




「ドラゴン……」

『Gaaaaaaaaaayaaaaaaaaaaa!!!!!』




 物語の悪役。

 あるいは、黙示録の怪物――“終焉”の象徴。

 青銀と金赤の装甲に包まれた機械の竜が、悲鳴にもにた咆吼を、あげた。




 

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