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そのご

――5――




「なぜこの私がよりによって縁故採用なんかと二人で迷い込まなければならないのだ理不尽にもほどがあるではないかせめて英雄の方々であれば私の正統な実力も評価して貰えたことだろうに……ブツブツ……ブツブツ……チッ……ブツブツ」


 もうずっと様子が変わらない瀬戸先生の姿に、思わずため息を押し殺す。

 穴に落ちてからどの程度の時間が経過したのか、私と瀬戸先生で手分けして周辺の調査を行ったモノの、ここから出る手がかりは見つからない。

 四方に伸びる廊下の先は行き止まり。部屋は狭くはなく、四方五十メートルはあるだろう。広いが何もなく、光を発する苔のおかげで視界は確保できているが、光そのものは弱く薄暗い。

 なにもないせいで調査は早く終わり、それ以降は瀬戸先生の苛立ちを聞かされ続ける、という謎のイベント。うぅ、せっかく仙じいが来ているのだし、早く帰って一緒にお茶でも飲みながらのんびりしたいのに……。


 せめて脱出のヒントに成るようなものでもないかと探していくと、四方に伸びた通路の先、薄暗いせいで気がつかなかったが、床にナニカが刻まれていることがわかった。


「瀬戸先生、これ……」

「ブツブツ……ん? どうやら陣のようですね。秘伝系“特性型スキルタイプ”の異能者が好んで使う陣によく似ていますね。ああ、観司先生はご存知ないかもしれませんが、ね」

「は、ははは、なるほど……」


 五芒星は、歴史という名の“信仰”――即ち“願い”という名のエネルギーによって威力を変動させることができる秘伝・秘術系の能力者が用いることが多い。重視するものが“歴史”であるせいか、悪魔も扱うことが多い陣だ

 ちなみに、魔導術師の魔導陣は三角形を重ねた六芒星で、魔法少女の魔法陣は一筆書き六芒星だったりする。


 その後も、よくよく歩いてみると、三方には同じように陣があったが、一方にだけないことがわかった。……うーん、なにかあるんだろうなぁ。


「もう少し、ここを調査してみますか?」

「ええ、それがいいでしょう。私は殿を警戒して差し上げますから、観司先生は前へ」

「はい、わかりました」


 先に行けって事ね。

 まぁ、揉めるよりは良いし、実際、私が先頭の時の方がなにかと動きやすい。そう陣のない廊下を調べようと一歩進み――


――ガシャンッ!


 ――と、大きな音が背後で起こった。


「なっ」

「ッ」


 私と瀬戸先生を分断する、分厚い鉄格子。

 陣のない廊下の先に出現する、上への階段。


「ああああああなた、まさか先に逃げる気ではないですよねェッ!?」

「そんなことはいたしません! それよりも、開けないと」

「ひぃっ?!」

「瀬戸先生? どうされました?」

「たたた、たんち、探知に」


 鉄格子を開けようと四苦八苦していると、突然聞こえた瀬戸先生の悲鳴。

 混乱している彼に気がつかれないように小声で探知結界を展開すると、直ぐに、その悲鳴の意味がわかった。

 三方向からわき出るように出現する、魔物たちの反応によって。


「ッ、なんて悪趣味……!」


 片一方を見殺しにすれば、片一方は助かる部屋。

 そう仕組んだとしか思えない配置に、思わず舌を打つ。


「【速攻術式セット切断スラッシュ展開イグニッション】!」


 なりふり構わず速攻術式。

 瀬戸先生は錯乱していて気がついていないようだが、好都合。


「びくともしないか……ッ」


 けれど、鉄格子は切れない。

 魔導術では火力が足らない、か。


「瀬戸先生、瀬戸先生!」

「ひぃぃ、こんなこんなこんなななな」

「詠唱を! 迎撃しなくては! ッ瀬戸、先生!」


 だめだ、完全にパニックなってしまっている……!

 特専のエリート教員とはいえ、魔王が居なくなってからこちら、知り尽くされた異界に挑む程度の、実戦経験がほとんどない人が大半だ。

 瀬戸先生もそうなのだろう。しかも、ただの戦闘ならばともかく、緊急事態のせいで“予想外”の連続。よほど慣れていなければ、持ち直すことは難しい、か。


『ぎぎぎぎぎぎぎぎゅううううううううううぁああぁ』


 不気味な鳴き声。

 部屋の方から現れたのは、牛頭に斧を持った獣人、ミノタウロス。

 その周囲に侍るように点在するのは、棍棒を持った緑色の子鬼、ゴブリンだ。


「来た……【術式開始オープン形態フォーム防御ディフェンス様式アーム半円結界ハーフドーム付加パーツ術式持続ドゥレイション制限リミット容量過多キャパシティオーバー展開イグニッション】」


 まずは、耐久ギリギリまで結界としての体を保ってくれる防御魔導術を展開。

 対象は瀬戸先生の前面。この間に、正気に戻って貰う……!


『ぐうううううううううぁうううううううううう』

――ガンッ、ガツンッ、ガ、ガンッ

「や、やめろおおおおお、わ、わたしに、ぼくに近づくなよォオオオ!!」


 尻餅をついて泣き叫びながら、鉄格子に縋り付く瀬戸先生。

 敵の攻撃は結界で防げているが、これだっていつまで保つかわからない。


「瀬戸先生、聞いて下さい!」

「やだあああ! 来るな、来るなよォ、助けてよママァッ! ママァッ!!」

「ああ、もう!」

「やだやだやだやだ! 置いていかないでママァァァァッ」


 私の方は見ずに、空ろな目で泣く瀬戸先生。

 私はそんな彼にこちらを気付かせるために、鉄格子の間から手を伸ばして、瀬戸先生の両頬を挟み込むように掴んだ。


「こちらを向きなさい、瀬戸亮治!!」

「ひっ――ぁ……マ、ママ?」


 誰がママか。

 あ、いや、今は良い。ツッコミはあと!


「私の目を見て! 大丈夫、あなたを置いていったりはしない!」

「嘘だ、うそだよ、だって、だって」


 動揺する彼の目は、幼い迷い子のように見えた。

 辛い過去を抱えた人の目。私が、私たちが、あの戦いで見てきた目だ。


「ママ、うぁああ、ママぁ」

「大丈夫、大丈夫だよ、私が居るから、大丈夫」


 鉄格子から引き寄せて、座り込んで額を合わせる。

 人間の体温っていうのは不思議で、時に万病の薬となることだってある、活力の源だ。

 優しさを感じ取れるから。優しさを受け取ることができるから。温度で、心を伝えられるから。


「落ち着けた? 私がわかる?」

「うん……ママ」

「観司未知です。わかりますか? 瀬戸先生」

「ぇ、だって、ママ――ッ」


 瀬戸先生は幾度かのやりとりで正気に戻ると、目に光を戻す。


「――お見苦しいところを見せましたね」


 キリッと顔を戻して、ぴしっとスーツを直し、くいっと眼鏡をあげる瀬戸先生。

 ……うん、なんか、もういいや。


「いえ、大丈夫です。戦況はわかりますか?」

「この至近距離でこうも喚かれて、わからないはずがありませんよ。【術式開始オープン補強エフェクトプラス展開イグニッション】」


 瀬戸先生は、速攻詠唱クイックワードの残り回数を消費して、私の張った結界を補強する。流れるようにすばらしい判断力だ。うん、さっきまでの光景は頑張ってみなかったことに――


「それで? 何か状況を打破する考えがあるのかい? ママ」

「ええ、戦闘に関しては私に秘策があります。この場は――って、はい?」

「どうしました?」


 ――させてくれないんかい!

 え? なんなの? 正気じゃないの?


「私は、あなたよりも年下ですが……?」

「状況が変わって、出口が消える可能性は充分考えられます。それなのに取り乱したぼくを見捨てず、手を取って助け、正気に戻してくれました。ママですら、ぼくを置いて逝ってしまったのに、貴女はぼくを見捨てなかったのですね」

「それは、仲間なのだから助けるのは当然です」


 いってしまった、逝ってしまった、かな。

 そっか、亡くなられていたんだ。ママ、と呼んでいる時期から察するに、きっとあの魔王たちとの戦いの真っ最中だったのだろう。

 私と、同じように。


「仲間……ええ、そうですね、仲間なんて言葉を信用したことはありませんでした。周りは蹴落とす敵ばかりだった。なのに、あなたはまだ、逃げないのですね。この鉄格子だって、いつ、開いてしまうともわからないというのに」


 瀬戸先生の声は、痛く震えている。


「ぼくの提案は、ぼくをここに残してママが助けを呼んできてくれる、というものですが……」

「私が残ります」

「そう、言うと思いました」


 提案する瀬戸先生の足は、ちょっと残像ができそうなほど震えている。

 脂汗を吹き出しているし、目は左右に泳いでいるし、眼鏡をあげる手が震えているせいで眼鏡そのものが高速で揺れている。

 おまけに口調は戻っていないし、私のことを“ママ”呼びで固定だし、きっと混乱から正気に戻りきったわけでもないのだろう。


 だから、なにも取り繕えていない言葉が、“そう”だから。


「瀬戸先生、ひとつ、お願いがあります」

「ママの言うことであれば、なんなりと」


 私も。


「これから見ることを、誰にも言わないで下さい」


 覚悟を、決められる。


「え? ――いえ、男、瀬戸亮治。ママとの約束は絶対に破りません」


 正気に戻りきっていないだろうに。

 それでも何故か、信用できると思えるほど、力の込められた言葉。

 たとえこの後の“光景”にどん引きしたとしても、この言葉は破らないことだろう。


「来たれ、【瑠璃の花冠】」


 防御結界にヒビが入る。

 瀬戸先生が更に補填してくれるが、流石にもう保たないだろう。

 でも、問題は無い。直ぐに片を付けるから!




「【マジカル・トランス・ファクトォオオオオッ】!!」




 身体が光に包まれる。

 眼鏡は消失、スーツは解け、身体に巻き付く光の帯。

 瑠璃の光に包まれて、覆い隠すはふりふりむちむち魔法装束。


 ステッキをくるりと回して、パチコンッ☆ウィンク。

 ふふ、ふふふふ、結局こうなるのね、ああもうやだ。


「魔法少女、ミラクルぅぅぅ……ラ・ピっ♪ 可憐キュートにすーいっさん!」


 ころせ。

 ほら見てよ、瀬戸先生は俯いてるし、魔物たちは呆然としてる。

 なんなの? そんな、私をバカにできるほど高等な脳みそ持ってるの? おまえだよ、ミノタウロスとゴブリン!


「ママ……きゅーとだ」

「はい?」

「可憐でキュートだよ、ママ! ああなんて可愛いんだ! きゃわいいんだ!」

「なんで今言い直したの?! 引かれるの辛いけれど、その反応もなんかすごくやだ!」


 目がハートになってない!?

 いやもう、ほんとなんなの。笠宮さんと同じ趣味なの? ねえ!?


「ふ、ふふ、大丈夫だよ、ママ。ぼくとママだけの秘密にするよ。……ただ、その、特殊なアレだから他の人は理解しにくいだろうし、みんなの前でやっちゃだめだよ?」

「特殊だって理解しているんだ! みんなの前どころかあなたの前でも二度とやらないわよばかーっ!!」


 うわーん、もうやだー!

 こぼれ落ちてきた涙を拭い、ステッキで鉄格子を寸断。

 鉄格子がばらばらになると、魔物たちが再起動を始める。


「やっちゃえステッキさん!」


 踏み込み。

 陥没する地面。

 振り下ろすステッキ、

 衝撃波が廊下を包み込み。

 魔物たち全てが広間まで吹き飛んだ。


「瀬戸先生は、他の先生方の避難誘導をお願いします。救援は不要です、良いですね?」

「もっと優しく」

「……めっ」

「はいおおせのままに!!」


 なんなの、なんで私、こんなにダメージを受けてるの?

 笠宮さんのふわふわの髪と、ポチのつやつやの毛皮に癒やされたい……。


「あ、そうそう、観司先生、ひとつよろしいでしょうか?」

「はい? なんでしょうか?」


 あ、良かった、一応私を“観司未知”だと認識はしてくれているのね。

 いや、待てよ、私を私と認識した上でママ呼ばわりはまずいんじゃ……?


「ぼくは貴女を信じて救援を呼びません。信じさせて、くれるのですよね?」


 不安に揺れる目。

 震える、声。


「はい。任せて下さい」

「では、観司先生は英雄たちと同行した。そう、伝えておきますので――ご武運を」

「ええ、ありがとうございます、瀬戸先生」

「もっとママっぽく」

「………………………………めっ」

「いってきますママァッ!!」


 走り去る瀬戸先生。

 ドッと肩にのしかかる疲れ。

 いったい、私が、なにをした。


「さて、きをとりなおして……気を、取り直して!」


 広間の魔物まで吹き飛ばしたのだろう。

 警戒しているのか、近寄ってくる様子はまだない。

 それなら今のうちに、詠唱ではなく身体能力でかき回したい。



 チェイサー、は、だめだ。嗅覚が利き過ぎる。

 マリン、は、水がないのでそもそも却下。

 スカイ、も、空を飛んでも仕方ないし。

 サムライ、は、夜目がきかない。

 コスモ、は、なるくらいだったら死ぬ。



 なら、アレしかないか。

 あんまり時間も無いし、ただ、誰かと遭遇しないことを祈るだけだ。




「【トランス・ファクト・チェーンジッ】!!」




 さあ、問題解決まで縦横無尽に駆け巡ろう。

 この、私の、“レンジャーフォーム”で!!





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