そのさんじゅうなな
――37――
硬質音。
機械的なコードが空中に投影され、その全てがプロドスィアの体に巻き付いていく。
やがてそれは実像を象り、黒の装甲を展開していった。
「――ならば、いい。ええ、ええ、わかりましたよ。……全員ことごとく殺し尽くして、運良く鍵が生きていたら持ち帰りましょう。蹴散らせ、プロドスィア」
「はい。承知いたしました、旦那様――装甲展開。コンプリートセット、フルオープン」
目元にバイザー、耳を覆う三角のアンテナ。
脚部のブースター、背部のウィング、腕部の機械装甲。
胸部のメイド服に同化した装甲鎧、スカートに嵌められた武装内臓兵装。
「これより、殲滅を開始します」
周囲に細長い盾のような独立浮遊盾を四枚展開して、プロドスィアはそう告げた。
バーニアに蒼い光が灯る。魔導術によって生み出された光翼は、周辺の魔力を過剰供給して明滅。カチカチという硬質な音が響いたかと思えば、瞬く間に、集団の“背後”に出現。手を翳し、ターゲットをロックした。
「一、二、三、臨界突破――展開」
『承認――承認――承認――展開』
プロドスィアに合わせて流れる機械音声。
彼女の背後が唐突に歪んだかと思えば直ぐに、煙突ほどのサイズのミサイルが三基出現。独立したバーニアを噴かせて飛来し、爆散。
――数十にも及ぶ小型ミサイルが、雲霞の如く群れを作り、彼女たちに飛来する。
「バーニア」
『脚部バーニア――承認』
プロドスィアの僅かに浮き上がった足下が、青い白い炎を噴出する。
狙いは一直線に、ミサイルへの防御姿勢を固める“内側”へ、直接戦闘能力の厳しい後衛タイプの異能力者に向けてバイザー内のシステムがロックオン。
「ジェネレーター」
『霊力構築阻害装置起動――承認』
更に、浮遊盾が起動。
それぞれがそれぞれと共鳴反応を起こし、周辺に張られているものよりも一段以上強力な、プロドスィアの周囲限定の異能抑制装置が発動された。
瞬く間にそれらの行程を終え、腕に魔力刃を生成し、プロドスィアは飛来する。狙うのは後衛の中でも近接戦闘力を持たない人間――伏見六葉に、目で捕らえることも難しい高速の一撃が煌めいた。
「っきゃあ!」
「っ」
だが、その奇襲も失敗に終わる。
幾重にも術式刻印が施された鋼鉄の盾が、まるで意思を持つように移動。プロドスィアの攻撃を受け止めて、けれど、傷一つついた様子はない。
その結果に、その失敗に、いつまでも停滞していたら己自身がミサイルの爆発に巻き込まれる。プロドスィアは機械らしい判断力で即座に離脱。上空に移ってさらにミサイルを展開。生まれた歪みは五つ。煙突のようなミサイルが五基、プロドスィアの周囲から顔を出した。
「発射」
『承――……警告』
「? ――!?」
轟音。
「誘爆?!」
火炎に塗れながら、プロドスィアはなんとか離脱する。
くるくると空中を回転。背部バーニアの一部に損傷を確認。人間の認識の外側で動いていたはずなのに、ミサイルが撃墜されたことに驚きを隠せない。
急いで周囲の確認をすると直ぐに、その理由を発見する。空中に浮かび、魔力弾を発射してきた下手人。瑠璃色の小型浮遊船が、プロドスィアに狙いをつけていた。
「先に片付けます」
「“爆火矢”!」
「っ?!」
下方向。爆発したミサイルの噴煙の中から放たれた爆破の異能が、プロドスィアに命中する。とはいえ、異能抑制装置で抑えられているため、そよ風程度の衝撃しか感じない。
けれどその一瞬の空白が、プロドスィアに隙を作り出した。
「っ回避」
『エラー――防御に移行』
爆発。
瑠璃色の小型船が、防御姿勢をとった浮遊盾に体当たりを実行。プロドスィアのボディは守り切ったものの、盾としての機能以外のほとんどを破損。盾に浮かび上がっていた青い光が途絶えた。
同時に、小型船もまた爆散。だが、戦力の増減という観点で見れば、不利になったのはプロドスィアだ。なにせ、破損した機能は“異能抑制装置”に他ならないのだから。
「生徒会はこれより、人造人間プロドスィアの迎撃に移行する。行くわよ、みんな!」
煙の晴れた先。プロドスィアに向きあうのは、生徒会と呼ばれた人間たちだ。
異能抑制装置は異界そのものに作用しているものがある。プロドスィアは冷静に、戦力差を計算。勝算はまだ、自分にあることを確認。冷静に、冷酷に、勝てる道筋を辿る。
「所詮、消耗した人間の集団――旦那様の手を煩わせる必要はありません」
背中のバーニアを噴かせ、対象を認識。
プロドスィアの――生まれてまだ間もない赤子のようなAIは、自らの親の敵を排除するという純粋な目的のために、人間の集団に牙を剥いた。
――/――
ぼろぼろの左腕。
なにも武装を展開せず、佇む姿。その様子は不気味そのものだけれど……諦めた、とは認識しない方が良いだろう。
それから、こちら側もそう油断できない。外的な怪我を私の魔導術で纏めて治療したが、失った魔力や霊力は戻らない。回復して直ぐに良い動きを見せた夢さんですら、いつもの調子とは言えないのは、視て解る。
現段階で、怪我の治療だけでほぼ万全のコンディションといえるのは、静音さんだけだろう。逆に、無茶できないのは鈴理さんとアリュシカさんか。
「“我が意に従え”――【聖人の銀十字】」
「レイル先生……」
「ボクは生徒の防御をスルよ。キミたちの背中は守ル」
「ありがとうございます」
レイル先生とこうして肩を並べて戦ったことが、これまでにあっただろうか。
背中を任せてくれる安心感に頬を緩め、引き締める。
「未知先生、偵察いきます!」
夢さんはそう、膠着した場を打ち崩すように走り出す。
防御盾を追従。全員に指示をするまでもなく、夢さんの行動にフォーメーションを組むみなさん。なにかしら指示を出していたのかも知れないけれど……うん、良いチームだ。
夢さんは負傷した静間の左側に走る。すごい、あれ、体術だ。
「――起動“ティモリア・アマルティア”」
「夢さん、緊急旋回!」
「っはい!」
虚堂の声に、どうしようもなく嫌な予感がかき立てられる。
夢さんに叫ぶように指示を出すと、夢さんはそれを正確に聞き取り、旋回――に見せかけて、しゃがみ込んだ。
「消えろ」
「わわわっ」
瞬間、虚堂の負傷したはずの左腕が輝く。
空間そのものをなぎ払うような熱線は、しかししゃがみ込んだ夢さんにはギリギリ当たらず、その頭上を通り抜けていった。
当然のように虚堂の白衣は焼けただれ、落ち、消える。やがて見える皮膚の、その更に下から覗くのは血の通った人間のモノでは無い。鈍く光る機械配線の束が、ぎらぎらと煌めき、鳴動していた。
「避けたか。まぁ良いでしょう。“装甲化”」
虚堂の言葉に反応して、右腕が“変質”する。
そう、装甲を纏うのではない。人型の兵器であったクレマラのように、その腕は青銀の機械に変わっていた。
「虚堂、あなた……人間を辞めたの?」
「だからどうしたというのです? 異能者などと言う生まれながらのバケモノに比べれば、この程度のことがなんだというのだ! ヒヒッ、ハハハハハハハハッ!!」
虚堂は高笑いをしながら、ひどく顔を歪ませる。
駆動音。歯車の、軋む音。ボロボロになった白衣とシャツの間から見える肌が、次々と青銀の機械へと変質していく。
やがてそれは彼の顔にまで達し、左半分を機械に変貌させてしまった。
狂気。
それは、果てのない悪夢を体現するように。
「はっ」
「ッフィフィリアさん!」
目で捉えきれない速度で、虚堂が接近。
フィフィリアさんに肉薄し、一番に変質した左腕を振った。咄嗟に自動防御盾が割り込めたが、トラックでも衝突したかのような轟音とともに、盾もろともフィフィリアさんが吹き飛ぶ。
「っぁぁッ」
「フィー!」
「次は貴様だ、有栖川の娘ェェッ!!」
「っきゃあ!?」
弾かれ、吹き飛び、その度に姿が掻き消える。
ワープなどではない。走り去った後に刻まれた、熱で融解した轍がそのことを認識させる。
「【速攻術式】」
「それも厄介だよ、重装使い!」
私の真横から振るわれる手。
けれどなにも、私だってただ呆然としていたわけではない。それでも自動防御は間に合うのだ。だから盾に“斜め”に待機するように指示。無造作に奮われた腕は、盾を抉りながらも横にそれた。
「【影縛剣・展開】!」
「チィッ、だが、この程度の拘束ッ!!」
「【聖鎖の銀十字】!」
次いで、レイル先生が異能の鎖で拘束。
「わたしだって、もう少しくらい! 【速攻術式・拘束鎖・展開】!」
「す、鈴理は無茶しないで! 汝は悪、汝は罪人、汝は希望を侵せし愚者。なればその身に纏うは【咎人の枷】と知れ♪」
「グゥゥ、バケモノ共が、邪魔をォッ」
鈴理さんの鎖が重なり、静音さんの歌が連なり。
私に、視線が集まった。
「【基点術式・律動開始】」
次々と剥がれていく拘束。
「【形態指定・対物理攻撃】」
展開していく魔導陣。
「【様式設定・熱線砲撃】」
視線が絡みつき。
「【装置付加・多重圧縮】」
怒りと憎悪に塗れたその双眸に。
「【重装・術式展開】」
周囲一面を焦がすような砲撃を、撃ち放った。
「こんな――」
声が聞こえる。
けれどその声すらもかき消す砲撃。周囲一面の瓦礫が浮き、消し飛び、風と光のうねりが虚堂を呑み込み尽くして。
「ぁぁぁぁぁあああぁッ!!!!」
――誰かの悲鳴を、呑み込んだ。




