そのさんじゅうろく
――36――
どうにかこうにか入口を破壊して這い上がり、目にした光景。
誰もが痛苦の中で血と涙にうち沈み、鈴理さんが捕らえられていた。その、鈴理さんを捕らえているのは、獅堂たちが相手取っているはずの虚堂静間と、プロドスィアで。
「――【速攻術式】」
遅れてきた自分と、彼女たちを傷つけた博士を前に、怒りで目の前が真っ暗になるようですらあった。
でも、だめだ。戒めはあとだ。今は、“アレ”らを片付けた後で十分だ。
「【徹甲弾・速効追加・十八圧縮】」
明滅する蒼玉の魔力がバスケットボール大になって、ピンボールサイズに圧縮。
――その行程が、八回目で空気が歪み、十三回目で向こう側が見えなくなり、十八回目で空が軋むような音が響き始める。それを、プロドスィアの左手、鈴理さんを抱える手とは反対側に狙いを付けて、放った。
「【狙撃・展開】」
空気を刻む音。
瞬く間に飛来したそれは、プロドスィアの結界を粉々に砕く。同時に、私は瑠璃の箱船に指示を出し、空中に待機させておく。
「私の生徒たちを傷つけたその愚行、万死に値します。そこで潰えなさい、下郎」
歩きながらそう告げると、静間は私を親の敵でも見るような目で睨み付けてきた。
だが、当然ながらそう見るべきなのは私の方だ。
「……来ましたか、重装詠唱使い。セブラエルに最も遠い部屋にするように忠告をしてやったのに、無能め」
セブラエル?
ああ、ええっと、NPOのラエルか。国連の重鎮でもあったはずだけれど、この分だと敗北済みかな? 天使にも、そのうち落とし前をつけておく必要があるだろう。
それでも今は、鈴理さんを救い出すことの方が大切だ。アレらに地獄を見せるのは、みんなを治療してからでも遅くない。
「この騒動もあなたが黒幕ね、虚堂静間」
「ならどうだというのです? 一介の教師であるあなたに、なにができる!」
「試してみればわかることでしょう? 後ろの彼女は、逃げ腰の様子だけれど?」
私の圧縮弾を警戒しているのだろう。
波打つ黒髪にメイド服の人造人間、プロドスィアは、鋭く私を見ながらも距離をとる。
「どうしたの? 試さないのなら、こちらから行くよ?」
それは脅しでも何でもない。
明確な警告の言葉に、無意識だろう。彼は、一歩後ろに後ずさる。
「なるほど、確かにあなたの言うことももっともです――」
「なら」
止まる声。
虚堂は、口元を歪ませ、笑う。
「――ですが! ヒヒッ、もう終わりです。脱出の準備は整う頃でしょう? プロドスィア」
「っ、申し訳ありません。テレポーター上の生物の撤去に時間が掛かっております」
「はぁ? モニターを回せ。なんだったら熱線を使ってもいい」
テレポーター。
そう聴いて身構えたが、なにやら様子がおかしい?
うーん、待ってあげる義理もない。こっそり詠唱はしておこう。
「【速攻術式・魔導陣不可視化・展開】」
私が詠唱を始めると、焦りを浮かべたプロドスィアが、空中に出したコンソールでなにやら操作を始めた。
「【術式起動・図式術形態・展開指定】」
空中に展開されるコード。
複雑な数字列は、向こう側と異界を繋げるためのものか。
「【第一図形:対象指定・第二図形:持続起動・第三図形:余剰魔力吸収・第四図形:術式魔力循環・図式接続】」
やがて、空中に光が灯り、像を結ぶ。
「【第零番図形:詠唱起動展開】」
テレポーターと思われる機械。
森の中に鎮座するそれの上を排除しようと発射される、無人機械の熱線。
「【治癒】」
その全てをあくび混じりに弾きながら、テレポーターの上で堂々と転がる――
『わふ』
――ポチの姿。
「どういうことだこの犬畜生はァァァァァッ!?」
「データ検索――ヒット。魔狼王フェイル=ラウル=レギウスのものと思われます」
「何故だ?! 笠宮鈴理のペットに成り下がり、この場にいないはずではなかったのか?!」
えーと、はい、ここに来ているなんて私自身も知らなかったよ?
まさか森で暮らしていて、テレポーターの上を住処にするなんて――この三日間、どうやって過ごしてきたんだろう。
「――【基点術式・律動開始】」
まぁ、でも、逃げられなくなったのならやりやすい。
「コントは終わり? なら……」
「黙れ、観司未知ッ!!」
私が声をかけると、虚堂はやはり鋭く睨み付けてくる。
「【形態指定・多重効果】」
向こうがうろたえている間に、詠唱だけは重ねて置いて、と。
「そうだ! プロドスィア、メガフロートの転送は可能かい?」
「! はい、提案、実行。予備のメガフロート、召喚準備」
メガフロート?
そういえば時子姉たちは大丈夫だろうか? 滅多なことにはならないとは思うが、罠に嵌められて閉じ込められているくらいはするかもしれない。
「【様式設定・鎧盾旅団】」
先ほどのモニターが切り替わる。
映し出されるのは島の直ぐ傍、海上だ。
「【装置付加・自律起動】」
そこに現れるのは、白い円盤状の施設。
巨大なサイズであり、東京ドームほどはあるかもしれない。攻撃術式で止める方が良いかな?
「では今度こそさようなら! プロドスィア、この距離なら直接転送でも……プロドスィア?」
ああ、いや、必要なさそうだ。
呆然とモニターを見上げる二人。その姿の理由は、同じようにモニターを見上げれば直ぐにわかる。
『あっはははははははははっ!! とっておきが潰されたら、あいつら、どんな顔をするのかしら? ふふっ、あははっ、本当に楽しみですわ。又聞きしか出来ないのがざーんねん』
高笑いをするリリーの姿。
この騒動の中、何故か外で高笑いをする彼女。どこに行ったかと思えば、そんなところにいたのね、リリー……。
「――良いでしょう、ああ、良いだろう。このボクが直々に相手にてやろう。プロドスィア、鍵をここへ」
「畏まりました。旦那様。こちら――を?」
プロドスィアの腕に握られているのは、大理石の破片を彫刻して作られた天使の象だ。
いったいいつの間に拵えたのか、良い笑顔を浮かべている。そして、そんな風に入れ替えられる人間は、私の知る限り、ただ一人。
「取り替えさせて貰ったわよ、変態博士!」
「碓氷夢だと?! あの怪我で、どうやって……!?」
そりゃあもちろん、私が起動させていた“大規模自動治癒術式”だ。
並み居る生徒たち全員。失った魔力や霊力は早々に回復しないだろうが、怪我と肉体的な疲労は癒やすことが出来る。
――そう、彼らが勝手にうろたえていた時間を使えば、充分に。
「関東特専合同チーム、復活よ、虚堂」
私の宣言に、虚堂は顔を引きつらせる。
「観司先生、ありがとうございます。――ここから先は正真正銘、生徒のための生徒会長として……やるわよ、みんな!」
「ああ、今度こそ、友として正道を導こう、凛」
「ったく。会長も副会長も人使いが荒い」
「そう言いつつ用意する心はツンデレ。六葉も頷いてる」
「はぁ、もうそれでいいよ、刹那」
「それで全員、返事は?」
『はいッ!!』
生徒会が立ち上がり。
「魔法少女団完全復活よ。ほら、鈴理、いつまで寝てる気? やるわよ!」
「ゆ、め、ちゃ……あ、れ?」
「す、鈴理、無茶しないで。寝てても良いよ?」
「はは、スズリのやりたいようにすればいいさ」
「夢、鈴理は休ませられないか?」
「当の本人に聞けば良いわ。どう? 鈴理」
そして。
「……やる。やらせて、夢ちゃん、みんな!」
ふらふらになりながらも立ち上がる、魔法少女団のみんな。
「何故だ! いったい、どうやって」
「サァ? ボクのヴィーナスの加護でも、アッタンじゃないかな?」
「レイル・ロードレイスッ」
あながち間違ってもいないようなことを言いながら、レイル先生も立ち上がる。
リリーとポチがいないのは寂しいが、どうにかこうにかフルメンバーだ。ついでに重装詠唱で作り上げられた鉄の盾を、一人一つに配分されるように回すと、中々の見栄えになった。
「さぁ、後悔なさい――!」
報いは受けてもらう。
そう、睨まれた分以上に強くにらみ返すと、虚堂は小さく、後ずさった。
決戦が、始まる。




