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エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す  作者: 鉄箱
魔法少女の合宿 三日目(後)
375/523

そのさんじゅうさん

――33――




 難問奇問を繰り出す妙ちきりんな扉を、半分くらい反則的な手段で打ち破り、瑠璃の箱船で異界擬きを駆ける。

 なにせ“問題が解けない”程度では、私利私欲扱いにされてしまうのだ。だったら、呼び出したステッキで殴り壊した方が手っ取り早い。それになにより、どうにも“嫌な予感”がする。ここで退いたら、その予感はきっと現実の物になるだろう。ここで遅れたら、その予感は私の大切な者を刈り取るだろ。そんな、悪い予感だ。


「なにより、リリーと連絡が取れない」


 リリーは、ゼノをも凌ぐ鬼札だ。

 それがいきなり最初から封じられているのだとしたら、相手は相当な手練れで間違いは無いだろう。


「ああ、もう! せめて、完全に切り離されていたら――!」


 努力すればなんとかなる。

 その程度の穴がある異界は、私に“変身”を許さない。魔法少女が気楽に手抜きをするためだけに変身することなど許さないと、そういうことだろうか。厄介すぎる。

 いざとなったら、反転も視野に……いや、だめか。そもそも変身しないと二重変身はできない。


 森林を抜け。

 何故か更地のコンクリートジャングルを抜け。


「急がないと……!」


 火山地帯を抜け。

 数々の部屋を抜け。

 パルテノン神殿のような部屋にたどり着き。


「っここで、終点?」


 あたり一面、“なにもない”。

 でも、不思議と空はある? なら、空に行ってみれば良いのかな? 船を浮かして飛行。案外と近い距離にあった空を捜索していくが、なにも見つからない。


「ん? あの月……」


 けれどふと、月面が気になって観察してみる。

 月の“端”に挟まって見えるのは、植物の蔦だ。こちらにはみ出ている部分の断面は、黒く焼け焦げていた。


「なるほど。なら」


 これをこじ開ければ、良いのよね?

 ステッキを握りしめて、振りかぶる。ただ一刻も早く、生徒たちのもとへたどり着くために――!




































――/――




 剣撃。

 詩歌を唄ったきりへたり込む静音を守るように、ゼノが、セブラエルの双剣を防ぐ。彼女はその光景に参戦することの叶わない自身に歯痒く思いながらも、決して、セブラエルから目を外そうとはしなかった。

 この攻防が始まって、どれほどが経ったのか。実際はほんの数分だというのに、焦燥からか、静音はもう何時間もこうしているかのようにすら、思っていた。


「流石、試練の王! 惜しむらくは異端者についていることですが、いた仕方在りません。術者の死後は、天兵の鎧にしてさしあげましょう」

『力量不足だ。出直せ、小僧――ッ』

「ははっ、威勢の良いことだけれど、背に主を庇いながら、いつまで持ちますかね?!」


 剣撃。

 打ち合わされる度に、衝撃波が周囲を覆う。

 地がひび割れ、クレーターのようなひずみが生まれる。舞う石が砕けて粉になるような風景に、静音はただ目を逸らさずにいるので精一杯だった。


「とったッ!」

『ぬぅ!?』


 ゼノの剣が弾かれ、くるくると宙を舞う。

 その隙を突くようにして、セブラエルの双剣が、ゼノの鎧を切り裂いた。漆黒を切り裂き、斜めに切り落とす。中身のない鎧であるゼノは、二つに分かれて地面に落ちた。

 静音はその光景を最後まで見届けて――右手(・・)黒い腕輪(・・・・)を握りしめた。


「我は魔鎧の王。我が鎧は我が魂に、我が魂は我が鎧に。我は試練を司る、魔鎧の主也」


 物言わぬ鎧を踏み越えて、セブラエルは静音を見据える。

 俯く静音は、絶望に伏しているようにも、恐怖に震えているようにも見えることだろう。しかし、静音は、静音の深い海色の瞳からは、欠片の希望すらも失われていなかった。


「神の下へ召される幸福――」

「魔鎧の王よ。主に従い、その命呪を自在に操り、主命を果たせ」

「――主に、感謝なさい」


 振り上げられる双剣。

 俯いたままの静音は、顔を上げず。

 不意に、セブラエルの動きが、止まった。


「な?!」

「魔鎧召喚、武装変換。縛れ、ゼノ」


 砕けた鎧が黒い鎖になり、セブラエルの体を縛り付ける。

 それは一本二本の数ではない。砕けた鎧から溢れるように生まれた鎖が、セブラエルを拘束した。


「私のゼノがこの程度のことで打ち負けるとでも思っていたのだとしたらとんだ勘違いだと知りなさいそもそもゼノに剣技で打ち克てた時点で誘われていることも気がつかないなんて期待外れも良いところよ」

「な、にを?!」


 弾かれた剣を、静音はふらつく体を支えるように手を伸ばして、掴む。


「行くよ、ゼノ」

『心得た』

「その剣、まさかッ」


 ゼノの意識は、最初から剣に移していたのだろう。

 人形操りのようにセブラエルと互角に演じ、回りくどい真似をしてまで捉えたのは、ひとえに決め手となるような技がなかったからだ。一度破られた技をもう一度使うほど、楽観的ではない。

 だから静音はこうしてセブラエルを拘束し、ゼノを宿した剣で双剣をはじき飛ばし、それから大きく後退した。


「お、押さえつけるよ、ゼノ!!」

『応』


 地面に剣を突き刺すと、セブラエルの拘束が強くなる。

 天力を解放して鎖を散らそうとするも、地面に突き刺された剣が常に補強し、それを許さない。










 その、遙か後方。

 広大な異界の中。仲間の危機に駆けつけようとする心を抑えて、ずっと準備を重ねてきた。


「限定承認――認証」


 “フォン・ドンナー”。

 雷神トールの力を持ち、その武器と特性を受け継いできた一族。北欧の、遙か昔に消えた神々の、存在を証明する確かな伝説。フィフィリアはその伝説の継承者ではあるが、未だ、その全てを継承することは許されていない。

 けれどそれでも、使わなくてはならないことがある。そんなとき、ただの一度だけならば使用権限を解放しよう。その力量があるのなら。そう厳命され、ただの一度も“己の未熟”と断じ、使おうとしていなかったその力。

 それを今、このときこの瞬間にこそ発動させようと、黄金に輝く方陣の中で霊力を循環させる。



「重火減転【イルアン=グライベル】」



 両腕を覆う鎧。

 白銀と黄金で彩られたそれは、持つものの重量を軽減する。



「剛腕力帯【メギンギョルズ】」



 体に巻き付く帯。

 天女の羽衣のようにすら見える銀の帯は、身につける者に剛力を与える。



「雷揮神撃【ミョルニル】」



 右手に宿る柄の短い鎚。

 黄金に輝く鎚は、その大きさを調整すると同時に膨大な稲妻を操る。



「我が名はドンナー。トールの継承者たる、フィフィリア・エルファシア・フォン・ドンナーが命ず!」



 黄金の方陣が、よりいっそう輝くと、フィフィリアは叫ぶように命ず。

 その重圧に潰されんと、足掻くように。



鎧臨静導がいりんせいどう、【ムジョルニア】ッ!!」



 方陣から出現したのは、白銀の砦だった。

 いや、“砦のような戦車”だった。大きく、分厚く、絢爛に施された外装。車輪だけでフィフィリアの身長ほどもある戦車であった。



氷雅理情ひょうがりじょう、【タングリニス】ッ!!」



 巨大な蹄、巨大な角、青い肌。

 静かな瞳を持ちながら、巨大な戦車を引くに足る巨体。青雷の山羊は静かに闘志を漲らせる。



啓神絶香けいしんぜっか、【タングニョートス】ッ!!」



 巨大な蹄、巨大な角、銀の肌。

 猛々しく吼えながらも、その声は低く静かで、大山のように逞しくも叡智に満ちた山羊だった。



「貫き轟け、我が神雷よッ!!」



 山羊が吠え、フィフィリアが乗り込んだ戦車を引く。

 空中に昇り、空を割り、稲妻の道を駆けながら目指すは、拘束されて藻掻くセブラエルの姿。




「な、なんだそれはァッ?!」

「踏みつぶせッ!!」




 空を切り、つんざく音。

 空を割り、轟く雷光。



「オォォォォオオオォォッ!!!!!」

「来るな、やめろ、ォォォォォッ?!」



 それはセブラエルを挽き潰し、まだ足りないと反転し。

 足掻くセブラエルを更に跳ね、フィフィリアは戦車から出て屋根に乗る。

 そして、跳ね飛ばされたセブラエルに、戦車からの過剰霊力供給で膨れあがった黄金の鎚を、振りかぶった。




「ま、待て、待つんだ、待ちなさ――」

「雷神天裁――【トール・ハンマー】ッ!!】」

「――ぃ、ぎ、ぁぁぁぁぁあああぁぁぁッッ!?!?!!」




 跳ね上げられ、十枚の翼を散らせながら、地に落ちるセブラエル。

 体の節々から天装体の光を溢れさせながら、倒れ伏す。


「送還――ぐ、ぁっ」

「ふぃ、フィー?!」


 同時に、送還したフィフィリアもまた、血を吐きながら膝をついた。

 自身も全てを賭けて戦って、ふらつきながらも、心配そうにフィフィリアの顔を覗き込む。


「すま、ない、大丈夫だ。わかっていた。ぐッ、つぅ……。この身に神を降ろすようなものだ。フィードバックだ、よ」


 無茶をしなければならなかった。

 無理をしなければ、乗り越えられなかった。


 それでも、と、フィフィリアは思う。


(こうして、友を守れたのならば――それは意味のあることだ)


 そう、静音に微笑む。

 我が身を省みずに駆け寄ってくれた、大事な“親友”のひとりを、安心させたくて。


「な、ぜだ……!」

「セブラエル……」


 そんな二人の前で、セブラエルは、天装体を崩しながら這う。

 その瞳は狂気に染まり――けれども、どこか悲壮に見える。


「私は神の遺志に従った! 神は姿を消し、けれども我らに指標を遺した! 全てはそのとおりにならなくてはならないのに、何故、おまえたちが生きている!!」

「なにを……?」

「神は世界に魔導などないとおっしゃられた! 神はいずれ魔界に支配される人界を、来たるべき時に救えとおっしゃった! なのに、生き残る(・・・・)はずのない(・・・・・)英雄(・・)が、のうのうと生きて、天使の役目を奪っている!! 何故、おまえたち(人間)は、神のままに動かない!?」


 狂気だ。

 その狂気に、静音たちは呑まれたりはしない。だが、裏に潜む事実には気がついて、問いただそうと口を開き。






――パチパチパチ






 場違いな音に、かき消された。




「いや、実に感動したよ。神のために戦う天使と、友の為に戦う人間。とても素晴らしく、それゆえに滑稽だ。君もそう思うだろう? プロドスィア」

「おおせのままに」

「ほうら、やはりそうだ! は、はははははっ、あははははははははっ!!」




 誰もが呆然と見る中、拍手を絶やさない“いるはずのない”人間の姿。


「なぜ、あなたが、ここに……?」


 声を零すセブラエルの前で、ただ楽しげに嗤う男。




「あははははははははっ!!!!!」




 ――虚堂静間は、黒髪のメイド型魔導人形、プロドスィアに鈴理を持たせたまま、そう楽しげに嗤っていた。





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