そのさんじゅういち
――31――
セブラエルと合流する会長と副会長。二人とも準備万端と言うことか。ちゃっかり制服を着込んでいた。
その姿を呆然と見る――フリをして、私は状況の把握を行う。腕甲“黒風”の損傷率は五割。衝撃波に咄嗟に浮遊盾を使用したら起動しなくなった。鏃は発射できるけれど、ワイヤーも無理だろう。忍者刀“嵐雲”は、刀としての機能以外は全て起動しない。というより、この破損率でトリガーを引こうものなら、誤作動しかねないので却下。
リュシーの止血は終えている。ついでにこっそり浴衣に“自動回復”の術式刻印を施しておいたから、ひとまずは大丈夫だろう。でも、可能な限り早く、適切な治療を行いたい。
静音は完全に沈黙している。倒れ伏して動けない、ように見せかけている、かな。ゼノが護衛に付いているし、あちらにはほとんど気を裂かなくても大丈夫だろう。
鈴理は……泣いている。きっと心も罅だらけだろう。でも、折れてはいない。立ち上がって、それでも魔力を充填させていた。
フィーは姿が見えない。違う、電気による光学迷彩? よし、そのまま温存して貰おう。
充填? 見れば、レイル先生は砕けた大理石に背を預けて、ぐったりと動かない。それでもよく見れば、握りしめた十字架から、全員に少量の霊力と魔力を送ってくれていた。サポートに徹してくれるのなら、ありがたい。
(でも……伏見さんと刹那は、無理ね)
驚愕。
絶望。
困惑。
恐慌。
様々な感情を瞳に浮かべて震える、二人の姿。
同じ生徒会だからこそ信じられず、だからこそ、動けないのだろう。そりゃ、私だってショックだ。今すぐにでも、胸ぐらを掴んで問いただしたい。
――でも、私は“碓氷”だから。今この場では、みんなの“司令塔”だから。だから、感情と理性を切り離す。
気張りなさいよ、碓氷夢!
ここで私が踏ん張らなかったら、誰も助かりはしないと思え!!
「鈴理、立てる?」
「……立つよ、夢ちゃん。話を聞くのは、ぜんぶが終わってからで良い」
「そう。なら、私と鈴理のツートップよ。負ける気がしないでしょ?」
「うん――夢ちゃんと、一緒なら」
立ち上がる私と鈴理を、セブラエルのは慈悲の目で見る。
そんな彼に付き従う会長と副会長は、無言のままだ。
「まだ、立ち上がるのですか? 良いでしょう。もう、侮りません」
「すぅ、はぁ――刹那、伏見さんはリュシーと焔原の護衛! 私と鈴理で前線維持!」
「良いでしょう。同士よ、お相手して差し上げなさい」
私たちの前に立ち塞がるのは、会長と副会長。
相変わらず何も言わない。これで洗脳の類いだったらまだ、気が楽なのに、ままならないな。私の解析陣は、彼らが平常であることを告げていた。
「汝は希望、汝は勇気、汝は闇を祓う勇猛なる戦士。なればその身は、【勇者の旅団】と知れ♪ ――と、も、もう一個! ♯(シャープ)、汝は悪、汝は罪人、汝は希望を侵せし愚者。なればその身に纏うは【咎人の枷】と知れ♪♪」
霊力解放。
それだけ唄いきり、静音の体が傾く。術者の意識が途絶えれば、異能の効果は危うくなる。けれど静音は余分な力を抜くことで持続を選んだのだろう。
倒れていく静音を、ゼノは優しく抱き留めた。そのまま、静音の体がゼノに吸収される。いや、ゼノを纏う状態にしたのかしら? なるほど、それ以上の防御手段はないだろう。
「く、弱体化ですか。私は試練の王を討ち倒します。あなたたちは異端者を」
「ええ」
ゼノに突貫していくセブラエル。
彼に指示を受けて、会長たちは私たちに向き直った。
「土壇場で裏切り、なんて、随分と姑息ですね。B級映画の見過ぎでは?」
「レルブイルが粘ってくれたら、裏切っていることも悟らせなかったのだけれど、ダメね。彼も道に迷っていたから、躓いた」
「へぇ? 会長は迷わず来たんですか?」
「ええ、もちろん。――慧司」
副会長が、唐突に放つ炎の弾丸。
再生“可能”な炎を生み出す異能。その真骨頂は、“破壊”と“再生”を司る、ということだ。向かってきた弾丸を、鏃で落とす。けれど炎は散りながら分裂。矢のように降り注いだ。
「ッ」
結果は、“領域”だ。
周辺一帯を炎に包まれて、援軍は期待できない。これじゃあ、刹那の目が醒めたところで、参戦は期待できない、かな。
「あの子が、歩くことをなくした日から、私は一度とたりとも迷わずに生きてきた。異能を持たない人間に、中途半端に与えられた牙がなんの役に立つ? それは、弱者にナイフを持たせて、銃弾の飛び交う戦場に放り出すことと、何が違う?」
会長は、目を伏せたまま歩いてくる。
その表情も、その声も、どこにも激情はない、はずなのに。
「人は、力なんて持たない方が良かった。弱い異能者も、異能の使えない者も、一緒くたに強者が護れば良い。でも、それは今の世界が許さない。許さないのであれば、作り替えなければならない。そのためには、鈴理さん――例えあなたが相手でも、私は殺すわ」
決意。
あるいは、絶望。
目を上げた会長の、その眼光に移るのは如何様のものか。ただ、赤紫色の瞳が、血のような真紅に輝いたような、そんな気がした。
「鈴理、避けなさ――鈴理?!」
息を呑んで硬直する鈴理を、咄嗟に押し倒す。
――直後、私の頭上で強烈な炸裂音が響いた。
「ご、ごめん、夢ちゃん。それから、会長のあれ、たぶん――“魔眼”だ」
鈴理を横抱きに抱えたまま、二つ、三つ、四つと爆破を避ける。
というか、魔眼? ……未登録の、多重異能者か!
「もう、大丈夫! 夢ちゃん、凛さんの目は見ないでっ」
「りょーかい……!」
鈴理を降ろして、刀を構える。
術式刻印で身体能力強化。余計な行程は全て省いて、短期決戦で決める!
「“爆重火――」
「げっ」
「夢ちゃん、下がって! 【速攻術式・平面結界・展開】!」
四角いキューブ状の爆弾。
鈴理の盾に隠れるように身を翻すと、その先にはもう一つ――?!
「――絨毯”」
「【展開】!!」
懐から投げるのは、未知先生からの逆輸入。
術式刻印の施されたカードは、その身を代償に衝撃を一度だけ防ぐ。
轟音。
「うぁっ?!」
衝撃。
「づっ」
鈍痛。
「はは、さすが、っ、生徒会長様ってことね……!」
「水守さんの異能が無ければ今ので片付いたのに。悪運が強いのね」
「おあいにく様! 私には常に、勝利のヴィーナスがついているのよ!」
「そう。なら、天に召されたときにでも、そのヴィーナスに縋りなさい」
残念ながら、私たちのヴィーナスは地上にいるのよ!
そう叫びたい気持ちを抑え込んで、会長に向き直る。徐々に酸素が薄くなっているのは、常に炎を調整している副会長の仕業だろうか。
考えろ、考えなさい、碓氷夢。私がこの場を任されている。だから、だから!
「――夢ちゃん」
「鈴理?」
「わたし、ちょっと凛さんと話し合い、してくるよ。だから夢ちゃんは、副会長をお願い」
“お話”という言葉に伏せられた意味。
考えるまでもない。鈴理は、やるといったらやる。
「頼んだわよ、鈴理!」
「させない。“爆火矢”!」
「それはこっちの台詞だよ、凛さん! 【反発】!」
爆発音を背に受けながら、一直線に駆け出す。
途中、大理石の破片を一つ拾い上げた。即興で刻むのなら、簡単で派手な方が良い。
「【術式刻印・形態・爆破弾・様式・広範囲指定・付加・氷結雪・追加・術式起動要請】」
ぼんやりと輝く大理石。
それを頭上に放り投げて、カフスから全員に合図。伝わっていることを祈って――。
「【展開】」
――起動。
周囲一帯を覆い尽くす、雪。その雪は炎に触れると勢いを弱め、雪同士がくっつくと雹になり、雹が突き刺さった場所には氷柱が立つ。
同時に、全員どうやら無事なようだ。各々で結界を張ってくれたらしい。どうせ雪は一瞬のこと。ほんの瞬きの間だけ降り注いだ大吹雪は、けれど炎の檻を消し飛ばし、再び生み出せないように氷の結界を作った。
「私の嫌がらせ、お味は如何? 副会長」
「――君は、性格が捻くれているな。凛ほどではないがね」
氷柱の影から出てきたのは、制服姿の副会長だった。
だが、万全にはほど遠いのだろう。その右手は凍傷にただれていた。
「痛そうですね。異能は使用されないので?」
「わかっていてやったのだろう? 熱を奪われたら、火の鳥は羽ばたくことが出来ない」
「そうですか。――じゃ、満身創痍は同じなんだし、鈴理と私とみんなとついでに刹那の信頼を裏切ったことを、泣くまで刻み込んでやるから覚悟するがいい!!」
「怖いな。ああ、だが、こちらも、負けられない戦いをしているんだよ――!」
副会長が走り出す。
火の鳥が羽ばたくことが出来ない、というのは真実なのだろう。純粋霊力運用による肉体強化しか使ってこない。けれど問題は、その精度、かな。
「動きが鈍いぞ。どうした? 碓氷」
「あんたたちのせいだっつーのッ!」
蹴り。
突き、胴回し、掴み、投げる。
恐るべき精度で繰り出される技。一つ一つが洗練されているから、速度はたいしたことは無いのに、目で追うことが出来ない。
「約束したんだ、凛と! 例え地獄に落ちようと、オレだけは最期まで付き合うと!」
「地獄に落ちたいなら二人だけでやれ! 私と鈴理と、リュシーと、みんなを、巻き込んで良い理由にするな! それは――」
抜き放たれるのは、銀のナイフ。
仕込んでいたのだろう、制服の袖から取り出したそれを避けるのは至難の技だ。きっと、避けたときに体勢が崩れるのを見越して、追撃を仕掛けるつもりなのだろう。
「――友達ひとり支えられなかったあなたの、現実逃避じゃないんですか、副会長ッ!!」
でも、だからこそ、突き出されたナイフを肩で受け止める。
気合いで神経は避けて、けれどナイフは深々と突き刺さる。痛いとか熱いとか、このアドレナリンが切れたら一気に襲いかかってくるのだろう。
――それでも、構わない。
「ッ」
小さく、息を呑む音。
自ら突き刺さりに行った私への驚愕か、それとも、私の言葉に思うところでもあったのか。凍傷以外は万全であるはずの彼は、見事に足を止めた。
「捕まえた」
「なっ」
モーション・イグニッション。
私の指の動きに合わせて起動したワイヤーが、副会長にぐるぐるに巻き付く。
「お休みなさい。お説教は、次に目が覚めたときで許してあげるわ」
「ぐ、待て、オレはまだ――」
「【展開】」
「――ガッ?!」
術式刻印起動。
浴衣の裏に仕込んでおいた“麻痺”の魔導術が、副会長の意識を刈り取る。
同時に、足から力が抜けて、尻餅をついた。
「は、はは、情けない。づっ、ぁあっ、はぁっ」
ナイフを引き抜き、止血。
治癒魔導陣を、こう、ち、く。
「あ、だめ、だ」
いしきが、もたない。
ちからがぬけていく。
あかいちが、じめんをつたって。
「情けなくなんか、ない。悔しいけれど、立ち上がったあなたの方が、ずっとずっと格好良かった」
てをさしのべる、“かげ”をみた、きがした。




