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エンディング後の魔法少女は己の正体をひた隠す  作者: 鉄箱
魔法少女の合宿 三日目(後)
371/523

そのにじゅうきゅう

――29――




 レイル・ロードレイスは、その光景に苦笑する。

 生徒たちが戦っている。その相手は、かつての自分が忠誠を誓った存在だ。なら、今のレイルは、天使たちと生徒たちを天秤にかけられるのか。

 答えは“否”だ。天秤にかけるまでもなく、“生徒たちより大事なもの”などないのだから。


「ボクも、変わったモノだ」


 そう、レイルは独りごちる。

 手に持つは銀。聖人の十字架は、円環を描きながらレイルの周囲を巡る。それに、天兵たちはなんの反応も示さない。天力によく似た清浄な空気を宿す霊力。それをさも仲間かのように誤認させ、レイルは自分自身を天兵の目から逸らしていた。

 当然、一度でも攻撃しようものなら、天兵たちの目は瞬く間にレイルを注視し、襲いかかってくることだろう。だが、レイルはその選択肢を選ばない。


「サァ、どうせアクどい天使サマのことダ、どうせ、奥ノ手の一つくらいモッテいるんだロウ? なら、セイゼイ邪魔立テさせてモラうよ」


 霊力が循環する。

 レイルの周囲で戦っている彼女たちは、数だけは多い石の天兵に負担を強いられていることだろう。そこでもし、この異界擬きが崩壊でも起こしたら、どうなるのか?

 ――疲弊していて力も出せず、崩落に巻き込まれて誰かが命を落とすことだって、考えられる。


「“我が意に従え(Order)”――【聖人の銀十字(SaintCross)】」


 レイルの周囲に、銀の光が満ちる。

 その光は空間から“翡翠”と“蒼玉”を抽出。展開された十字架を辿り、彼の生徒たちへと運搬していく。

 一見では目立たないが、その効果は絶大だ。なにせ彼が天兵の目を逃れてこれらを展開し続ける限り、誰一人として力尽きることはないのだから。


「ボクたちの生徒をキズつけようとしたコト、Matsudaiまで後悔サセテあげるよ」


 そう、不敵に笑う彼から、普段の爽やかさは見当たらない。

 だがもしこの光景を、ともに合宿に訪れたかの教員が見たら、こう告げることだろう。


『以前よりも、ずっと魅力的な表情をしていますよ、レイル先生』


 ――と、どこか誇らしげに、仲間たるレイルを讃えるに、違いなかった。





























――/――




 影から影へ。

 闇から闇へ。


 影から影へ。

 霧から霧へ。


「三時の方向。しくじらないでよ?」

「それはこちらの台詞。黙って見ていると良い」


 霧が告げ、影が答える。

 影が爆ぜ、霧が追う。


「“闇針”」

「追い打ち行くわよ。ふきすさべ、黒風!」


 影――影都刹那から放たれた闇は、無数の針となって敵を串刺しにする。

 霧――碓氷夢の腕甲から放たれたやじりは、壊れきれなかった天兵にトドメを刺す。


「ん……レイル先生から供給が来てるわね」


 天兵が振り上げた剣を、夢は忍者刀“嵐雲”で受け止め流す。

 返す刃で首を切り落とすと、なんでもないように狙撃に戻った。


「碓氷、間違って狙撃しないように」


 狙撃の間から伸びるのは、闇で出来た槍衾だ。

 刹那が足下の影から生やすソレは、影から影へと伝播する。

 まるで、踏み込んだ天兵を串刺しにする、地雷のように。


「こっちの台詞よ、刹那」


 地雷から零れた敵は、黒風の格好の的だ。

 放たれたのは、鏃ではない。透明なワイヤーが天兵に絡みつき、引きずり出し、他の天兵への盾にする。


「そういやいつの間に名前呼び? 気に入った女子には粉をかけるって本当だったんだ」


 軽口を絶やすことすらもなく、二人は一つの台風と化していた。


「自分が気に入られているとでも思ってるの? はっ、自意識過剰よ」


 刹那の闇が、竜巻のように、引きずり込んだ相手を粉々に砕く。

 夢の鏃が、嵐のように、近づこうとした相手を打ち、砕く。


「否定しないということはやはり碓氷はガチレズ。女なら誰でも良い説浮上」


 息をそろえ、示し合わせたかのような連撃。

 同じ忍ぶ者としての相性か、二つの嵐は場を掻き乱す。


「私にも、選ぶ権利があるっての」

「やはり選ばれた観司先生と笠宮鈴理は生徒会が救出すべき」

「あんな魔窟にうちの癒やしを放り込めるわけ無いでしょうが」

「変態の巣窟に言われたくない。いや違うか。変態は一人か」

「変態扱いもいい加減にしないと――」


 装填。


「――そのドタマ、ぶち抜くわよ?」


 撃鉄。


「【起動術式スタートワード忍法ニンジャスペル火鼠花火フライ・ファイア・アンダー・フレイム展開イグニッション】」


 炸裂音。


『#$%&?!』


 声なき悲鳴。

 つんざく壊音。


「大当たりってね」


 空を走る火炎弾。

 地を這う火炎波。

 炸裂して花火とかす、業炎の津波。


「やり過ぎ」

「いやいやいや、敵よ? 敵」

「違う。私の取り分が全然無かった」


 むくれる刹那の頬を、夢は楽しげにつつく。

 和やかな光景。穏やかな日常を垣間見せる、仕草。

 ――その足下に、幾重もの天兵たちのガラクタを積み重ねながら、二人は嗤う。


「さて」

「ん」

「次は」

「誰が」

「向かってくるのかしら?」


 それは獰猛に、不敵に口元を歪めながら。


































――/――




 ――そんな彼らの奮闘を、抉られたクレーターの影から見守る一つの影があった。


「次弾装填」


 ガシャコン、と音を立てて、マガジンが排出される。

 特別な弾丸を装填されたスペシャルマガジン。父に大量に持たされたそれは、今、確実に影――アリュシカの役に立っていた。


「Snipe」


 発射された弾丸は、背後から鈴理に襲いかかろうとしていた強化天兵に着弾。

 頭部を凍り付かせて沈黙させると、爆散。周辺の天兵を巻き込んで弾けた。


「導け、天眼」


 己の共存者キャリアに語りかければ、アリュシカの左目は、常に最悪の戦場を映し出す。その導きに従って狙撃銃のスコープを覗き込むと、フィフィリアに覆いかかる天兵の集団があった。

 導きは得た。ならば次は、手を下すだけだ。


「【射撃ショット】」


 肩に抱えたライフルの振動が、膝立ちをした体に鈍く伝わる。

 高速で飛来した翡翠の弾丸は、狙いを違わず天兵の頭を砕く。するとその音に襲撃を察知したフィフィリアは、踵を返しながら回転。周囲の天兵をなぎ払った。


「よし、次」


 次弾装填。

 射撃開始。


 マズルフラッシュ。

 銃口が翡翠の残滓に輝き、弾丸が射出。

 飛来する翡翠の弾丸は、遙か上空に飛来。


「BAN」


 爆発。

 翡翠の針が矢のように降り注ぎ、周囲一帯の天兵を串刺しにした。

 天眼を利用した正確な弾幕。誰かと戦闘をしていた天兵も、もれなく射貫きながら、仲間には一切当てることのない妙技。

 気がつけば、数百もいた天兵は跡形もなく、ただ破壊尽くされた大理石の空間だけが、水しぶきと共にそこにあった。







「ふぅ」


 アリュシカは一息吐くと、響く頭痛を誤魔化すように瞳を閉じる。

 使いこなせるようになったとは言え、今日はもう丸一日連続使用をしているためか、天眼のフィードバックが鈍くこびりついていた。それでも、レイルの霊力供給のおかげでマシにはなっているのだが。


「みんな! 終わったみたいだね」

「お疲れ、リュシー。フォローありがと。なんとか片付いたみたいだけど、油断は禁物よ」

「そうだね、ユメ。なにせ出口もわからない」

「ま、なんにせよ、リュシー。あなたは少し天眼の使用を控えること。良いわね?」

「……お見通しか。はは、わかったよ。ありがとう、ユメ」


 礼を言われて照れる夢を、アリュシカは嬉しげに撫でる。ぐらぐらと頭を揺らして抵抗しながらも、夢は本気で逃げる気などなさそうだった。


「あ、リュシーちゃんずるい。わたしもー」

「な、なら私も」

「ふむ。では私も」

「六葉、心一郎、見なさい。あれが百合ハーレムよ」

「あわわわわ」

「おれは見ねぇぞ……」

「マッタク、ほどほどニね」


 わらわらと四方八方から撫でられて、真っ赤になって抵抗する夢。

 うがー、と声を上げて爆発すれば、皆、楽しげに散っていった。


「はぁ、はぁ、はぁ。遊んでないで、出口の捜索するわよ!」

「ククッ、ああ、そうだな。そうするとアレの天装体を早々に砕いてしまったのは失敗だったか?」


 アレ、とフィフィリアが指すのは、この旅館の支配人であった男のことだろう。

 玲堂出流――天使レルブイルは、早々に夢に撃ち抜かれて、退場している。


「ッ、全員集合! シッていそうなモノノお出ましだヨ」


 と、ふと、叫ぶように告げるレイル。

 そんな彼に、霊魔力同調を解除していた鈴理は不安げに問いかけた。


「レイル先生?」

「鈴理、わからないカ? この気配ヲ、ボクは忘れはシナイ」


 言われるがままに、レイルの注視する方向へ構え、戸惑いながらも警戒する。

 するとそこに、如実に、変化が訪れた。



 ――ゴーン……ゴーン……ゴーン……。



 鐘の音。

 突如、天から伸びる光で構築された階段。

 遙か向こうから見えるように錯覚させられる、天井の扉。



――「どうやら、場は整ったようだね」



 優しげな声。

 慈愛に満ちた音。



――「レルブイルは一足先に還ってしまったようだけれど、任務は果たしてくれたようだ」



 扉が開く。

 荘厳で重厚。静謐で深秘。

 銀と白で覆われた扉が開ききると、一歩、また一歩と足が踏み出される。



――「これでやっと、運命を始められる。神が遺した(・・・)運命を」



 五対十枚の、天使の羽。

 背中に流れるプラチナブロンドの髪。

 神秘的なまでに整った中性的な顔立ち。

 見る者を平伏させる力に満ちた、透き通った碧眼。




「さぁ、子羊たちよ、導きの時間です。我が名はセブラエル――」




 降り立つ姿。

 濃密な天力に包まれた、神聖なる存在。




「――神の代理人、熾天使セブラエル」




 姿を顕したそれは、ただ無機質に、鈴理たちを見下ろすのであった――。










































――そのころの未知先生――




 ――上弦の間



「この扉を通るには、結婚したい天使サマ歴代最多獲得者を当てよ? えっ」

「次のうち、天使サマの一番格好良い角度はどれ? えっ」

「えっ、また扉? 本当にこれ、答えなきゃだめなの?」



「うぅ、こんなの、いつまで経っても終わらないじゃない」




「もう、良いわ。わかった、そちらがその気なら、こちらにも考えがあります」











「来たれ――」





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