そのよん
――4――
特専地下に出現した“異界”。
その最深部で遭遇した巨大ロボは、まぁ、厄介な相手だった。
「【第二の太陽】! づぁっ」
周囲に小型の太陽型火炎球を複数設置。
巨大ロボが大剣を振るうのに合わせて、カウンターで発射。
これで剣だけだったらこんなに苦労はしないんだろうが……。
「おいおい、ミサイルかよ!? 世界観どうなってんだ!」
身体の至る所から発射されるミサイルや光線が、カウンターを許さない。
空を飛んで水の斬撃を放つ七、ガチガチに身体能力を強化して接近戦を挑むジジイ。中距離から責め立てる俺。息もつかせぬ連続攻撃も、巨大ロボには通じない。
「七! そっちはどうだ!?」
「斬撃、弾いてるね。けれど無傷とはいかないよ」
七の声が、まるで耳元で囁いているかのように聞こえてくる。
種族特性とかいう便利な力だ。
「傷ついてはいる。つーことは、回復はしねーってことか」
「獅堂、遊んでないでさっさと攻撃せんか!」
「わかってるよ、ジジイ!」
振るわれる大剣を避け、ミサイルを焼き、光線を逸らす。
丈夫な空間はびくともしない。七もジジイも、俺の攻撃方法には慣れている。誰かを巻き込む必要は――ない!
「我が炎、我が焔、我が紅蓮、我が腕に宿りて、彼のものを灼け。其は真紅、其は煉獄、其は燦々足る太陽なれば――」
上段から振り下ろされる剣は、なるほど、単純な脅威だ。
振り下ろされたらたちまち、二つに両断されることだろう。
だがそれも、俺の“紅煉咬”には、関係ねェ!
「ジジイ、七! ぶちかますぜ!」
「は? まさか――っ【怨嗟は鏡に】!」
「む? あれかッ――【仙法・赤熱抗体】!」
――発火能力者。
昔から度々使用者が確認されているこの異能、超能力。その鍛え上げた先、行き着く先はたいてい同じものだ。
それが、自己発火による焼失。究極無比の自殺技。俺は、昔からそんな格好悪い死に方をすることだけは我慢できなかった。
だから。
血反吐を吐いて習得した。
最期を迎えないために培った力。
後に、俺そのものを刺す代名詞となった、異能!
「――我が身は、いずれも太陽の化身なりッ!!」
大剣が振り下ろされる。
剣は俺の身体を両断し、けれど、血しぶきをまき散らしはしない。
自身の炎に喰われるならば、自分が炎に成れば良い。
トンデモ魔法少女の未知を以てして「は?」とか言われたこの能力。
悪いが、ぽっと出のロボに攻略できると思うなよッ!!
『Gaaッ!?』
「ここだ」
『Gruaaaaa!』
炎と成って燃え広がり、後に回り込む。
振るわれた大剣に巻き込まれるように見えて、しかし、実体のない炎は切り裂けない。
「【第四の太陽】」
腕を振り上げる。
振り下ろす腕は解け、紅蓮の剣となる。
剣はロボの大剣を容易く焼き切り、その胴体に裂傷を刻み込んだ。
「【第五の太陽】――ほら、そのでかい図体で避けてみな」
俺自身の身体が巨大な太陽に変化。
その太陽が弾け、数千の小型太陽が生まれる。
その全てが、俺の意思で動く誘導弾と知れ!
『GigaxaaaaaaaaGagvhdjghhyhdfvbkl!!』
――ズッドドドドドドドドドドドドドドンッ
身体を貫通し、向こう側まで通り抜ける。
ヤツが弾こうが関係ない。弾いた小型太陽は、飛び回る七がロボの方へ反射結界ではじき返している。
故に――ここは熱釜だ。貴様を煮殺すファラリスの雄牛に踊り狂え。
なに。
無駄に苦しませはしねぇよ。
なぁ? ジジイ!
「うむ。【仙法――」
飛び上がったジジイの片腕が、俺の火炎を吸い取って赤熱する。
焼けた鉄のように研ぎ澄まされたそれは、さながら溶岩のようだ。
「――灼熱鋼腕】ッ!!」
――ガッズ、ダンッッッッ
『GaaaaaaaaaaaaaaaaaAaaaaaaaaッ!?!?!!』
ドラム缶のような頭に突き刺さる腕。
その腕から先、灼熱に焦がされたロボの身体に光が満ちる。
そして。
「滅」
ジジイの一言と共に、ロボの身体が轟音を上げて爆散した。
――で。
ひとまずロボの残骸を左右に避けて、巨大な門を露わにする。
「どうする? 仙衛門。開けずに封印を施す手もあるけれど」
「ふむ。しかし、先延ばしにして力を付けられても厄介だ」
「あー、そうだな。だがどうやって開ける?」
ビル五階分の門なんて、どうやってあけりゃ良いんだよ。
「儂が確認しよう。獅堂と七は緊急事態に備えて待機。これをローテーションすればええじゃろう」
「りょーかい。んじゃ、一番手は譲るぜ。ジジイ」
「無茶はしないでね、仙衛門」
「ほっほっほっ、任せよ」
ジジイはそういうと、一人門に向かい手を当てる。
仙法で調べてんのか。本当に便利だな、それ。
「どれ、仙気でも込めてみるか――ぬんッ!」
ジジイが筋肉を隆起させて、門に力を込める。
すると門の装飾に赤い光のラインが駆け巡り、その全容を照らしていった。
五芒星、中央に描かれているのは……なんだ? 檻かなんかか? 抽象的な絵だ。
「そうら、開くぞ!」
「って、力業!?」
ジジイは装飾の深いところに手を引っかけると、筋肉を赤熱させながら“引く”。
すると門は、ズッ、ズッ、ズッと引きずるような音を立てながら、ほんの少しずつ開いていった。
おいおい、高さビル五階分だぞ? アンタ年幾つだよ。
「うぬううううううぅッ! カァッ!!」
――ズズッ、ズズッ、ズズズッ、ズ、ゥンッ
気合いの声。
俺たち三人が通る分には十分すぎるほど開いた扉。
いやぁ、仙法がすごいんじゃなくて、ジジイが、もしくはジジイの筋肉がすごいのか、これ。
未知は引き取られたとき、あの筋肉でよく抱き上げられた、優しい暖かさだったとかほっこりしてたが、筋肉の恐怖を塗り替えるために思い出が美化されているとかねーよな?
「ふん、こんなもんじゃろう」
「仙衛門、足下にクレーターができてるよ」
「ジジイおまえ、どこまで鍛えれば気が済むんだよ」
「ひょえ? 開いたんだからええじゃろう?」
きょとん、とした表情のジジイ。
筋骨隆々のでけぇ老人にそれやられてもなぁ。
「さ、進むぞい」
「はいはい」
「じゃ、僕が殿で警戒するね」
「ああ、任せた。ジジイ、先頭は代わるぞ」
「いや、まだ大丈夫じゃ。もう一波乱あったら、その時は頼んだぞ」
「……アンタがそう言うんなら、わかったよ」
あのデカい門を開けて置いてまだ元気なのか。
ジジイが軽くそう言うので、一応機微に聡い七に視線で確認を取ってから、頷く。
「そうと決まれば出発じゃ。胸が躍るのぉ」
「ま、否定はしねーよ」
「これで未知や拓斗、時子姉がいればもっと楽しかったんだけどね」
「おいおい、クロックはいいのか?」
「いいよ、クロックは」
「ほっほっほっ、若いのぉ」
「アンタも充分若いだろ。その筋肉」
英雄が三人。
言葉にすれば大げさなもんだが、結局のところ、ファンタジーでいうところの冒険者パーティーでしかない。気の合った七人が集まって、数々の苦難を、肩を並べて乗り越えて、いつしか魔王を討伐して。
気がついたら英雄なんて呼ばれていた、エンディング後の冒険団だ。
「不気味じゃのう」
「ああ、空気が悪い」
「流れが淀んでいるね。なにがあるのやら……」
ジジイを先頭に進んでいく。
高さだけはやけにある、じめじめとした廊下。
周囲は緑色の炎で照らされ、壁には歪な紋様が時々赤黒く輝いている。
決戦は東京だったから俺たちは行ったことがないが、噂に聞く魔王城とやらはこんな雰囲気だったのかも知れねーな……。
「見よ、なにかあったぞ」
「祭壇、か?」
「みたいだね」
廊下の先にあったのは、床と、天井と、壁に五芒星が刻まれた祭壇だった。
見たこともない、紫色の鉱物で作られた石台は、不気味な存在感を放っている。
「遠距離から壊すか?」
「いや、破壊がイコール解放のタイプだったらまずい。僕が行くよ」
「いや、儂が行こう。――言ったじゃろう? ギリギリまでは任せよ、と」
「……まったく、仙衛門は過保護だよ」
……そういや、そうだったな。
出会った頃からジジイだったからか、まだまだガキだった俺らをいつも見守ってくれたのは、なんだかんだといってこのジジイだった。
その、頼もしい優しさに一番救われたのは、きっと、未知だったのだろう。“あのとき”、正直見ていられなかったほど傷ついた未知を掬い上げたのは、他ならぬこのひとだから……。
ジジイが祭壇の前に立つ。
近づくほどにわかる、淀んだ空気。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
「【仙法・合気同調】――ぬぅん!」
そして。
「あ」
「あ?」
「ん?」
紫に輝く祭壇。
一斉に光を放つ五芒星。
鳴動する“異界”そのもの。
って、ん?
「起動させてもうた」
「はぁ!?」
「ええっ?!」
ぼんやりと言い放ったジジイの言葉に、思わずのけぞる。
「ボケてんじゃねーよジジイ!」
「ほっほっほっ、うっかりしとったわい」
「良いから下がって! 仙衛門、そこにいるのは危険だ!」
「ほいほい。いやー、すまんのう」
もう少し反省しろよおい!?
仙衛門が飛び退くと、祭壇の放つ輝きが増す。
その光は紫から赤へ、赤から黒へ、また紫へ、幾重にも光の種類を変え、そして――
『我を呼ぶは誰ぞ』
――圧倒的な気配。肌を刺すような力。魂を軋ませる、重圧。
「――“王”クラス、だと……」
「ほっほっほっ、とんでもないアタリじゃのう」
「ハズレだよ、まったく」
悪魔の中でも最上級。
俗に“王”と分類されるソレらと、よく似た雰囲気。
『我は魔界獄門の管理者。我が名は“ディロウド=ウル=ギグ”。我を呼び起こした愚者は……ほう、我らが魔の王を討ち滅ぼした虫共か……。よかろう、汝が愚かにも闘争を望むというのであれば――』
黒く、大きな身体は三メートルほどか。
鋼鉄のような質感の肌に、ぐるぐると巻き付いた紫の鎖。
一つしか無い目と、三本の蛇の尾と、四つの腕と、六枚の翼。
『――汝らが魂、我が獄門にて鋳つぶしてくれようぞ……!!』
咆吼。
爆発。
重圧。
確認を取るまでもなく、フォーメーションを作る。
面倒なことになった、が……悪いな。
俺とて、このメンバーなら、負ける気はしない!!
そして。
厄介な第二ラウンドが、幕を開けた。




