そのにじゅうろく
――26――
――それは、“白”だった。
月面。
物理的に触ることが出来るのに、強く押すとするりとすり抜ける不可思議な空間。
みんなで“豆の木”のような竹と蔓の道を登り切ると、わたしたちは真っ白な空間に這い出た。
空は夜。月も星もなく、延々と広がる漆黒。
床は昼。仄かに輝く大理石と、薄く張られた水。
その空間の中央に、影が一つ。
月のような丸い石。バスケットボールサイズの白く輝く宝石に手を翳している、男が一人。
「あなた、は」
「ん? ――ほう、存外優秀なのですね。あと五人は削れるかと思ったのですが」
穏やかな顔つき。
皮肉げな笑みを浮かべ。
「残念ですが仕方ありません。“異物”の排除は、私自らの手で行うことにしよう」
支配人、玲堂出流は、そう言って――“天使の翼”を出現させた。
「なんだ? ショックを受けているのか? いいさ、直ぐに楽にしてやろう」
黙り込むわたしたちに、玲堂はそう言って微笑む。
なるほど、天使らしい慈悲に満ちた表情だ。でも、余裕たっぷりよりも、激昂させた方が扱いやすそうかな。
そう、夢ちゃんを見ると、夢ちゃんは察して頷いてくれた。
「夢ちゃん、採点」
「五点ね。想像の付く展開で拍子抜けよ。旅館を知り尽くした人間でないと、準備できないトラップでしょ、これ」
わたしと夢ちゃんの言葉に、玲堂の額がぴくりと動く。
うんうん、ほどよく怒らせたかな? と、そう思っていると、完璧に空気を読んだみんなが見事に乗っかってくれた。
「ゆ、夢、十点満点で?」
「いやねぇ、静音、百点に決まってるじゃない」
「む。夢よ、千点ではなかったのか?」
「ははは。フィー、ユメのことだ。千点満点なら百点くらいはくれるだろうさ」
「ドチラにせよ、落第だガね」
最早、ぷるぷると震えて呂律が回らなくなっている玲堂。
や、やり過ぎたかなぁ、なんて思っていると、深く頷いたあと、刹那ちゃんも参加表明。
「評価点が死んでいる。天使じゃなくて点死だった?」
「語呂は良いな。すさまじく格好悪いが」
「せ、刹那、心一郎、みんなも、ちょっと図太すぎるよ……」
「え? なに六葉? あの程度の点数で天使を名乗るなんて図太い? すごいこと言うね」
「だから、言ってないからね?!」
ああああ、玲堂の顔色が、赤を通り越して紫色に……。
急に襲いかかられたらことだし、平面結界を不可視にして、小さくして、配置して、時間稼ぎをできるようにして置こう。
「ゆ、許さんぞ小娘たちッ。矮小な人間共め! 今この場で、神の裁きをへぶッ?!」
そう、玲堂は薄く張られた水面に顔から着水した。
設置した平面結界で、足をぶつけて警戒してくれたら良いなんて思っていたのに……ま、まさか転んじゃうなんて。
「さ、さすが鈴理」
「さすすずね」
「鈴理はトラップもできたのか。ふむ」
「スズリ、やるね」
「さすが、ボクたちの生徒ダ」
「どん引き。でもグッジョブ」
「女って怖ぇー」
「笠宮さん……すごいことするね……」
違うの。
待って、やめて、玲堂が凄い目でわたしを睨み付けているから!!
「特異魔導士の存在は“全人類超人計画”に必要だ。だが、他は不要。貴重な超人は生かしておいてやることも考えていたが……ククッ、神の敵対者は死んだ方が良い」
「見てみなさい、鈴理。あれが“うっかり計画名まで漏らす無能管理職”よ」
「こっ、コ、ココクククゥェエエエェエエエエェェエエエエエェッ!!!!」
今までに見たことのないような怒り方で、怒り狂う玲堂。
これってひょっとして、やり過ぎたのではないだろうか。
「目覚めよッ! 我が名はレルブイル! 管理者たる我が名に従い、その力を顕現させよッ、“楽園”よ!!」
玲堂の叫びと共に、周辺に生み出される石の“天兵”。
その数は瞬く間に増え、あっという間に百を超えた。その上、レルブイルの背後には、十メートルはあろうかという石の巨人が居る。
「うひ、ひは、はははははははははげふィッアッ?!」
……。
…………。
………………。
「夢ちゃん?」
「よし、悪は滅びたわね」
腕甲“黒風”から硝煙を出しながら、夢ちゃんは、額から天装体の破片を噴出させながら倒れ伏した玲堂――レルブイルを一瞥する。
やっぱり過剰な激昂は、“防御膜”をはぎ取るためのモノであったらしい。玲堂出流を最初に見たときに思った“違和感”。彼はどうやら、用心をして体に防御膜を張っていたようだった。
それを、力を出し切らせることで解除。狙撃をした、と。
「じゃ、あとは“掃討戦”よ。やれるわね? 魔法少女団!」
「“霧の”、生徒会も忘れて貰っては困る」
「はいはい、足を引っ張らないでね? “闇の”」
天兵たちが、ガソリンを注ぎ込まれてエンジンを吹かした機械のように、動き出す。
きっと厳しい戦いになる。けれど、これを小出しにされて、本人は防御膜で高みの見物、という状況よりは遙かに良い。
「さて、心一郎。タッタ二人のオトコだ。格好良くキメよう」
「ロードレイス先生みたいにずば抜けて顔が良ければ、良いんでしょうがね。おれはせいぜい、鎧越しにやらせていただきますよ」
先走った天兵が、輪を外れて突貫してくる。
けれどわたしたちの前に現れる直前に、翡翠の弾丸に打ち落とされ、稲妻によって打ち砕かれた。
「ナイスショット、さすがだな、リュシー」
「フィーこそ。良い狙撃だったよ」
それで、天兵たちは動けなくなった。
たったそれだけで、機械たちは突撃のタイミングを見失う。そしてその“ワンテンポ”は、十分すぎる“準備時間”だった。
「汝は希望、汝は勇気、汝は闇を祓う勇猛なる戦士。なればその身は、【勇者の旅団】と知れ♪」
「管狐、全弾展開! 臨兵闘者、皆陣列在前ッ――九字解放、限定覚醒“仙狐転臨”ッ!!」
わたしたちの体に、光が宿る。
その状態で六葉ちゃんが唱えると、九匹展開された管狐が、全員、尾が二つに割れた。
「――息を潜め、牙を研ぎ、爪を揃え、獲物を捉え」
流石に、天兵たちもこれ以上放置しておくつもりはないのだろう。
「――思考を回すは冷たき意思を、思念を燃やすは灼火の意志を」
剣を構え、突貫を狙う。
「――摂理に満ちるは、我が矜持」
同時に、巨人も動き出す。
一斉攻撃。乱戦。そんなもの、わたしたち――狼の群れには、役に立たないのだと思い知らせよう。
「【“霊魔力同調展開陣”】」
翡翠と蒼玉が混ざり合う。
これより成すは、一つの奇跡。
凛さんたちを追い詰めた“敵”を狩り尽くす、狼の妙技。
「【“心意刃如”】」
――師匠の手は患わせない。
わたしたちの敵は、わたしたちの手で、根こそぎ狩れば良いのだから!
「【“創造干渉・狼雅天星”】」
黄金の力が体に満ちる。
手足は鎧に包まれ、黄金の尾と狼の耳。
けれど、いつものように爪で戦う訳じゃない。静音ちゃんが使ってくれた強化の詩歌は、わたしに別の可能性を与えてくれた。
「――【“転臨・人狼刃魔”】!!」
黄金の腕甲。
手に握るように出現するのは、巨大な黄金装飾の“大斧”。
巨大な敵に立ち向かうために生み出した、わたしの牙。
「フィーちゃん!」
「ははっ、鈴理と肩を並べて前衛か、光栄だ――雷揮神撃ッ」
巨人は二体。
わたしが右で、フィーちゃんが左。
一歩踏み出し地を割り、二歩踏みだし風を切り。
『オオオオオオォォッ』
「はあああああああぁぁッ!!」
並み居る天兵を踏み台に、跳躍。
巨人が振り下ろした鉄の剣を、弾き返す。
『オオオォッ!?』
「まだ、まだぁッ!!」
一合。
――地を砕き。
二合。
――余波を生み。
三合。
――天兵を砕き。
四合。
――轟音と共に。
「せい、やぁッ!」
『オオッ?!』
五合。
――剣を、砕いた。
「【“狼雅刃威”】」
黄金の斧に、稲光が灯る。
たゆたう稲光。氷河のスコル、雷臨のハティ、風雅のポチ。
全て集い成されるのは、“嵐”だ。
「【“嵐転咆吼――」
『オゴッ!!?』
形成された風が惑わし。
巨人の足下が凍り付き。
黄金の斧に稲妻が宿る。
「――神殺しの裁斬”】ッ!!!!!」
『ッッッ!?!?!!??』
一刀両断。
巨大な鉄の塊は、頭上から股下まで一直線に切り捨てられて、二つに分かれて倒れていく。そして、何体もの天兵を巻き込みながら、倒れて砕けて割れた。
「ふぅ――わたしはまだまだ戦えるよ。かかってきなさい! これよりこの身は、天使を狩り喰らう悪魔の牙だッ!!」
天兵たちが、遠巻きにわたしを見る。
うん、なるほど、かかってこないんだね?
だったら――わたしから、行くまでだよ!
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
遠吠え。
あるいは咆吼。
まだ始まったばかりの戦場に、狼の声が轟いた――。




