そのにじゅうご
――25――
――有明月の間。
強行突破で進んだわたしたちは、リュシーちゃんの天眼もあって、早々に有明月の間であろう場所にたどり着くことが出来た。
パルテノン神殿とでもいえば良いのだろうか。白い柱が幾つも立った幻想的な場所で、何故かここだけ霧が晴れて夜空が見えている。でも、違和感があるからきっと本物ではないんだろうなぁ。
その神殿の一角に、刹那ちゃんと六葉ちゃんはいた。神殿の奥にバリケードを築き、籠城をしている二人。わたしたちは二人を見つけると同時に駆けだして、救出。なんとか、異形の排出も打ち止めに追い込むことが出来た。
けれど。
「ふぅ。助かった。ありがとう。で、会長と副会長は?」
「ごめんなさい、刹那ちゃん。実は――」
副会長は崖の下へ。
それを助けるために、凛さんはわたしたちと合流することを約束して、副会長を救出しに行った。そう、説明する。
「ボクがいながら……スマナイ」
そう、レイル先生が深々と頭を下げる。
落ちた生徒を救出せねばならない。けれど、今、無事なわたしたちを放置しておくことなんてできない。レイル先生はいつもわたしたちのことを第一に考えてくれるような、そんな先生だから――きっと、どちらかの手を離さなければならなかったことに、深く後悔しているのだろう。
でもそれは、わたしたちだって、一緒だ。だから、詰られることも覚悟している。なのに。
「侮らないで」
「え?」
けれど、刹那ちゃんから返ってきたのは、そんな一言だった。
「私たち生徒会は、いつだって誰かの盾になることを覚悟している。その決断を責めると思われているなんて、侮辱以外の何物でも無い。そうでしょ? 六葉」
「……はい。私たちは生徒会です。生徒会になったときに、心の片隅で覚悟していたことではあります」
「それに、あのバケモノ生徒会長がその程度でくたばるはずがないって? さすが六葉、言うことが違う」
「そこまでは言ってないからね?! 刹那!?」
そっか……。
彼女たち流の“信頼”が、今のこの形なんだね。
うん、なんだかわかる気がする。わたしにも、わたしたちにも、そういう“絆”は確かに存在するから。
「それよりも。ここから進む必要がある」
「進むって……ここが終点だよ? 刹那ちゃん」
「月の満ち欠けならもう一つある。だったらそこがラスボスの間なのは常識」
「えっ、そうなの?」
「もちろん。ゲーム的には重要なフラグ」
「ふーん……って、ゲーム?!」
ゲームって……。
いやでも、刹那ちゃんの言うことにも一理ある。確かに、ここで手をこまねいているよりも確実な方法だ。戻ったところで、凛さんたちとすれ違いでもしたら目も当てられないし。
「うん、そうね。確かめてみる意義はあるか」
「作戦があるのかい? ユメ」
「ええ。あからさまに他とは違うところがあるでしょ? そこを攻めてみるのはアリじゃないかな」
と、いうと。
夢ちゃんはそっと、空を差した。
「今まで通ってきた場所の中で、空があるのはここだけよ。だったらあの星座もてんでばらばらな夜空に浮かぶ月でも、盗んでみれば良いんじゃない?」
月を、盗む。
その壮大な言葉と不敵な笑みに、わたしたちはついつい頷く。
月を盗む、盗むかぁ。瑠璃色の空に浮かぶ月と星。なんだか師匠みたいだ。
「シカシ、どうやって上へ?」
「レイル先生、飛行術は?」
「デキルが、低空程度ダヨ。そうでナケれば、ボクが崖カラ飛び降りたサ」
「あれ、たぶんそんなに高くないと思うんだけどなぁ」
「――あの」
おずおずと手を挙げたのは、六葉ちゃんだった。
六葉ちゃんはどうやら、夢ちゃんの言葉に思うところがあったようだ。
「もし本当にあまり高くないのなら――私の管狐が、飛翔能力を有しています」
「へ? ああ、そっか、管狐か、なるほど“霊的存在”ね。そう、なら、いけるかも」
もしかして、管狐に月を盗んで貰うの?
でも、それって、サイズとかどうなるんだろう? 大丈夫なのかな。
「鈴理」
「ひゃい!」
「鈴理?」
「うぅ。ごめん、夢ちゃん。なんでもないから続けて?」
「まぁ、良いけど……無理はしないでよ?」
「うん、本当に大丈夫だから」
は、恥ずかしい。
考え事をしていて噛むなんて思わなかった。
ぶんぶんと頭を振って気持ちを入れ替える。だめだめ、こんなんじゃ。凛さんが安心して戻ってこられるように、ちゃんとしていなきゃ!
「なら、良いわ。鈴理は反発結界を並べて発射台を作って。で、管狐をジャンプさせて、それから、管狐自身の力で飛翔。管狐は月に、“これ”を張り付けてちょうだい」
「これは、巻物ですか?」
六葉ちゃんがそう、首を傾げる。
いやでも、うん、気持ちはわかるよ。普通はそう思うよね。
――初見なら。
「そ。効果は見てのお楽しみ」
ぱちんとウィンクする夢ちゃんは、普段の残念さは鳴りを潜めて魅力的だ。
けれどその魅力に自分自身は気がつけないのだろう。さっさと、巻物の調整に戻ってしまう。まったく、もう。
「ふぅ。鈴理、スタート地点は高くできるか? 可能であるなら、私が管狐を投げよう」
「うん、フィーちゃん、ありがとう」
「な、なら私は、管狐とふ、伏見さんの強化をするね?」
「ありがとう、静音ちゃん」
「なら、私とレイル先生とセツナで、周辺の警戒だな」
「任せテくれ」
「合点承知」
それぞれの役割が決まると、夢ちゃんが戻ってくる。
巻物の設定も終えたのだろう。月を睨む目は真剣そのものだ。
「じゃ、プロジェクト“ムーン・スティール”、開幕よ!」
『おーっ!!』
手をあげて、参加表明。
周りを見れば、誰も諦めてなんかいない。
なら、きっとやれる。そう思うから、頑張れる。諦めなければ絶望なんてする必要は無いって、師匠が見せてくれたから――だから。
ビル六階分の高さから続く、平面結界の梯子。
数メートルごとに五つ。遠隔操作だと、ここが限界だ。それに、静音ちゃんが続く。
「汝は希望、汝は勇気、汝は闇を祓う勇猛なる戦士。なればその身は、【勇者の旅団】と知れ」
ぼんやりと体が明るくなる、六葉ちゃんと管狐。
わき出る力に困惑しているのか、しきりに自分の体を見回している。
「すごい……これが、稀少度Sランクの異能」
「Sランクの異能体験は、これで終わりでは無いぞ。次は“伝説級”だ」
「ぁ、はい! ほら、行って、くだ吉」
『キュッ!!』
空色の毛並みの管狐が、巻物を咥えてフィーちゃんに渡される。
フィーちゃんは優しく微笑みながら管狐を一撫ですると、投げの体勢に入った。溢れ出る光は翡翠。霊力が、翡翠から黄金の霊気へと変換されてゆく。
「剛腕力帯――」
構えはアンダースロー。
ただ、高く投げることだけを、考えて。
「――【メギンギョルズ】!!」
『キュキューゥッ!!』
投げられた管狐は、無事、平面結界に着地。
そのまま、反発の力でジャンプし、五枚分繰り返す。その先で、強化された体で飛翔。わたしたちが想像するよりも速く跳んでいき、彼は“月面に着地”した。
「ぃよしっ! 【起動術式・忍法・月光竹林・展開】!!」
管狐が離れると同時に、月面から伸びた“蔦”が、巨大な道となって降り注ぐ。
まるで、ジャックと豆の木のようだ。登りやすいように加工されたそれは、大きく太く、逞しい。
「全員、良いわね」
夢ちゃんの言葉に、誰ともなしに頷く。
いよいよ、ラスボスの間なのか。それとも、まだあるのか。
尽きない不安を押し殺すように、わたしたちはただ、無言のまま蔦を掴んだ。
この先に、希望があることを願って。
2024/02/09
誤字修正しました。




