そのにじゅう
――20――
ふよふよ、ふわふわ。
ホバー移動で進みつつ、時折、水晶の陰に身を隠す。途中で、異能で気配を消せば見つかりにくくなると気がついたわたしは、消耗を抑えるために姿は消さず、慎重に進んでいた。
あれから、みんなを探し回りながら移動して、わかったことが一つある。それは、ここがだだっ広い空間と言うだけで、壁があること。壁を壊すことはできないということ。壁を伝って天上へ昇ると、いつの間にか天井から降りていた――空間が歪んで、戻されていたということ。
何度かチャレンジしてみたくもあるけれど、戻れなかったら笑い話じゃ済まないもんね……。事実、何も見えない霧の中をひたすら進む、ということはとても怖かったのだし。
「あと、あれも」
と、一番の取り扱い不明物を思い出して、重く息を吐く。
だってまさか、この水晶世界の中に引き戸があるなんて、どうして想像できようか。ちょっと開いて中を見て、霧がかった天井の“森”が見えたので、魔導術で目印だけつけて放っておいた。
ちょっと、一人であれを潜るのはリスキーだよね。いや、もちろん、誰も見つからなかったら潜るけれど。
「そろそろ、誰か見つからないかな――」
寂しさ。
それから、押し殺した不安と心配。
時間の経過と共に、それは焦燥と共に押し寄せて。
「――っ」
轟音。
雷鳴。
「まさか!」
怒濤のように、消えていった。
「今のって、そうだよね?」
空に残る、バチバチと鳴り響く音と、微かに残る稲光。
そっか、はぐれたら目印を打ち上げれば良い。そうすれば、その灯りに集うことが出来るから。思いついて、即実行したんだろうなぁ。さすがフィーちゃんだ。
『ぎぇぇ』
『きしゃああ』
『がるるる』
『きぃぃえええ』
『ぐるおぉ』
でも、その音に吸い寄せられるのは、なにもわたしたちだけじゃない。
誘蛾灯に群がる羽虫のように、稲光に向かって突き進む怪鳥たち。放っておいたら、直ぐに到着してしまうことだろう。
むむむ、フィーちゃんのもとへわたしたちよりも早く到着しようなんて、許さないよ?
「だから――すぅ、はぁ、【速攻術式・身体強化・展開】、プラス、“狼の矜持”!」
身体能力を強化。
四足用いて、一息に駆け出す。
足裏の盾は、一時機能を停止。ただ、強固な靴のように使えば良い。
「がうっ」
水晶を蹴り、怪鳥を踏み砕き、浴衣の裾をはためかせ。
「がるっ」
怪鳥を打ち砕き、恐竜を踏み抜き、地面に罅を入れ。
「ああああああぁっ!!」
雄叫びと共に、突き進む。
目標は――見えた。前方、稲光と鎚を揮い、水晶の異形たちと舞うように戦うフィーちゃんの姿。その勇ましい姿に傷一つも無く、ほっと安心を一つ。
同時に、加勢に向かうために、足裏の盾を反発に切り替え、跳ねるように飛び出した。
「【回転】!!」
「ッ鈴理! 最初に来てくれると、思っていたよ」
「えへへ、ほんと? だったら、嬉しい! 【投擲】!」
フィーちゃんの後ろに回り込んで、背中合わせで群がる異形に立ち向かう。
誰かと一緒に、信頼できる友達と、肩を並べて戦う。それだけで、負ける気がしない!
『ぎぇぇッ』
『ぎぇぇッ』
だけれども、ちょっとキリが無い。
斬って、凪いで、たたき落として、壊して、貫く。
ばらばらと砕ける水晶が、まるで砂浜のように積もっていくのは圧巻だ。ただの観光だったらもうちょっと愉しめたんだけどなぁ。
「っ鈴理、気を抜くな!」
「え?」
振り向いて。
崩れ掛けの怪鳥が、口から何かを吐き出す。
それは針。水晶の棘。死にはしないけれど、致命傷を負う位置。
あ、だめだ、避けられな――
「【起動】」
――快音。
あるいは、壊音。
「スズリ、油断は禁物だよ」
「リュシーちゃん!」
浴衣姿に二丁拳銃。
ぱちんとウィンクをしながら、リュシーちゃんがわたしたちに駆け寄る。
「拳銃、持ってたの?」
「いや、こう、だよ」
リュシーちゃんが霊力を込めると、拳銃が分解されて指輪になる。
もう一度霊力を込めると、拳銃に戻った。おお、すごい。
「ほう。有栖川博士の?」
「いや、手伝って貰って、作ってみたんだ」
「オリジナルか! やるじゃないか、リュシー!」
「はは。ありがとう、フィー」
なんとか一息つけたので、しばしの談笑。
いやもう本当に、どうなることかと思ったよ。
「助けてくれてありがと、リュシーちゃん」
「役に立てたのなら光栄さ。……二人とも、無事で良かった」
いやー、合流できて良かった。
……といっても、全員じゃない上に、まだ浴衣姿なのだけれど。
さて、ここからどうしよう。フィーちゃんが合図を出してくれた以上、ここから動かないのが得策――なんだけどなぁ。
『オオオオオオオォォ!!』
雄叫び。
嫌そうに顔を向けるわたしたちの目に映る、水晶の巨人。その手には巨大な剣が握られていて、自然と、これまでの怪鳥や恐竜とは格が違うように見えた。
スコルとハティ、使うしかないかな? いやでも、フィーちゃんの鎚に任せて援護に回った方が良いのかな?
――悩むのはあとでもできる。即断即決、状況は待ってくれない!
「【投擲】」
「待て、スズリ!」
「っへ?」
巨体に見合わぬ俊敏さで、わたしたちに向かってくる巨人。
けれど、ストップした体は急には動けない。焦るわたしたちの横で、落ち着くリュシーちゃん。その行動の意味は、ほんの数瞬後にわかる。
「い、一刀両断!」
『オォオオォオオオォオオ!?』
「せいやぁっ!!」
跳躍する重厚な鎧。
巨人を頭から二つに切り分ける斬撃。
悲鳴と共に砕け散る巨人をバックに降り立つのは、見知った漆黒。
「静音ちゃん!!」
「あ、す、鈴理。フィーにリュシーも! ぶ、無事で良かったぁ」
そっか、ゼノが居るんだったら一安心だよね。
ゼノを纏った静音ちゃんは、剣を背に納刀しながら駆け寄ってくる。うん、嬉しいけれど、厳つい鎧で女の子走りされると、こう、途方もない違和感が付きまとう。
「あとは、ユメだけだが――」
「はいはいお待たせー。ふぅ」
「――ひゃんっ、ユ、ユメっ?!」
いつの間にかリュシーちゃんの背後をとっていた夢ちゃんが、リュシーちゃんの首筋に息を吹きかける。効果、オフにしていたんだね、天眼。扱い熟せるようになったって言ってたもんね……。
「もう、へんな悪戯をしないでくれ、ユメ」
「あはは、ごめんごめん、お詫びにほい」
「夢ちゃん、これって……!」
わたしたちの前に差し出されたのは、四人分のブーツ。
なにを後ろに持っているのかと思えば、これだったんだ。あれ、でも、わたしたちが履いてきたブーツじゃない?
「早急に必要なのは靴でしょ? だから、腕甲“黒風”の疑似空間圧縮収納スペースにあった素材で作ったのよ。私のは、刻印鋼板ブーツがあるしね。いやー、なんでもかんでも収納して身につける忍者の習慣、あって良かったわ」
一緒に渡された足袋を履いてから、黒いブーツを身に纏う。
静音ちゃんもそうするとゼノを解除して、腕輪と剣の形に戻してからブーツを履いた。
うん、歩きやすい。靴擦れ補助、歩行補助、気配遮断? すごい、短期間なのに盛ってる。
「さ、とりあえず合流できた訳だけど、どうする?」
「あ。それなら夢ちゃん、わたしね?」
そうだ、目的地があやふやなら、うってつけの場所がある。
なにせ、こんなに経ってもここに合流できていないのなら、後の人は“別の場所”にいるのではなかろうか?
そう考えたとき、一つ、思い当たる節があったのだ。
「ちょうど良い場所、知ってる!」
――そう。
道中で見つけて目印をつけた、“あの”扉を。
2024/02/09
誤字修正しました。




