そのさん
――3――
決行は朝八時半。
集合から一足飛びで移動した俺たちは、“流れ”を掴むことに長けた七を先頭に、異界の奥地へ進んでいた。
「ジジイ、どうだ?」
「ほっほっほっ、それらしい気配はせんのう」
「七の方は?」
「水の流れがある分ある程度はわかりやすいけれど……これたぶん、下に続いているね」
「適当な“入り口”から中へ入るか?」
「いや。近隣の“入り口”はダミーだね。流れが浅い部分で止まっている。このまま奥へ行くのが正解だよ」
ジジイの異能者としての能力は、“薬仙”と呼ばれるものだ。
超常の薬を魔物から調合することができる力と、自然の力を我が物とする“仙術”と呼ばれる力。
世界に異能者と呼ばれる存在が認知される前、それこそ何百年と続く秘伝の一族、というやつらしい。だから、ジジイには周辺の気配察知、七には道案内に集中して貰い、俺はいざという刹那に誰よりも早く動ける戦闘員として、備えている。
「しかし、こうしてかけずり回っていると、昔を思い出すな」
「そうじゃのう。まぁ、儂が合流したときにはそれなりに揃っておったが」
いや、本当に懐かしいな。
魔王をぶっ潰して以来か。そりゃあ、懐かしくもなるか。十六年だもんなぁ。
「――最初はばらばらで、未知が出会う奴らをかき集めていった。日本海でファイヤー海渡をしていた俺が声を掛けて、精霊のわんさかいる湖で七と合流して、京都で時子に止められて、空から降ってきた拓斗と肩を並べて、厳島神社の大怪奇をジジイと解決して、最後に“クロック”のやつの“アレ”があって」
「そうじゃそうじゃ、黄地の老獪もおったのぅ」
「仙衛門、老獪なんていったら時子姉さんが悲しむよ」
「フリじゃよフリ。あの女が泣くことなどあるまい」
「まったく……」
未知がいなかったら、俺たちは肩を並べることなんかなかっただろう。
そしてきっと、おのおの、どこかで絶望に沈んでいたはずだ。
未知がいなかったら、俺たちはきっと決起していたことだろう。
こんなにも尊い平穏に価値を見いだせず、英雄を利用する人間を潰して、世界を混乱に陥れていたことだろう。
「未知は、すげーやつだよ。ほんとにな」
だから、俺は未知を尊敬している。
同時に、彼女を欲している。の、だが、まぁ……ライバルは多い。こっちは気長にやるさ。幸か不幸か未知は鈍いしなぁ。
「獅堂、仙衛門、ここだよ」
「おう」
「ふむ」
七に言われて足を止める。
苔むした遺跡ばかりだったというのに、その入り口だけは不自然なほど綺麗だ。
ぽっかりと開いた入り口そのものも、闇ではなく階段が見える。なるほど、これはわかりやすい“正解”だ。
「よしよし、先行は儂が行こう。まずは“仙法”で気配を掴みながら行く故、七は微調整の指示、獅堂は殿じゃ」
「おうよ」
「うん、わかったよ」
ジジイの雰囲気が変わる。
仙術ってなんだ? と質問した俺に、ジジイは“SFカンフー映画の気功術”と答えてくれた。その名のとおり“気”に携わる力を用いているからか、本人もこうして纏う“気”を変えて、戦いに望む。
「にしても、雑魚がでねぇな」
「うむ。言われてみればそうじゃのう」
「ジジイでもわからねーか。七は?」
「……いや、こちらも、だよ。魔物は異界にとっての防衛機構だ。その魔物が出ないということは、この先の“異界核”の守護者がよほど強力ということだろうね。そうでなかったら……いや、これはいいか」
「なんだよ?」
「僕らを異界が異物と認識していない」
「あー、なるほど、それはねーな」
なんていったって、世界各地のデカい“異界”の原因は、だいたいが俺たちとの戦闘の結果だ。そのせいか、異界たちで情報交換でもしてんのか知らねーが、異界は俺たち英雄を避けようとする。
程度の低い異界ならば、沖ノ鳥諸島の様に人数制限、意思のハッキリしている異界なら俺たち個人に過剰に反応、といったところだ。
人数制限で敵対視されない、というほど纏う空気は緩いようには見えない。つーことは、やっぱり守護者がつえーのか。
階段の下は、長く廊下が続いていた。
これがまた奇妙で、分かれ道や小部屋は一切無い。
たまに階段を降りて、緩やかに坂を下って、階段から降りる。これの繰り返しだ。
「感覚が狂うな」
「けっこう深いよ。今、ビルでいえば七階分は降りてる」
「そんなにか!」
坂を下らされながら階段も下っていると、本当にわからんな。
「だが、それも終わりじゃ。ほれ」
緩やかな坂を下り続けて数分、視界の先に灯りが見える。
警戒は最大に引き上げ、ジジイの背中についていくと、やがて俺たちは大広間に出た……っていうか、でけぇ。
「なるほど。この空間の真上がおそらく、未知たちが調査をしている“浅い層”だね」
「盛大に遠回りさせられて、中央部分の真下に誘導されたってことか?」
「そうなるのぅ。見てみよ、あれじゃ」
向けた視界の先には、門。
ビル五階分の高さはあるんじゃないかという巨大な門が、カッチリと閉じられている。
そして、その門の前に鎮座するのは――“ロボット”、いや、ゴーレムだ。
「近づいたら作動するんだろうなぁ。獅堂、行ってきてよ。僕は仙衛門の後にいるからさ」
「おいこらてめェ」
鋼鉄の太い腕と足、ドラム缶みたいな顔、鎧に覆われた胴体、背に負う大剣。
座り込んで門の半分。立ち上がれば同じ大きさ……っておいおい、デカすぎるだろ。
「儂が行こう」
「ああ、わかった」
「仙衛門、無茶はしないでね? あなたになにかあったら、未知が泣くよ」
「おや、おまえは泣いてくれんのか?」
「泣くさ。それに蹴る」
「ああ、俺も蹴る」
「……老人は労らんかい」
軽口を叩きながら、ジジイがロボに近づく。
するとロボはジジイとじっと目を合わせたあとに、“ぴこーん”と音がして動き始めた。
その様子をジジイは満足げに眺めると、ゆっくりと俺たちの元へ戻ってきた。
「お、まさかの説得成功か!?」
「ほっほっほっ――いやのう、全然なにを言っているのかわからんかったわい! ほっほっほっ」
「仙衛門、っということは?」
「おう、来るぞ」
ジジイの言葉に顔を上げる。
眼前には、怒り狂ったように身体を赤熱させて立ち上がる、巨大ロボの姿。
おいおい本当になに言ったんだよ!?
「おかしいのう。“この先に何を護っているのか答えれば命だけは助けてやろう”といったのじゃが……」
「脅しじゃねーか!」
「それは、防衛しよう! っとなってしまうよ、仙衛門……」
「ほっほっほっ、老人ジョークじゃろう?」
ええい、お茶目で許されると思うなよ!?
そうこうしている間にも、ロボはその背に負った剣を手に取る。潰されたら終わり――だっていうのに、俺も含めて、誰も絶望なんか浮かべはしない。
「ジジイ、なんで上半身脱いでんだよ」
「肌で空気を感じられた方が、心地よく戦えるだろう」
「風邪引かないでよ、仙衛門」
「ほっほっほっ、薄着というなら未知に言っておやりなさい」
「それこそ泣くだろ、未知」
軽口をたたき合う姿に、強がりはかけらもない。
当たり前だ。俺たちは何度も肩を並べて、何度も強敵を打ち倒してきた、最も信頼できる仲間なのだから。
「アレを思い出すのぉ。吸血鬼の」
「ああ、あったな。吸血鬼の巨大樹木ゴーレム」
「自信満々に燃やそうとして弾かれた獅堂の姿は、語り草にしなければね」
「おいこら、おい」
一歩踏み出す。
巨大ロボもまた、一歩踏み出す。
「デカければ勝てると思うなよ」
「デカいことは羨ましいがのう」
「仙衛門……あなたも充分大きいだろうに」
ロボの顔の、横一文字に刻まれたライン上の空洞。
その奥に輝くモノアイの色は、血のように赤い。俺の紅蓮とは似ても似つかな汚い色だ。
「んじゃ、まぁ」
そして。
「――【第一の太陽】」
「――【仙法・鋼気錬成】」
「――【風は翼に・我が手は切り裂く】」
『GuOooooooooooooooooooOッ!!!!!』
戦いの火蓋が、切られた。




