そのじゅうなな
――17――
森の中を駆け抜けていく。
わたしを背負う師匠と、駆け抜けること数分。わたしが師匠に伝えたとおり、わたしたちは川へやってきた。
「この時期の佐渡の大離島だと、なにが獲れるんですか?」
「なんでも、よ」
「ふぇ?」
「生態系はバラバラ。川にマグロがいることもあるし、周辺の海に金魚がいることもある。当時の悪魔がねじ曲げた物理法則が、まだ温存されているのよ」
そ、そうだったんだ……。
あれ? そうすると会長は、迷い無くなにを取りに行ったんだろう? いや、人のことを気にしている場合じゃないよね。
「凶暴な魚はいますか?」
「鮫やシャチくらい、かしら」
シーマンとか、魚人とか、水龍とかそういうのはいないんだ!
良かった。それならなんとかなるかなぁ。
「では、手分けして探しましょうか。あと、生魚を調理する際は、調理前に魔導術で寄生虫の処理や殺菌はすること。良いわね?」
「はいっ! 師匠!」
師匠には付け合わせをお願いして、わたしはさっそく漁に入る。
えーと、まずはどんな魚がいて、何が出来そうなのか確認しないと。
「【速攻術式・窮理展開陣・展開】」
川の中をスキャンして、魚を探っていく。
鯛、鰤、鰯、鮪、シャチ、ピラニア、サーモン。
うーん、あんまり欲張りすぎてもなぁ。マグロなんかは美味しいけれど、わたしにちゃんと調理できるのかなぁ?
せっかくなら、もうちょっと慣れたもので――ん?
「いた」
扱い慣れた、魚のフォルム。
それを見つけて、思わずガッツポーズ。
あとは、周辺の魚を気をつけて、傷つけないように慎重に、丁寧に。
「“干渉制御”」
流れ。
重力。
気配。
鮮度。
読み込み、操り、わたしの手元に来るように。
「よしっ」
魔導術で作り上げた合成樹脂のバケツに、水と一緒に捕まえておく。
全員分作るのなら、これくらいで良いかな?
「おいでおいでー」
『……』
「ほらほら、遠慮せずにー」
『……ぐるるる』
「ぐるぐるー……え?」
バケツを抱きしめながら、ぴしりと固まる。
わたしを覆い尽くすような大きな影。ぎ、ぎ、ぎ、と振り向けば、だらだらと涎を垂らす大きな熊さん。なるほど、お腹が空いているんだね?
「あ、あはは、わたしなんて食べてもおいしくないよ?」
『グルァァッ!!』
「きゃあっ」
バケツを零さないように、振り下ろされた爪をよける。
ごろごろと転がってよけきって、ふぅと一息。やだなぁ、三メートルはあるよね、絶対?!
熊さんはのっしのっしと前足をあげて、ふしゅるふしゅると息を吐く。森で出会った熊さんに、ある日突然ごはんにされちゃう?
いや、待って、それはだめ。
「【速攻術式】」
熊さんが走り寄る。
一歩は大きく、土を抉り。
「【平面結界】」
飢えた両目がわたしを貫く。
餌にありつけるという喜悦から、舌をだらしなく垂らせて。
「【展開】」
大きく爪を振り上げる。
斬撃ではなく打撃だろう。熊さんの一撃は、きっと、わたしの頭蓋を砕く。
――だからその一撃、利用させて貰うね?
『グラァッ!!』
「【反発】!」
『グガッ?!』
爪の一撃を正確に弾き、熊さんは後ろに大きくのけぞった。
体勢だって、きっと直ぐには立てられないはずだ。バケツを抱いたまま、熊さんの膝を蹴って駆け上がり、頭上に出る。交差する視線。弱肉強食の証。
「【硬化】!」
叩きつけた盾。
脳震盪を起こして倒れる熊さん。
「ふぅ。ごめんね?」
でも、ほんとうにどうしたんだろう?
こんなに餌だらけにしか見えない森で、飢えた熊が出てくるなんて思わなかった。どこかでこう、政権交代みたいに森の主が変わったとか?
ううーん、こわい。一応、異能で自分の気配を遮断しておこう。何事もないと良い。ぜんぶ、杞憂だといいんだけど、なぁ。
「鈴理さん? ――それは?」
「あ、師匠! 魚、獲れましたっ。でもこの熊が襲いかかってきて……」
「そう……。無事撃退できたのなら、言うことは一つだけ」
「へ?」
首を傾げた、瞬間。
音も無く起き上がっていた熊さんが、師匠の背に、爪を振り上げていて。
「師匠っ」
『グルゥアアアアァッ!!』
「――最後まで、油断はしないように」
『ガグァッ!?!?!!』
見えない壁に阻まれて、後ろに倒れた。
「【速攻術式・麻痺弾・展開】」
『ウガッ……ギュウゥ……』
あっという間に沈められた熊さんは、そのまま泡を吹いて倒れた。
ええっと、どういうことだろう。すごい。
「さ、良い山菜が採れたから、戻りましょう?」
「……。はい、師匠っ」
負けていられない。
それに、まだまだ学べると言うことが、嬉しくもある。
えへへ、師匠。追いつくの、諦めませんからね?
――/――
空に打ち上がる魔導の花火。
厨房台に立つのは、鈴理さんと四階堂さん。
思いの外、準備に時間が掛かったせいだろう。みんな、お腹をさすって唸っている。うんうん、まだまだ育ち盛りだものね。
二人は観客の前でそれぞれに調理を終え、あとは審査するだけだ。
「さぁいよいよ実食タイムに入ります! その前に、コメントをどうぞ!」
マイクを渡されたのは、副会長。鳳凰院君。
鳳凰院君は戸惑いながらも、おずおずと受け取って咳払いをする。
「幼い頃から知っているが、ついぞ凛の手料理を食べたことはなかった。どうか無理だけはしないで欲しい」
「慧司、あとで屋上ね?」
「いや、結果が楽しみだ!」
鳳凰院君はそう、叫ぶように言い切る。
えーと、幼馴染みならではの発言、ということかな?
「では続いて、焔原審査員!」
「あー、はいはい。おれは権力には屈しない。平等に審査するさ」
「まさか既に脅されて……?」
「目が語ってる。あれは爆死させるときの目だ」
「心、あとで屋上ね?」
「いやー、会長の料理も楽しみだ!」
生徒会の力関係が、よくわかるね……。
次に夢さんがマイクを渡したのは、レイル先生だ。レイル先生は相変わらず、にこにこと機嫌良さそうに会場を見ている。
「レイル先生。なにかコメントを」
「アア。いや、年頃のレディがボクたちのために手料理ヲ振る舞ってクレルなんて、男冥利に尽キルよ。二人トモ、そうだろう?」
「え、ええ、、まぁ」
「き、気持ちはわかります」
レイル先生はそう、紳士的な態度で言い放つ。
こういうところって本当に、イルレアの家族だよね。
「では最後に、特別審査員のリリー!」
「ふふ、私の舌を満足させられなくても、一点はつけてあげるわね?」
「おおっと、これは強敵だーッ」
一点って。
きっとリリーのことだから、友達でも容赦なく点数をつけるのだろうなぁ。
「それでは待ちに待った、実食のお時間です! まずは、会長から!」
「さ。これが私の手料理――南国パインのトンテキプレート、チョコドリンク添え!」
私たちにも、同時に配られる料理。
熱々の鉄板の上、ナックル状の豚ステーキに載せられた、大ぶりのパイン。ドリンクは調味料の一つとして選べたチョコレートを使ったのだろう。甘さ控えめにできているようだ。
ナイフはすんなりとおり、熱々ジューシーなお肉が美味しい。う~ん、これは、白米が欲しいっ。パインも、添え物として優秀だ。トンテキにこんなに合うなんて、知らなかったなぁ。
「それでは気になる審査は――こちらだ!」
――20・25・20・10!
「ということで合計は……七十五点だァーッ!!」
うん、確かに美味しかった。
この短時間でこれを作り上げるのも、中々出来ることではないだろう。
「では続いて、笠宮選手の登場です! 意気込みの程はいかがでしょうか?」
「バッチリです!」
「いやぁ、心強いお返事です。――それではいよいよ、実食です!」
「アジのなめろうとお刺身! それに、松茸のお吸い物と炊き込みご飯です!」
炊飯の時間を異能で縮めたんだろうなぁ。
なるほど、それなら納得だ。
「それでは、どうぞ!」
なめろう、刺身、お吸い物、ご飯。
どれも純和風の風味になっていて、とても心が落ち着く。
「いやぁ、さすが鈴理。良いお嫁さんになれるわ。それでは判定は!?」
――25、25、20、10!
「ということは……笠宮選手、渾身の八十点ッ!! ということで、本日の理想のお嫁さん対決に錦を飾ったのは……魔法少女団チームだァッ!!」
リリーはついに辛口評価だったけれど、男性陣の胃袋をしっかり掴んだのは鈴理さんだったようだ。
けれど、まぁ、トンテキの付け合わせドリンクがチョコレートでなければ、四階堂さんもわからなかったと思うのだけれどね?
「先生、先生、笠宮さんの料理、美味しいですね。私にはお肉は少し、重かったので……」
「六葉さんからすれば、そうでしょうね」
「観司先生、これを機に、うちの会長に料理指導を」
「そんなことを言っていると、屋上に連れて行かれてしまいますよ? 刹那さん」
ということで。
終わってしまえば、あとはなんのつっかえもなく。
私は集まってきた生徒たちと、たくさん作られた料理を食べる。うん、やっぱり、最後はこうでないとね。




