そのじゅうご
――15――
関東特専生徒会。
実力者のみで集められた、文字どおり“選りすぐり”の生徒の集団。
それは、ときには、防衛権を持つ教師たちよりも強い、本当の実力者のみで構成されなければならない。
先代の生徒会長、伏見甲四郎は、私の兄で“落ちこぼれ”だった。魔導術師としてどんなに力を持ち、実力を得ていようと――管狐と契約できない甲四郎兄さんは“落ちこぼれ”であり、実家ではいないも同然の扱いで。
――私は、卒業と同時に海外に留学して、二度と戻っては来ないであろう兄さんを、ついに見送ることが出来なかった。
異能者とは天の授かり物である。異能者でないということは、名門に相応しくはないということである。異能者として生まれることが出来なかったのであれば、伏見から離れなくてはならない。血が、穢れる故に。
なら、魔導術師とはなんなの?
尽きない疑問。
煩わしいしきたり。
期待と重圧の目。
――『兄のようにはなるな』
――『アレは伏見ではない』
――『出来損ないを顧みるな』
――『おまえは伏見唯一の女』
――『おまえが伏見の血を絶やすな』
――『弱者と戯れていられるほど、伏見は暇ではない』
――『“絞りカス”などと、同列に見られる真似をするな』
歪んだ教育。
歪んだ視線。
歪んだ嘲笑。
歪んだ悦楽。
歪んだ畏怖。
歪んだ、正義。
魔導術師とはなに?
本当に、彼らは私たちよりも格下なのですか?
特専の先生たちはみんな、とても強い。例えば瀬戸先生は、誰よりも優れた技術を持っていた。新藤先生は、情報系魔導術を扱わせたら天才的だという。江原先生の青春コンボ術式は、ときに理解を超えるという。
それでも、稀少度Sランクの異能者には、とうてい及ばない。私と同い年の、如月風子さんが良い例だ。“切断”という属性によって指の射線上の全てを、撫でるように切り裂くという風子さん。英雄クラス以外では、上級異能者ですら叶わないという彼女の能力は、魔導術師では足下にも及ばない。どんなに、強くて立派な方でも。
なら、やはり伏見の長老たちの言う言葉は真実だというのだろうか? 魔導術師とは所詮、異能者になれなかったものたちの悪足掻きで、残骸にすぎないという言葉が真理だとでもいうのか。
私に優しく笑いかけてくれた兄さんが、塵芥のように扱われることが、正義だとでも言うのか。そんなことは認められない。認めたく、ない。
そんな、葛藤の日々の中。
私に、一つの転機が訪れる。
――『如月風子が魔導術師に破れた』
その噂は、まことしやかに囁かれていた。
噂そのものは、直ぐに沈静化されることになる。その後に発表された、笠宮鈴理さんの“特異魔導士”としての才能。おそらく、“それ”に破れたのだろう、と。
けれど私は、一縷の望みをかけて、あるいは、信じていたい希望に縋って、如月さんに聞いてみたことがある。
その、彼女の答えを、私は忘れない。
『観司未知先生は、すごいよ。私なんかじゃ、足下にも及ばない』
関東特専最強の異能を持つ彼女が、足下にも及ばない魔導術師。
その魔導術師はいつしか、遠征競技戦では異様な魔導術を使い、刹那に認められ、こうして合宿を組んでも異能者至上主義になりつつあった生徒会を絆している。
おまけに、私に見せてくれた数々の基礎魔術。すべからく基礎霊術に応用可能だというそれらは、齢百を超える伏見の長老なんかよりもずっと、洗練されていて美しかった。
このひとなら、伏見の旧時代的な考えを塗り替えられる。この人なら、兄さんを救い出すことだって出来る。この方なら、この方に教えを請えば、魔導術師に教えて貰った技術で長老たちを納得させられたら、きっと、なにもかもが変わるのだ。
だから。
「それでは、第三問!」
私のために、恥ずかしい格好を晒しながら、期待をしてくれる先生を、助け出したい。
私の道を切り開いてくれた先生に、恥ずかしくない自分で居たいから。
「技眼系異能を全て応えよ!」
――Pikon!
「はい!」
手元のボタンを、叩きつけるように押す。
もう間違えない。もう、先生に恥ずかしい姿は見せない。
「下位稀少度から、技眼、魔眼、天眼!」
「正解! 鳳凰院選手の滑り台が上昇します!」
「うぉぉぉ……」
だから、ごめんなさい、副会長。
副会長を海に落として、私が優勝します。
そして私は先生の“理想のお嫁さん”となって、伏見に連れて帰るのです!
「第四問! 退魔五至家、全て応えよ!」
――Pikon!
「はい! 鉄、流、轍、鏡、轟!」
「伏見選手正解! 鳳凰院選手の滑り台が更に急になります!」
「うぐぐぐ……伏見、おまえというやつは」
副会長のうなり声をバックコーラスに、ピコンとボタンを叩く。
だけれど、どうしてだろう。同じ角度になった先生よりも、副会長の方が余裕そうだ。先生の親戚だというあの女の子の異能かな? 重力操作系の上位異能? 強敵だ。
「第五問! クロック・ド・アズマと言えば――」
――Pikon!
「はい! 英雄の一人で、“幻理の騎士”として有名な多重異能者!」
「――ですが!」
しまった!
間違えた。お手つきで、回答権が水守さんに移る。いや、でも、万が一間違えてくれたらそれでも良いはずだ。
「英雄となる前の職業は……」
――Pikon!
「ふ、フリーライター!」
ああ、だめだ。
英雄クロックは、フリーライター、ルポライター、ライターデザイナーとなんだか色々やっている。これで正解。また、先生に負担をかけてしまうことだろう。
「ですが!」
「え、ええっ」
まだ、続きがあった?
意識を集中。今度こそ聞き間違えないように!
「クロック氏がライターとして書いた、最初の作品のタイトルは?!」
――Pikon!
「少年たちの夕暮れ!」
「残念、不正解!」
「ええっ」
あ、あれ?
確か、大戦が始まる前、夕暮れに向かって駆ける少年たちの風景を如実に描いた作品、ではなかったかな? 教科書にはそう載っていたと思うのだけれど。
そう思って先生を見れば、先生は気まずげに視線を逸らして。えっと?
「正解は、“おれの義理の妹が十二才未満でお兄ちゃんのことを好きすぎるんだが”でした!」
「え? ええっと、どいうった趣旨のお話でしょうか……? あ、ホームドラマですか?」
「年の差三十才の恋愛モノよ」
「えっ」
えっ、英雄が? き、きっと純愛なのだろう。
そうだよね? そうといってください、碓氷さん。
えっ、成人指定?
「では、第五問! 聖人、東雲拓斗がバチカンで信仰される由来となった、敵対悪魔の名前は!?」
――Pikon!
しまった、妙なことを考えていたから一歩遅れた!
「グルウアルスター!」
「正解!」
これで、先ほどのと合わせて連続二失点。
四段階目でほぼ直角となった滑り台は、重力加圧もあって、先生でも耐えきれなかったようだ。私が手を伸ばすのも空しく、先生はずるりと落ちていく。
「っきゃあっ!」
どぼん、という音。
……それよりも、吸着していたのだろう。滑り台に残る、シャツとビキニのトップ。
「おおっと、今度こそ――」
「行って! コン太!」
『キュウッ!』
「――だよね、知ってた」
水着を無くしたことに気がついたのだろう。
水面に浮かんでこない先生に、コン太を行かせる。そうすると、コン太で胸元を隠した先生が、浮き上がってきた。
「うぅ、ありがとう、伏見さん」
「いえ……せっかく、あんなに教えてくださったのに、私は……」
項垂れる私に、けれど、優しく頭を撫でる手。
顔を上げたら、先生の微笑む表情と優しげに細められた目が合って。
「いいえ。よく頑張りましたね。伏見さんの健闘は、よく見ていましたよ」
「っ先生。……ありがとう、ございます」
やっぱり、私はこのひとについていこう。
そんな風に、ただ、言葉にならなかった思いが胸を締めた。




